その2からの続き
・・・・・・・・・・・・
わたしは今、この瞬間に、皆さんが皆さん自身の意識の力を経験することを求めたいと思います。
純粋な存在であり、それを経由した解放であり、それによって皆さんは、皆さん自身の中で変化させる必要があるものは何もないと感じることができます。
この意識の静けさと透明性を感じてください。
それは皆さんの本当の姿です。
偽りの判断を放棄してください。
その情緒を自由に動かして、それを抑圧しないでください。
それは皆さんの一部であり、その一部はひとつのメッセージを持っています。
皆さんが怖れ、皆さんを悩まし、皆さんが戦うひとつの情緒を皆さんが経験するかどうか、皆さん自身に尋ねてください。
もしかすると、それは皆さんにとって禁忌になってきたものでしょうか?
今、それがひとりの子供、あるいは動物の姿で進み出て、それ自体を現し、それ自体を明らかにすることを許してください。
その子供は子供自身を完全に表現するかもしれず、あるいは無作法にさえ振る舞うかもしれません。
何が起ろうとも、子供が行いたいと思うあらゆる物事を行い、子供が感じることを皆さんに伝えることが許されている必要があります。
皆さんは見て、このように語る、自覚的意識です。
“その通り、わたしはあなたを理解したい。
わたしはあなたの物語を聞きたい。それを表現してくれ”。
“わたしにあなたの物語を話してくれ、何故ならそれはあなたの真実であり、その真実ではないかもしれないけれど、しかしわたしはあなたの物語が聞きたい”。
そのようにして皆さんの情緒を経験して、その情緒を非難しないでください。
情緒が皆さんと話すために現れるようにしてください。
賢明な年配者の温和さで情緒を扱い、その子供あるいは動物がもたらすものを観察してください。
しばしば否定的な情緒の中に隠されていて、現れることを望んでいるひとつの純粋な生命力があります。
それは今まで、断定的な判断のすべての偏見によって窒息死させられてきました。
その子供または動物が皆さんを目指してスキップしながら現れるようにしてください。
もしかすると、その子供は今、その容姿を変えているかもしれません。
自覚的意識は変化します。
それは変化の主要な手段ですが、それにもかかわらず、同時にそれは何も変化させないことを望みます。
自覚的意識はこう伝えます。
“その通り、そうなっているものはその通り!”
そこに存在しているすべての人々にとってそれは理解できて受け入れられることであり、これがあらゆる物事を変化させます。
何故なら、それは皆さんを自由にするからです。
今、皆さんは自由であり、もはや皆さんの情緒や皆さんの情緒に対する判断の言いなりではありません。
情緒をそのありのままの姿にすることによって、情緒は皆さんに対する支配力を失います。
言うまでもなく、皆さんが皆さんの情緒や皆さんの偏見に圧倒されることは依然として折りに触れて起ります。
これが、人間として存在することです。
そこで身動きが取れなくなり、そのために皆さん自身を責めることがないようにしてください。
“えっ、わたしは綺麗な意識を実現していなかった。
わたしは何かわるいことをしたに違いない。”
もしも皆さんがこう考え始めると、皆さんは再び判断というボールを転がし始めます。
皆さんは皆さん自身と戦わないことによって、いつも出口に帰り、穏やかさに戻ることができます。
間違いなく、そこにあるものを観察してください。
引き込まれないことは、大いなる強さです。
それが真の霊性の力です。
真の霊性は、倫理観ではありません。
真の霊性は、ひとつの存在方法です。
www.jeshua.net
翻訳★森のくまさま...ありがとうございます。