屋上に続く階段で、追っ手に激高してなぜかそこにあったやかんを投げつけた。

相手は怯んだ。その隙に階段を駆け降りると、映画と小説が好きな女の子が立っていた。つい昨日も、風と共に去りぬの話をしていた。

先日、トイレットペーパーを体に巻き付けてウェディングドレスに見せかけるという女友達の強引な作戦に恥じらいを見せた子とは違って、活発な印象がある。

やかんは投げるものじゃないよ、と言う子ではなく、やかん投げたの、あんた?と言う子がそこにいる。
俺は助かった。
言葉に執着しなければ、むしゃくしゃもしないのだろう。

だが、言葉だけでは拾いきれない物事の断片をイメージするということは、その場ではできないものだ。

追っ手はウェディングドレスの子のことを冷やかしに来た。ばかげている。活発なのに、小説が好きな子がいる。内気なのに、トイレットペーパーを体に巻き付ける子もいる。

やっと分かった。なぜ階段にやかんがあったか。鍋だと固すぎるからだ。

断片は空虚な全体を凌駕する。

トイレットペーパーの子は何が好きだったのだろう?

ごめん、やかん投げて。ごめん、ドレスを馬鹿にして。
ごめん、涙を見て見ぬ振りして。

みんなバラバラになると知ってて、知らないふりして、よくよく知ることになる。
みんな


やっぱ、知ることが一番大きい出来事なのかとも思う。

何かを成し遂げたいから知ろうとするんだけど、一つ知ったところで、いつまでも眼前には全てが、膨大な世界が存在するわけで、実際、何かを知っても知らないふりをして生きるしかないわけだ。

たとえば、戦争を体験したこともないのに、イラクやアフガニスタンの戦禍をメディアで知って見て見ぬ振りはできない。だが、今日本で安全に暮らしていることがまず見て見ぬふりなわけで、実際いきなり現地に行ってボランティア活動かジャーナリズム活動をしている自分を想像してみるが、次のデートを想像するのとは訳が違う。結果、うまくいかない。ましてや、決心はつかない。

何かに夢中なときはいい。もし自分が働き蟻だったら、と思う。女王蟻のために身を削って世話をする一生。ある意味、今の空中を漂うような日々とは違う世界が待っているはずだ。

だが、働き蟻は、周りに怠け者がいないと働かないらしい。最近どっかの日本の大学のチームが研究していると明らかになった成果らしい。

働き蟻はみんな、働き続けるのだと思っていた。だが、この研究チームはそうではないことを明らかにしたのだ。結果、俺の中の常識は崩れた。

こんなことはよくあることだから、大した事実じゃないんだけど、知らないことを知ることで、知っているつもりだったことが想像でしかないことを知ることや、跡形もなく崩れることもある。

働き蟻の中には怠け者もいるという事実。これは興味深い。女王に一途だと思っていた働き蟻の性質は、この世界に保障されたものではないということ。怠け者がいるからああはならないぞと働く者がいるのか。働く者が大勢いるから馬鹿らしいと怠ける者がいるのか。果たしてそのどちらでもないのか。

外の社会を知りたくてたまらないわけではない。内側に幸せが在れば十分だ。だが、内にある幸せは外にある世界を知って知らないふりをしていることから切り離せない。

その、知らないふりが我慢できないほど正義感がないのが、虚しくなる。知らないふりをすることがしっくりこないのに、知ることの先に踏み出す確固たる勇気がない。

知らないことはおいといて、知っていることを原動力に、生きる糧に、表現の源に、あらゆるカタルシスの一部として世界の全てを生きているようだ。

怠けた蟻は、何を見ただろうか。何を考えただろう。


自分が大事。
人の不幸の上に

普段気にもとめないシュールな一瞬が、物語の核心を突いている場合に感じる抑揚は、サブリミナルなんかよりずっと顕著な影響を心に与える。

日常はサブリミナルに溢れかえっている。都会にいるからだろうか、町中には情報が多すぎて、取捨選択に無駄としか思えないエネルギーを使い、滴るほど水を吸ったスポンジのように気分は重く、家に帰ると同時に、あるいは何か生活に直結した行動を伴って、初めて握りしめられたスポンジはその全ての水分をまき散らし、後に残るのは空虚な空洞。

俺は、そのうち何を見ても感動しなくなるんではないか?平和であることが問題なのか?平和であることに凝視し反芻すべき問題が隠されているのか?その見極めさえ、あやふやな思考に濾過され、ざるに残ったのは一粒の真実。俺はたった一人の弱い人間。

シュルレアリズムのことはあまりよく知らないが、やっぱ、理性的な判断が常に必要な世界じゃないと、感情的な豊かさは栄えないのだろう。

ボーンアルティメイタムみたいな4000カットに及ぶシークエンスの中に家族ゲームのようなシュールな長回しの凄みを持った映画を観たい。なければ俺が撮る。

言いたいことは、まずもって勉強不足な俺、もって生きればいいのに。生きたいようにさ。

人の幸せがある。