2017年8月某日、兵庫県朝来市生野町にある生野銀山へ、超スーパー地下アイドル『GINZAN BOYS』に会いにいった。生野銀山は日本遺産に認定され、今ホットな(肌寒いけど)観光スポットとなっている。

 

『GINZAN BOYS』は、2017年7月12日(水)に爆誕した新星アイドルグループ。活動拠点はもちろん生野銀山坑内(一部坑外)。デビュー曲の『ギンギラ銀山パラダイス』は、動画サイトで見れます。

 

『GINZAN BOYS』のメンバーは全員で60名で、名前とNo.1~No.60の番号がついているうえ、それぞれアイドルっぽい個性的なサインを書く。ただし、メンバーの中に、『GINZAN BOYS』のファンやマネージャー?も紛れている。

 

鉱山料金所に置いてある『GINZAN BOYS  全メンバープロフィール資料』に、メンバー紹介・メンバーの人間関係・サインなど事細かにかかれてるので、ファンは必携するべし。これ読んでいるだけで、かなり楽しめ、妄想が膨らみます・・・。公式ホームページにも載っています。

 

入場したのが午後4:20ごろで、営業時間が午後5:30までだったので、1時間ぐらいしか見て回る時間がなかった。以下、撮った『GINZAN BOYZ』の写真を載せます。興味をもった方は、現地まで足を運んでね。だいたい出会った順に出てきます。

 

※地下にいない人たち

No.1 次郎羅茂 (じろうらも)

銀山を訪れる者が最初に出会うであろうお方

 

山神宮分社の祠の番人的存在

 

 

滝間歩旧坑道(生野銀山見学コース出口)を守る3人衆

 

No.47 甚八 (じんぱち)

 

No.48 鈴丸 (すずまる)

バズーカを持ったゲリラ兵・・・ではない。丸太を運ぶ職人

 

No.49 杢太郎 (もくたろう)

趣味は絵を描くこと

 

 

金番瀬坑道入口から地下へ潜る。中は13℃とひんやりだが、Tシャツでもそれほど寒くない。

 

 

No.3 風太郎 (ふうたろう)

 

坑道の空気が悪いところに風を送る職人

 

 

No.4 飛鳥くん (あすかくん)

エリート堀大工。メンバーの中で一番アイドルっぽい

 

 

No.5 潮 (うしお)

撮り忘れたが、愛読書が『嫌われる勇気』という設定を見て、ツボにはまった

 

 

No.6 栄作 (えいさく)

ヒゲが濃いのを悩む男前

 

 

 

涼しい坑内はお酒の保管庫として利用されている

 

小学生の卒業記念に、二十歳になったときに飲む酒を熟成。こどもたちは楽しみにしているだろう

 

 

No.8 コ・シバ 

防塵マスクの上からでもわかるイケメン

 

スラッシャー。ダイナマイトで破砕された切羽(坑道の先端)の鉱石を、かき寄せる

 

 

No.9 駆くん (かけるくん)

15t蓄電池機関車を運転する。ヘルメット+グラサン+マスクで、素顔が分からない

 

 

No.10 翔 (しょう)

モテモテの女たらしで、セクハラ大王

 

掘削ドリル(東洋TY20Cオフセットストーパー)を装備。彼のドリルテクニックはすごいらしい・・・

 

 

No.11 K (ケイ)

火薬袋をしょっている。鉄格子の向こうにいるので、前面はおろか、顔が見れない。朝来市の機密情報を握っている・・・って何者?名前はコードネーム?

 

 

No.12 誠 (まこと)

防塵マスク半分取れかけ

 

ホッピングしてるんじゃないよ

 

 

No.13 進 (すすむ)

わざわざハシゴをのぼってしか会えない

 

 

No.14 ちえお (ちえお)

ハッパ(爆破)職人で、今まさにダイナマイトに点火しようとしている。その位置では、爆破に巻き込まれるのでは・・・

 

 

となりに爆破体験コーナーあり

 

 

No.15 薫 (かおる)

ワイン泥棒がばれて、解雇(クビ)になりませんように・・・

 

 

No.16 つとむ

ローダーを使って積み込み作業をする

 

 

No.17 鉱一 (こういち/しろがね兄弟・兄)

ヘルメットを深くかぶりすぎて、前が見えないのでは・・・

 

持っている装備が一番カッコいい

 

 

 

 

ヘルメットの上からハチマキ

 

足尾31Dドリフター装備。2番目くらいにカッコいい装備

 

 

No.19 じろふみ

トロッコ運転手。撮り鉄で、特急はまかぜ『キハ181系』が好きとのこと。お友達になれそう・・・

 

 

No.20 伊右衛門 (いえもん)

 

 

No.21 菊の丞 きくのじょう) / No.22 竹泉 (たけいずみ)

 

じろふみの運転するトロッコ列車に乗る、”考え中”3人衆。車体の番号が『じろふみ』

 

 

No.23 ひさし

涼しげな恰好。なんかづっらぽい

 

 

No.24 あやこ

一番セクシー

 

ひさしとあやこ

 

 

No.25 かなめちゃんA / No.26 かなめちゃんB

ドラクエの敵キャラみたいな名前表記。かなめちゃんBは超大物

 

 

No.27 へいくろう

No.4飛鳥くんの父親。 ハシを持った右手が稼働するが、わざわざココ動かさなくても・・・

 

 

No.28 よしろう

 

生野ハヤシライス考案者?

 

 

ここまでメンバーの約半数を紹介しましたが、お腹いっぱいになる濃いメンバーばかりなので、後編に分けます。これだけいれば、必ず推しメンが見つかるでしょう。見つけてください・・・

 

後編へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の29日目~30日目のまとめ。

 

【29日目】 2017年08月31日(木)放送
旅の内容:●籠坊温泉から猪名川温泉へ▲残り少ない夏休みを満喫している子供たちと交流 ■不思議がいっぱい!?猪名川町源氏の子孫の営むお店でビックリ家宝を拝見!?

 

スタートは兵庫県篠山市・篭坊温泉。ゴールは兵庫県猪名川町・猪名川温泉。約14キロの道のり。

 

午前6:00、兵庫県篠山市・篭坊温泉の石碑前からオープニング。ロケ日の天気予報は、雨

改め曇り。嬉しさのあまり、くっすんの「よっしゃぁ~。」の声が山々にこだまする。 次なる温泉は、今週猪名川温泉を経由して、次週約30キロ先にある宝塚市と西宮市にまたがる武田尾温泉を目指す。

 

暑すぎず涼しすぎない快適な気温と、山間のすがすがしい空気に、大阪の喧騒を忘れてまったり歩く。

 

スタートから1キロ、約2キロの峠を越えてゆく。くっすんが、「モーニング峠ですね。うわぁ、一番不得意なやつだ。」とボヤき、河田アナに、「逆に、何が得意なんですか?」と間髪入れずツッコまれる。

 

午前6:30、峠の頂上付近で、兵庫県丹波市から猪名川町に入る。転がっていけそうな坂を下り、県道沿いに進む。

 

スタートから3キロ、『奥猪名 健康の郷』を訪問する。平成4年にオープンした野外活動施設。およそ甲子園球場2個分の敷地に、テニス場・キャンプスペース・宿泊棟などを備えている。

 

2人は、こどもが水遊びできる親水広場を渡って、町名の由来になっている猪名川のほとりに着く。猪名川町の大野山を起点に、大阪府まで流れる、全長43.2キロの1級河川。

透き通る川の水を手ですくい上げ、顔を洗うくっすん。「つめぇ~(冷たい)。」とリフレッシュする。川の水には、温泉成分を含んだ約12℃の水・冷鉱泉が混ざっている。それを聞いたくっすんは、川の水をテイスティングして、「確かにちょっとしょっぱい・・・。」とコメント。だが、ちょっと考えてみれば、自分の顔を洗った汗かもと思いいたる。

 

施設長にお話しをうかがう。江戸中期から昭和の中頃まで、この辺りは湯治場だったとのこと。施設内に源泉があって、温めてお風呂につかい、スポーツサークルの合宿やこどものキャンプに利用されている。

 

キャンプ中の地元の小学生たちにインタビューする。小学4~6年生の男女で4泊5日。

黒いキャップをかぶった男の子は、夏休みすることが毎年なかったのでキャンプに参加し、家でないところで寝ることが一番楽しい。

ポニーテールの女の子は、キャンプで新しい友達ができることが楽しみで、このキャンプで新しい友達ができそう。

夏休みも残り少ないなので、宿題の進捗具合を調査すると、ある男の子が漢字と作文の課題が残っていてピンチとのこと(その割に笑顔がステキ)。作文で与えられたテーマは、『社会を明るくする運動』で、昨今の小学生の宿題の難しさに驚く2人。

 

午前7:45、猪名川に沿って南に下っていると、

スタートから5キロ、河田アナがアブに執拗に追いかけられる。振り切って一安心・・・かと思いきや、再びアブが出現し、河田アナの笠にとまる。

 

スタートから7キロ、11か月の女の子とだっこしているお母さんに出会う。尼崎市から猪名川町の方へ嫁いできて、こどもを育てるにはいい環境とのこと。女の子は男の人が苦手で、男ばかりの”むかえら”スタッフにひるんでいる。河田アナとくっすんが「こんにちは。」とあいさつすると、ニッコリ笑顔をもらってなごむ。

 

スタートから7.5キロ、景福寺に到着。室町時代に通幻禅師によって創建された。

 

通幻禅師と雨司る龍

景福寺に住んでいた通幻は、夢の中で「北西に進みなさい。」とお告げを受けた。お告げに従うと、池があって、中から龍が現れた。龍は8枚のウロコを落としていった。通幻は、その地に永澤寺を建てた。8枚のウロコのうち、1枚は景福寺に持ち帰った。

 

ご住職に案内され、本堂に安置されてる木彫りの龍の像の中に格納されている、龍のウロコを特別に拝観させていただく。龍のウロコを手にとって、触らせてもらう。

昔は、龍のウロコの前で、三日三晩お経を唱えて雨乞いしたとのこと。すると、不思議と雨が降った。龍のウロコを外に出したので、雨が降ることを恐れる2人。心なしか、空も曇ってきたので、「(雨降らすの)やめてね。」とウロコにお願いするくっすん。

 

この日だけは雨が降らず、安全に旅ができるよう龍神様にお祈りして、お寺を後にする。

 

午前10:00、雲行きが怪しくなってきたので、雨の心配をしつつ歩く。

スタートから8.5キロ、小学3年生の男の子とお母さんと、お隣に住んでいる中学3年生の女の子に出会う。

夏休みの思い出を聞いてみると、子どもたちの「UFOを見た。」発言に、たまげる河田アナとくっすん。

いぶかる2人に、近くにある大野山でUFOのイベントがあったと、お母さんが説明するも

、さらにちんぷんかんぷん。UFOのイベントとは、『宇宙へヤッホー!大野山大宇宙祭』で、UFOを呼び寄せるため、みんなで山の上で『UFO・ヤッホー』と叫んだ芸術祭のこと。

 

ヤッホーの声に応えたのか、白くて丸い発光物体が流れ星のように動いたのを見た、と男の子は語る。

さらに、お母さんの妹が撮った、謎の発光物体の写真を、スマートフォンで見せてもらい、興奮する2人。不思議なひと夏の思い出を、おすそ分けしてもらった。

 

スタートから10キロ、田んぼが多いのどかな源氏ゆかりの地を歩き、

源氏の末裔が営んでいる『囲炉裏茶屋 里の家』を取材する。築300年以上の古民家を改装したお食事処で、元来源氏を祀る神社に仕える、武士の屋敷として用いられた。

玄関を開けると、女将の平尾さんが出迎えてくれる。お屋敷の中は、7~8部屋あって、玄関正面の囲炉裏の間がステキ。

女将さんは源氏の18代目末裔とのこと。女将さんの名前を聞いたくっすんは、「平尾ってことは、平家よりですよね。」とコメント。

 

平尾家に代々伝わる、源氏ゆかりの品々を見せてもらう。女将さんの「これがいわれのある古文書なんです。」という前置きに、くっすんは「こもんじょって何です?」と基本的な質問をする。

巻物を開くと、歴史上のそうそうたる面々の書いた文書、の写しが書かれている。

室町幕府を開いた足利尊氏、の息子2代将軍・足利義詮の書いた文章は(サイン入り)、戦での功績を称え、領地を与えるという内容が書かれている。

他にも、応仁の乱での功績を称えた、細川勝元(東軍総大将)から送られてきた文章など、19の書状が巻物の形で残されている。

 

さらに、明智光秀の娘・佐保姫がつかったとされる打掛・・・を再加工して作ったドレスを拝見する。佐保姫の住むお城に仕えていた、平尾さんのひいおばあさんが、打掛を譲り受けたとのこと。

河田アナが、歴史的に貴重な着物がドレスになっちゃってることに、さりげなく?ツッコむ。今から5年ほど前に、歴史研究家の方が、『平尾家に佐保姫の打掛があったら、貸してほしい。』とやってきた。そこで「あれ、ねぇ・・・。ドレスにしました。」と言ったら、研究家はたいそうたまげたそうな・・・(さもありなん)。そのエピソードを聞いた河田アナ・くっすんも、たいそうたまげた。

そんな金糸をつかった豪華な西陣織を用いたノースリーブのドレスは、平尾さんがおよろこびのパーティーやお子さんの結婚式などに着用した。

 

午後0:20、『囲炉裏茶屋 里の家』の囲炉裏の間にて昼食。河田アナ・くっすんともに『野武士焼き 平日ランチ』をいただく。お値段は、むかえら昼飯ランチの予算上限金額の約2倍・・・。メインの食材は、牛肉(三田牛)・猪肉・鴨肉・鶏肉の4種で、囲炉裏に据えた鉄板にのせて、焼いて食べる。飽きのこないバラエティに富んだジューシーなお肉を、レトロすぎる古民家で食べて大満足。

 

午後2:00、旅後半にそなえ、畳の上でお昼寝。

 

スタートから12キロ、太陽が顔を出し、気温31℃まで上昇。でも、山間に吹き抜ける爽やかな風のおかげで、暑さがやわらぐ。

 

スタートから13キロ、ソバの実を植えているおとうさん方に出会う。8月に植えて、11月には収穫する。ソバの栽培で難しいのは、実を植えた直後に雨が降ると、発芽せずにすべて駄目になること。ここ数年天気に恵まれず、種まき直後、不測の雨に見舞われて、3~4年ソバが栽培できてないとのこと。

おとうさんから河田アナ・くっすんは厄払いを頼まれるが、雨男の自覚があると告げると、確かにそうだと納得される。

 

出発から歩くこと9時間半、

午後3:30、スタートから14キロ、ゴールの猪名川温泉[高原ロッジ・メープル猪名川]に到着。早速、旅の疲れを癒すため、露天風呂に入る。猪名川沿いにある源泉から汲みあげた源泉をつかっている。入った感想は、言うまでもなく最高に気持ちよい。

猪名川温泉は無色透明のラジウム泉で、筋肉痛・疲労回復などに効く。

 

近畿湯治場めぐり兵庫編も、いよいよクライマックス・・・。猪名川温泉から、武田尾温泉→宝塚温泉を経由して、太閤さんも愛した最終目的温泉の有馬温泉へ・・・。

「猪名川温泉は『いいな』川温泉です。」とくっすんの地名ギャグで、旅を締めくくる。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県篠山市・篭坊温泉[石碑前] → 『奥猪名 健康の郷 (3km) → 景福寺 (5km)→ 囲炉裏茶屋 里の家』 (10km) [昼食] → ゴール:猪名川温泉[高原ロッジ・メープル猪名川] (14km)

 

 

 

【30日目】 2017年09月07日(木)放送
旅の内容:●猪名川温泉から武田尾温泉へ疫病を治してまわる観音様■くっすん高額商品お買い上げ?★涼しげな夏を彩るつりしのぶ

 

スタートは兵庫県猪名川町・猪名川温泉。ゴールは兵庫県西宮市・武田尾温泉。約13キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県猪名川町・日帰り温泉で猪名川温泉に入ることができる『高原ロッジ・メープル猪名川』の前からオープニング。今回は、2017年に創業130年を迎える、『武田尾温泉 元湯旅館』を目指す。

 

スタートから500メートル、自然を満喫?しながら、地味に長々と続く上り坂を進む。くっすんは、「日本、平地だらけやったら良かったのに・・・。」と、なじみの不平不満を漏らす。

 

午前9:10、スタートから1.5キロ、坂を上って1キロ、兵庫県猪名川町から、河田アナ・くっすんになじみ深い宝塚市に入りテンションが上がる。くっすんが「スミレのは~な~・・・。」と、宝塚歌劇団のテーマソング・『すみれの花咲く頃』を口ずさむ。

 

スタートから2.5キロ、坂を下って1キロ、スミレのダリアの花畑を手入れしている、上佐曽利(かみさそり)地区の皆さんに出会う。宝塚ダリア園で、約250品種・2万本のダリアを栽培してる。例年、7月と10月の2回見頃をむかえる。9月末からの約1か月間は、花摘み体験を目当てに、多くの観光客が訪れる。

 

佐曽利園芸組合長さんにお話しをうかがう。上佐曽利地区では、昭和5年から農業に代わる産業として、ダリアの栽培や切り花の販売を始めたとのこと。最盛期、地区に住む3分の2の家が、ダリア作りに携わっていた。

それぞれの畑に、違ったダリアの名前の書いたプレートを付けていることが気になる河田アナ。ダリアは、花の形・大きさ・色などの組み合わせで多種多様な種類ができるので、生産者が気ままにニックネームをつけている。

畑の中には、トマトと愛称がついたダリアもあって紛らわしい。花自体はトマトの見た目にかけ離れているが、葉っぱがトマトのものと似ているらしい・・・。

 

ダリアを育てて、仮に名前をつけるとしたら、くっすんの場合、「ダリアの”ダ”をとって、例えば

くっすんダ』みたいな・・・。」とのことで、河田アナが軽く受け流す。その後、河田アナがインタビューのまとめに入り、組合長さんにお世話になったあいさつをする。

その後、河田アナが、くっすんのダリアの即興ネーミングをダメ出しする。「テレビで放送するんだから、もうちょっと・・・(考えた方が良い)。」と責める。しかし、むしろあまり深く考えないフランクなくっすんが好き、というファンも多い・・・。

 

午前10:20、田んぼで稲の手入れをしている農家さんを見つつ歩いていると、

作業場の軒下で、膨大な量のマキに囲まれている、ねじりタオルを巻いたおとうさんに出会う。夏場は山に入れないので、ピザ用・ストーブ用のマキを作っている。河田アナが、夏場に山に入らない理由を聞いてみると、木の生長する季節で、伐採するとすぐ腐ってしまうからとのこと。

 

林業の仕事に従事して60年の超ベテランで、最近マキ割りをする機が出て、使っている。昔はでっかい斧で割っていた。手で割ったマキの方が、木の目に逆らわずナチュラルに割れるので、力任せに割る機械より、見た目も品質も良い。ただし、おとうさんのような熟練されたテクニックが必要である。

 

スタートから6キロ、かやぶきの山門の横を通り、急こう配の石段を上って、宝山寺の本堂前に到着。奈良時代に法道仙人が創建したとされる。御本尊の十一面観世音菩薩は秘仏で、不思議な言い伝えが残る。

 

疫病を治してまわる観音様

紀州(和歌山)のあるお寺で祀られていた観音像が、津波で鳴尾浜(西宮)の方へ流された。鳴尾浜で海女さんが海に潜っているときに、その光る観音様を見つけて持ち帰った。すると、鳴尾浜で流行っていた疫病がおさまった。

あるとき、白い鳥が現れ、宝塚北部の古宝山まで観音様を持ち去った。またしても、その地域の流行り病がおさまった。さらに、羽の生えた白馬が現れ、観音様を持って、宝山寺まで飛んでいった。果たして、その地域の疫病がおさまった。

 

2人は、厨子ごしの観音様に手を合わせる。観音様が御開帳される年中行事の1つに、毎年お盆に開催されるケトロン祭りがある。地元のこどもたちが灯籠を先頭に、太鼓と鉦(かね)を鳴らしながら境内を歩き、無病息災を祈る。

 

ケトロン祭りについて、ご住職にお話しをうかがう。江戸時代から300年以上続くお祭りで、一説には献灯籠が転じて、ケトロンになったといわれる。

地元では、鉦と太鼓を鳴らす音が、『ケトロン』と聞こえたことから、その名になったという説が有力?である。

 

河田アナが鐘、くっすんが太鼓をもって、演奏させてもらう。河田アナは太鼓から『ケト』、鉦から『ロン』が鳴るのかご住職に聞いたら、逆だと教えられる。

試しに鉦→太鼓と順に叩くと、河田アナには『ケト・ロン』と聞こえるような気がする。河田アナとご住職はケトロンと聞こえるが、にやにやしてコメントしないくっすんにはそうは聞こえないようだ。

 

午前11:50、昼ご飯を食べる場所を探しつつ歩いていると、車で買い物帰りの”むかえら”ファンの奥さんと、あまり興味がなさそうなご主人に出会い、記念撮影をする。奥さんは、恥ずかしがっているが、けっこうしゃべる。もうすぐお孫さんが生まれて、おじいちゃん・おばあちゃんになるとのこと。

しゃべっている間に正午のサイレンがなり、それを機にオススメのお食事処を聞くと、釣り堀がウリのレストランを紹介してもらう。

 

午後0:10、スタートから7キロ、件の『レストラン大池』にて昼食。駐車場は、軽トラで満員御礼。河田アナは『ミックスフライ定食を』、くっすんは『カツカレー』を食べる。窓から釣り堀を眺めつつの昼食は、新鮮。

 

釣りには手を出さず、午後1:30、後半戦スタート。

気温が34℃と厳しい暑さになり、こまめに水分と休憩をとりながら、宝塚市を南に進む。

 

煙突とマキが外からでも目立つ、マキストーブ屋さんの前を通りかかる。マキ割り一筋のおとうさんに出会ったこともあって、2人は気になる。くっすんが取材交渉して、気安くOKをいただく。

海外のマキストーブを輸入販売する『K FACTOR』で、店内に様々なタイプが展示されている。

 

お店の代表の方にお話しをうかがう。

夏の間、マキストーブ屋さんは、各家庭を回って煙突掃除や本体のメンテナンスなど行っている。

 

買うにはそれなりの初期費用や設置場所などがネックになるマキストーブだが、使えば遠赤外線効果は絶大で、お風呂に入るのを忘れてしまうとの声もあるそう。

見せてもらったカタログには、マキストーブには見えないモダンなデザインや、部屋の中の煙突を壁に埋め込んで、ごちゃごちゃした感じのないタイプも載っている。おしゃれなストーブはお値段高く、ハイソな西宮・芦屋の方々が愛用している。

 

マンションにマキストーブをとりつけるには、最上階に住んでいて、なおかつオーナーの許可がいる。嫁の実家のマンションの最上階に住んでいるくっすんは、両方の条件を満たしていて、前々からずっとほしかったマキストーブの購入を検討する。

 

値段交渉して、かなり乗り気になったくっすんが、スマートフォンで嫁に買っていいか機嫌をうかがう。嫁は雄二郎くんに対して、「そら、素敵やろうけど・・・。」と前置きして、矢継ぎ早に質問する。現実的?今決めないといけないこと?頑張って(マキストーブの)お世話できるの?などなど・・・。

一応その場で、購入の判断はくっすんにゆだねられた。くっすんはお義父さんの許可をもらえたら買うと電話を切った。河田アナは、「家帰ったら、怒られるやつちゃう?」と、くっすんの家庭を案じる。

結局、くっすん家のマキストーブ購入は見送られた。

 

午後2:50、スタートから9キロ、つりしのぶを専門に栽培している『市原しのぶ園』を取材する。

くっすんもご存じなかった『つりしのぶ』は、シダ植物の忍草を土に植えつけ、いろいろな形に束ねて、軒先に吊るして涼感や風情を味わう。江戸時代に庭師たちが、夏のあいさつとして取引先に配ったのが始まりとされる。

 

45年前からつりしのぶを作っている市原さんに、つりしのぶのたくさんぶら下がっている園内でお話しをうかがう。市原さんは、スタンダードな玉型の他に、舟形や井桁のつりしのぶを作っている。つりしのぶの需要は、徐々に減っている。

つりしのぶを製作は、時間を要する。忍草の苗を育てるのに5年、土に植えてから根を定着させるのに1~1.5年最低かかる。長持ちするので、10年・20年と毎夏楽しめる。


くっすんが、お手頃な価格のつりしのぶを、「これぐらいなら僕の独断で買えるんで・・・。」

と、嫁に何かいわれるのを承知の上で、お買い上げになる。河田アナに、「奥さんに確認した方がいいんじゃないですか?」と、くっすんの家庭を心配される。

 

午後4:10、スタートから12キロ、武庫川を渡って、兵庫県宝塚市から西宮市に入る。

 

最盛期に6軒の温泉旅館があった武田尾温泉。川沿いにあり、度々台風の被害に見舞われて、現在西宮市と宝塚市に1軒ずつとなった。

午後4:40、スタートから13キロ、ゴールの『武田尾温泉 元湯』に到着。元々、宿泊できる温泉宿だったが、現在は土・日・祝日のみ営業の日帰り温泉施設

 

さっそく内風呂に入って、旅の疲れを癒す。武田尾温泉の泉質は炭酸水素塩泉で、筋肉痛・関節痛・冷え性などに効く。

温泉に浸かりながら、河田アナが武田尾温泉について解説する。武田尾温泉は1641年に、豊臣方の落ち武者・武田尾直蔵が、マキ拾いに訪れた際に偶然発見したとされる。

JR武田尾温泉駅から徒歩12分と、交通アクセスが便利なうえ、自然豊かで日常を忘れてリフレッシュできる環境がステキ。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県猪名川町・猪名川温泉[高原ロッジ・メープル猪名川] 宝塚ダリア園 (2.5km) → 宝山寺 (6km)→ 昼食:『レストラン大池』 (7km) → 『K FACTOR』 → 『市原しのぶ園』 (9km)ゴール:武田尾温泉[武田尾温泉 元湯] (13km)

 

 

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の27日目~28日目のまとめ。

 

【27日目】 2017年08月17日(木)放送
旅の内容:●籠坊温泉を目指し 三田市を北上!西国三十三所巡礼の前に訪れるべきお寺■悩み多き色男花山院★坂道多いがくっすん倒れず!!

 

スタートは兵庫県三田市・青野ダム 。ゴールは兵庫県三木市・感應寺。約14キロの道のり。

 

午前7:50、兵庫県三田市・青野ダムのほとりからオープニング。次なる温泉は、約30キロ先にある篠山市の篭坊温泉。

 

青野ダムの水面を、カメラのファインダーで覗いているおとうさんに出会う。声をかけてみると、陶芸家の方で、写真は16歳のころから50年ほど撮っているとのこと。写真を撮ることで、五感が研ぎ澄まされ、陶芸の作品にも生きてくる。

撮った写真を見せてもらうと、自然が織りなす一期一会の風景が切りとられていて、感性の鋭さに感心する2人。

 

午前8:00、ダム湖を離れ、雑木林に入った2人は、先週のロケがお休みになった原因の、河田アナのケガについて話す。2017年8月4日(金)放送の”ぷいぷいラグビー部”は、番組で募集したメンバーでチームを組んで、強豪チームに挑んだ。

大学時代ラガーマンだった河田アナも参加し、くっすんも観戦するなか、久しぶりのプレイで激しい試合を繰り広げ、脚を痛めた。そのため、大事をとって”むかえら”ロケを一週休んだことを、河田アナはくっすんに謝った。

 

スタートから1.5キロ、花山院のお付きの女官たちが祀られている、十二妃の墓を訪れる。花山天皇(968~1008)は17歳で天皇になったが、藤原氏との政権争いに敗れ19歳で出家し、”花山院”と呼ばれた。花山院は京の都から東光山に移り住み、彼を慕って女官11名が付いてきたといわれている。

 

さんだ観光ガイドの山口さんに詳しいお話しをうかがう。

東光山は女人禁制だったので、女官たちは麓に尼寺を建てて生活した。山の中腹までは、女性でも登れたので、花山院を思って重い琴を運んで演奏したという。

 

午前8:30、花山院が修行に励んだお寺がある、東光山に登る。登山口は標高200メートルで、標高400メートルの山頂にあるお寺まで、けっこうな坂道が続く。かつて、2011年に西国三十三所巡礼の旅で、訪れたことのある花山院菩提寺。

 

しんどい坂道をひーこら登ってゆく。6年前若かった2人は、苦も無くこの坂道を登ったという記憶があった。しかし、実際に6年前の映像で確認してみると、デジャヴ・・・。河田アナは「斜面きついし、真っ暗やし、急や~。」とぼやき、くっすんも「付け根痛い。」と弱音を吐いていた。

 

登山道の標高300メートル地点まで登ると、”琴弾坂”と書いてある石碑がある。花山院を慕う女官たちが琴を演奏した場所とされる。

しだいに急になる坂道と、湿気の高さに苦しみ、汗をたらしつつヘロヘロになって登ってゆく。くっすんの疲れた顔を見て、河田アナが「いきなりクライマックスみたいな顔するの止めてくれる?」と頼む。くっすんも、河田アナに『ひどい顔ですよ。』と言い返す。

 

標高400メートルの花山院菩提寺山門前に到着すると、達成感のあまりくっすんがガッツポーズをとる。花山院菩提寺は651年に、山岳仏教の修行場として創建された。修行をしていた花山院は、西国三十三所巡礼を復興させた。昔は、巡礼を始める前にまずココを参拝したという。西国三十三所巡礼番外札所に位置づけられ、2011年の”むかえら”ロケの際、御朱印を頂いた。

 

前回もお世話になったご住職に再会し、歓迎を受ける。ご住職は、前回くっすんの付け根を痛めていたことを覚えていたので、「今回も十分痛めました。」とあいさつするくっすん。

 

花山院が愛した景色が見られる場所へ案内していただく。正面に有馬富士、右手に六甲連山・播州平野が見える絶景ポイントで、11月末~12月にかけては、霧が出て海のような景色になる。そのときの写真を見せてもらい、神秘的な雲海の姿に魅了される。その風景を見て花山院が詠んだ歌がこちら・・・。

『有馬富士 麓の霧は 海に似て  波かと聞けば 小野の松風』

 

午前9:45、来た道を戻り、麓まで下りてくると、曇っていた空が青く晴れ渡り、気温がグングン上昇。

 

スタートから6キロ、花山院ゆかりの小野大日堂に到着。平安時代に創建されたお寺で、”大日っつあん”の愛称で親しまれている。

 

お堂の前で、旅の最終目的地・有馬温泉に関わる、この辺りの物語を、河田アナが語る。

飛鳥時代の皇極天皇は、度々有馬温泉に足を運んだ。あるとき皇極天皇は、息子の中大兄皇子と、付き人の中臣鎌足を連れて、有馬温泉へ向かった。

 

ここまで語った河田アナから、「中大兄皇子と中臣鎌足と言えば?」とくっすんに問う。中学生でも知っている問題に、早く答えてほしいが、「めっちゃ有名人・・・。親戚・・・。」といい加減な答えをするくっすん。なかなか答えが返ってこず、しびれを切らした河田アナは、「たい・・・。」と答えの前2文字のスペシャルヒントを出す。ピンときたくっすんは、「大化の・・・。」とほぼ答えを出すも、続きが出てこず、『大化』を連呼しているうちに、「大化ってなんですか?」と逆に質問し、河田アナに「何やねん!」とツッコませる。

 

大化の改新とは、645年(646年?)に、中大兄皇子と中臣鎌足が起こした政治改革。また2人による、蘇我入鹿暗殺が有名。大化は、昭和・平成と同じ年号で、改新で年号を改めた(日本最古の年号?)。

 

河田アナの話しの続き・・・。若かりし中大兄皇子と中臣鎌足は、暇を持て余し、馬に乗って有馬温泉を抜けだし、三田へやってきた。道に迷ってしまった2人は、地元の豪族・黒川雄宇戸(おうと)の家でお世話になった。そこで、中大兄皇子は、雄宇戸の娘である苅姫(かりひめ)と知り合い、男の子を授かった。

しかし、身分の違いから2人は結ばれず、中大兄皇子は都へ連れ戻された。その後、苅姫と男の子は程なくして亡くなった。

 

平安時代に花山院がこの地で悲劇を聞いたとのことで、物語の続きを、お堂を管理されている馬場さんに、お堂の前でうかがう。

花山院は隠棲中、同じ皇族の悲激を、身内のことのように悲しんだという。さらに、苅姫と男の子の霊を慰めるため、大日如来像を木彫りして、このお堂を建てて安置した。

 

お堂の中で、祀られている如来様を拝観させていただく。三田市指定文化財で、美しく神々しいお姿に見惚れる。花山院や悲劇の親子を思いながら、如来様に手を合わして、お堂を後にする。

 

午前11:30、あんなにいいお天気だったのに、雨が降りだし傘を差す。

スタートから6.5キロ、本日初めてのお食事処を発見する。かなり離れた場所から、店の前のショーケースのエビフライを見て、「美味しそうですよ。」と述べるくっすんの視力に、河田アナは驚かされる。

 

お昼ご飯には少し早いが、雨宿りを兼ねて、『おがや亭』にて昼食。くっすんは、遠くから見た食品サンプルと見た目どおりの『海老フライ定食』を、河田アナは『フライ定食』を食べる。大好物のエビフライを食べてご満悦のくっすん。

 

午後1:10、お店を出ると、狙い通り雨が止んでいた。田んぼや畑が広がる田園風景を歩く。

スタートから7キロ、キュウリ畑で朝キュウリを収穫して、葉っぱの手入れをしているおとうさんに出会う。今年のキュウリの出来を聞くと、雨や梅雨の影響で病気との闘いだったが、台風が過ぎて晴れが続いたら、キュウリも元気になって美味しくなるだろうとのこと。

 

その場で収穫した、チクチクするキュウリをご馳走になる。キュウリを一口かじったくっすんの感想は、「メロンみたい。」。河田アナが「違うやろ。」と即座にツッコむ。河田アナもかじり、水分豊富だとコメント。味の秘訣は、三田牛の堆肥を用いていること。

 

スタートから10キロ、ウナギの卸問屋を見つけ、見学させてもらう。フジ物産は、輸入物や日本各地から集めた養殖ウナギを市場へ出荷している。大きないけすに入った大量のウナギを見て、「ウナギってこういう色なんですね。もっと茶色いと思ってました。」とくっすんがコメント。「それアンタ、かば焼きのタレの色やないの。」と河田アナがツッコむ。ものすごい数のウナギがニョロニョロうごめいていたが、通常より数は少ないとのこと。それでも、この日だけで24,000匹のウナギをとり扱った。

 

山間に施設があるのは、キレイな水でウナギの鮮度を保つため。ウナギを生かしておくため、酸素と水を絶え間なく供給している。ウナギを生きたまま水といっしょに袋詰めして、全国各地に出荷している。

 

せっかくだから、くっすんが、ウナギの選別作業を体験させてもらう。従業員の方は簡単にウナギを掴んでいる。ヌルヌルして手掴みしにくいウナギは、頭の方からもつのがコツ。手あたり次第にウナギを掴もうとするが、するする手から抜けてゆく。

「記念に何匹か持って帰っていいですか?」と、ウナギのかば焼き大好きなくっすんであった。

 

午後3:40、スタートから13キロ、夏に元気いっぱいな子供たちでにぎわう、三田市野外活動センターを訪問する。森の中にバンガローの宿泊施設があり、バーベキュー場・キャンプ場を備えたアウトドア施設。

 

キャンプにきている保育園の子供たちに、河田アナがインタビューする。親御さんなしで本日お泊りするという子供たちに、「お父さん・お母さんいないけど、お泊り大丈夫な人。」と聞いてみると、皆さん手を挙げる(本当に?)。

子供たちは、何のインタビューか解っていないようなので、ちちんぷいぷいというテレビ番組の取材だと、教えてあげる。親御さんたちにテレビ放送を見るようにお願いする。ひと夏の思い出に、カメラマンさんも子供たち全員をくまなく映してあげる。

 

インタビュー後、子供たちの手の届かない、木にとまっているアブラゼミに、子供たちが注目する。くっすんが捕獲して、男の子に渡してあげると、アブラゼミに興味津々の子供たちが群がる。蝉の人気に負けた2人は、ちょっとさびしいが、致し方ない。

 

午後4:00、ゴール手前の坂道を登る。スタートから坂道、ゴールで坂道・・・あまりないパターンだが、”むかえら”では、ままある。ヒグラシが精いっぱい鳴く声を聞きつつ、舗装された山道を上がり、出発から歩くこと約9時間、

 

午後4:30、スタートから14キロ、ゴールの感應寺に到着。飛鳥時代に法道仙人によって創建された。お寺の本堂にたどり着いたと思いきや、お寺の管理人さんから、意外な事実が告げられる。実は、仮の本堂で、真の本堂は、もう少し登ったところにあると・・・。

 

管理人さんに案内され、仮本堂から本日最大傾斜の坂道を登り、さらに130段の階段を登り、真の本堂前に到着。

感應寺は、戦国時代に明智光秀の丹波攻めによって消失し、1650年、今の場所に本堂が再建された。丹波攻めの際、本尊の千手観世音菩薩像は、僧侶たちが持ち出し難を逃れた。堂内で菩薩様に手を合わせ、本日の旅を終える。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県三田市・青野ダム 十二妃の墓 (1.5km) → 花山院菩提寺 小野大日堂 (6km) → 昼食: 『おがや亭』 (6.5km) → フジ物産 (10km) → 三田市野外活動センター (13km) → ゴール: 感應寺 (14km) [仮本堂~真本堂]

 

 

 

【28日目】 2017年08月24日(木)放送
旅の内容:●三田市から篠山市 篭坊温泉へ!▲自然の中で夏休みを満喫している子供たちと交流■お寺の境内にお稲荷さん★河田・くっすん 自分で食料調達?!

 

 

スタートは兵庫県三田市・感應寺。ゴールは兵庫県篠山市・篭坊温泉。約13キロの道のり。

 

午前5:40、兵庫県三田市・感應寺の参道前からオープニング。冒頭から雨降りでビニール傘を差している。くっすんはカッパ着用。本日は、お盆で忙しい篭坊温泉のお宿が営業する前に、取材しなければならないタイムリミットあり。

 

周りを山で囲まれた道を、川沿いにひたすら歩く。

午前7:00、スタートから4キロ、兵庫県三田市から篠山市に入る。

 

山道を抜け、篠山市の集落に入った2人。降り続いていた雨もいったん止む。

夏休みなので、おばあちゃんの家に2週間ほど帰省している、タンクトップを着た兄弟と、いとこの女の子に出会う。兄弟は、家でかくれんぼして、外でキャッチボールをして遊んでいるとのこと。

昨日はおじいちゃんが切った竹を使って、外で本格的な流しそうめんを楽しんだ。そうめんを流すついでに、デザートにブドウと缶詰めのミカンも流し、風流。くっすんも、流しそうめんしてみたい。

 

降ったり止んだりの雨の中、集落を歩き、

スタートから6.5キロ、清陰寺に到着。1423年、室町時代に創建された曹洞宗のお寺。本堂を隔てて反対側に出ると、お寺の境内に後川稲荷神社がある。連なる朱色の鳥居を抜けると、後川稲荷神社の本殿がある。同じく1423年に創建され、稲荷神の使いである狐の木像が多数祀られている。

 

詳しいお話しを、地元の方からうかがう。

曹洞宗の開祖・道元上人は、修行中に倒れて、お稲荷さんに一生懸命祈った。その甲斐あって病気が治ったので、以降は曹洞宗のお寺の境内に、お稲荷さんを祀るようになったという。

後川稲荷神社の参拝者が大願成就したとき、お礼に狐の木像を奉納する。現在の数は、50以上。

 

江戸時代、篠山の商人はこの神社で、旅の無事や商売繁盛を願って、大阪や京へ商売に出かけた。神社のご利益が評判となり、二条城から手紙が届いた。藤の紋の描かれた釣提灯を寄附するから、当家の繁栄が末永く続くように祈祷してくれという内容。

 

午前8:00、雨が止んで一安心。のどかな田園を歩いていると、黒豆畑の手入れしているお父さんに出会う。今は薄紫色の花が咲いていて、散ると鞘がなって、10月頃に収穫できる。

河田アナが黒豆を育てるのは大変か聞いてみると、”苦労豆”といわれるぐらい手間がかかるらしい。

畑から少し離れた場所で、第2子を妊娠中の奥さんと長女を抱っこしたばあばが見守っている。忙しい時季には、奥さんがやったことのない農作業を新鮮に感じて、手伝ってくれるとのこと。

 

スタートから8キロ、河田アナが道路わきの「ぼちぼちコーヒーする?」という看板を読み上げる。100メートルほど歩き、2人で「おなかもへってきたし。」という続きの看板を読み上げる。

しばらく歩いていると、『丹波篠山 渓谷の森公園』の前に出る。キャンプやバーベキューなどアウトドアの娯楽が楽しめ、コテージで宿泊できる施設。

 

面白い看板の文言につられて、公園に併設されているレストランに入店するが、午前9:30と時間が早いのでお食事は営業前。

先ほどの、歩いている人にしか目につかない面妖な看板について、河田アナが「面白い看板ですね。」とお店の方に言うと、「そうでしょ。うまいことなってるでしょ。」としてやったり。

 

お飲み物しか用意できないとのことだが、せっかくだから一服する。河田アナは『レーコー』を、くっすんは『ホットコーヒー』を飲む。たまーにある”むかえら”らしからぬ優雅な喫茶タイム。

2人が座っている場所から、窓を通して、公園ではしゃぐ子供たちが見える。「ホットだけにホッとするわぁ。」とくつろぐくっすんを、河田アナは得意の無言でスルー。

 

コーヒーを飲んだ後、お外に出て、公園にいる子供たちに声をかける。

小学1年生の男の子に、自分で捕まえた、虫かごに入れたトンボ・イナゴを見せてもらう。昨日はお泊りで、虫取りをしたり、野球でホームランばっかり打ったりして、自然の遊びを満喫した。

将来の夢を聞いてみると恐竜博士で、一番好きな恐竜はスピノサウルス(ティラノサウルスより強い?)とのこと。河田アナのお子さんもスピノサウルスが好きらしい。

小学2年生の男の子は、夏休みで、キャンプのドッチボールが楽しかったとのこと。

 

スタートから9キロ、鳥居を潜って、杉林に囲まれ、苔むし舗装された参道を進み、大きな舞台の下を潜って、竜神春日社の本殿に到着。1233年、鎌倉時代に創建され、奈良の春日大社から分霊された。

 

1247年に建てられた木造の舞台について、地元の方にお話しをうかがう。子どもの時分、お祭りに合わせて、舞台で『金色夜叉』など芝居をして、大勢の観客で賑わっていたとのこと。

舞台の下に案内していただくと、芝居の出演者の衣裳部屋として使われてた部屋がある。部屋の上には、舞台に上がる出入り口があって、早着替えの演出に使った。

 

現在は、毎年9月1日に行われる八朔祭りに、舞台が使われている。八朔祭りでは、太鼓の打ち手を囲い、車座になった参加者が長~い数珠を回して、豊作を祈願する

最後に、本殿に手を合わせて、神社を後にする。

 

午後0:00、スタートから11.5キロ、くっすんはお腹ペコペコだが、食事処が見当たらない。ロケハンしたスタッフも、困った末?に、「自分でお昼ご飯とってくれ。」と伝えていた。くっすんがまさかの自給自足に耳を疑う。

 

あまご釣りの看板が出ている、『しつかわ渓流釣り場』にて昼食(予定)。あまご・マス・いわななど、渓流を泳ぐ魚が釣れる。釣れなかったらお昼ご飯なしで、くっすんの死活問題・・・。

釣り場の管理人さんに、素人でも魚が釣れるか聞いてみると、「なかなか、釣れませんね。」と正直におっしゃる。渓流釣りのコツは、川から離れて魚を警戒させないこと。天然みみずを餌に、岩場からサオを垂らす2人。

 

釣り開始から10分、魚の釣れる気配がしない。

釣り開始から15分、魚の釣れる気配が全くしない。と思っていたら、河田アナの釣りざおに引きがきて、あまごゲット!テンションが上がる。

それからほどなく、くっすんの釣りざおに引きがきて、あまごを釣り上げる。獲物をカメラに見せようと、手で握って掲げたら、滑り落ちて、川にリリースしてしまう。

不機嫌なくっすんだったが、釣りを再開するとすぐに、大きなマスを釣り上げ、上機嫌にもどる。獲物をカメラに見せようと高々と掲げるが、今度は落とさない。さらに、くっすんはもう1匹マスを釣り上げ、絶好調!

一方、河田アナは最初の1匹以降、ヒットせず。

釣り開始から30分、タイムリミットを迎える。河田アナから終了の時間だと、ちょっと離れた場所から言われたくっすんは、釣りが楽しくて仕方なくて、聞こえないフリをする。

 

管理人さんが、釣った魚(計3匹)を調理してくれ、網で焼いてくれる。3匹釣れて、河田アナが「結果としては、悪くないですよね?」と聞いてみると、「ちょっと少ない。」とやっぱり正直な管理人さん。釣りが上手い人は、20匹ぐらい釣れる。でも、ボウズじゃなくてホッとする2人。

 

お待ちかねの昼食。河田アナはアマゴの塩焼きを、くっすんはマスの塩焼き×2を食べる。くっすんは、素手でだいぶお下品にかぶりつく。熱かったが、やっぱり自分で釣った魚の味は、美味しくないはずがない。

出会った子供たち同様、ひと夏の良い思い出ができたくっすんは、「もう来年の夏、絶対家族連れてきます。」と管理人さんに約束する。

 

釣り場を後にして、歩いていると、いつの間にか雨が降っている。

傘を差してしばらく歩き、『篭坊温泉』の看板の脇を通る。

 

午後1:30、スタートから13キロ(看板から1キロ)、ゴールの篭坊温泉(篭坊温泉郷石碑)に到着。パチパチパチ。籠坊温泉は、平安時代に発見されたといわれている。

石碑の向かい側には、源泉と、アサヒビールの石碑がある。昭和41年まで、この地にアサヒビール多紀分工場があって、昭和の中頃まで篭坊温泉の炭酸ガスを集めて、三ツ矢サイダーを作っていた。

 

昭和62年開業の旅館・『篭坊温泉 浪花館』に移動して、早速温泉の大浴場へ入る。気持ちいい・最高としか言葉が出てこない2人。篭坊温泉の泉質は、含鉄炭酸塩泉

 

支配人に、篭坊温泉と自慢の宿について、温泉に浸かりながらうかがう。須磨の”一の谷の合戦”で敗れた、平家の落ち武者が温泉を見つけて、戦の傷を癒したと伝説が残る。

お宿は、昔関西の奥座敷と呼ばれ、知る人ぞ知る。お食事は、秋の松茸、冬のぼたん鍋がイチオシ。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県三田市・感應寺 清陰寺 and 後川稲荷神社 (6.5km) → 『丹波篠山 渓谷の森公園 (8km)→ 竜神春日社 (9km) → 昼食: 『しつかわ渓流釣り場』 (11.5km) → ゴール: 篭坊温泉(篭坊温泉郷石碑) (13km) → 篭坊温泉源泉 → 『篭坊温泉 浪花館