MBSさんのちちんぷいぷい金曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』44~46宿目のまとめ。
【44~46宿目】 2021年02月05日(金)放送
旅の内容:●四日市宿 → 石薬師宿 → 庄野宿 → 亀山宿 → おまけ▲たまには役に立つ?!くっすん■名物は江戸時代のインスタント食品?!★めっちゃアホな取り壊し?!
スタートは三重県四日市市・『日永の追分』。目標地点は三重県亀山市・『亀山城跡』。約20キロのコース。
午前8:00、三重県四日市市にある、『日永の追分』からオープニング。ロケ日の天気予報は、晴れ時々くもりだが、のっけから雪のちらつく寒い朝。昔偉のジンクスで、吉本カメラマンがロケに参加したら、必ず天気は荒れるとか・・・。7~8割の確率で荒れる、と河田アナ。
前回ゴール時に暗くて様子がよく見えなかった、『日永の追分』。東海道と伊勢街道の分岐点である。
今回は怒涛の進撃、一気に3宿を進む。マイペースなくっすんは、多すぎるとモノ申す。吉本カメラマンの活躍?で、雪がどんどん振ってくる。
スタートから3キロ、キレイに舗装された、杖衝坂(全長約200メートル)を上る。古事記や日本書紀にでてくる、日本武尊が戦の後にこの坂を上り、疲れていたので剣を杖の代わりにした、と伝わる。
急な坂道とみれば、『一瞬で行った方が楽』と思うくっすん、今回も例によって、わめきながらの坂道ダッシュを発動する。
坂の途中にあった、松尾芭蕉の石碑をスルーしてしまったので、ちょっと戻って説明する河田アナ。その句は、『歩行(かち)ならば 杖つき坂を 落馬かな』by 芭蕉。句の意味は、杖をついて歩いて越えようとすれば、きっと上りきれただろうけど、馬に乗ってやってきてしまったので、坂が急すぎて落馬してしまった。
坂の上で、寝転がって待っていたくっすん、「遅い、みんな。ホントに遅い。」とブーたれる。
くっすんと合流し、歩くこと2キロ、
午前9:10、三重県四日市から鈴鹿市に入る。
スタートから7キロ、44番目の宿場・石薬師宿 [本陣跡]に到着。江戸時代に、約15軒の旅籠が立ち並んだ、小規模な宿場町。
宿場の名前の由来になっている、また歌川広重の東海道五十三次・石薬師宿に浮世絵の描かれた場所である、『石薬師寺』に到着。726年に、僧侶・泰澄によって創建されたお寺。796年、弘法大師が訪れた際に彫ったとされる、御本尊[薬師如来]がお寺の名前の由来。
本堂の内陣にて、副住職の福田さんにお話しをうかがう。
御本尊は秘仏なので、お厨子の中におわす。お大師さまが、自然の石に自らの指の爪で、薬師如来を彫ったと伝わる。江戸時代は60年に1度、現在は毎年12月20日に御開帳されるとのこと。
ところが・・・、くっすんが「僕も是非とも拝めさせていただきたいです。」と言い出す。さらに、「説得力がないんです。」などと副住職にゴリ押しする。すると、ご住職に確認をとってくれると、意外な展開に・・・。
しばらくして戻ってきた副住職に、少しだけならオーケーと伝えられ、ビックリするくっすんと河田アナ。
特別に、お厨子の扉を開けてもらい、秘仏を拝観する。お大師さまが、一晩で彫ったといわれる。参勤交代で通る諸大名も必ず立ち寄り、旅の安全を祈願していた。2人も手を合わせ、薬師如来像に祈願する。
副住職の福田さんに44番目の宿場・石薬師宿の通行手形を書いてもらい、通行許可をいただく。
石薬師寺を後にして、「いい仕事したでしょ。」とくっすん。向こう見ずなくっすんの手柄に、視聴者の分も合わせて、ありがとうございましたと感謝する河田アナ。「たまには役に立つんです。」と、自ら語るくっすんであった。
午前10:40、のどかな東海道を3キロほど歩き、
スタートから10キロ、45番目の宿場・庄野宿に到着。江戸時代に、約15軒の旅籠が立ち並んだ。
広重の庄野宿の浮世絵が描かれた、看板が資料館の前に立っている。
看板の前で、鈴鹿市の学芸員・代田さんに、庄野宿の浮世絵についてうかがう。
浮世絵の題名は『庄野の白雨』で、にわか雨に慌てる旅人を躍動的に描いた名作。駕籠に乗っている御方が濡れないように、棒の担ぎ手は自分の服をかけてあげている。
浮世絵の描かれた場所は、いまだ分かっていない。宿場辺りには、それらしき坂が見当たらない。
旅人がさしている傘に、”竹のうち”と書かれている。浮世絵の版元で、いわば宣伝。広重は他の浮世絵にも、ちょこちょこ宣伝を入れているとのこと。
続いて、代田さんに『庄野宿資料館』の中を案内してもらう。
庄野の名物で江戸時代から界隈で売られている、”焼米俵(やきこめだわら)”が展示されている。米をモミのまま煎ってついて、殻を取り去ったモノ。俵に入れて販売していた。長期保存可能で、非常食にもお土産にもなる。
食べ方は、ちょっと固いけどそのままポリポリつまむもよし、お湯でふやかしてインスタント食品みたいに食べるもよし。
せっかくだから、くっすんが試食していいか聞いてみると、展示品の焼米俵は10年ぐらい前作ったモノなので、ちょっと?古い。
最近作ったモノがあるから、そちらを特別に試食させてらもう。10年前のと比べると、見た目が全然違う。「そろそろこれ、差し替えた方がよろしいのでは?」と提案する河田アナ。ポリポリと普通の香ばしい、煎餅みたいな感じ。
学芸員の代田さんに45番目の宿場・庄野宿の通行手形を書いてもらい、通行許可をいただく。
午後0:20、道中のコンビニにて昼食。くっすんは焼き鳥とおにぎりを、河田アナは麺類を食べる。
引き続き、本日の目標地点、亀山城跡を目指す一行。亀山宿に着くと、東海道の旅で累計約500キロ歩いたことになる、と河田アナ。東海道の全長が約500キロなので、普通に歩いていれば今頃もう踏破しているはず・・・。100キロ分の寄り道で、600キロくらい歩くことになるのかなあ?
なんやかんやしゃべりながら歩いていると、スタッフさんから、「市境です。」とお知らせ。三重県鈴鹿市から亀山市へ入っていた。特に看板も目印もないので、スマホのグーグルマップの位置情報だけが頼り。スマホを見ながら、市境の上、一歩行ったら亀山市と、止まって確認する。
この後、くっすんが、いつの間にか代田さんから貰っていた、焼米で休憩時に栄養補給する。
スタートから17キロ、午後3:10、46番目の宿場・亀山宿に突入。
スタートから18キロ、亀山宿の江戸口門跡に到着。亀山宿は城下町で、東西約2.5キロに及ぶ大規模な宿場であった。
『伊勢 亀山城』は、1265年に関実忠によって築城された。1590年に岡本宗憲によって本丸や天守が建てられた。
スタートから19キロ、目標地点の『亀山城跡』に到着。現在は天守はなくなって天守台が残り、その上に多門櫓が建っている。多門櫓は江戸時代に建てられ、平成の大修理を経てピカピカ。
何故天守が多門櫓になったのか、多門櫓の前で河田アナの解説コーナー。
江戸時代の初期に、幕府から”亀山城”の天守を取り壊す命令があった。天守を取り壊したものの、取り壊す命令があった天守は、京都府亀岡市にある『丹波 亀山城』の天守だった。後の祭りで、しばらくそのままであったが、1632年ごろに多門櫓が設置された。
くっすんは、「めっちゃアホじゃないですか。」と率直に述べ、河田アナも、「アホだよね。」と同意する。
2人は、広重の亀山宿の浮世絵の描かれた場所へ向かう。浮世絵には、雪の中、坂を上る大名行列とお城が描かれている。お城は、亀山城の西の入り口・”京口門”にあった見張り台・番所である。
現在は立て看板だけが残る、『京口門跡』で、ガイドの豊田さんにお話しをうかがう。
看板に掲載されている、明治時代の京口門の写真と浮世絵を比べると、面影が残っている。現在は、緩やかな坂の道になっているが、江戸時代の亀山城は、京口門の急坂が象徴的で、絵を描くにはうってつけだった。
河田アナが豊田さんに、『手違いで天守が取り壊されてなかったら、今も残っていた可能性はあるわけですよね』と聞いてみると、「そうですね、非常に残念です。」とのこと。
ガイドの豊田さんに46番目の宿場・亀山宿の通行手形を書いてもらい、通行許可をいただく。
目標地点まで20キロぐらい歩いてきたけれど、「まだ歩けますか?」とスタッフさん。近くに亀山名物の食べられるお店があるのだ。
豊田さんに亀山名物を聞いてみると、亀乃尾というお菓子をまず挙げる。これから向かうお店ではないので、さらにうかがうと、「松坂肉の・・・。」と言ったところで、スタッフさんに遮られる。亀山は名物が多いということで、第3候補で、みそ焼きうどんと正解がでた。
京口門跡から南へ歩くこと500メートル、亀山みそ焼きうどん発祥のお店・『亀とん食堂』でご褒美メニュー。
みそ焼きうどんは、お客さんが自分で鉄板鍋で作るスタイル。3代目の村主さんに、教えてもらいながら焼いていく。作り始めの3分が大事とのこと。その3分でみそを焦がすと、にがくなる。河田アナが作っている方は、ええ感じと褒められ、くっすんの方は、イマイチ下手と辛らつな3代目。
途中の蒸し焼きする間は、ハシで具を触らずじっと待つ。「うどんを最後に焼くんですけど、それがみそ焼きうどんっていう・・・。」と3代目がうんちくを言っているときに、くっすんが不用意に触ってしまい、怒られる。
キャベツの水分と特製みそ、さらにお肉のうま味でしっかり味付けし、最後に短時間で味が馴染む特製うどんを投入して、名物・亀山みそ焼きうどんの完成。そのお味は、くっすんはマジウマい、河田アナは「これはウマい。」とシンプル。この後、スタッフさんとともに、亀山みそ焼きうどんを堪能するのであった。
■簡易チャート
スタート:三重県四日市市・『日永の追分』→ 杖衝坂 (3km) → 石薬師宿 [本陣跡](7km) →『石薬師寺』→ 庄野宿 (10km) →『庄野宿資料館』→昼食: とあるコンビニ → 亀山宿 (17km) → 目標地点:『亀山城跡』(19km) →『京口門跡』(20km) →『亀とん食堂』







