「どこに行くんだい」

 

「ランチに行くんでしょ」

 

歩道橋の向こうには

 

行きつけの牛丼屋があった。

 

といっても、

 

店員はいつも違っていて

 

僕がいつもの客だなんて思ってはいない。

 

それよりも、客のほうに馴染みの顔が多い。

 

といっても一度も話したことはないのだが。

 

店員とだって話しているとは言えない。

 

特にあそこは食券だし。

 

「無機質な会話」

 

「いや、そんなことはないよ」

 

彼女が不思議そうな顔をした。

 

「いいところがあるの」

 

小洒落た店にでも連れていかれるのかと思いきや

 

懐かしい感じの定食屋だった。

 

どうしてもこういう店に来ると

 

揚げ物とか注文してしまう。

 

「ミホがね、教えてくれたの」

 

「えっ、何」

 

メニューに集中していた僕は不意をつかれる。

 

「電話番号」

 

多分そのミホって子の先にあいつがいる。

 

僕は向かいの女の子の顔をじっと見た。

 

「何かついてます」

 

女の子はうれしそうに微笑む。

 

「ごめん、よく覚えていないんだ」

 

「そうですね」

 

「よくいわれるんです」

 

女の子はそう言ってメニューに目を落とす。

 

「化粧しないんですよ、普段は」

 

「あたしはお店で化けるんです」

 

「妖怪に」

 

女に子は吹き出しそうになって僕を見る。

 

「ちがいないですね」

 

「何食べますか。あたしは日替わりにします」

 

「それじゃ、僕も」

 

「実はあたし、エリナじゃないんです」

 

そう言って女の子は熱いお茶をすすった。