「緊張する」

 

「どうかな。ストリートはなれてるけど」

 

「その時になってみないとね」

 

「大丈夫ですよ。昨日も歩道橋で歌ってたらしいよね」

 

「なんか納得いかなくて。それで急に思い立って」

 

ユキがセッティングしたレストラン。

 

ユキとカスミに向かい合うように

 

マスターが席についている。

 

こんなふうに人と食事するのは

 

いつ以来だろうとマスターは考えていた。

 

「すいませんね、お待たせしちゃって」

 

ユキがマスターに言う。

 

「こんなこと久しぶりなので、

 

自分のほうが緊張しています」

 

「誰も誘ってくれなかったんですか」

 

「ええ、まあ」マスターが照れくさそうな表情をする。

 

「さっき電話したら、もうこっちに向かっているって」

 

「カスミちゃんの友だちなんですか」

 

「友だちっていうより、お姉さんみたいな人です。

 

あたしがおじいちゃんのところから学校に通ってるころお世話になったんです」

 

「コンビニやっているのよね」

 

「そうなんです。今日は子どもたちも連れて来てくれることになってて。

 

シングルマザーなんですけど」

 

ユキはじっとマスターの目を見ていた。

 

マスターの表情は変わらない。

 

その時ユキの後ろからにぎやかな声が聞こえた。

 

「五郎ちゃん」

 

カスミたちの後ろで立ち止まったエミがそう言ったとき、

 

マスターは少しうつむきかげんのまま黙っていた。

 

「何でここにいるの」

 

「マスター。エミさんとはお知り合いなんですか」

 

ユキがマスターに言う。

 

「パパだ」

 

エミの後ろからサキが顔を出す。

 

そして向こう側の席に行くと、マスターのとなりにちょこんとすわる。

 

ケンタはエミにしがみついたままマスターを見ていた。

 

「サキ」

 

マスターはサキを抱き上げて膝の上にのせた。

 

サキがうれしそうに笑っている。

 

「パパ泣かないで、サキ大きくなったよ」

 

「重くなった」マスターが言う。

 

「ケンタも向こうにすわりなよ」

 

カスミがそう言っても、ケンタは動こうとしない。

 

「エミさんもそちらにかけてください」

 

ユキに言われてエミは

 

ケンタを引きずるように歩きはじめる。

 

ケンタの目にも涙が見えた。

 

サキの明るい声が店の中に響いている。