ちいさな、おはなし。 -95ページ目

我、汝と汝の隣人を救えり。

ひとりの若者が、もうひとりの若者を必死で抱きかかえている。

底抜けに優しい面差しの彼は、いまにも倒れそうな相棒の肩を抱きながら何やらささやいている。

大丈夫だ。もう少しだ。

ちいさな声なので聞き取れないが、おそらく、そのようなことをささやいているんだろう。

大丈夫だ。もう少しだ。

よく分からないが、僕も応援することにした。


夜の中央線。


温かい光景ではないか。

しかし、それにしてもだ。



支えられている方の人物の横顔に、何やら巨大なマスクのようなものが見える。
よく見ると、その耳にかかっているのは、よくあるマスクの「ひも」よりも太い。

次の瞬間、電車の揺れに合わせるように、その人物の横顔がより近くに見えた。


防毒マスクをしてるのかと思った。


だって、おそろしくデカいんだもん。


疑問を残して、僕は三鷹で各駅停車に乗り換えた。


振り返ると、僕といっしょに降りたはずのあの二人組は、
再び今乗ってきた特別快速に乗り込んでいる。

支えている方の、優しい面差しの彼が、相棒はまだ大丈夫と判断したようだ。


大丈夫だ。大丈夫だよな。もう少し行ってみよう。

行けるとこまで行ってみよう。


支えられている方の、防毒マスクの彼を見た。


彼は、彼の優しき友人の手によって、

「いざというとき」のために、


スーパーマーケットのビニール袋を、

両耳にひっかけることによって、

完全防備されていたのだった。


そう。「いざというとき」のために。

彼の優しき友人は。
優しき面差しの彼は。

友人を救い、まわりの乗客にも気を遣っているのであった。


優しき友人と、防毒マスクのその友達は、

いったいあのあと、どこまで持ちこたえたのだろうか。