開運 スピリチュアル算命学 -32ページ目

スピリチュアルにも色々あって

自己擁護とか傷をなめるための方便に使うのは嫌い。

そういう使われ方をするのは、優しすぎる世界観のせい。

運命学を学ぶとわかるけれど、別に世界は優しくもないし、平等でもない。

「平等でもない」事をカルマで説明するのは大嫌い。

現実を需要するための責任転嫁でしかないから。

だから、今のスピリチュアリズムにはなじめないんです、私。

現実は現実。

それに対して、どう対応して生きていくか。

それが大事なのに、理由を過去生とかあの世に求めたって、意味ないじゃん。

と、本気で思います。

離婚問題で苦しんでいた時、目に見える事象だけでは説明しきれないと、目に見えない世界にも目を向けて考え、「魂の成長」という概念に助けられて、スピリチュアルを学んだけれど、すぐにその虚構には気がついた。

最悪の時期を助けてもらったことには感謝をしておりますが、現実を作っているのは、あくまでもこの世に存在している人達の想念なんだから。

ま、別格な想念も居るけどね。

今日のカード

久しぶりにオラクルカードを引いてみた。

今朝、「内なる神」と言う話を書いたら、「内なる女神」様が出てきてくれました。

$開運 スピリチュアル算命学

なるほどね。

自然な自分

フタを空けない方がよい場合もあるし、フタを空けて取り組んだ方が良い場合もある。

個人的には、実害が無ければ放置してもいいんじゃね?とも思う。

その人なりにできあがった宇宙だからさ。

ただ、運命学的に見て無理があるような状況だと、そのうち苦しくなるし、ごまかすのがつらくなってくるけど。

一番いたいのは、自分に対しても周囲に対しても実害があるのに、違和感にも気がつかない場合。
こういう人は、変なオーラをバリバリに発しておりますのです、はい。

でも、本人が気がつかないと、何もしてあげられないよねー。