第四章
第四祖。優婆毱多尊者は商那和修尊者に仕える事三年。やがて剃髪して出家の弟子となった。尊者がある時質問した。君は姿かたちの出家をしたいのか、それとも心の中の出家をしたいのかと。毱多が答えた。もちろん身の出家にきまっていますと。尊者が言った。佛の法門は決して身心に限定されるものでないと。毱多尊者はそこで大いに納得した。
第四祖。優婆毱多尊者、和修尊者に執事すること三載。遂に爲に落髮して比丘と索る。尊者因に問うて曰く。汝、身の出家なるや耶、心の出家なるやと。師曰く、実に是れ身の出家なり。尊者曰く、諸佛の妙法は豈に拘身心に拘はらす。師乃ち大悟す。{本則及び現代語訳}
師は吒利国の人なり。また優波崛多と名く。姓は首陀。十五歳より和修尊者に参ず。十七歳にして出家し。二十二歳にして証果す。行化して摩突羅国にいたる。得度の者はなはだおヽし。これによりて魔宮震動し。波旬愁怖す。証果の人をうることに。四指の籌を石室に投ず。その室縦十八肘。廣十二肘。充満其間。一肘は二尺なり。かの一生のあいだの得度しゑたる籌をばもて茶毘す。得度の人おヽきこと。あだかも如来在世のごとし。ゆゑに世挙つて号して無相好佛といふ。波旬いきどふりをなして、入定の時節をうかヾひ。遂にその魔力をつくして、もて正法を害せんとす。尊者すなはち三昧に入て。その所由を観ず。波旬またうかごふて、密に瓔珞を持して、これを頚にかく。ときに尊者またかれを伏せんとおもふ。定より起て。すなはち人狗蛇の三屍を取て。化して華鬘となす。軟言をもて波旬を慰諭して曰。汝ぢわれに瓔珞を與ふ。甚だこれ珍妙なり。われ華鬘あり。もてあい報酬奉せん。波旬大に喜て。頚を延べてこれを受く。すなはち變じて三種の臭屍となる。虫蛆壊爛せり。波旬厭悪して、大ひに憂悩を生ず。おのが神力をつくして。捨つるを得ず、解くを得ず、能く移動せず。乃ち六欲天に昇り、諸天主に告ぐ。また梵天に詣してその解脱を求む。彼の各々告げて曰く、十力弟子の作す所の神変なり。我が輩凡て陋し、何んぞ能く之を去らむと。波旬曰く、然らば則ち奈何んせむ。梵王曰く、汝、心を尊者に帰すべし、即ち能く除断せむ。乃て為に偈を説き、それを迴向せしめて曰く、若し地に因て倒るれば還た地に因て起つ。地を離れて起つを求むは終いに其の理り無けむ。還て十力弟子に依て、解脱を求むべしと。波旬、教を受け已り、即ち天宮を下り尊者の足を礼し、哀しく懺悔を露す。尊者曰く、汝今より後、如来の正法に於て更に嬈害を作すや否やと。波旬曰く、我れ誓て佛道に廻向して永く不善を断ぜむと。尊者曰く、若し然らば汝、自ら口に唱へて言ふべし、帰依三宝と。魔主合掌して三唱するに、華鬘悉く除けり。(原漢文) {機縁及び現代語訳}
なお優婆毱多については『正法眼蔵四禪比丘』にその逸話が引用されています。
第四祖ウパグプタ尊者は阿吒釐国(Aṭāli アターリ)の人、優波崛多とも漢訳される。出身種姓はシュードラ Śūdra、首陀羅―インドにおける第四位のヴァルナ、隷属民)。十五歳で商那和修に就いて修行し、十七歳で出家し、二十二歳で阿羅漢果を証した。仏道を広めるためにマトゥラーにやってきた。弟子と成って道を得る者があまりにも多かったので悪魔宮が震動し、波旬が恐れをなした。尊者は弟子が証果を得るたびに四指(二寸五分―八センチ)の竹札を石室に投げた。その室は縦十八肘(七・二米)。広さ十二肘(四・八米)。その室を満たす。一肘は二尺(八〇センチ)。尊者一生の間に得度した弟子の竹札を集めて茶毘に付す。得度の人の多さは、如来在世と等しかった。このためこれを知る人は皆、異口同音に無相好佛と言った。天魔波旬は脅威を感じ、尊者が坐禅する時節を狙い、その魔力をつくして正法を妨害しようとした。尊者はそこで禅定の澄んだ心で、その魂胆を見破った。波旬もまた窺って、密に宝石の首飾りを持ちだし、これを尊者の頸に掛けた。尊者はまたこれを阻止しようとして、禅定より起て、素早く人、犬、蛇の死体を取りだして、花の頸飾りに幻惑した。優しい言葉で波旬に呼びかけた。君は私の首に宝石の頸飾りを掛けてくれた。大変な貴重品である。ところで私は花の頸飾りがあるので、お礼にこれを君の首に掛けてあげたい。それを聞いた波旬は大いに喜こんで、首を出してこれを受けた。ところがその途端、三種の死体に戻り、蛆虫がそれに群がっていた。波旬は気持ち悪くなり、悩みが深くなった。神通力をつくして、捨て、取り外し、遠くへ投げ出そうとしてもどうにもならない。そこで逃げ出して天魔の根城に戻り、先輩や天の諸神等の所で、何んとか外してほしいと懇願した。しかし彼らは薄情にも声を合せて「これは十力を供えた佛弟子が仕掛けた神変だから、私たち凡庸の者にはそれを除く事が出来ない」と答えた。波旬はどうしてよいか分らないでいると、梵王が教えた。「君が尊者に帰依して反省すればよい」と。そこでこれを詩に代えて心を入れ替えさせた。それは「若し地に因て倒るれば還た地に因て起つ。地を離れて起つを求むるは終いに其の理り無けむ。還て十力弟子に依て、解脱を求むべし」であった。波旬は教を受けて、直ちに天宮を下り、尊者の所で足を礼し、後悔と反省を述べた。尊者が言った、「君は今後、佛の正法において妨害をしないことを約束できるか」と。波旬が答えて、私は佛道のために努力し、間違ったことをしないと約束します」と。尊者が言った、「それならば自分の口で「帰依三宝」と唱えなさい」。魔主は合掌してこれを三唱すると、死体の首飾りは皆消え去った。
語註 優婆毱多尊者ー(Upagupta前313~233頃) この機縁はほぼ『景徳伝灯録』からの抜粋であり、内容は必ずしもインドの伝承としての『阿育王伝』『根本説一切有部毘奈耶雑事』『附法蔵因縁伝』『雜阿含経』等の説ではない。インドの伝承ではウパグプタはマトゥラーの香木商人の息子であり、アラビア海に船を出して西方の国々と貿易をしていたこと、その利益で五年斎会という大法要を行い僧俗に供養したとされている。これは種姓=ヴァルナとしてはヴァイシャ(vaiśya、吠舍)にあたり第三の庶民商人階級となるが、インドの伝承もそうです。前章で商那和修尊者が佛世尊の授記(予言)によって仏滅後百年のマトゥラーに出生して仏道を広めたと言われましたが、むしろその授記はこのウパグプタ尊者に焦点が合せられています。商那和修尊者は南伝仏教でも取り上げられるが、ウパグプタは全く知られないので、学者の間では説一切有部系統の人だとされている。吒釐国ー西インドグジャラート州カンバト(Cambay)付近にあたる。しかしウパグプタの出生地はマトゥラーが正しい。無相好佛ー「無相仏」とも呼ばれる。如来の徳相である三十二相を具えてはいないが、仏と等しい徳を具えた者、特に優婆毱多尊者や龍樹尊者などを指す。波旬ーPāpīyāsの音写。人の命や善根を断つ悪魔で天界に住むという。十力ー仏(如来)のみが具える十種の智力のこと。①道理と、非道理との違いをはっきりと見分ける力。②業とその果報因と果の関係を知る力。 ③禅定の程度をを知る力。④衆生の精神の優劣を知る力。 ⑤衆生の望みや法の理解度を知る力。⑥衆生の境涯の違いを知る力。⑦地獄や涅槃に赴くことになる行の因を知る力。⑧自分や他者の過去世を知る力。⑨生死及び善悪の業縁を自在に見、未来を知る力。⑩涅槃に至る手段を知り、永遠に生まれてこないようにする力の十。六欲天ー欲界に属する六の天上界で、四王天・忉利天・夜摩天・兜率天・楽変化天・他化自在天のこと。「若因地倒還因地起。離地求起終無其理」―この偈は『正法眼蔵恁麼』に引用され、高祖は「イハユル道ハ。地ニヨリテタフルルモノハ。カナラス地ニヨリテオク。地ニヨラスシテオキンコトヲモトムルハ。サラニウヘカラストナリ。・・・大悟不悟。却迷失迷。悟ニ礙ヘ被レ。迷ニ礙ヘ被ル。トモニコレ地ニタフルルモノノ。地ニヨリテオクル道理ナリ。」と述べている。
かくのごとく佛法威験を施し、あだかも如来在世のごとし。十七歳落髮のきざみ和修問曰。汝身出家するや、心出家するや。それ佛家もとより身心の二出家あり。いはゆる身出家すといふは。恩愛をすて家郷をはなれて、髮をそり衣をそめ、奴婢をたくはへず、比丘となり比丘尼となり、十二時中弁道しきたる。ゆへに時としてむなしく過ることなふして、ほか所願なし。ゆへに生をもよろこばず。死をもおそれず。心秋月の皎潔なるが如く、眼に明鏡の翳り無きが如し。心を求めず、性をのぞまず、聖諦なをなさず。いはんや世執をや。かくのごとくし来て、凡夫地にもとどまらず、賢聖位にもかかはらず、うたヽ無心道人たり、これすなはち身出家人なり。
いはゆる心出家といふは、髮をそらず衣をそめず。たとひ在家にすみ、塵労にありといへども、蓮の泥にそまず、玉のちりをうけざるがごとし。たとひ因縁あり妻子ありとも、芥のごとく塵の如く覚して、一念も愛心なく、一切貪着することなく、月の空裡にかヽるがごとく、玉の盤上に走るに似て、鬧市中にして閑者をみ。三界の中にして劫外をあきらめ。煩悩を断除するも病なりとしり。真如に趣向するも邪なりとあきらむ。涅槃生死これ空華なり、菩提煩悩ともに管せず、これすなはち心出家人なり。 ゆへに身出家耶心出家耶と問あり。しかもかくのごとくなからん出家はこれ出家にあらず。ゆへにこの問をなし来る。しかるに毱多答て曰く。実に是れ身出家すと。ここに心を存せず。性と説かず。玄を談ぜず。たヾ四大五蘊の身まさにこれ出家することをしる。不運にして至り得る。故に如意足なることを明らむ。不求にして得たり。ゆへに不可得を明らむ。如是なるゆへに。実に身出家すといふ。然れども諸佛の妙法。這箇の見解をなすべからず。ゆへに和修指説するにいはく。諸佛実にこれ身出家するにあらず。心出家するにあらず。四大五蘊をもてみるべきにあらず。理性玄妙をもて証すべきにあらず。ゆへに聖凡ともに解脱し。身心おなじく脱落し来る。虚空の内外なきがごとく。海水の表裡なきに似たり。たとひ幾許の妙理。無量の法門。千差万別なりといへども。たヽ這の事をのみとき来る。然れば唯我独尊を佛といふべからず。無来無去といふべからず。誰か父母未生といひ。空劫以前といはん。このところにいたりて。生不生を超越し。心不心を解脱す。器に随ふ水のごとく。物による空のごとし。とれども手にみつることなく。さぐれども跡をうることなし。すなはちこれ諸佛の妙法なり。このところにいたりて。毱多存することなく。和修も起ることなきゆへに。動静をもてせず。去来をもてせず。たとひ是非あり彼我ありとも。水の底の声のごとく。空の中の端なきに似たり。しかも一度覚觸せざれば。千万の法門。無量の妙理も徒に業識流注となる。如是指説するところ。毱多尊者たちまち大悟す。あだかも青天に忽雷の霹靂せるがごとく。大地に猛火の発生するに似たり。迅雷一度ふるふて。毱多耳根を斷ずるのみにあらず。すみやかに命根を喪し。猛火たちまちやけて、諸佛の法門祖師の頂𩕳、ことごとく灰燼となりおはりぬ。恁麼の灰燼あらはれて、毱多尊者と号す。かたきこと石のごとく。くろきこと漆のごとし。幾回か人の本色を失し。全身を打碎して、徒に籌をなげて空のかずをとり、空をやきて空のあとをのこす。今日大乗の児孫。あとを雲外にたづね、言を青天につけんとおもふ。諸人聞かむと要すや麼{拈提}
家が壊れて、住む人が居なければ、そこには内と外との隔てはない。
身だの心だのと言って一体どこに隠れるというのか。
家破れ、人亡ずるは内外に非ず 身心、何れの処にか隱形を隠し来たる。
(家破人亡非内外 身心何處隱形來){頌古及び現代語訳}
注解―この段は仏門における出家と在家の別、身の出家と心の出家に区別して取り上げられる。この問題はすでに高祖様の『正法眼蔵出家功徳』にも説かれ、出家と在家では得る所の覚りは同じでも難易の区別があると説きます。
第四祖優婆毱多尊者、長者の子有り。名けて提多迦と曰ふ。来て尊者を礼し、出家を志求す。尊者曰く、汝身の出家か、心の出家か。答て曰く、我れ出家を求むることは、身心の為めに非す。尊者曰く、身心の為めにせず、復た誰か出家する。答へて曰く、夫れ出家は者、我我所無し、我我所無きが故に、即ち心生滅せず。心生滅せ不るか故に、即ち是れ常道なり。諸佛も亦常なり。心に形相無し。其の体とも亦た然なり。尊者曰く、汝当に大悟し。心を自ら通達し、宜く佛法僧に依て聖種を紹隆すべし。即ち出家を与て受具せしむ。(『正法眼蔵出家功徳』)
優婆毱多尊者については『正法眼蔵四禪比丘』で、阿羅漢果という最後の証果を得ていないのに、勘違いをして修行を真面目に行わない比丘を優婆毱多尊者が教化して過ちに気付かせる例話があります。このように太祖はかなり多くの部分を道元禅師の教えを確実に継承しています。
