◎【サントリーホール開館40周年記念】サー・アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル2026
2026年4月1日(水) 19:00開演@サントリーホール 大ホール
出演
ピアノ:サー・アンドラーシュ・シフ
曲目
J. S. バッハ:フーガの技法 BWV 1080
(アンコール)
J. S. バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903
J. S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV 988 より「アリア」
J. S. バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 前奏曲とフーガ BWV 846 ハ長調
J. S. バッハ:イタリア協奏曲 BWV 971
すでに2週間近く経ってしまっているが、それでもなお色褪せ得ぬ音楽体験。
これ程まで心に残る演奏というのは一生に幾つあるかどうか…。
そのレベルの至高の音楽会であった。
今回のアジアツアーで唯一、東京公演のみ《フーガの技法》がプログラムに組み込まれた。
本来であれば当職の本格的な閑散期前のプチ繁忙期の只中であったが、
無理を言ってシフトを替わってもらい、何がなんでもサントリーホールへ!
そもそもシフの膨大なバッハ録音の中にあって、フーガの技法は未だに録音がないという特異な作品。
シフ曰く、フーガの技法は70を超えてからでないとレパートリーに組み込まないと決めていたそうで
(これはプログラムノートにもあり、事前情報としても有名な話)
シフ・ファンからしても謎多き奥の院的なプログラム。
…はてさて一生に聴けるチャンスが今後来るか?
ということで無理を押して入来。
結論は冒頭の通り。
もはや文に起こすことも烏滸がましい、筆舌に尽くし難い芸術の極致であった。
ここから先は備忘も兼ねた細かい気づきの乱筆なメモがわり。
今日の開始前の本人アナウンスは「曲終了後に静寂を」という、フライング拍手を厳に慎むよう促すもの。
そもそもこの《フーガの技法》を聴くためにこのホールを満杯にした(ここまできっちりサントリーが満杯になったのを見たのはそうない)
観客たちにそのような狼藉や粗忽を働く者はいないはずである。
冒頭からまるで無色透明の不思議な世界観に引き込まれる。
これまでのシフのリサイタルにもある、世界観に引き込まれて感情を揺さぶられることはあるが
今までと全く違うのが、色彩感の全く感じない、真に幾何学と規律に支配された世界観であること。
でもそれが、本来難解とされる同曲の特性を全く感じさせない超自然体で観客全体を引き込むのである。
ちょっとしたブラックホール。
そして今回はこの色彩感と併せて強く印象に残ったのが「推進力」
2曲目のコントラプンクトゥスIIから付点が歪に絡み合う、これぞバロック!というなかで
この付点が曲を前へ前へと進める力をこめていた気がした。
この付点の扱いは弾き手によってどうしてもばらつきがでがちな印象があったが、
冒頭の入りの色彩から、時間軸の緩急になり曲全体を構造物にするような仕掛けになっているようなだった。
同じことを中盤のコントラプンクトゥスⅧ(この指の回り具合には絶句…!!)→「12度のカノン」→コントラプンクトゥスⅨの圧巻の雪崩こみからも感じて、
とても一時間半を要する巨大曲に思えない、そして難解といつも言われているこの曲を絶対に飽きさせない仕組みが最後まで続く。
…そう、彼のバッハはどんな瞬間でも絶対に聴衆を世界に引き込んで飽きさせない。
飽きる、という言葉を使ってしまうのが不適切と思ってしまうぐらいもはや神聖な芸術であるのだが。
いや、それでも敢えていうとやはりアンドラーシュ・シフの芸術の裏側には
彼のライブの人としての「人を楽しませることのこだわり」なのか。
つまり常々彼が否定する「エンターテイメント」という言葉がどうしても過るのである。
だってこんなにも難しく、そして謎多き未完のままこの世に遺されてしまった《フーガの技法》
それを現代の聴衆に、現代ホールの極致であるサントリーホールで、
しかも使用するピアノはいつもの彼の愛器であるベーゼンドルファーではなくて
これまた現代の最も市場に流布するスタインウェイを使うという点。
まさに現代に生きる私たちに最高の素材で「《フーガの技法》はかく再現されるべし」
というのを具現化し、最良の状態で咀嚼し聴衆に提示してくれたような気がした。
後に残ったのは極上の感動のみ。
最後の【B-A-C-H】の音形が現れた瞬間「これで終わってしまうのか…」と
心底この瞬間に終わりが近づくのを心底惜しんだ。
頼むから終わらないでほしい、そう強く願ってしまったのである。
恥ずかしい話、肩を振るわせ泣いてしまった。
そして《フーガの技法》で終わることなくいつものようにたっぷりアンコールを大盤振る舞い。
最後のイタリア協奏曲は全曲弾いてくれた。
正直これには流石に《フーガの技法》で押しつぶされかけた気持ちを救ってくれて、
さわやかに会場を後にすることができた。
…こういうところまで含めて、やっぱり現代最高の芸術家でもあるが
生粋のライブの人、エンターテイナーであるのだなと。
またそれ以上にバッハ芸術を現代に至高の形で具現化する伝道師、奇跡の人である。
彼の生きる同じ時代に居合わせたことを心の底から感謝したい。



























