弘前にいた私が、即座に思い出したのが、太宰治。
弘前市の北方、約1時間の五所川原市(旧金木町)にある、斜陽館へ。
かつては、太宰の実家の豪邸であり、後に旅館として使われ、現在は市が運営する記念館となっています。
しかしねぇ……斜陽はなぁ……太宰の実家もこの邸宅を手放し、旅館もついには廃業……。
もちろん、太宰の代表作名であるのですが、2階の襖にある漢文にその文字が刻まれているとか。ネーミングがすごいから記憶に残ることはたしかですが、吉凶でいえば、悪いデスヨネ。
板の間と呼ばれる、奥(台所の部分ですね)
斜陽館のパンフの表紙にも使われた階段
二階には驚くなかれ、洋間が!ここはドコ?
太宰治の実家は津島家といい、新興の大地主であり、当主は国会議員や青森県知事をつとめています。最盛期には地方銀行を営むまでになっていました(昭和の大恐慌の時に、吸収合併される。斜陽館の向かいには、いまでも銀行があります)。
太宰は、たしか3回の心中未遂を起こし4度目に東京三鷹で亡くなります。都合4人の女性が彼と生死を共にしようとしたのですから、善悪、倫理観は別として、もてたこと、魅力的だったことは間違いがないのでしょうね。
ちなみに、太宰の次女が作家・津島祐子さん、認知した娘が作家・太田治子さん。長女の夫が、現在自民党津島派の領袖である津島雄二衆議院議員。血脈は、受け継がれている、と言えるのでしょうか……。



