1月にアキレス腱を断裂した後のリハビリが

遅れ、いまだに歩行がうまくいかない。
 人の多いところへ行く時は、怖いので杖を
突いて歩いている。
 
 まるで、障碍者。
 
 ちょっと、誤解されるかもしれないけれど。
 
 足が不自由になって、周りから、そういう
目で見られているかもしれないと思うように
なって、40年前に夢中になって読んだ小説、
トーマス・マンの「小フリーデマン氏」を読
み返してみた。
 
 岩波文庫で40ページほどの短編小説。
 
 舞台は1900年ころの北ドイツ、小都市リュ
ーベック(川崎市の姉妹都市だ)。
 生後間もなく事故にあい、障害を持ったフ
リーデマン氏。
 おそらく、身長130センチ程度、いわゆる
「せむし」だ。(差別用語ですみません)
 
 恋をすることを、とっくに断念している。
 
 そして、文学小説を読んだり、音楽会に行
ったり、バイオリンを弾いたりして、自らを
教養することによって、教養人として平安を
得て、生きて行く。
 
 「隠れて生きよ」というエピクロスの言葉
のとおりに生きる、エピキュリアンだ。
 
 その、小フリーデマン氏の生きざまに、大
変共感したものだ。
 
 小説の中に、次のような文がある
 
 「音楽が好きだったので、町で催される音
楽会には、欠かさず出かけて行った」
 
 「なにより芝居(オペラ)が大好きで、市立
劇場の二階桟敷に指定席を取っていて、彼
は規則正しく見に行った。」

 「市立劇場で『ローエングリン』が演ぜら
れて、教養のある人は残らず出かけて行った。
 (中略)彼は申し分のない服装で、自分の
特等席―特等席13号―に入って行った」
 
 リューベックと言う、今でも人口20万人の
小さな町に、歌劇場がある。
 沼尻さんが音楽監督をしていた、「リュー
ベック歌劇場」
 小説の中では、そのいつもの二階桟敷の指
定席に彼が行くシーンが、大きな転換点にな
るのだけど。
 
 フリーデマン氏のこういう生活に憧れる。
 
 自分の住む町の歌劇場(コンサートホール)
に「指定席」(定期会員券の席)があって、
いつも聴きに行く・・・。
 
 川崎に住む私にとっては、自分の町のホー
ルであるミューザ川崎に、指定席があって、
(せめて、定期会員の席があって)5年後も、
10年後も、同じ席で、自分の席でコンサート
を聴き続けたい。
 
 でも、ミューザにはそういう「席」がな
い。
 
  「名曲全集」は年度ごとの更新だ。
 
  1年、10回の公演チケットを通しで買って、
翌年はまた新しく買わなければならない。
 
 これだと、「自分の特等席」にはならない。
 
 東響の「川崎定期」はおまけみたいに年5回
しか公演がないし、大好きなPブロックの通し
券も販売していない。
 
 私はオケの「定期会員」券が大好きだ。
 
 同じ席で、何年も、何十年もそのオケを聴
いて、そして、応援していたい。
 
 身体に障害が残っても、恋など断念して、
「自分の特等席」に通い続け、全き平安の
うちに人生を送りたい。
 
 今のところ、その「特等席」はN響Bプロ
と読響名曲シリーズのサントリーホールだけ
だ。
 
 次に特等席に行くのは10日以上先。
 それまで、ゴールデンウィークは混雑する
から、じっとしていよう。
 
 隠れて生きよ!