◎N響100年記念 特別演奏会 マーラー「復活」

2026年10月3日 18:00@NHKホール


指揮:ファビオ・ルイージ
ソプラノ:イン・ファン
メゾ・ソプラノ:タマラ・マムフォード
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平


マーラー/交響曲 第2番 ハ短調「復活」



9月から始まったファビオ・ルイージ率いるN響の百年祭。

2000回記念定期公演では比較的早くに完売だったルイージのマーラーも

時を経て賛否が大きく分かれご覧のように記念公演で当日券が出回る有様。

先月の《七つの封印の書》ブーストでB席まで売り切れるも、結局初回の土曜日は2階中心に空席が目立った。

確かに値段が加速度的に上がる在京オーケストラ公演。

とはいえ楽壇の盟主のN響の記念公演が売れ残るとは是如何に。

ルイージの徹底した自己の美学を追求した響きは必ずしも日本人には合わなかったのだな。

いつもの人気投票でも、今年もルイージ指揮の公演は箸にも棒にもかからない。

すでに100周年のお祝いムードなのに退任が発表され、

ルイージ時代になり今まで以上にN響にのめり込んだファンとしては

百年祭の始まりをどこか寂しさを以って迎えていた…。


さて感傷はここまで。

鑑賞はここから。


第1楽章冒頭から、実は4月の5番で感じた恐ろしさ、おどろおどろしい

ドロドロとした情熱家のルイージの負の面に転じた不気味さすら感じた

でも今までとは違う濃くて、もっと重い音楽。

https://x.com/werther_zu_2d/status/2044762358997008868?s=46&t=wWwbtEYZiou-z9amr6bi0g

 

 

正直お腹が痛くなるほど。

いつものようにテンポは緩急自在なのだが今日は特に歌い込みに拘りを見せていた。

この第2番は正直1楽章はわりかし纏めるのが簡単と思うのだが第2楽章のレントラー

そして3楽章の《パドヴァの聖アントニウス》の引用から始まる、いわゆる《角笛》の部分から

歌ができていないと個人的に萎えてしまう難しい部分に入るが

オペラの達人ルイージにそんな心配なかった。

これは3番でも感じたことだったが、N響自体がルイージの歌い方、要求を手中に収めたか

今日はルイージの思った音楽が完全に再現されたと思う。

特に私が原曲を愛してやまない3楽章の《魚に説法する聖アントニウス》の

軽妙で明るく、愉悦や人間的な感情の起伏に富んだ表現は

この楽章の演奏としてはこれ以上求めるものがないほどの出来栄え。

つい歌詞や小川を前に頭を抱える聖アントニウスの姿が思い浮かぶほど。

是非カルクやゲアハーハーなど達人を呼んで

ルイージさんには角笛歌曲を全編演奏して欲しい!


マムフォードの《原光》はよく朗々と響く声なのだがやはりドイツ語の発音に問題があり

特に最後のewig’ selig‘ Lebenのç が潰れてしまったのとLebenの伸ばしが掠れて消えてしまったのが今公演唯一の心残り。

やっぱり英語圏の人にはドイツ語の濁らないç音は鬼門なのか。

(私の学生時代のアメリカ人ルームメイトも最後までçを「シュ」と言っていて発音できていなかった…)

明日は改善されていることを期待したい。

(原光に関してはこれまですごい人達の歌唱を聴きすぎて耳が肥えすぎている感はあるのだが…)


さて原光が終わるといよいよ終楽章。

見事に余韻を残し、アタッカで爆発的に始まる。

もうここからはN響の意地。

郷古廉率いるヴァイオリンがボロボロになる寸前になりながら火の玉のように熱くルイージの指揮に呼応する。

それが伝播した弦全体。

どんなにバンダが吹きまくろうがオルガンが入ろうが

ゴングが鳴ろうが決して負けない!

凛とした、それでいて剛柔自在な見事な弦奏に心打たれる。

最後の復活参加を迎えたとき。

1楽章のc-Mollから始まった苦難のドラマが終結してやっと解放された

見事なドラマを描き切った瞬間!


拍手は少し早すぎたかな?

でもここ十年くらいで上岡さん以来?

最高レベルの復活を目撃したから、いいや。

きっと今日も賛否両論かもしれない。

でも自分には心に残る最高の音楽会になったからOK。

色々あった2026年の音楽会としても

自分の鑑賞史のなかでも

きっと記念碑的な演奏になった。


浪人時代にインバル×フィルハーモニア・ロンドンの復活を聴いて、たまらなくて

ドイツ語を志してオーストリアまで行って。

そんなこれまでの人生を振り返りながらしみじみと感慨深く聴けた復活だった。


残り少なくなるのだろうがこのコンビの演奏

噛み締めながら聴いていきたいと思う。



















…ちなみに今日の音源化して欲しいな〜。

NHKさん、頼みますw

◎NHK交響楽団 第2069回定期公演 2026年9月12日 18:00@NHKホール


PROGRAM

曲目

― N響100年特別企画 ―

フランツ・シュミット/オラトリオ「7つの封印の書」(日本語字幕付き)


ARTISTS

出演者


指揮

ファビオ・ルイージ


ヨハネ(テノール)

ミヒャエル・ラウレンツ


神の声(バス)

ダーヴィト・シュテフェンス


ソプラノ

迫田美帆


メゾ・ソプラノ

藤井麻美


テノール

伊藤達人


バス

加藤宏隆


オルガン

新山恵理


合唱

新国立劇場合唱団


合唱指揮

冨平恭平


ついにN響100周年イヤー到来!

そして2000回記念定期ではファン投票で敗れたフランツ・シュミット《七つの封印の書》が満を持して100周年企画で登場!

※ちなみに筆者はシューマン《楽園とペリ》に投票している、…が、実はそれ以上にメンデルスゾーンの《エリアス》をやって欲しいというのがシークレット・ウォンツ。


さて、ちょうど一年前のN響シーズン開幕A定で凄まじいフランツ・シュミット4番を披露した同コンビ。

すっかり日本人人気のない同コンビにして、実はフランツ・シュミットは最高の品質保証と思うんだけどなあ…と100周年企画なのに余りまくる席を横目に。


今回はガッツリ予習!

まず矛盾を孕んだ当作品。

だって黙示録の世界を描くにはあまりにも音楽が明るいのだ。

そもそも黙示録は永く聖書の中では非主流だったわけで。

確かにこの余りにもグロテスクでファンタジックな(まず登場人物は口から剣が出たり、仔羊は七つ目だったり)装いは

もちろん終末思想や末法思想(これは仏教)の説明には相容れるだろうが

キリスト者には賛否分かれるだろうというところ。


そこへ音楽を演るには余りにも難しいが

大衆には明るく救済もあるフランツ・シュミットの《七つの封印の書》

今回は予習として独訳と和訳の《ヨハネ黙示録》を再読して

敢えて音楽に付随するテキストは読まずに臨んだ。

テキストは頭に叩き込み、いざ鑑賞。


冒頭から澄んだ、相変わらずのルイージの響き造りに舌を巻く。

それが黙示録の持つエグ味を全くというほど消す、清澄さ。

ヨハネ役のラウレンツは母音の力強さこそ弱いものの、この透き通る響きに寄り添う。

神の声扮するシュテフェンスが朗々と重く響くのでこれはこれで良い対比になった。


第1部の第6の封印を解くまでがテンポ良く一気呵成。

フランツ・シュミットの作り込みの巧妙さが見通し良く表現されていく。

ここでもルイージの決して尖らない丸みを帯びるも、

塊で迫る音響が心地よい。

特に第2の封印から冥界の厭世漂う気怠い第3の封印の解放は舌を巻く。

特に合唱が繊細なフーガをまるで室内楽のような一体感で精緻に仕上げているのが圧巻だった。


第2部も聖母マリアに擬えた太陽を纏う女の、驚くほど天国的な描写に恍惚となる。

原作だとここから七頭龍が出るなかなかグロテスクな描写だが、見事に救済への前段になっていて

「シュミットの曲の構成は凄い!」と

震撼してしまった。

…いや、今日のプレーヤーたちの集中の成せる技か、ここまで観客も集中を切らさず聴き入っている。

最後の救済に至るアーメンから、エピローグの合唱までの華やかさたるや

まるで咽せ返る芳香すら感じてしまう響きの良さ。

…そうそう、これがルイージさんの創りたい磨かれた響きの世界観なのだと、納得しきりの大団円。


こんなに短く感じる黙示録って他にあるかな。


う〜ん、フランツ・シュミットの音楽は凄い。

多分この複雑怪奇な音楽を奏でるのに現代の技術が追いついてきたのかな?と思いつつ。


…すみません、迸る思いを乱筆しましたが。


…


N響100周年、いきなりとんでもないのぶっ込んできたな。

明日行けないのが、本当に本当に辛い。

こんな気持ちはいつぐらいぶりだろ。
















◎ セイジ・オザワ松本フェスティバル オーケストラ コンサート Bプログラム@キッセイ文化ホール 2026年8月29日(土)開演 15:00


ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調 WAB108(ハース版)


指揮
フランソワ=グザヴィエ・ロト
管弦楽
サイトウ・キネン・オーケストラ
Bプログラム メンバーリスト






実は夏の松本は初参加!

いっつも当職際繁忙期にぶち当たってご縁がなかったが、今季は月末開催ということでちょうど遅い夏休み期間!

…ということで前日の尾高ラフマニノフ冷めやらぬまま神戸空港から空路松本へ、という聞いたことないルートで超移動!w


(雲海の中山岳サークリングアプローチを経て松本空港到着!さながら「ようこそ日本のインスブルック空港へ!」といった趣…)


さて、今回はスキャンダルの珍騒動(文字通り😅)から復帰のフランソワ=グザヴィエ・ロトが満を持してOMF初登場!

(…すみません、下ネタでした。)


実はこの松本前の予習がとっても難航していた。

一応今回に備えロトの一連のギュルツェニヒ管とのブルックナー録音を一通り聴いてみたのだが、

何というか録音だけではいまいちパッとしない、印象の薄さだった。

とはいえ以前のギュルツェニヒ管との来日でのシューマンの熱演を知っている者からすると

本番はこれじゃない気もするんだよな〜、と結構予習段階でウンウン唸っていた。


が、本番を聴いてビックリなのか予想通りなのか!

凄まじい熱演に圧倒された。

骨格としては一連の録音の様に、特有のリズム表現とアップテンポ気味の引っ張り具合が

保守本流のブルックナー演奏とは一線を画した雰囲気はあるものの

絶妙な間の取り方、残響処理、そして緩急の付け方や音圧処理の精緻さで

一周回ってものすごい堅牢な大伽藍を建造したように思う。


さすがサイトウ・キネン!という桐朋楽派の弦の音圧が助っ人外人部隊が引っ張るブラス勢とバチバチにぶつかる丁々発止!

ホルンのイェルク・ブリュックナーの芯の太い職人芸は冒頭から衝撃…。

ここ最近の日本のオケの伸長具合から、もう欧米に追いつくかな?と思っていた自分の観念を打ち砕く音。

まだとてもじゃないけど知らない領域ばかりと愕然となった。

そして今回の殊勲はなんと言っても第1トランペットのタルコヴィともはや謎の技術で叩くティンパニのリウッツィ!

タルコヴィの大音量でないのに4楽章のトゥッティでも分厚い弦を突き抜け切り裂く音。

2番トランペットのゾードルに目配せしてもっと出せの指令を出す程。

ゾードルも充分出てるのにもはやトランペットの音圧は空前絶後。

そしてリウッツィのティンパニは叩く場所なのかもしれないが、見事に残響が残る。

それが綺麗な鏡面の水面に、ぽたっと一雫落ちて波紋が広がるような絶美極まる残響なのだ。

…うーんすごい。これだけでこのオケの凄みに当てられてしまい絶句。


今まで数あるブルックナー8番を聴いてきた中でも異色の凄演!

4楽章の終結部はリズミカルに飛ばしてきたはずの音楽が、ロトのじっくりとした間の後

当日最遅のテンポで名残惜しく重厚な幕切れ。

…終演の観客のものすごい集中で静寂が訪れ、誰もが拍手を忘れる。

やはりロトはアツい指揮者だなあ。裏切らない。

しばし呆然であった。

これが日本人主体のオケの到達点と言える凄まじいブルックナーであった。









◎【サントリーホール開館40周年記念】サー・アンドラーシュ・シフ  ピアノ・リサイタル2026

2026年4月1日(水) 19:00開演@サントリーホール 大ホール


出演

ピアノ:サー・アンドラーシュ・シフ


曲目

J. S. バッハ:フーガの技法 BWV 1080


(アンコール)

J. S. バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903

J. S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV 988 より「アリア」

J. S. バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 前奏曲とフーガ BWV 846 ハ長調

J. S. バッハ:イタリア協奏曲 BWV 971 





すでに2週間近く経ってしまっているが、それでもなお色褪せ得ぬ音楽体験。

これ程まで心に残る演奏というのは一生に幾つあるかどうか…。

そのレベルの至高の音楽会であった。


今回のアジアツアーで唯一、東京公演のみ《フーガの技法》がプログラムに組み込まれた。

本来であれば当職の本格的な閑散期前のプチ繁忙期の只中であったが、

無理を言ってシフトを替わってもらい、何がなんでもサントリーホールへ!

そもそもシフの膨大なバッハ録音の中にあって、フーガの技法は未だに録音がないという特異な作品。

シフ曰く、フーガの技法は70を超えてからでないとレパートリーに組み込まないと決めていたそうで

(これはプログラムノートにもあり、事前情報としても有名な話)

シフ・ファンからしても謎多き奥の院的なプログラム。


…はてさて一生に聴けるチャンスが今後来るか?

ということで無理を押して入来。


結論は冒頭の通り。


もはや文に起こすことも烏滸がましい、筆舌に尽くし難い芸術の極致であった。

ここから先は備忘も兼ねた細かい気づきの乱筆なメモがわり。


今日の開始前の本人アナウンスは「曲終了後に静寂を」という、フライング拍手を厳に慎むよう促すもの。

そもそもこの《フーガの技法》を聴くためにこのホールを満杯にした(ここまできっちりサントリーが満杯になったのを見たのはそうない)

観客たちにそのような狼藉や粗忽を働く者はいないはずである。


冒頭からまるで無色透明の不思議な世界観に引き込まれる。

これまでのシフのリサイタルにもある、世界観に引き込まれて感情を揺さぶられることはあるが

今までと全く違うのが、色彩感の全く感じない、真に幾何学と規律に支配された世界観であること。

でもそれが、本来難解とされる同曲の特性を全く感じさせない超自然体で観客全体を引き込むのである。

ちょっとしたブラックホール。


そして今回はこの色彩感と併せて強く印象に残ったのが「推進力」


2曲目のコントラプンクトゥスIIから付点が歪に絡み合う、これぞバロック!というなかで

この付点が曲を前へ前へと進める力をこめていた気がした。

この付点の扱いは弾き手によってどうしてもばらつきがでがちな印象があったが、

冒頭の入りの色彩から、時間軸の緩急になり曲全体を構造物にするような仕掛けになっているようなだった。

同じことを中盤のコントラプンクトゥスⅧ(この指の回り具合には絶句…!!)→「12度のカノン」→コントラプンクトゥスⅨの圧巻の雪崩こみからも感じて、

とても一時間半を要する巨大曲に思えない、そして難解といつも言われているこの曲を絶対に飽きさせない仕組みが最後まで続く。


…そう、彼のバッハはどんな瞬間でも絶対に聴衆を世界に引き込んで飽きさせない。


飽きる、という言葉を使ってしまうのが不適切と思ってしまうぐらいもはや神聖な芸術であるのだが。

いや、それでも敢えていうとやはりアンドラーシュ・シフの芸術の裏側には

彼のライブの人としての「人を楽しませることのこだわり」なのか。

つまり常々彼が否定する「エンターテイメント」という言葉がどうしても過るのである。


だってこんなにも難しく、そして謎多き未完のままこの世に遺されてしまった《フーガの技法》


それを現代の聴衆に、現代ホールの極致であるサントリーホールで、

しかも使用するピアノはいつもの彼の愛器であるベーゼンドルファーではなくて

これまた現代の最も市場に流布するスタインウェイを使うという点。

まさに現代に生きる私たちに最高の素材で「《フーガの技法》はかく再現されるべし」

というのを具現化し、最良の状態で咀嚼し聴衆に提示してくれたような気がした。


後に残ったのは極上の感動のみ。


最後の【B-A-C-H】の音形が現れた瞬間「これで終わってしまうのか…」と

この瞬間に終わりが近づくのを心底惜しんだ。

頼むから終わらないでほしい、そう強く願ってしまったのである。


恥ずかしい話、肩を振るわせ泣いてしまった。


そして《フーガの技法》で終わることなくいつものようにたっぷりアンコールを大盤振る舞い。

最後のイタリア協奏曲は全曲弾いてくれた。

正直これには流石に《フーガの技法》で押しつぶされかけた気持ちを救ってくれて、

さわやかに会場を後にすることができた。

…こういうところまで含めて、やっぱり現代最高の芸術家でもあるが

生粋のライブの人、エンターテイナーであるのだなと。

またそれ以上にバッハ芸術を現代に至高の形で具現化する伝道師、奇跡の人である。

彼の生きる同じ時代に居合わせたことを心の底から感謝したい。







◎サー・アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル


2026年3月20日(金・祝)

開場 14:20

開演 15:00

@札幌コンサートホールKitara 大ホール


プログラム
演奏曲目は、シフ本人がステージ上でトークを交えながら発表いたします。


(以下公式発表ではないが札幌公演のセットリスト)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(※以下バッハ):ゴルドベルク変奏曲 BWV988より アリア

バッハ:カプリッチョ《最愛の兄の旅立ちに寄せて》BWV992

モーツァルト:アダージョ ロ短調 KV540

ハイドン:ピアノ・ソナタ 第32番 ト短調 Hob.XVI:44 作品54-1

バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV81

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109


シューベルト:

アレグレット ハ短調 D915

3つの小品 D946から 第1曲 変ホ短調

即興曲 変ト長調 D899-3

ハンガリーのメロディ D817

3つの小品 D946から 第2曲 変ホ長調

楽興の時 D780から 第3番 へ短調

3つの小品 D946から 第3曲 ハ長調


(※以下公式発表のアンコール)


・ショパン:ワルツ イ短調 作品34-2
・ショパン:マズルカ ハ長調 作品24-2
・ショパン:マズルカ イ短調 作品17-4
・モーツァルト:ピアノソナタ 第16番 ハ長調 K.545より 第1楽章
・J.S.バッハ:イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971より 第1楽章
・ブラームス:インテルメッツォ 変ホ長調 作品117-1
・メンデルスゾーン:無言歌集 第6巻 作品67より「紡ぎ歌」
・シューマン:「子供のためのアルバム」作品68より 楽しき農夫


…定番のもはやここまで書くのに疲れたww

記憶があやふやだったり、興奮の中で色々おぼろげだったりするのであくまでも参考まで。

公式が後日発表するらしいので、そちらを参照されたい。




さて、2時間45分。今回は前回のソロリサイタル3時間に比してさらに短くなったが

ここ数年、時に4時間越えで引き続ける、(主に聴く方にも)優しくない音楽会だったため

まあ本人にも途中で堪え兼ねて出て行く聴衆の物音で気分を害するよりも

この程度の時間が限界と考えてのことか?

はたまた本人の体力の事を考慮してか??

…一昨年の「いずみホールアラーム事件」を体験している者にとっては明らかに前者であろうが。


シフらしい、本当に考えられたプログラムであるのはさりながら、

今回の音楽会を一言だけで表現するなら


「楽しさの先の何か」


とでも言うだろうか。


前半はここ数年シフがリサイタルで取り組んできた定番曲を並べたシリアスモード。

(モーツァルトのアダージョだけは初聴きかな?)

全く弛緩する事ない、彼のピアニズムの極致を体験する。

で、特に今回、最近ではお馴染みの彼の日本語でのMC(ちなみに奥様は日本人の塩川悠子女史)の中で

多分毎回言ってはいるのだろうが「音楽を楽しみましょう」と言う言葉がなぜか冒頭霊感を得てしまった。

これは後半に伏線が回収されるのではあるが…。

それにしても1曲目のアリアからいつものようにぐいーん、とシフの世界に引き込まれすでに涙が出そうになる。

そして最後のベートーヴェンの第30ソナタに至って、いつも以上に柔和で暖かな表情づくりを目にして

もはやこの芸風は神仙の領域に達しているのではと思うほど、悟りの境地。

でもその先に広がるのは多分作曲家につながる大自然であって、宇宙であって、しかも人の姿形や情までが

心象風景に登場するような表情の豊かさで、俗世に生きる聴衆をつなぐような。

…あぁ、尊い!いつの間にか拍手ではなくて合掌🙏

※いつもこんな感じです。


後半は驚いたのは一昨年に続きオールシューベルト!

一昨年は幻想ソナタまる一曲弾いて、MCで曲目発表された瞬間鼻血が噴出すると思ったが…!

今回大興奮してしまったのが、中央に配置された十八番『ハンガリーのメロディ』…!!


…いや〜とうとうこの時が来た!という、前から聴きたかったシフの『ハンガリーのメロディ』


しかし小品集の後半は、シフの音楽会でこんなにも楽しいと感じたのは初めて。

で、あの前半の霊感に繋がるのである。

ちなみにプログラムのコラムの中にも「フモール」(ユーモア)が題材としてあり

今回のツアーのコンセプトなのだろうと思ったところで

日本のツアーファイナルが最も難解な『フーガの技法』なのだから、一体どう言う境地に達するかはもはや想像を絶する。


とにかく楽しそうにシフも弾く。

有名な楽興の時を弾き始めるときに、いたずらっぽく「ニヤ」っと口元が動いたのを見逃さなかった。

時に厳粛に聴衆にも聴く姿勢を律するよう促すシフがこんな表情をするのには驚いたが。

でも底抜けに楽しい、多分ウィーンのサロンと酒場の絶妙な中間を行く

B級スレスレな歌と踊りの、清濁併せ持つ前半とは対照的な人の世の愉しみ、的なものがそこにあった。


アンコールはショパンコンクールに全力で苦言を呈していた彼が弾くショパンから。

「ホンモノのショパンはこれだぜ」という、なんのいうか彼の鋭い舌鋒を体現したかのような鋭いワルツにマズルカ。

一昨年もショパンのワルツはアンコールで弾いてくれたが、いや今回の鋭さは一体どういうことか。

ちょっとショパン弾きの血か、『ハンガリーのメロディ』に繋がる東欧への郷愁か、覚醒してしまった感に

あっけに取られ、また大興奮したところ、

こちらは定番のモーツァルト第16ソナタを弾き始めた瞬間、脳は耳から「楽しい!」と知覚するのに

なぜかポロポロっと涙が…。

自分でも驚いてしまったのだが、「楽しい」を超えた先に何か感じるところがあったのかもしれない。

またここからブラームスのインテルメッツォとか、これはこれで泣かせにきていてあざといけどさあ…


アンコールだけでも1時間弱。

凄まじい音楽体験がまた体に刻まれてしまった…。


最後全ての曲を引き終えた後、後ろのご婦人がニコニコしながら

「音楽って、いいね」と呟いたところでまた泣きそうになってしまった。


そう。音楽って、良いのである!

心の底から首肯しながら会場を後にした。





ちらっと彼が見せた、すでに彼は帰らないと宣言した祖国:ハンガリーへの郷愁からか、

その日はグーラッシュでも食べたいと思ったが当然札幌にあるはずもなく…


グーラッシュに似たもの(??)を食したww

絶品!ターメリックの味。

そういえば自分も在墺時代日本のカレーを食べたくて仕方なかったときがあったけ?

これもまた郷愁の味?