「コウちゃんいる」

事務所のドアが開いて

庄ちゃんがあわてた様子で入ってきた。

僕は届いたばかりのフレンチプレスを

試していたところ。

「ちょうどいいところに来たね。コーヒー飲む」

「それどころじゃないよ。

おばちゃんがいなくなっちゃったんだ」

「おばちゃん」

「そう、となりのおばちゃんだよ」

それはわかるけど、

僕は庄ちゃんのとなりのおばちゃんのことは

良く知らない。

僕はそのへんのところを

詳しく聞こうと思ったのだけれど、

庄ちゃんは「いいから早く」と言って

僕を事務所の外に連れ出した。

しかたなく僕はフミちゃんに

出かけることだけを告げて

庄ちゃんのあとについていく。

フミちゃんにどこまで伝わったかは

わからないけれど、どうにか察してくれるだろう。

「何があったの」

僕が事務所に戻るとフミちゃんは

ソファーにすわってコーヒーを飲んでいた。

「買ったんだね、フレンチプレス」

「それがさ、のんびりコーヒーってわけにもいかないんだ」

「また出かけるの」

「すぐにね」

「懐中電灯ある」

「下に行けば」

「大変そうだね」

「徘徊癖があるみたいで」

「認知症」

「そんなところかな」

「警察は」

「交番の人が捜してくれた。

何度か保護されてたみたいだから」

「夜いなくなったのははじめてだったみたい」

「見つかったの」

「どうにかね。となりの駅まで行っちゃってたみたい」

「よかったね。でも、コウちゃんはこれから何するの」

「見張り役。しばらくのあいだね」

「それならコーヒー一杯ぐらい

飲んでいってもいいでしょう」

そう言ってフミちゃんは

コーヒーの入ったカップを僕の前に置く。

「あわてないで、落ち着かなくちゃ」

「やっぱり違うよね。フレンチプレス」