「本当に見たの」

「多分。さっきの道の奥のほうに」

「他人の空似じゃないの。

隆くんには前科があるからなあ」

隆と薫を乗せた車は

海沿いの道路の路肩に駐車していた。

助手席に乗っていた隆が由貴を見たという。

運転していた薫には細い脇道の奥は見えなかった。

「どうする。戻ってみる」

「そうしてよ」

薫は車をUターンさせて来た道を戻ると、

隆が由貴を見たという脇道のところで車を止めた。

「誰もいないじゃない」

薫が車の中から脇道をのぞきながら言った。

「いたんだよ。二人連れで」

「二人連れ」

「そうもう一人、女の人と」

「その人若かった」

「そんな感じ」

「もしかすると、妹さんかなあ」

薫は少し考え込んで車を降りると、

つぶやくように言った。

「やっぱり海のそばは気持ちいいね。

ごちゃごちゃした都会にくらべると」

「そうだね。でもあのごちゃごちゃした場所にも、

ごちゃごちゃした魅力がある」

隆も車を降りて薫のとなりに立っていた。

「ねえ、少し行ってみる」薫はそう言って、

道路を渡って脇道に入っていく。

隆もその後につづいた。

ブロック塀の先に民宿の看板が見えた。

「民宿があるんだね。行ってきいてみる」

「いいよ。人違いかもしれないし」

「そうだね、あたしたち

由貴さんを捜しに来たわけじゃないし」

「いるわけないよね。本当にいたらすごい偶然」

「それより、マスターが言ってたコンビニってこの辺だよね」

「近くにコンビニがあるかだけでも聞いてみようか」

薫はそう言って民宿のほうに歩いて行く。


世利人史 街色の海と海色の街 Ⅲ(その9)



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