ディキシーランド・ジャズが流れている。
ニューオーリンズで誕生したその音楽は
ミシシッピ・リバーを遡ってシカゴに辿り着いた。
都会的でより洗練されたディキシーランド・ジャズを
シカゴスタイルと呼ぶ所以はそこにあるらしい。
そんなことを考えているヒロのとなりでは
、
カスミがスマホをのぞきながら何やらイラついていた。
「エディ・コンドンですよ」ヒロの質問にマスターが答える。
「ここは電波の状況が悪くて」
そしてイラついているカスミを見ながらこうつづける。
「そんなにイラつくことはないんだよ」
「そんなこと言ったって」ヒロの言葉にカスミが反応する。
一瞬だけカスミのほうを見たヒロは、
彼の前に置かれていたジャック・ダニエルズの
オン・ザ・ロックをゆっくりと舌先にのせた。
ヒロの待ち人はまだ店に来ていない。
マスターは自分のことを覚えているのだろうか。
持て余し気味のカスミのとなりでヒロは考えている。
どうして彼女も連れてきたのだろう。
マスターはそう思いながら不機嫌そうなカスミを見ていた。
「マスター。この子にギネスをあげてください」
「かしこまりました」
「僕よりずっと強いんです」
カスミはギネスのグラスを受け取ると、
うれしそうにクリーミーな泡に口をつけた。
そしてそれまで飲んでいたオレンジジュースのグラスをヒロの前に置く。
「チェイサーになるかな」
「ならないよ」二人はおたがいを見てニヤッと笑う。
「そろそろなんですけどね」
「もう少し待ってみます」
ヒロがそう言うと、マスターはカウンターの奥の客のほうに歩いていく。
カスミはスマホをバッグに入れるとホッとしたようにギネスを飲んだ。
「やっぱりおいしいね。ギネス」
「それを飲み終わったら出ようか」
「それでいいの」
「今日のところはね。会わないほうがいいかも」