「ごめんなさいね」

アケミさんの長女リナさんが

お茶を持ってきてくれた。

アケミさんは隣の部屋にいる。

認知症と言ってもアケミさんはまだ五十半ば。

リナさんはまだ二十代。結婚もしていない。

「あの子最初から分かっていて今の会社に入ったんです」

リナさんは就職して地方にいる弟のことを言っている。

この家はもともと商売をしていたらしい。

リナさんのお父さんは商売を継がずに

サラリーマンになった。

お父さんは残業で毎日に帰りが遅いようだ。

「みんなあたしに押し付けて逃げているんです」

「お母さんは口うるさい人でしたか」

「別に、普通です」

「探偵さんは結婚されているんですか」

「逃げられました」

不用意に答えてしまう。

さらりとかわせばよかったのに。

「そうですか」

リナさんの気のない返事。

あまり興味はなさそうだ。

気を使われるよりはずっといい。

リナさんは地元の信用金庫に勤めていた。

今は辞めて母親の面倒を見ている。

「コウちゃん、様子はどう」

「問題ないよ。今のところはね」

「リナちゃんは」

「大変そうだね、彼女のほうが。

かなりストレスがたまってるっていうか」

「おばさんのほうは自由だからね」

タバコを吸いに外に出たときに、

庄ちゃんがぼくに近づいてきた。

庄ちゃんの家ははんこ屋をしている。

「かわいい子だろう」

「そうだね」

「好きなんだ」

「ちょっと気が強いけど」

「幼なじみ」

「たよりない兄貴かな」

「たよりないの」

「僕も気が強い娘は嫌いじゃないけど」

あいつはどうだったろう。

僕は別れたヨメさんのことを思いだしている。

「フミちゃんも気が強そうだね」

たしかにそうかなあ。