DWEキッズ東大へ行く! -9ページ目

義務教育英語vsディズニーの英語システム

欽也は中学や高校での英語はどうだった?という質問をよくいただきます。
そのあとに続くのが、「中学校の英語なんて簡単でしょうがなかったでしょう?」とか「でも学校で教わる英語はまた独特の、ほら受験英語というかね、ディズニーの英語とは違うでしょう?」とか。

確かに高得点をとることが多かったです。伊達にスカラーシップ取っているわけじゃないですからね!(ぇ←
(でも中学1年の一番最初の、アルファベットやis, areが範囲の中間テストで満点とれなかったんですよねー笑。あのときはアンタ何年英語やってんの!って母にこっぴどく叱られたのを覚えています。)


中学生の頃の僕は発音至上主義というか、ディズニーの英語システムこそすべて、学校で学ぶ文法英語を軽視していました。周りの先生や同級生にとっては鼻持ちならなかったでしょうね(笑)

でもいつまでも昔取った杵柄でテストの点を維持できるほど英語はやさしくありません。最初に躓いたのが不定詞の用法、とどめは現在完了でした。

「そんなさあ、これと同じ不定詞の用法の文を選べ、なんて問題解けても意味ないじゃん。なに、名詞的用法とか副詞的用法とか。その見分けがつくとなんかいいことあるわけ?」
なんて言い訳しながら中三の英語のテストでついに70点を切ったあたりで危機感を覚え始めました。

中学校の英語には中学生なりの世界を基準とした、学ぶべき語彙があります。僕の場合単語を暗記する作業を怠り、当然今までDWEで培った語彙ではカバーできず、スペルミス等で失点していました。

ほかにも"子供"の複数形を"childrens"と書いてみたり(childrenはすでに複数形)"教える"の過去形を"teached"と書いてみたり。(teachの過去形はtaught)
こんなくだらない間違いがたーくさん!「アンタ何年・・・!」(以下略)


これはまずい。
現実を目の当たりにして、自分は英語が話せないじゃないかという自覚を持ちイライラしたのがこの頃です。

時制や複数形、"yをiにかえてes"とか、いままで曖昧にしてきた部分、もやもやしている部分を全部クリアにしたい。完璧になってまた1番になりたい!僕の英語に対するモチベーションが非常に高まったのは高校入学間際のことでした。

やはり一回にまとめ切れなかったですので、まだまだ続きますよー。

正月におこなった母との対談「ぼくのDWE活用実体験」3

いつごろからか、僕ら親子にとって食卓は議論の場でした。ここでさまざまなことを話し合ったものです。お題は正しい洗顔の仕方から、果ては自分の存在意義まで。
母は偉大です。きっと、いつもいろんなことを考えているからでしょう。(あと、暇なのでしょう。)

ぼくの存在意義は、他者を幸せにすることです。そして顔を洗うときはよく泡立てること。どちらもたぶん小学高学年のときにした話です。
話は現在に戻ります。


「あなたが英語話せてないな俺~って自覚したんはいつよ?」
またまた、何を言い出すんだとおもいつつ、でも一応話に耳を傾け、過去の記憶をたどります。

ぼくがそれを自覚したのは中学校3年生、イラクの戦地へいった友人ルークのことをスピーチの原稿に起こそうとしたときでした。これが高円宮杯に出場する際の原稿になるわけですが、イライラしたのをよく覚えています。


「ディズニーの英語システムやってたあなたにとって小さいころ、英語を話すことが当たり前だったのよ。」
それはもうペラペラだったわよと母は言います。あまり自覚がないのでなんとも言えませんが。かなり天狗少年だったことだけはわかります(笑)

「自分の発信したい情報と、それを伝えるための語彙や文法。要するに会話の中身と英語力のバランスが取れているうちは英語を話せないなんて葛藤もなかったはずやに。」

井の中の蛙、大海を知らず。これもよく母が僕に言って聞かせた言葉の一つです。

「それが中学受験やなんやと知識がついて、会話の内容はどんどん大人になっていっても、使える英語が子供のまま。中学3年のころには言いたいことを英語で言えないフラストレーションの塊みたいやった。だから私はあんたに、意固地にならんと文法英語も勉強してみれば?とか、ハリーポッターの原書でも辞書片手に読破してみせなさいよとか、そろそろ英検も次に挑戦してみたら?とか勧めたでしょ?」

たしかに。
それがぼくの英語の勉強の出発点だったのですね。それが今日まで続いているわけで、まさに母の言う言語の習得において勉強は際限なく、自己研鑚は永遠に、なのです。

次回、義務教育英語vsディズニーの英語システム、というタイトルで掘り下げてみたいと思います。いつから欽也は英語を勉強したの?中学や高校ではどうだった?とよくいただく質問に対する答えになりますのでおたのしみに!

正月におこなった母との対談「ぼくのDWE活用実体験」2

保育士をされてた方が、育児大百科を熱心に開いていたとか。「元プロなんだしそんなの必要ないでしょ」と周囲に言われると「プロだったから育児の常識が時代と変わっていくことを知っているのよ」と。先日そんな話を読みました。


「現在地点は英検1級、TOEIC965です。」
ぼくは自分がいまとりくんでいることを母に話し始めました。

「読んだり聴いたりすることに関しては、英語で書かれた社説だろうが論文だろうが、だいたいはわかるんだけど、解らない単語がまあまあある。それでわからない単語のほとんどが形容詞。たまに副詞。」


「話したり書いたりすることに関しては、自分が幼稚な英語をつかってるなーっておもう。表現力があっちでいう中学生っぽい。アカデミックな議論を英語でできない。表現のバリエーションが少ないから微妙なニュアンスが伝えられないし。堅苦しい文章が書けるくらいの表現力がほしい」

英語をすればするほど、ネイティブとの差が明確になる。今の英語力ではプレゼンで相手を納得させることも、女の子を口説くことすらもできない・・・。ぼくは自分の英語力の現在地、目標地点、その差分について語りました。

ひとしきり話し終えた後で、母を見るとうれしそうでした。
「ちゃんと英語に時間やエネルギー割いているのね。安心したわ。」

「欽也、そうやって現在地と目標の差の自己認識をすることが勉強っていうんやで。」

「ならあなたが小さい頃していたのは遊び。英語の勉強なんかしてへん」

だから続けられたのだ。と母は言いました。
「あなたが今後さらにネイティブになりたいのなら、それはもう英語というコトバを超えた、文化とか、習慣とか、そういうものの学習になるやないの。それはもう、留学するしかないね。」

言語の習得において
勉強は際限なく、自己研鑚は永遠に、なのだそうだ。


実るほど こうべを垂れる 稲穂かな
母がよく口にしていた言葉で、いまでも僕の人格形成におおきく影響を与えている言葉です。


「ちなみにぼくが英語を話せるようになったのっていつ?」

「あなたが英語話せてないな俺~って自覚したんはいつよ?」

え。
禅問答は続きます。