ちいさな、おはなし。 -39ページ目

この空間に、勝るものなし。

『当店は時間のかかる店です』

とわざわざ書いた貼り紙を一瞥しながら店内に入ると、空席があるではないか!

時間のかかるこの店に、今日は18時に着いた。
出先での仕事が思いのほか早く終わり、なおかつ、
会社に戻ってもビルのメンテナンス作業とかで停電の日だ。
そこで夢のような「直帰」である。心が弾まないはずがない。

この店のおばちゃんは無愛想だが、それでもその所作に心はこもっていて、
水を持ってきて目の前に置いてくれる時、蚊の鳴くような小さな声で「お待たせ」という。
その、ほんの一瞬見せる、精一杯の笑顔が可愛くて大好きだ。

なにしろ水を持ってきてくれるのにも時間がかかる。
しかも、それまで勝手に注文してはいけないのだ。でも客はそんなことに腹を立てない。
とにかく、この水をいただくときが「さ、注文してちょうだい」という合図なのである。

おばちゃんの愛するご主人がこれまたいい。
その面差しは、失礼ながら赤塚不二夫さんの描くなにかのキャラのようである。

おじちゃんは、ひとサイクル分の麺ゆでが終わると、茹で湯を全部大鍋から出してしまう。
そう、新しく水を入れ、また沸騰させ、それから次のサイクルの麺を茹で始めるのだ。
これがこの店の「時間がかかる」最大の理由であり、この店の麺が最高に美味しい最大の理由でもある。

茹で湯の入れ替え作業が終わり、その沸騰を待つまでの間、おじちゃんは「つけそば」のつけダレの製作にとりかかる。湯呑茶碗と大して変わらない大きさの器に、特製のタレを投入、そこにザラメのようなものを投入、さらに少量の化学調味料を投入、そしてお酢も投入、その他何だかよく分からないけどいろいろ投入し、最後にゴリゴリとごまをするように混ぜる。混ぜるというより、練る。

この練り練り作業のときのおじちゃんの顔が大好きだ。
心を込めるとはこういうことをいう。
薄汚れた店内の薄汚れた厨房で、薄汚れた調理着を着たおじちゃんが、
ウットリした表情でつけダレを練る。

芸術でしょうこれは。

時間が止まったこの店では、これが最大の見せ場である。

さ、麺が茹で上がった。つけそば(つけ麺)だから、このあと水でぬめりをとる。
それはおばちゃんの役目である。

その間に、おじちゃんはさっきのつけダレに、熱々のスープを注ぎこむ。
このサイクルのお客さんの人数分のそれをつくると、最後に具の盛り付け。
竹の子(メンマ)がどっさり入ってるのが、僕が頼んだ竹の子つけそばだ。

おばちゃんが、
一方の手で、水で締めた山盛りの麺を、
もう一方の手でつけダレを持って、こちらにやってくる。
この時のうれしさといったら心臓が止まりそうなほどである。

麺をつけダレにくぐらせ、ほおばる。

至福。。。

言葉が出ない。

一気に麺をすすりこむ頃、おじちゃんと目が合う。
「ん?いる?」という表情をしてくれる。
で、こちらも「うん、いる。ちょうだいスープ」という表情をする。
おじちゃんは黙ったまま、あのウットリした顔でスープを注いでくれる。
ながーいひしゃくを使って。

麺を食べ終わったあとの、割りスープの時間である。そば湯のようなものだ。

もともと濃い目にできているつけダレを、最後に出汁のきいたスープで割る。
これをふうふういいながら飲む。

至福。。。

この味と、おじちゃん・おばちゃんに会うために、また仕事がんばろう、そういう気になれる。


繰り返すが、
この店のおばちゃんは無愛想だが、それでもその所作に心はこもっている。

お金を払って「ごちそうさまでした」というと、最後におばちゃんは、
思い切り不器用な笑みを浮かべながら、

「ありがと」

という。

蚊の鳴くような声で。