2017年08月23日(火)、兵庫県姫路市香寺町恒屋にある『姫路市休養センター 香寺荘』内の日帰り温泉施設・香寺温泉竹取の湯』に入浴した。最近、姫路市にある日帰り温泉にちょくちょく入ってます。

 

日帰り温泉ガイドブック・『兵庫・はりま 日帰り温泉と花めぐり』をだいぶ前に購入して、それに有効期限の長い、12か所の無料温泉入浴パスがついていて、兵庫県の温泉をタダで入ってます。今回も、入浴パスを使って、香寺温泉にタダで入りました。

 

 

駐車場にある携帯電話の電波アンテナに大きな鳥の巣があった

鳥の姿は確認できず・・・

 

温泉の近くにある恒屋城址のある山

温泉に入る前に、ちょっと登山しようと思ったが、ゴロゴロと雷の音がうるさく、雨も降りだしたので、諦めた

 

 

香寺荘の周辺マップ

 

 

エントランスにある昭和セット

 

日帰り温泉の受付は2階

階段かエレベーターで・・・。ウェルカム熊さんが、上下に動いてお出迎え。

 

1階エレベーター横で亀を飼っている

 

1階エレベーター前のベンチに大きな熊が鎮座

売り物らしい・・・。

 

 

さてさて・・・肝心の温泉は・・・

なにやら竹取の湯はリニューアルしたらしい。ポップによると、ナノウォーターにより4つの効果が期待されるらしい。

潤い・・・髪しっとり・肌つややか保湿力

美容・・・化粧水のような滑らかな肌触り

代謝・・・浸透性に優れた美肌効果

温浴・・・体ポカポカ湯冷めしない温浴効果

 

内風呂はけっこうな広さで、お客さんも少なかったので、ゆったり入れた。大きな窓から雨降る竹林を眺めるのは、味がある。

 

水深30センチ弱の寝ながらお風呂に入れる寝湯がリラックスできた。そこの窓が少し開いていて、雷の音・雨音が聞こえて風情があった。ボタンをポチッと押すと、足元からジェット水流が足裏を刺激して気持ちよい。足先の方へ水流を当てると、こそばゆく気持ちよい。ただ、頭をのせる枕部分が配管のパイプ?なので硬い・・・。

 

露天風呂はちょっと狭くて、6畳も湯船の広さがなかったが、なぜかおじさんたちが多く入っていて混雑。人混みが苦手なので遠慮しました。どうやら、露天風呂前に設置されている60インチほどのテレビで、高校野球の準決勝に見入っている様子。わざわざ温泉に入りながら、高校野球見んでも・・・。露天風呂は炭酸泉で、温浴効果高し。夜は周囲の竹林がライトアップされるので、幻想的(でもテレビがあっちゃ、そうでもないか)。

 

サウナはあまり好きではないが、入ってみると蒸気をつかわないドライサウナで、あまりの熱さにすぐに退散した。

 

温泉の温度は心持ちぬるいような気がしたが、しばらく入っていると、温浴効果が高いのか、ちょっと熱いくらいに感じた。温泉の脱衣所に温度に関するアンケートがあって、ちょっとぬるい・すばらしく適温・ちょっと熱い、のいづれかにシールを貼ってくださいとあった。どこにシールを貼るか迷ったが、すばらしく適温に貼った。

 

 

温泉を出た後は100畳もある巨大休憩所で休む

休憩所が無駄に充実。香寺漫画倶楽部と命名し、1,500冊ほどのマンガが置いてある。さらに巨大なオセロ台が2つある。ほかに、超大型テレビ・幼児の遊ぶスペースなど・・・完備。

 

休憩所の恒屋城予想復元図

施設を出るころには、雨が止んでいたので、まったり帰った。

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の25日目~26日目のまとめ。

 

【25日目】 2017年07月20日(木)放送
旅の内容:●小野市から三木市「吉川温泉」へ!▲山田錦のセレブ農家釣り針生産の一大集積地を訪問★しょっぱいシュワシュワな温泉

 

スタートは兵庫県小野市・萬勝寺 。ゴールは兵庫県三木市・吉川温泉。約18キロの道のり。

 

午前7:40、兵庫県小野市・萬勝寺の門の前からオープニング。先週のロケは天気に悩まされたが、今回は雨は降らない見込みで一安心。

 

歩いていると、グランドゴルフをして、駐車場にあるベンチで休憩している方々に出会う。2人は握手を求められ、熱烈歓迎を受ける。くっすんは「きれいな顔しとんな。」と、ピンクのタオルを首に巻いたおとうさんに褒められる。

皆さん毎日グランドゴルフをしていて、「仕事みたいなもんや。」とのこと。和気あいあいとしゃべりながらプレイするのが楽しい。おとうさんの娘さんが、鍬渓温泉方面でくっさんと河田さんに出会ったと電話してきたとのことで、世間は狭い。

 

午前9:30、スタートから4キロ、日本酒の原料となる山田錦の田んぼ地帯で、待ち合わせしていた華やかな着物姿の石井さんに出会う。実家の両親とともに山田錦を作る農家さんで、もっと若い人にも山田錦を知ってもらいたいと、様々な活動をしている。

 

彼女は、自家製山田錦を使ってポン菓子を作っている。パッケージ詰めされたポン菓子を見せてもらうと、大量のポン菓子が入っていて、ラベルにポン菓子を作る石井さんのイラストが描かれている。小野市には他に2人のポン菓子職人がいて、そのうちの1人にポン菓子作りを勧められた。

 

ポン菓子作りを見せてもらうため、石井さんのご自宅へ案内される。大きくて立派なお家なので、「ポン菓子御殿ですね。」とくっすんが言い、「山田錦御殿です。」と訂正される。

石井さんにガレージにて、専用マシーンでポン菓子を作ってもらう。

まず、山田錦をポン菓子機に入れ、点火する。次に、電源を入れ、15分ほど回して圧力をかける。そして、ポン菓子作り最大の見せ場・・・ポン菓子噴き出し口に専用カゴをセットし、金属棒などでぶったたくと、圧力が解放され、轟音と白い煙とともにポン菓子が飛び出す。

河田アナは大きな音にビックリし、くっすんはいい香りを嗅ぐため両手で煙をあおぎ寄せる。

 

できたポン菓子を、大きなタライに移し、砂糖蜜(原材料:砂糖・水・塩)かけて混ぜ合わせて、味をつける。

完成したポン菓子を、早速試食する。河田アナはお上品に食べ、くっすんはワイルドに大きい塊のままかぶりつく。材料がシンプルなだけに、素朴で懐かしいお味。

 

最後に石井さんに目指すものを聞いてみると、セレブ農家と聞きなれない言葉が返ってくる。全国で農業従事者が減少し、兵庫県では農家をやっている方の平均年齢が68に達している。そこで、農業が儲かるということをアピールし、もっと若い農家さんを増やたい石井さんは、自らセレブ農家として活動している。

また将来は、フェラーリに乗って田んぼの水を見てまわるのが夢で、まさにセレブ・・・。「田んぼの中の緑色の中に、赤いのんて映えると思うんですよ。」と発想力豊か。

 

車から降りてきた、日に焼けたダンディーなおとうさんに声をかけてもらう。日焼けはバイクに乗っているからで、愛機の写真をみせてくれる。サイドカー付のビッグバイク(車種:ホンダ・ゴールドウイング)にまたがり、全国を旅する。次回は信州を旅行予定とのこと。

1500ccの6気筒の大型バイクということで、くっすんが思わずお値段を聞いてしまう。誕生日に奥さんからプレゼントされたシロモノ。

72歳にしてビッグバイクを乗り回すおとうさんに、河田アナが「若いときからもてるんちゃいます?」と聞くと、「荷物だけ・・・(もてます)。」と謙虚。

 

スタートから5.5キロ、兵庫県小野市から加東市へ入る。「暑さに勝とう(加東)。」とくっすんの地名ギャグ。

 

暑さと闘いながら、30分ほど歩き、東条川に架かるあさひ橋に着く。あさひ橋の親柱正面を見ると、大きな釣り針の形になっている。

 

スタートから7.5キロ、『兵庫県釣針協同組合』を訪問する。組合の藤井さんにお話しをうかがう。

まずは、多種多様な魚に対応した、いろいろな種類の釣り針を見せてもらう。机の上に、バカでかい釣り針が置いてあったので、河田アナが「これは随分大きいですが、何用ですか?」と聞くと、飾り用のオブジェとのこと。

 

日本の釣り針は、北播磨地区で90%以上生産されている。北播磨の他には、日本に釣り針生産の一大集積地はない。

海のない加東市で釣り針作りが盛んなワケは・・・江戸時代に庄屋・小寺彦兵衛が土佐に行って、釣り針製造の技術を学んで、故郷(加東郡下久米村)に戻り広めたことに始まる(けっこう諸説あり)。そして、明治以降、釣り針作りは農閑期の家内工業として始められた。

 

ここ最近の釣り針業界の景気を聞いてみると、良くも悪くもなくボチボチといったところ?。ただ、時代の変化も大きく、女性や定年したお年寄りが、釣りに興味をもたれる。組合でも、女性をターゲットにして釣り人口を増やすように努力している。

 

午前11:30、河田アナの手元の温度計が、35℃を示す。河田アナがくっすんに、テレビに映ってはダメな顔をしていることを注意する。暑さに負けそうなくっすんは、なんとか笑顔を作る。

 

車しか通らない道をひたすら歩き、安国寺に到着。1339年に創建され、境内には室町幕府6代将軍・足利義教の首塚がある。首塚の前で、加東市観光ボランティアの会の前田さんに、首塚に祀られた人物の詳しいお話しをうかがう。

 

クジ引き将軍・足利義教

室町幕府5代将軍・足利義量が亡くなり、後継者問題が難航したので、4名の候補者の中から、石清水八幡宮でクジ引きを行って決めることにした。そのクジに当たったのが、足利義教だった。粗暴で短気なところがあり、自分の気に入らないことがあると、周りの人間に激しくあたった。

そんな暴君義教に耐えかねた播磨国の大名・赤松満祐は、京都の自分の屋敷に義教を招き、暗殺した。

 

その後、満祐は播磨国の坂本城へ戻り、さらに龍野の城山城まで逃げた。幕府側の討伐軍に侵攻され、最後は切腹する(嘉吉の乱 1441年)。

 

午後1:15、『道の駅 とうじょう』にて昼食。河田アナは『海老カツ膳セット』を、くっすんは『エビ・ヒレかつ定食』を食べる。

 

尋常じゃない暑さの中、人気のない道をひたすら歩き、

午後2:30、スタートから14キロ、兵庫県加東市から三木市に入る。「ミッキーだよ。」とくっすんの地名ギャグ。

 

スタートから15キロ、伝統工芸品・三吉籠を作っている工房『戸田竹芸店』を取材する。

工房で籠を作っている、店主の戸田さんにお話しをうかがう。三吉籠を作っているかと思いきや、別の籠だった。

 

工房のそこかしこに三吉籠の完成品があり、河田アナが手にとって見る。竹を素材につかい、渦を巻くように編みこまれて、美しさと実用性を兼ね備えている。戸田さんいわく、「美術品とか芸術品ではなくて、生活の日常の道具で、使っていきていく。」。

三吉籠の特徴として、底の部分を2本ずつの竹ひごで編みこんでいき、その周りをらせん状の形に仕上げる。

 

昭和4年に皇室がお買い上げになった三吉籠の写真を、見せてもらう。その三吉籠を作る際、職人さんは白装束を着て、戸田さんのひいおじいちゃんは紋付き袴を着ていた。

昭和7年に戸田竹芸店の前で籠作りの親方衆が集まった集合写真を、見せてもらう。その数は50人以上で、当時の繁盛ぶりがうかがえる。

 

現在、三吉籠をきちんと作れる職人は、戸田さん1人だけとのこと。後継者問題が危ぶまれるけど、戸田さんの婿養子の方が後を継ぐ意思があると、このあいだポロッと言ったので、一安心。

 

戸田竹芸店を出てしばらく歩くと、自転車に乗った、吉川中学校の3年生の女の子・男の子に出会う。女の子は受験勉強をあまりしてなくて、男の子は成績がヤバくて家で勉強ばかりの日々とのこと。さらに、合格後は受験の疲れを癒すため、しばらくダラッ~としたいというので、河田アナはすでにお疲れの受験生の身を案じる。

 

藪蛇だが、河田アナがお二人のご関係を聞いてみると、オタク仲間とのこと。とりわけアニメ『文豪ストレイドッグス』に造詣が深い。河田アナは聞いたこともなく、「犬の物語?」と思わず想像してしまう。

文豪ストレイドッグスは、平たくいえば?、太宰治や芥川龍之介など実在した文豪をもとに、イケメン化したキャラクターが入り乱れ、固有の異能力で戦うアクションマンガ(原作)。河田アナはストレイドッグスの意味が分からない(直訳すると、野良犬たち?)。

女の子に、文豪ストレイドッグスのグッズを見せてもらい、中原中也・太宰治・中島敦などのキキャラクターを紹介される。河田アナは「中原中也は、知ってるよ。×2」と言いつつ、現代アニメの独特な世界観に置いてけぼりをくらう。

 

くっすんが「趣味が合ったら、そっから恋って芽生えないですか?」と淡い期待とともに聞いてみると、お二人口をそろえて「ないですね。」の一言(そうなの?)。

 

雨ニモマケズ、台風ニモマケズ・・・夏ノ暑サニモマケズ、最後ノ力ヲフリシボッテ歩キ、

午後4:30、スタートから18キロ、ゴールの吉川温泉(よかたん)に到着。2002年にオープンした、日本有数の炭酸含有量を誇る温泉。

 

施設管理部長の西村さんに源泉に案内していただく。源泉は、地下1,500メートルから自噴している。実際に源泉の井戸を開けてもらい、その炭酸量・噴き出す勢いを見学する。西村さんが源泉そばのバルブをひねって調節すると、勢いよく源泉が高く吹き上がり、2人は大興奮。源泉を観察すると、泡が多い気がする。

源泉について説明を聞いていると、突然圧力の高まった源泉が噴き出したので、「わあぁぁ~。」と声をあげて驚く2人。

 

続いて、2人は源泉を試飲する。河田アナはほんのちょっと飲んだだけで、源泉の塩分の濃さに、酸っぱい梅干を口に含んだ顔になる。くっすんは暑さで味覚が麻痺したのか、おちょこ一杯分飲み干し、美味しさの批評をする余裕っぷり・・・。

 

気を取り直して、お待ちかねの露天風呂へ入浴(河田アナマッチョになっている?特に腹筋)。ヌルっとした感触で少々ぬるめのお湯が、2人の体を包みこみ、まさに極楽。吉川温泉の泉質は炭酸水素塩強塩泉で、神経痛・冷え性などに効く。

 

河田アナは、近畿にもいろんな温泉があると、改めて実感した。

くっすんは「暑い日に温泉って意外に合う。」と気づかされた。吉川温泉の露天風呂は、お湯の温度が36~37℃なので、夏の暑い時期にも長くじっくり入れるのだ。

 

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県小野市・萬勝寺 → 山田錦御殿 → 『兵庫県釣針協同組合 (7.5km) 安国寺 → 昼食: 『道の駅 とうじょう』 → 戸田竹芸店 (15km) → ゴール: 吉川温泉 [よかたん] (18km)

 

 

 

【26日目】 2017年07月27日(木)放送
旅の内容:●珍温泉を目指し 三木市から三田市へ!▲三木市の奇祭■動物が隠れているお寺★本気でバットを振り下ろす?!くっすん&河田

 

スタートは兵庫県三木市・吉川温泉 。ゴールは兵庫県三木市・青野ダム。約15キロの道のり。

 

午前7:30、兵庫県三木市・吉川温泉の屋外にある無料足湯に浸かりながらオープニング。次に目指す温泉は、平家の落ち武者が見つけたという篠山市にある籠坊温泉。ロケ日の予想最高気温は32℃。スタート時ですでに29℃で、すでに暑い。

 

スタートから1キロ、若宮神社に到着し、とりあえず参拝する。詳しい創建年代は不明だが、室町時代に三木城の武士たちが、戦の勝利を願って社殿を整備した記録が残る。

若宮神社では、毎年10月の例祭で、ヤホー神事が行われる。くっすんは、ヤッホーと叫ぶ感じがスイスみたいとコメント。境内を進んでいく行列の掛け声の「イヤホォ~。」が、名前の由来とされる。

 

お祭りを運営されているお二人に、詳しいお話しをうかがう。正式には弥寿(いやほぐ)と書き、さらに・もっとお祝いするという意味がある。

 

神事の名前とともに特徴的なものが、鬼が持っているこん棒。両端にかんなで削った木がとりつけられ、音を鳴らして周囲を威嚇する。

神事の際、鬼のこん棒でそこのけそこのけと払って突きつける動作を、くっすんがやってみる。独特な足さばきで、武術みたいな独特な突きをみせる。

 

ちょっと曇って、涼しくなる。

スタートから2キロ、自転車でツーリング中の男性5人組に出会う。三田市からスタートして、60キロほど離れた姫路市へ向かう予定。

 

本格的な装備と自転車で、自転車の価格は80万円くらいとのことで、ビックリする2人。せっかくだから、くっすんは80万円の自転車にまたがらせてもらう。「お尻がごっつい痛いです。」と感想を述べる。

趣味の自転車にけっこうなお金をかけている皆さんに、ご家庭で何も言われないのかと河田アナが聞いてみると、ノーコメントとのことで、お値段は内緒にしている。くっすんが、自転車があればお金がかからないとフォローするが、自動車より燃費が高くつくという。なぜかというと、自転車をこいで10キロ走るのに水1リットル必要で、お腹も空くので食べ物もいるから。自転車を趣味にしている人の苦労を知った。

 

スタートから2.5キロ、上り坂を進んでいると、前から猛ダッシュで近づいてくる”ちちんぷいぷい”の大ファンの女性に出会う。キッチンぷいぷいも好きで、よく料理を作っている。

”むかえら”では、くっすんのヘタレさに腹が立つこともあるけど、応援しているとのこと。さらに、「ガチで歩いてるんですね。」と、ちょっと疑われていた。むかえらでいろんな場所が紹介されるのを見るにつけて、実際に行ってみたいと言われ、2人は5,500キロ歩いてきた甲斐があったというもの。

 

坂を登り終え、中国自動車道の下をくぐって、先へと進む。

スタートから4.5キロ、東光寺の本堂前に到着。奈良時代に行基によって創建された。室町時代中期に建てられた本堂は、国の重要文化財で、日本の建築様式に中国・インドの文化を取り入れた折衷形式で建てられた。

 

本堂の中を、ご住職に案内していただく。堂内には、生き物を模した意匠が隠れているということで、探す2人。天井からぶら下がっている紐のようなものを見て、蛇だと主張するくっすん。しかし、ただの修理中の照明用配線だった。

さらに血眼になって探していると、柱から洗濯ばさみの先のように突き出ている部分を見つけ、ワニだと主張するくっすん。意外にも、場所は正解だったが、ワニの口ではなく、ゾウの鼻がモチーフになっている。言われてみればゾウの鼻だと、2人は納得する。木鼻(きばな)といって、仏教で神聖とされているゾウを模した飾り。

ゾウの他にも動物が隠れている。屋根を支える支柱は、蛙股(かえるまた)といい、蛙が股を開いている様を模している。天井近くの少し曲がっている梁は、海老虹梁(えびこうりょう)といい、エビの形を模している。くっすんが、強引に名前を付けていると、物言いをつける。

 

本堂の地蔵さまに手を合わせ、東光寺を後にする。

 

午前10:15、テレビカメラに映らないくらいの雨が降りだし、風が強くなる。悪くなる天気を心配しつつ、長くしんどい坂道を登る。

 

午前10:30、スタートから5.5キロ、兵庫県三木市から三田市に入る。

 

雷の音にビビり、雨も強く降りだしたので、避雷針のあるお宅へ避難させてもらう。お茶を出してもらい、ひと時客間にて休憩。

河田アナが、避雷針を誰が考えたか疑問に思う。避雷針が発明されたのは1753年。イギリス・アメリカで活躍した科学者のベンジャミン・フランクリンが、落雷による建物の被害をなくそうと考案した。日本で、初めて避雷針が設置されたのは明治5年。群馬県にある世界遺産・富岡製糸場とされている。

 

雷も鳴りを潜めたので、避難させていただいたおかあさんに感謝しつつ、再出発する。

 

午前11:45、雨のおかげで涼しくなり、快調に歩くと、道路でカエルの群れに遭遇する。

 

スタートから10キロ、北摂三田テクノパーク界隈を歩く。昭和62年ごろから企業が集まりはじめた工業団地で、現在44社が操業中。くっすんも知る有名企業が多数。

 

午後1:15、株式会社パトライトを取材する。昭和22年に、小型モーターを製造する企業として創業した。昭和40年に、自社モーターを用いた回転警示灯を開発・販売した。昭和52年からパトカーや消防車につかう赤色灯の製造を始めた。現在では、警察車両でつかわれる赤色灯の国内シェア80パーセントをほこっている。

 

まずは、ショールームを見学する。緊急事件が発生したときに普通の車に付ける赤色灯は、マグネットでくっついている。アメリカスタイルの横長式のパトライトを初めて日本で製造し、販売した。販売当初、日本の警察は奇抜すぎると、すぐには受け入れられなかった。

ところがどっこい、過激な演出で話題になった刑事ドラマ『西部警察』で、警察車両に横長式パトライトが採用されると、日本の警察も採用し始めたという。2人は、ドラマの影響力と石原軍団の偉大さを知る。

 

次に、赤色灯の製造工程を見学する。パトライトは一台ずつ受注生産で、用途や車種によって色が異なる。パトカーは赤色、道路維持管理車両は黄色、大型トレーラーは緑色、防犯パトロールカーは青色、故障車両は紫色で、全5色に分かれる。

くっすんが赤色灯のお値段を聞いてみると、ピンキリだがノーマルタイプでおよそ定価20万円とのこと。

 

最後に、警察に恨みをもつ人がパトライトを壊そうとすることもあるので、耐久実験を提案される。担当の方曰く「ゾウが乗っても壊れない(筆箱?)。バットで叩いても壊れない。」と豪語。金属バットでパトライトを思い切り叩いて、丈夫さを証明する。壊してしまった場合の弁償金20万円を心配する2人だったが、「大丈夫です、壊れないんで。」と保証してくれた。

くっすんは、ストレス解消とばかり、「ああぁ~。」と叫びながら渾身の力をこめて、バットを振り下ろす。パトライトを見てみると、さすが強化プラスチックで少し傷が付いただけ。河田アナも、いろいろと心配して確認した後、無言のまま本気でバットを振り下ろす。やっぱりパトライト、本気の河田アナの一撃でも割れなかった。くっすんが、「誰を思って叩いたんですか?」と無粋なことを聞く。

 

工場見学を終えた後、特別にパトライトさんの社食で昼食をいただく。

河田アナは『日替わり定食』を、くっすんは『中華麺セット』を食べる。社食の大きく開けた窓から見える自然豊かな風景を、2人は堪能する。

 

午後2:50、三田テクノパークを出ると、辺りには田園風景が広がる。武庫川を渡り、出発から歩くこと8時間半、

午後4:00、スタートから15キロ、ゴールの青野ダムに到着。昭和62年に完成したダムで、面積は甲子園球場54個分。景色は最高。

河田アナが青野ダムの役割を解説する。農業用の水と、三田ニュータウン開発によって増えた人口に対する上下水道用水の確保、河川の氾濫を防ぐ洪水対策を担っている。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県三木市・吉川温泉 若宮神社 (1km) → 東光寺 (4.5km) 株式会社パトライト (10km) [社食にて昼食] → ゴール: 青野ダム (15km)

 

 

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の23日目~24日目のまとめ。

 

【23日目】 2017年07月06日(木)放送
旅の内容:●加西市から小野市 鍬渓温泉へ!▲伝統を守る老舗の酒蔵■小野市が誇るハサミ鍛冶職人?!★満を持して復活!?鍬渓温泉

 

スタートは兵庫県加西市・一乗寺 。ゴールは兵庫県小野市・鍬渓温泉。約15キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県加西市・一乗寺の境内からオープニング。朝のお天気はうす曇りで、次第に崩れて夜には雨が降る予想。

 

草引きをしているおかあさんに出会う。2人は加西市の職員さんと間違えられる。河田アナがちちんぷいぷいの番組だと説明する。

習い事として健康体操、その名も『命の貯蓄体操』をされているとのことで、その中の一つの型を教わる。ジェスチャ―まじりに、「ぐりんと向こうひっくり返って、べちゃーんとそっちいくねん。」と説明を受け、アスファルトの上でひっくり返る2人。体の硬いくっすんは、体の節々を痛め、命を貯蓄するするどころか、ちょっと縮めた

 

午前9:00、スタートから2.5キロ、江戸時代から続く酒蔵・『富久錦』を取材する。1839年に創業し、加西市産の酒米と敷地内の井戸水をつかい、昔ながらの製法をまもる純米酒が人気。

 

富久錦8代目の稲岡さんに案内され、店舗コーナーを見てまわる。魚の缶詰やナッツ類におやつ昆布など、酒の肴を各種とり揃えている。

また、お米と米麹から作ったお肌にやさしい化粧品も置いている。お米は”水よりも安全”といわれている。河田アナも、「杜氏さんの手がすべすべとか、言いますもんね。」と納得する。

 

日本酒造りの伝統をまもりつつ、目新しい発想・技術にチャレンジしていく8代目の姿勢に感心する河田アナ。一方くっすんは、「早速ですが、試飲していただく・・・。」と早くお酒が飲みたい。

2人は、富久錦さんイチオシの『Fu.』という日本酒を、斬新にワイングラスでいただく。グラスで乾杯して一口飲むと、果実のようなフルーティーな味わいが広がり、「美味しい」と絶賛。アルコール度数は8度と、日本酒にしては低く飲みやすいので、「これで(お酒が苦手な)妻を酔わせたいです。」とくっすんがコメント。

 

今後も、お酒造りの関してはクラシカルな路線を進みつつ、もっといろんな方に日本酒に興味をもっていただけるようにしたいと、最後に8代目がお店の目標を語る。

 

美味しい日本酒を飲んだ後で気分よく歩いていると、軽トラに乗ったご夫婦から声をかけてもらう。ご夫婦にいつも見ていると言われるが、奥さんにサンテレビと間違えられる。テレビで見るのと河田アナ・くっすんの顔が全然違うらしく、夏やせで顔が細くなった?と言われる。でも、「どっちも男前や。」と褒められる。

大阪方面ばっかり歩かず、こっち(加西市方面)にも来てくださいとお願いされるので、河田アナが「毎週来てます、こっち。」と答える。ご夫婦でそのことを知らなったので、河田アナ・くっすんを誰かと勘違いしている?恐れもある。

 

田園風景を走る、北条鉄道の可愛らしい単行列車を眺めつつ歩き、

 

午前10:45、スタートから5キロ、看護師が履くシューズを製造販売している『マリアンヌ製靴』を取材する。

まずは副社長の吉田さんにお話しをうかがう。靴デザイナーの先代社長が、過労で倒れ病院に入院したとき、職業柄、看護師さんの靴が意外に汚れていることが気になった。そして、足が疲れそうな靴と思ったので、自分で看護師さんに靴を作って履かせてあげたいと、起業されたとのこと。

 

現在、国内の病院靴のシェアでは、ほぼ100パーセントに近いマリアンヌ製靴。工場での作業を見学する。皮や布を靴型にはめて成型していくつり込み作業は、伸びる素材をつかっているので、ほとんどの工程を手作業で行っている。

ミシンを担当しているおねえさんに、河田アナがインタビューする。

 

午後0:15、お昼ご飯を食べるお店を探す。いつも飲食店がなさそうな場所でも、良い店が毎回見つかっているとくっすん。その言葉のとおり、しばらく歩くと、良さげなお店が目の前に現れる。

くっすんが取材交渉し、『カジュアルレストラン 明日香』にて昼食。河田アナは『おすすめ定食』を、くっすんは『洋風定食』を食べる。おすすめ定食のメインは、ハンバーグ・海老フライ・唐揚げで、洋風定食のメインは、とんかつ・海老フライ・豚の生姜焼き・コロッケ。

 

勘で2人の通る場所で待ち伏せしていた、女性に出会う。河田アナ・くっすんのために作った、首からぶらさげる手書きのメダルを授与してもらう。メダルには、『笑顔でがんばろう』のキャッチコピーとともに、ほほ笑んだお地蔵さま?が描かれている。

心のこもったプレゼントに、2人はここから笑顔でいこうと決める(以後、ゴールまで装着)。

 

梅雨真っ盛りのジメジメ暑さにへたばるくっすんだったが、笑顔のメダルを見て、爽やかな笑顔を取り戻す。

 

再び歩きだすと、姫路市からやってきて待ち伏せしていた女性と、地元の方でカメラマンさんの陰に隠れるシャイな女性に出会う。

姫路の方は、地図にコンパスで半径15キロの円を描いて、一行の通る場所の目星を付けたとのこと。

 

午後2:15、スタートから9.5キロ、兵庫県加西市から小野市に入る。くっすんが「OH NO! OH YES!」と地名ギャグを言う。

 

ご自宅の前で、お母さんと、里帰りしているお姉さんと妹さんに出会う。お姉さんは、生まれて3週間のお子さんがいて、妹さんは、昨日2人目の出産予定日でまだ生まれていない。

お姉さんに、生まれて3週間、髪の毛ふさふさの赤ちゃんを見せてもらい、可愛いあくびで笑顔をさそう。2人目の出産に不安を覚える妹さんに、くっすんが安産祈願を買って出る。「元気な赤ちゃん、ポン。」と掛け声とともに、お腹にパワーを送る。くっすんの安産祈願の力か、翌日無事男の子がポンと生まれたとのこと。

 

午後3:00、スタートから11.5キロ、大龍寺に到着。平安時代に阿保親王の命により創建された。2人は本堂で阿弥陀如来様に手を合わせた後、ご住職に境内にある盛町宗兵衛の墓を、案内していもらう。

 

江戸時代のはさみ鍛冶職人であった盛町宗兵衛は、握りばさみの普及に尽力し、小野市の伝統産業の礎をきずいた。現在、握りばさみの生産は、小野市が国内シェア8割を占める。

宗兵衛は、職人にしては珍しく、弟子たちに自分の技術を余すところなく教えたという。そのこかげで、今日の小野市の地場産業がある。

 

ちなみに、握りばさみが今も使われているのは、日本のみで、生産量も年々減少している。若い世代は、握りばさみを知らない人も多いだろうけど・・・、「いろんな便利な便利なモノができてくる世の中ですけど、でも、これからも長く、やっぱり大切にしたいですよね。」と河田アナが述べて、ご住職の共感を得る。

 

小学1年生の、男の子と女の子2人に出会う。3人が背負う、色とりどりのおしゃれなランドセルがステキ。大人っぽいベージュ色、高貴なローズピンク(ピンクにあらずと女の子が強調)色、男の子の定番の黒色・・・。

小学校では、自由帳を書くことが流行っているとのこと。

男の子にランドセルの中を見せてもらうと、テストの答案がちらり見える。見せてくれると、算数の答案は100点満点。2人の女の子も、100点満点のテストを見せてくれる。

 

子供好きなパパさんたちは、下校途中の小学生たちや、中学生や大人たちに励まされながら歩き、

スタートから15キロ、雨が降る前に、ゴールの鍬渓温泉に到着。鍬渓温泉は、戦国時代に湧きだしたとされる。かつて温泉施設があったが、2010年に閉鎖された。今は、石碑があって、源泉は屋根や柵で覆われて入れない。

 

以前鍬渓温泉で働いていた松尾さんにお話しをうかがう。源泉への柵を開けてもらって、コップにお湯を汲んでもらう。泉質は塩化物冷鉱泉で、神経痛・皮膚病などに効く。

源泉の隣には、温泉があった小屋があり、温泉マニアにも人気が高い秘湯だったが、源泉に灯油が流れ込む事故があり、やむなく閉鎖した。

 

しかし、小野市民や温泉ファンに朗報が・・・。小野市がこんな泉質の良い温泉を眠らせておくのはもったいないと、全面協力して新たに大きな温泉施設を建てる。2018年5月に鍬渓温泉リニューアルオープンの見込み。

新たに温泉がオープンしたときには、必ず小野の地に舞い戻り、新鍬渓温泉に入ることを誓う、河田アナ・くっすんであった。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県加西市・一乗寺 富久錦 (2.5km) → マリアンヌ製靴 (8.5km) →昼食: 『カジュアルレストラン 明日香』 → 大龍寺 (11.5km) → ゴール: 鍬渓温泉[石碑・源泉前] (15km)

 

 

 

【24日目】 2017年07月13日(木)放送
旅の内容:●小野市を歩いて吉川温泉を目指せ▲受験合格?!語呂合わせで祈願■そろばん作りを見学★金色に輝く阿弥陀如来様?!

 

スタートは兵庫県小野市・鍬渓温泉 。ゴールは小野市・萬勝寺。約14キロの道のり。

 

午前7:30、兵庫県小野市・鍬渓温泉の源泉前からオープニング。次なる温泉は30キロほど離れた、三木市にある吉川(よかわ)温泉を目指す。

 

ロケ日は7月4日(火曜日)、朝の時点で九州に台風が上陸中・・・。この後、四国を通って、近畿にやってくる見込み。台風が来る前に、少しでも距離を稼ぎたい。

 

午前8:10、スタートから2キロ、通学中の小野工業高校3年生・女子3人組に出会う。お一人は、優雅に日傘を差している。只今、テスト期間中とのこと。生活創造科で、縫物や料理など家庭科の勉強をしている。

河田アナが将来何になりたいか聞いてみる。

日傘の女の子は、ファッション業界・栄養士関係を目指している。

2人目の女の子は、まだ決まっていない。

3人目の女の子は、アメリカに住んで、積極的な男性と国際結婚したい。それを聞いたくっすんが、「僕、今でも嫁に積極的ですよ。毎日抱きしめますよ。」とKYな発言をして、女子高生に引かれる。

 

序盤から気温27℃・湿度80%のジメジメ天気が、体にこたえる。

 

スタートから4キロ、小野市役所東駐車場にある、巨大そろばんを訪れる。珠の数字は2017と年号を表し、昭和49年に設置された。

 

巨大そろばんの下に、そろばんモニュメント”祈願そろばん”が、平成28年に設置された。金色の大きなそろばん珠の下に、指で弾けるメタルそろばんが備えてある。語呂合わせでそろばんを弾いて祈願すると、叶う」かも・・・。

くっすんは1122(いい夫婦)で夫婦円満を、河田アナは3739(みなサンキュー)で視聴者の幸福を願う。

 

続いて、モニュメントの隣にある、小野市立伝統産業会館内の『そろばん博物館』を見学する。古い中国のそろばんが展示されている。上の珠(五珠)が2つ、下の珠(一珠)が5つで、昭和10年までは、このタイプのそろばんが日本でも使われていた。

 

播州そろばん

1580年に羽柴秀吉による三木城攻めの際、住民が当時そろばんの一大産地だった大津に逃れて、そろばん作りのノウハウを会得し持ち帰って製造したのが始まりとされる。電卓の普及とともに、そろばんの生産量は減少しているが、今も全国シェアの7割を播州そろばんが占める。

 

地元の小学校(小野市立大部小学校)では、毎週木曜日の朝15分間、そろばんを練習している。その名もパチパチタイムで、はちまきを巻いて気持ちを引き締めパチパチ弾く。

 

くっすんは、何も考えたくないとスマートフォンの電卓に頼りがち。考えていくと、脳のしわが増えるので(諸説あり)、「脳のシワをしわくちゃにしたい。」とのこと。それを受けて河田アナが、「あなたの話し聞いていると、だいぶ(脳が)ツンツルテンやね・・・。」とツッコむ。

 

スタートから6キロ、畑をトラクターで耕している85才のおとうさんと、かたわらで見守っている80才のおかあさんに出会う。秋になったら、大根とか白菜を植えるとのことで準備中。

おとうさんは、腰が曲がっていながらも、巧みにハンドルを操り、黙々と畑を耕していく。ご夫婦の元気の秘訣を尋ねると、「もう、(畑仕事を)せなしょうがないいう気持ちやな。」と達観している。

 

午前10:10、宮本算盤工房を見学する。播州そろばんを作り続けて61年、伝統工芸士の宮本さんがお弟子さんとともに、技術を守っている。

 

宮本さんがそろばんの珠の大量に入った箱に、珠をいれてない作りかけのそろばんを20回ほどシャカシャカくぐらせると、見事に軸に珠が入っている。その技にくっすんが挑戦すると、見事に入ってない

 

そろばん作りは分業制。宮本さんは最終作業の珠と軸と枠をつかっての組み立てをしている。軸の太さの調整など細かい作業があって、一日に10丁ほどしか作れない。また木でできた珠を1つずつ組みかえて、色を合わせる作業は根気がいる。

そろばん作りの神髄は、いかに珠が動いてピタッと止まるか・・・・。動いてかつ止まるように調整するのは、一番難しいらしい。

 

くっすんが、そろばんの上部にある飛び出たボタンに気づく。このボタンを押すと、そろばんの数字がリセットさせて、0になる(ワンタッチ式)。河田アナ・くっすんの子どもの頃にはもちろんなかったし、今まで存在すら知らなかったが、今の子どもは99%がワンタッチ式を使っているとのこと。ただし、ワンタッチ式の方が普通のそろばんより、作る側にとって面倒な作業が増える。

河田アナが宮本さんに「そろばん早いんですか?」と聞いてみると、今は文明の利器・電卓を使っている。そろばん作りでは、まだ弟子には負けないが、計算するのは負けるそう。

 

弟子入りしてから3年目になる高山さんは、パソコンプログラマーから転職した。高山さんは、「小野市に住んでいてこれからできること・・・。じゃ、後継者がいなくなっていくそろばんを、絶やしてはいけない。」と弟子入り志願した。

高山さんが実際そろばん作りをやってみて思い知らされたのは、簡単なようで難しいこと。そろばん作りの道は奥深いと、師匠の説得力あるお言葉もいただく。

弟子には負けてられないと師匠も刺激を受け、師匠・弟子相互に技術を高めあっている、素晴らしい職場の空気に、播州そろばんがなくなってほしくないと願う河田・くっすんであった。

 

午前11:20、雨がパラつく。

車から下りてきた、糖尿病で病院帰りのおとうさんに声をかけられる。昔は歩くのが好きで、よく歩いていたとのこと。神戸に勤めていたとき、三ノ宮から実家のある奈良まで歩いていけるか挑戦した(距離にして60キロ以上=むかえら4回分ほど)。東大阪までなんとかたどり着いたが、おじいちゃんに抜かれるほど疲れたのでリタイヤした。

河田アナが歩きのプロ?として「またよかったら、歩いてくださいよ。」と活を入れる。

 

台風3号接近の気配に焦りだす一行。スマホのお天気アプリで台風の位置を確認する。

「急ぎましょ。」と駆けだすくっすんが、言ったそばからコケて膝を強打し、転がって悶絶する。河田アナは、「全然、もう意味が分からない。何を焦ってんの?」としらける。

 

そして・・・、急に風が吹きだし、雨が降りだし、ビニール傘を差す。

 

スタートから9キロ、雨が激しくなるなか歩き、広大なヒマワリ畑の間を通る。残念ながら、まだほんのちょびっとだけしか咲いてないが、ピーク時には約38万本のヒマワリが咲き誇る。秋には380万本のコスモスが咲く。年間70万人の観光客が訪れる。

 

午後0:30、ヒマワリ畑の隣にある『そろばん亭』にて昼食。河田アナは『パワーランチ』、くっすんは『ジャンボロースかつ定食』を食べる。衣さくさくでジューシーなカツを食べて、「もう、台風なんて屁の河童ですね、これじゃ。」と気力みなぎるくっすん。

 

午後1:30、勢いを増す雨の中、台風の位置を確認しながら歩く。現代はスマホでお天気情報をリアルタイムで確認できる世の中だが、いつか天気予報が始まったのか気になる2人。

 

天気予報がなかった時代、漁師さんや農家さんは、経験から雲の動き・形、波の方向、動物の行動によって天候を予想していた。

電報が発達したことで情報収集がしやすくなり、明治17年6月1日に日本で初めて天気予報が発表された。当時の天気予報は、日本全国の天気を一文で表していた。

全国一般風ノ向キハ定リナシ 天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ

(全国的に風の向きは定まらず、天気は変わりやすい。ただ雨が降りやすい。)

 

午後1:50、スタートから10キロ、浄土寺に到着。鎌倉時代に重源上人によって創建された。

国宝の浄土堂は、鎌倉時代に建てられた大仏様建築で、一本も釘を使ってない。昭和に入って一度解体修理されたが、創建された当時の姿をそのまま残す。

 

浄土堂の中に祀られてる、3体の仏さまを拝観し、特別に撮影させてもらう。浄土寺に詳しい、小野市立好古館の副館長・西田さんに案内してもらう。お堂の中に入ると、威風堂々と国宝・『木造阿弥陀如来及両脇侍立像』がお目見え。中央の阿弥陀如来様で全長5.3メートルあり、鎌倉時代の名仏師・快慶の作。

 

お天気や時刻により、お堂の西側の窓から太陽光が入り、3体の仏さまを神々しく金色に照らすように設計されている。これは、亡くなった人を極楽浄土へ導くため、阿弥陀三尊が雲にのって迎えに来てくれる、御来迎を表現しているといわれている。

一般的に快慶の作る仏像は彫りが深いモノが多いが、ライティングの関係で、影がでないように彫りを浅くした。

 

昔の人の思いと技術がつまった仏さまに手を合わせ、浄土寺を後にする。

 

午後2:50、仏さまに感銘を受けた2人は、相変わらずの止まない雨の中、田んぼ道を歩く。

スタートから11キロ、くっすんのビニール傘が強風で壊れる。雨風が強まったり弱まったり、緩急自在の風雨。

 

台風の中心が四国を抜け、和歌山県へ移る。2人が歩く小野市の天気は不思議と落ち着き、この間に黙々と、急ピッチで歩く。

 

午後4:20、スタートから14キロ、雨もあがって、ゴールの萬勝寺に到着。奈良時代に行基によって創建された。地元では、境内を子午線が通るお寺として知られている。

鎌倉時代作の阿弥陀如来像は、兵庫県指定の文化財に指定されていて、事前予約すれば拝観できる。2人も、阿弥陀如来様に静かに手を合わせる。

 

今回、台風の中のロケであったが、強い雨や風にさらされることなく、無事旅を終えたことにホッとする。次回は、三木市の吉川温泉を取材することを予告して、終わり。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県小野市・鍬渓温泉 → 巨大そろばん[祈願そろばん] (4km) → そろばん博物館 宮本算盤工房 ヒマワリ畑 → 昼食: 『そろばん亭』 → 浄土寺 (10km) → ゴール: 萬勝寺 (14km)