ちいさな、おはなし。 -19ページ目

晩夏のつれづれ


例年になく落ち着かない日々が続き、本来大好きなこの季節をあまり満喫することもなく、あっという間にそれが過ぎ去っていこうとしている。

大好きな番組『ぶらり途中下車の旅』のナレーションで有名な滝口順平さんが亡くなった。多方面からの哀悼の意。自分も心からご冥福をお祈りした次第。

さて。
それでも今朝チャンネルを回すと、この番組独特の雰囲気が損なわれることなく、またそれはそれでいいかもね、といった味わいの人がナレーションを務めていた。
よーく思い出してみたらそれはマスオさんの声であった。
さすがスタッフ。選びに選んだのだろう。なかなかにマッチしている。

今後もこの人が続けてくれるのかどうかは分からないが(今のところ1回ごとに人が変わったりしているので)、超一線級を後任に据えようとしているあたり、同番組スタッフが滝口さんに最大の敬意を払っていることを思わずにはいられなかった。

太川陽介、阿藤快、舞の海、その他多くの旅人たちには今後とも期待したい。
あ、最近ごぶさたの車だん吉さんも久しぶりに出てほしいもんだ。
もともとはこの番組はだん吉さんがメインだったのだからね。


◇◇
ところで。
扁桃腺手術の後遺症としての味覚障害には個人差があって、
そもそもまったく起こらない人、
術後2週間くらい続くがあっさり治る人、
半年くらい続く人、

などなど様々だそうだ。

自分はといえば、相変わらず舌の真ん中から奥の部分の味覚が麻痺している。
ワンタン麺や皿ワンタンで有名な四ツ谷『こうや』に行ったときはショックだった。
あの店のスープのコクが分からないとは!

嗚呼。味が分からない。この店の味が分からないとは。。。

こういうときつくづく思うのは、和食というもののありがたさ。
たとえ味噌汁の味がいまひとつ分からなくとも、
納豆の独特の風味が分からなくとも、
ご飯にかけた山芋(トロロ)の力強さが分からなくとも、
DNAのどこかに刷り込まれているのか、
これらのものは、味覚以外の感覚によって安心して飲み込むことができる。

ま、そのうちなんとかなるだろう。和食バンザイ。

◇◇◇
浅田次郎というのは本当に罪な人だ。
この人はどういう心境で小説を書いているのか知りたい。

事情があって子どもを捨てた母親が、かつてひどい目にあわされた元夫の訃報を聞いて線香だけあげに戻ってくる。
ことをすませて逃げるように帰路を急いだところ、橋の上で男性に呼び止められて会話をかわす。その男性は・・・そしてその会話はどういったものだったか。
(浅田次郎『月島慕情』収録、『供物』。)
短い話だが、泣いた。そしてその筆致の素晴らしさに感嘆してしまう。

おそらく、泣かせるために書いてるのではなく、自然体でこういう物語が書けるのだろうと思う。

◇◇◇◇
夏が過ぎ去ったときの寂しさは、
ちょっとだけ我慢していればいずれ忘れてしまえる。
そんでもって、キンモクセイが香る頃になれば、いつのまにやら身体が秋のリズムに変わっているのだから不思議なものだ。
日本は四季があるからいいやねえ。。。