「どこに行くんだい」

 

自分を呼び止める声にミハルは振り返る。

 

「そろそろ銀ちゃんが来そうだから」

 

ミハルはそう言ってスニーカーをつっかける。

 

「銀ちゃんっていとこの」

 

「そうだよ」

 

「俺は遠距離だっていいんだよ」

 

「あたしはイヤ」

 

ミハルはそう言ってドアを閉めた。

 

大きな音がアパートの通路に響く。

 

ミハルはリュックを担いでアパートの階段を小走りに降りていく。

 

絶対大阪には戻らない。

 

「何かやりたいことがあるんじゃないの」

 

マチ子が急須からお茶を注ぎながら春樹に言う。

 

「お兄ちゃんだって人のこと言えないんだから」

 

「まあ、あたしも自分の子どもが何を考えてるのかよくわからないんだけど」

 

「銀平君はいいよな。しっかりしてて」

 

「何言ってるの。文学部の哲学科なんて就職には何の役にも立たない」

 

「店を継ぐんじゃないの」

 

「さあ、どうだか」

 

マチ子の顔に翳りがさす。春樹は熱いお茶をすすった。

 

マチ子が震えた携帯電話をとった。

 

春樹は話をしているマチ子をじっと見ている。

 

そして自分の携帯電話を取り出して空しそうに履歴を確認する。