「山へ行くつもりじゃなかった。」 -19ページ目

きみに愛されたいんだ。

皆さま、こんにちは。小西康陽と申します。今回はご縁がありまして、このブログに寄稿させて戴くこととなりました。どうぞ、よろしく。

毎週更新、というリレー・コラムの、今週の回に原稿を掲載させて戴くのは、おそらくこのサイトの主幹の方の御好意なのだと思います。
そう言いますのも、実は今週、自分の関わった二枚のCDが同時にリリースされたから。たぶん、そのタイミングに合わせてくださったのでしょう。

一枚は前園直樹グループ、というバンドの二枚目のアルバム。日本語の歌ばかりをレパートリーとするこのバンドで、自分はピアノと編曲を担当しています。『遠くへ。前園直樹グループ第二集。』、と題したこのセカンド・アルバムは、バンドにドラマーとトランペッターを迎えての最初の作品。昨年、この編成で初めてリハーサルを行なったとき、これはすぐに録音物を作って遺さなくては、と考えたほど、そのアンサンブルは成功しました。自分で言うのもおこがましいのですが、まるで知らない人が作った古いレコードのように、このアルバムはリラックスして聴くことが出来、制作に関わった作品としては珍しく、完成した後も何度となく針を下ろしています。そう、このアルバムは、今週発売されたCDに先駆けてアナログのLPの形でも発売されました。

さて、もう一枚発売されましたのは、これが何とも恥ずかしい、自分の生まれて初めてのソロ・アルバムです。

昨年、短い期間でしたがお世話になりましたレコード・レーベルの方から、ソロ作品を作ってみませんか、というお話を戴いて、初めはまったくイメージすることが出来なかったのですが、アイデアを出し合う内に、たとえばクインシー・ジョーンズのような、プロデューサーとしてのソロ・アルバム、と言われて、ようやくかたちが見えてきたのを憶えています。

それから間もなく。ある晩、寝室の小さな明かりを点けた途端、以前に閃いたもののレコーディングせずに忘れていたアイデアを思い出して、そこからアルバムの青写真が出来上がるまでに、それほどの時間は要りませんでした。すぐにアイデアを何かに書き留めなくては、と思ったとき、ちょうどその小さな明かりのすぐ側に、いつか旅行先で買い求めたまま使っていなかったノートブックが置いてあるのを見つけ、白いページを開く。何かが降りてくる、というのは、たとえばこのような瞬間のことなのだな、などと思ったものでした。

けっきょく、ソロ・アルバムはすべて海外のアーティストの歌による外国曲のカヴァー集、という形式を採用し、つまりこちらは構成と編曲のみを手掛けました。本来ならば、編曲家のリーダー・アルバム、と言う方が正確かもしれません。けれども、たとえ十年前に解散した、とはいえ、元バンドマンが一人になって作る作品は、やはりソロ・アルバム、と捉えられてしまうわけです。それで少しでも注目が集まるなら、そしてセールスにつながるならば、こちらは一向に構わないのですが。

こちらのアルバムもまた、自分がリラックスして聴くことが出来る作品にしよう、と考えて作ったのですが、まだ自分には距離を置いて聴く余裕はないようです。ときどき、アルバムの中のいくつかの曲をラジオやパソコンで、あるいは誰かの部屋のモニター・スピーカーで耳にする度に、あれ、サクソフォンが小さい、とか、どうしてここにブリッジを入れたのだろう、などと必ず綻びを発見してしまうので、とても安心して聴くことは出来ません。リラックス、どころか、いまの自分にとっては最も生臭い作品かも知れません。半年近くも、毎日の如くデモを聴いてきたというのに、どうしてなのか。

とはいえ、いままで作ってきた自分のレコードは、すべてそんな具合です。安心して聴けるようになるのは、何年も経ってから。いや、聴けるようになればまだ出来の良いほう、作ってから一度も聴いていない作品の方がはるかに多いのですから。

ここで文章を結ぶなら、韜晦もたっぷりの、かなり厭味なアルバムの宣伝文、という趣で着地しそうですが、もう少し、蛇足のような話をします。

この数週間、主に雑誌の取材を受けてきたときに、よく尋ねられたのは、どうして雪景色のジャケットにしたのか、というものでした。たぶん、自分はソロ・アルバムというものを、やはり1970年代によく聴いていた、いわゆる「シンガー・ソングライター」というジャンルの作品のように仕上げたかったのだ、というのが、主に音楽雑誌のインタヴューのために用意した答え。
いっぽう、音楽専門誌ではない媒体では、自分は北国の生まれで、まだ幼稚園に上がる前、最も古い記憶にあるのは、札幌郊外の宮の森、という土地にあった家の、窓の外の一面の雪原だった、という説明をしました。しつこい、いや、熱心なインタヴュアーの方には、その両方の話をするわけです。

これはもちろん、どちらも正直な答えです。このアルバムのジャケット・デザインに於いて、じつは雪の写真以外のアイデアなど一切考えたこともなかったのでした。
生まれてから三歳までを札幌で過ごし、幼稚園と小学校が東京、そして中学・高校が再び札幌、という育ち。シンガー・ソングライターのレコードに夢中になったのは、まさに中学・高校時代。窓の外の雪を眺めながらカナダのフォーク歌手のアルバムを聴くというのは、考え様によっては豊かな音楽環境だったのかもしれません。
けれども東京に移り住む前、三歳までの記憶の中の、宮の森の家の原っぱの雪を思い出したのは、震災の後、アルバムのトラックダウンの頃でした。こういう幼い頃の記憶がなぜか不意に蘇ったのは、このアルバムのせいなのか、それとも自分が年を取ったせいなのか。

アルバムの中でもうひとつ、幼い頃の苦い思い出が蘇るトラックがあります。それはウーター・ヘメルさんに歌って戴いた「アイ・ワナ・ビー・ラヴド・バイ・ユー」、という曲。誰もがマリリン・モンローの歌声で思い出すであろうこの歌を、若い男性歌手に歌ってもらうなら、これは絶望的な恋愛の歌となるだろう、と閃いて編曲したスコアです。

オランダから届いたウーター・ヘメルさんのヴォーカルを聴きながら思い出したのは、あれは幼稚園の始業式の帰り道のことです。同じ「星組」になった女の子と一緒に手をつないで帰ろうとしたのに、彼女は自分と手をつないでくれない。何度か手をつなごうとするのだけど、その度に彼女に拒否されて、ついには火がついたように泣き出して、「どうして手をつないでくれないの?」、と大声で叫んでいた子供。天現寺橋の交差点から現在の恵比寿三丁目まで、信号と信号の間の短い道の上での、人生最初の失恋でした。

その子供が48年後に作ったのが、『11のとても悲しい歌』、と題されたソロ・アルバムです。どうでしょう、ちょっと聴いてみたくなりませんか? やはり結びは野暮な宣伝文となりました。



 $「山へ行くつもりじゃなかった。」-PIZZICATO ONE








小西康陽

作編曲家。DJ。前園直樹グループの一員としても活動中。

■NHK-FMにてレギュラー番組『小西康陽 これからの人生。』が放送中。
毎月最終水曜23時~ 検索:NHK これからの人生

■前園直樹グループのサイト。 検索:前園直樹グループ

■READYMADE JOURNAL 検索:readymade journal

(写真;信藤三雄)











「山へ行くつもりじゃなかった。」-relay column 2011




WMD春のリレー・コラム。
第8回目はPIZZICATO ONEこと、小西康陽さまのコラムをお届けいたしました。
WMDのブログに小西さまの文章を掲載させていただけることを、大変嬉しく
そして、感慨深く感じています。

まるでこれは、ひとつのセルフ・ライナー・ノーツ。
ご紹介頂いた2つの作品。砂浜の写真、そして、雪原の写真。
楽曲は、もちろん、ジャケットもとても素敵なのです。
ぜひ、実物を手にとってみてはいかがでしょうか。
おひとりで、じっくり聴くのをお薦めいたします。

それから、最新型の「DJ小西康陽」さまが今、何をクラブの現場でプレイしているか。
音源や、ラジオではわからない、もうひとつの愉しみ。
こちらは、大勢の方々と、一緒に。

夏の扉を開けて。
ぜひ、現場で。

2ヶ月に亘ってお届けしてまいりました、
WMD春のリレー・コラムは、ひとまず今回で最終回です。
お楽しみいただけましたでしょうか?

またの機会に、リレー・コラムをお届けする予定です。
感想など、Twitter
お聞かせください。ちなみに、ハッシュタグは、#westmdです。

WMDの「夏の扉」は、もう、まもなく。
夏山ドライヴも、大阪、堂山町からお届け予定。
次回パーティ日時等は、追って、こちらでお知らせいたします。

私の人生。人生の夏。
もしも、ぼくたちが山のてっぺんで暮らしていたなら。

どうぞ、お楽しみに。


ドアをノックするのは誰?

『トン トン トン』

「何の音?」

「風の音。」

「あー。良かった。」


『トン トン トン』

「何の音?」

『おば…ぁちゃんが、杖をついて歩いている音。』

「あー。良かった。」


『トン トン トン』

「何の音?」

「えーお兄さん新聞はどうですか新聞は読んでますか新聞は読んでないんですか1ヶ月だけでもどうですかなんで新聞読まないんですかいやとりあえずどうですかしんぶんはよ…」

(もう、えぇさかいに、はよ、どっかいきよし。)

バタン。


只今、時刻は昼の12時過ぎ。

とある処から届くはずの、宅急便の荷物を待っている。
先ほど、連絡があったので、もうすぐ配達されるはず。
とても楽しみにしていたので、今か今かと待っている。
小銭は、ある程度、用意をしておくタイプ。
配達員の人は、たいてい、若くもないし、特にマッチョでもなんでもない。
そういう、ささやかな刺激は、このエリアにはご縁がない様子。

ボクの住んでいる部屋は古いマンションなので、呼び鈴もインターフォンもない。
なので、誰かが来るときは、鉄の扉を叩く音がするはず。
爆音で音楽を聴いていたり、イアフォンをつけて作業をしていたり、
台所でお湯を沸かしていたり、もしくは、うっかりまだ夢の中だったり。
そんなときにも、時間指定が出来るのは、なんとも嬉しい限り。
多い日も安心。

まだ学生だった頃は、本当に街中を歩いて、様々なお店を、あちこち観てまわって、
文字通り「足」をつかって、買い物をしていたのに、
いつのまにやら、パソコンのクリックひとつで様々なものを買える世の中になった。
それが悪いことだとは、思わないけれど、
年齢だけは大人になった今。
何もしなくてもよい休みの日に、時間を気にせず出かけるのも、とても愉しい。

まずは、JET SETに行って、魂が抜けたところで、丸亀製麺所に行って、
お腹が膨れたら、SEALEDにも寄って、気分の良い、ええもん見せてもうた後には、
サンシャイン・カフェでお茶をして。
陽が暮れた頃には、レイト・ショウの映画を観る。
なんていうのは、最高。
魚棚のランチ付なら、パーフェクト。
って、何百メートル範囲の動線やねん。云う話ですが。(京都ローカル)

『ボサノヴァ2001』を聴いていた大学生の頃。トーキョーという街は、渋谷というところは
一体どんな街なのだろう?と、いろいろ思いを馳せながら、
「どうして自分は京都に生まれてしまったのだろう?」なんてことも思いつつ。
手に入れたばかりの同じレコードを、何度も何度も聴いていたあの頃。

素敵なことを発信している人たちは、何を考えていて、どんな音楽を聴いているのか、
とても気になっていた。

バックボーンというか。いや、違う。
バックボーンだけに惚れてしまうのは、恋愛と一緒で、それはただの身勝手で世間知らず。
引用と編集。とか、どうでも良くって、本当のことが、知りたくなる気持ち。

幸い、歩いていける一番近いクラブはメトロだったので、
事あるごとに、気になるパーティにはとてつもなく通ったりもした。
改めて考えると、それは、ラッキーだったのかも知れない。
あの重い入り口の扉を、意を決して開けると、そこには毎回、
ボクの知らない世界が待っていたのだから。

「未来の音楽」シリーズのリリース記念パーティで、初めて小西さんのDJを聴いた日のことは、
今でも憶えている。

お清めのオルガンが響く、フロア。
知らない曲も知ってる曲も、全部覚えて帰ろうと思った日。
あの小さな鉄橋みたいになった、照明ブースの横のところ。
たまたま1人でいらっしゃったときに、
「女子じゃなくて、すいません。」といって、握手をしてもらった。
とても、大きな手だった。ような記憶。
ステージでは、DJ中のあの方が、ついにパンツに手をかけた後だった。
ような記憶。

もちろん、初めて、DIAMONDS ARE FOREVERに遊びに行った日の事も。
それは、また別の機会に。
時は巡って、毎月、メトロのDJブースに入らせてもらっているのは、
なんだかうまく云えないのだけれど、
ありがたいことだなぁ。という言葉しか思いつかない。

心の扉を叩くのは、いつも、ボクさ。

なんて、ホントに全く今でも考えたことはない。
いつも、心の扉を叩くのは、素晴らしい映画や、小説やドローイング。
キャムプで、ゴージャスで、センチメンタルなもの。
それから、もちろん、大好きな音楽。
今も、心のドアをノックする。


『トン トン トン』

「何の音?」

「とうとう来たね、レコードが。」

「来ましたねぇ。」

「本当に来たのかね?」

「そうよ、来たのよ。」

「そうかねぇ…。」

「ダメダメ、そうに違いないわ、お父様。」


……。


「すいません、大阪ガスなんですけれど…今月分だけでも…。」





















あーあ。うっかりしてたよね…。
…そうや。
ダイアナ・エクストラバガンザさんから、たくさん預かっているレコードを聴こう。
ヴィッキー・カーのアルバムにしよっか。
気分転換としては、最高。
なんせ、1曲目のタイトルは、Happy Togetherやもんねー。

気をとり直して、
ターン・テーブルの針を、レコードに落としたところ。
ちょうど、玄関の扉を叩く音がした。






$「山へ行くつもりじゃなかった。」-Dj kor










kor(カオル)

京都生まれ。京都育ち。まだ家の建っていない音楽家。
チビ猿です。
「かわいこちゃん。普通。変な人。」に分けるとすれば、
どちらかというと、珍獣枠です。
よろしゅうおたのもうします。
好きなものは、バナナ、ポテトチップス。それから、とても美味しいもの。かわいこちゃん。
各種選曲、音源製作もしております。
詳しくは、こちらを。
http://iflyer.tv/dj-kor

(写真:畑智章)





「山へ行くつもりじゃなかった。」-relay column 2011




WMD春のリレー・コラム。
第7回目はDj kor こと、中西カオルさんのコラムをお届けいたしました。
映画「反撥」のようなお話を書くつもりだったそうですが、
これは全くの別物。お時間ある方は、どうぞ、映画をご覧ください。
改めて観ると、どう見てもその髪型は、ヅラにしか見えなかったりなどなど、とてもキャムプです。

春のリレー・コラムも次の更新でラストとなります。
ラストはこの方。お待たせいたしました。

ごぞんじ、小西康陽さまです。

次回は5月27日。
いつものように金曜日の正午に更新です。
もちろん、お手元には新しく発売されるアルバムを。
どうぞ、皆様お楽しみに。











ニュー・ミュージック・マシン

どうも。

WMDのガチムチ担当、FUJIOです。

最初に言うておきます。
皆さんのような、ポエミーな文章を期待したらいけませんよ。

前回のHATAさんのコラム、本当に素敵でした。
恋と音楽の思い出を、上手に混ぜ合わせて、
青春時代のせつない情景までもが、浮かんでくるようで。
そんなHATAさんの素晴らしい文章を見て、

こんな、しょうもない下書きなんか捨ててやる!

と、自分の書いた下書きを急遽捨てる事に。(そして期日の締め切りに間に合わなくなり焦る事に)

じゃあ、自分もHATAさんのように青春時代を振り返ってみる事にしようかなってね……。



ん?

あれ?

あ、恋愛の思い出が無い!

そっか。そりゃそうだよね。

青春時代は、お爺ちゃんにしか欲求しなかったからだもんねw

(※23歳で初体験するまでは、お爺ちゃんの幻想に取り憑かれてたようで、のちのち実物のお爺ちゃんと枕を交わし、
絶望感を感じる事に。そして好みの対象年齢が下がり、今に至る。)

あー……。こりゃ完全に、思い出迷子やん。

こうなったら、今からでも脳内で同級生を、恋愛対象に仕立て上げたろか。
そうやな、それやったら高校時代に仲の良かった「クッキングパパ」似のN君が、ええな。

和歌山にある高校からの、帰りの空いている車内で、コーネリアスのFMラジオ番組を録音したのを、
片耳ずつ、イヤホンで聞いて毎日帰ってた、あの頃。
そいつん家は金持ちだったから、アメ村のタワレコに一緒に行っては、
その当時に渋谷系と呼ばれていたものを、「大人買い」してたよな…。
そいつは優しいから、買ったCDを全部MDに落としてくれたよね。
自分の家には、MDプレーヤーなんてモノが無かったのにw

でも、いつかそいつが興奮して、
僕にわざわざCDを見せてくれた事があって。
興奮した口調で「とりあえずコレを聞いてくれへん」って。

大げさかもしれないが、それを聞いた瞬間、
自分の中で、何かが変わったような瞬間なのは今でも覚えてて……。

それが「ミックスアップ(2) feat. Jeff Mills」
これはちょっと変化球ですが渋谷系ムーブメントもだいぶん煮詰まり、
渋谷系の分散によってジャンルの垣根が壊れてしまった頃の作品。
完全にテクノなんだけど、その頃は渋谷系のCDとして取り扱われてたんよね。

そこからは、N君とは渋谷系からテクノの方へ嗜好が流れて行き、今の選曲スタイルに至るんです。


そうやね、今でも覚えてるのは、興奮したN君の顔。
それと、WMD第一回目のオファーを頂いた時、
N君に音源を借りようと、10年ぶりくらいに電話をした時の彼の返答。



「あ。もう捨てたかも。」


ごめん。
やっぱり、君には僕の脳内恋愛の対象なんてのは、無理なんやな。


「あ。でもコーネリアスのポータブルプレイヤーは、まだ持ってるで。」


って、音源じゃないやんw

そんな10年ぶりに、友達と電話をかけるきっかけをくれたWMDに感謝です。










$「山へ行くつもりじゃなかった。」-DJ FUJIO













DJ FUJIO

独自のセンスによって繰り出されるROCK,ELECTRO,TECHNO POP,PROGRESSIVE HOUSEなど
アッパーかつゴリゴリな音楽スタイルに加え、ますます変態度に磨きのかかったDEEPな世界にも注目。
NO.228や、grooveroom@UNION(大阪)等の音楽メインのパーティーでスキルを上げ、
ついに、2011年3月、Shangri-La@ageHaのアフターアワーズPANORAMATOURのラウンジDJとして、
東京へ初進出。
絶妙にブレンドされた、ダンスミュージック好きの心をお祭り状態にさせる選曲は、
今後ますます進化していくだろう。

DJ FUJIO's FACE BOOK





「山へ行くつもりじゃなかった。」-relay column 2011




WMD春のリレー・コラム。
第6回目はFUJIOさんのコラムをお届けいたしました。
UKロックから、ダンス・ミュージック、そしてジャニーズまでこよなく愛する、チャーミングな人。
隠れファンも、多いとかなんとか。
ひとつ、注釈を。関西では、二人称を、「自分」って云う場面が、結構あるんですよ。
例)「ちょっと、大丈夫、自分?」
だいじょうぶ マイ・フレンド。

引き続き、第7回目は、Dj kor こと、中西カオルさんです。
いろいろ悪巧み?を考えている、張本人です。
次回は5月20日。いつものように金曜日の正午に更新です。
リレー・コラムも、あと2回となりました。どうぞ、お楽しみに。