2017年09月23日(土)、兵庫県神戸市北区有馬町の有馬温泉界隈を散策した。紅葉の季節になると、もの凄く観光客が増えるので、その前に訪れた。

 

現地までのアクセス:行きは、JR姫路駅から新快速に乗ってJR三宮駅へ、三ノ宮から地下鉄で北神急行ルートを通って、神戸電鉄に乗り換えて有馬温泉駅へ到着。

帰りは、JRバスの直通バスに乗って、有馬温泉から三ノ宮バスターミナルへ、後はJRの新快速で帰った。

 

以下、写真をメインに有馬温泉の観光地を紹介します。史跡などの解説は、有馬町自治協議会(有馬町)・神戸市の立て看板からの引用です。だいたい訪れた順番に載せてます。適当に歩ているので、効率的な回り方ではありませんが、観光スポットは密集していますので、時間のロスは少ないです。

 

湯けむり広場

小便小僧・・・ではない

 

広場横の秀吉像

 

 

太閤橋とねね橋の間の有馬川

 

 

ねね橋とねね像

 

 

サイダーの自販機

サイダーを中心に珍妙な飲み物を取り揃えている。世界一まずいコーラとされる『メッコール』など罰ゲームにつかえるゲテモノ系ドリンクが目立つ・・・。

 

御所泉源

泉質:金泉(含鉄ナトリウム 塩化物強塩高温泉)

 

入口脇に面妖な看板が立つ

 

さらに、近くで看板発見・・・。飛び出し坊や?

 

またまた、電信柱のかげから様子をうかがっている・・・

 

一がんふどうじぞう

お賽銭を入れると、音楽とお経が流れる。音楽は1分ぐらい流れるが、お経が5秒ぐらいしか流れない

 

 

温泉寺 (おんせんじ)

本尊は薬師如来。奈良時代、温泉で人々を病から救おうと行基上人が724年に建立しました。当寺には行基上人、有馬温泉中興の祖・仁西上人の像が祀られており、1月2日の入初式には、温泉の初湯で沐浴される。本堂の波夷羅(はいら)大将立像は国の重要文化財に指定されている。

 

温泉寺石造五輪塔

 

温泉寺横の階段を上る

けっこう段数あります

 

 

湯泉神社 (とうせんじんじゃ)

有馬温泉を発見したといわれている大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)などの神々がまつられています。子宝が授かる神様として知られています。有馬温泉の守護神として親しまれており、温泉神社ともよばれている。

 

本堂の前、無人でお守りを授与している。子授けのお守りが特に人気。

選挙当選の願掛けにも最適?

 

愛宕山公園

山頂にある四阿

 

愛宕山頂からの眺望

草木ぼうぼうで視界不良

 

行基菩薩の像

『有馬の工房』横にある

 

 

極楽寺 (ごくらくじ)

594年、聖徳太子によって創建されました。1996年、庫裏再建のため解体、発掘の結果、豊臣秀吉湯山御殿跡の遺構が発見され、1997年神戸市の指定史跡、第2号(伝豊太閤湯山御殿跡)に指定されました。

 

 

念佛寺 (ねんぶつてら)

天文7年(1539)創建で、太閤の正室、ねねの別邸跡と伝えられています。苔の庭が美しく、樹齢270年という沙羅の大木(ナツツバキ)があり、6月には『沙羅の花と一弦琴鑑賞会』がおこなわれます。

 

太閤秀吉・北政所館跡

 

妬湯 (うわなりの湯)

この温泉は間欠泉で、湯の量は少なく、最近では昭和30年代に湧出し、現在は湧出していません。この温泉の由来は定かではありませんが、江戸時代の本には女子が盛装してこの温泉の前に立つと激しく湧いて止まらないとか、自分の憎い心や悪口を言ってののしればたちまち湧くと記されています。またこの温泉はきりきずの治療に効果があるとも言われています。

神戸市

有馬温泉観光協会

有馬温泉のメインストリート・湯元坂にある

 

まーた、怪しい看板あったよ・・・。おねえさん方が、看板と記念写真撮っていた。自分は免疫ができていたので、もう馴染みの看板だと思っただけですが・・・

 

 

妬泉源

 

天神社への坂

壁の配管から道路脇の側溝に温泉(金泉)がちょろっと流れている。触ってみると、熱い

 

 

天神社

 

境内にある天神泉源

金泉が湧き出す。説明の看板は、塩分で腐食して読み難い

 

 

雪国神社

御祭神として雪国稲荷大明神を祀る

 

杖捨橋

 

紅葉坂を上る

 

 

紅葉の名所・瑞宝寺公園

シーズン前で人影はほとんどない

 

公園内にある石の碁盤

秀吉が愛用したとされる

 

 

有馬稲荷神社へ・・・けっこう山道を登らないといけない

 

階段前のお稲荷さん

 

長々と続く階段を上る

 

気休めの看板

「あーしんど のぼりつめよう かみのまえ」

 

お一人様限定の休憩椅子

 

気休めの看板2

「やったーと あせをふきふき みをきよめ」

 

階段横のモノレール

 

 

有馬稲荷神社

舒明(じょめい)天皇孝徳(こうとく)天皇(600年代)が有馬温泉に行幸されたとき、杉ヶ谷行宮の守護神として祀られたのが始まりです。射場山の中腹でこぶしの花をはじめ四季折々の花名所になっています。

 

守護神のお稲荷さん

 

神社前からの眺望

有馬温泉界隈を一望できる。なお、裏参道は通行止め

 

 

有馬温泉の歴史の中核・・・

炭酸泉源

炭酸ガスを含んだ温泉で、昔は砂糖を入れてサイダーとして飲まれていました。炭酸せんべいの名前の由来ともなっています。

 

炭酸泉を飲用される方は上屋の前にある水飲み台をご利用ください。この湧出口からの引用はお止め下さい。

有馬町活性化委員会

さすがに、これを飲もうとは思わない

 

こちらは飲めるらしいが、有馬稲荷神社へ登って下りてきたとき、階段横の自販機で買ったリアルゴールドをがぶ飲みした後だったので、美味しくなかった・・・

 

 

このあたりで、ほどよく疲れたので・・・

 

有馬本温泉 金の湯

日帰り温泉施設で入浴、有馬温泉名物の金泉を堪能する。割安な金の湯・銀の湯2館セットになったチケットを買ったが、金の湯だけで満足してしまい、銀の湯は入らず。有効期限は1年あるので、また今度使います。

有馬の伝統工芸につかう『竹』をモチーフにした『一の湯』と、瑞宝寺公園の紅葉をイメージした『二の湯』がある。今回、男湯は『一の湯』だった。44℃と42℃の湯があり、44℃はなかなかの高温で長くは入っていられない。

 

有馬温泉 銀の湯

源泉温度の低い炭酸泉・ラジウム泉を使用。低い分、加熱してます。

 

 

体も軽くなったので、鼓ヶ滝方面へ・・・

滝本神社

だいぶ寂れてます

 

百度石と本堂?の距離が近い・・・

 

 

六甲有馬ロープウェー『有馬温泉駅

 

六甲有馬ロープウェーイメージキャラroppy

 

『有馬温泉駅』そばの紅葉谷登山ルートは、大規模ながけ崩れのため封鎖

 

『有馬温泉駅』から道を下る

 

 

鼓ヶ滝

上水道の水源となっている

 

この滝は、上下2段になって、落ちる滝の音が山々にこだまして、打つ音に似ていたので、この名がつけられました。現在では何度か洪水により、岩が崩れて形が変わったため、残念ながらその音を聞くことはできません

 

鼓ヶ滝公園

 

公園内にある急角度な滑り台

 

 

有馬ます池

入園料が安い。老若男女大勢の客で賑わっていた

 

有馬名物『なま炭酸せんべい

賞味期限5秒。焼き立てのアツアツを、やわらかいうちに食す。写真を撮ったときには賞味期限切れ・・・

 

 

帰りにバスチケットを買った、

有馬温泉観光案内所にて

『温泉むすめ』の声優サイン入りポスターを発見。全国の温泉を盛り上げる萌えなプロジェクトらしい・・・。有馬の名のついたキャラが2人いますが、有馬温泉は優遇されている?彼女たちの好きなものは、サイダーや炭酸水とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の31日目~32日目のまとめ。

 

【31日目】 2017年09月14日(木)放送
旅の内容:●武田尾温泉から宝塚温泉へ▲トンネルに潜む黒い影におびえる河田&くっすん!?■斜めに移動するエレベーターVSくっすん羽を広げてはしゃぐ河田&くっすん!?

 

スタートは兵庫県西宮市・武田尾温泉。ゴールは兵庫県宝塚市・宝塚温泉。約15キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県西宮市にある、日帰り温泉と季節のお食事が楽しめる『武田尾温泉 元湯』の前からオープニング。秋の気配を感じるすがすがしい朝、気温は23℃で長袖ジャージでちょうど良い。

 

景色の美しい武庫川渓谷を眺めつつ、武庫川沿いに東へ歩く。川が西宮市と宝塚市を分けている。河田アナはダジャレを言うつもりはなかったのに、「武庫川の向こう側が・・・(宝塚市です)。」と、言ってしまい、たまたまだとくっすんに弁解する。くっすんが偶然できたダジャレを、うまいと褒める。

 

午前8:15、橋を渡って、武庫川の向こう側・宝塚市へ入る。

 

スタートから1キロ、木の板が等間隔に並べられている道を歩く。くっすんは、滑りどめのために木の板が置かれていると考える。実は、むかし武田尾線の線路が敷かれていたときの枕木が、そのまま残されているのだ。武田尾廃線跡を歩く2人。

 

武田尾廃線跡

明治32年に、大阪~舞鶴港を結ぶため、武田尾渓谷に鉄道路線が開通した。しかし、昭和61年に、鉄道電化にともない廃線となった。その後、長らく放置されていた廃線跡は、安全に歩けるよう整備されて、2016年11月からハイキングコースとしてよみがえった。廃線マニア・ハイカーに、大人気。

コースは、国鉄時代の武田尾駅から生瀬駅までの約7キロ。

 

枕木の道を歩いていると、かつて気動車の通った、灯りのない真っ暗なトンネルの前に出る。2人は、懐中電灯片手にトンネルを歩く。トンネル内の壁に、退避壕が残っている。鉄道作業員が列車から避難する横穴で、中は濡れている。くっすんが退避壕に入って、気味悪がっていると、河田アナに「わっ。」と大声で脅かされる。

 

その後、2つ目・3つ目のトンネルを抜けて、絶景ポイントの武庫川第2鉄橋を渡る。おもわず写真が撮りたくなるような風情ある景色に、テンションが上がる2人。

午前9:10、兵庫県宝塚市から西宮市に入る。

 

前方から歩いてきた、地元に住んでいるご夫婦に出会う。子供が独立して暇ができたので、20年ぶりにハイキングにやってきたとのこと。20年前はお子さんも連れていた。夫婦だけの新しい生活を、ぼちぼち考えていこうと、とても楽しそう。

河田アナ・くっすんはラブラブなご夫婦を、最高だと称える。くっすんお得意の「手をつないでください。」も飛びだし、手を繋いだご夫婦をお見送りする。

 

続いて、ハイキングコース最長の414メートルのトンネルを抜ける。長い長い真っ暗なトンネルを怖がりながら歩いていると、くっすんの懐中電灯の照らしだす退避壕に、小さな黒い影が映り、ゾンビに出合ったホラー映画の登場人物ばりに大絶叫して転がる、河田アナとくっすん。その正体は天井に貼りつくコウモリで、飛んでいった。

 

さらに、進む先のトンネルの天井付近に、数匹のコウモリを確認する。40代の男2人は、コウモリにビビって、座りこむ。「動物担当はキミやんか。ここでがんばらな、いつがんばるねん、くっすん。」と河田アナに言われて、切りこみ隊長として先を歩くくっすん。低い場所にいたコウモリの突進に後退し、激しく後ろにコケる。

コウモリのスキをうががい、”むかえら”一行は、急いでトンネルをダッシュつした。

 

命からがら?トンネルを出ると、ハイキング中のご夫婦に出会う。トンネルに潜むコウモリに注意するように、忠告する。くっすんが「怖がらないことです。」とアドバイスして、河田アナに「あんた一番ビビってたやんか。」とツッコまれる(そう言うてる河田アナもめっちゃ怖がってた)。

河田アナがライトを持っているか尋ねる。すると、ご主人は『手に持っているし、頭にライトがある。』と笑いを誘う。

 

コウモリの群れにビビり疲れた2人、およそ2時間半で6つのトンネルを制覇する。

スタートから6キロ、ハイキングコース出口を抜ける。

 

午前11:15、西宮市内の住宅地を抜けてゆく。

スタートから9キロ、平成初期に開発された、西宮名塩ニュータウンが目の前に見える。この住宅街は、最寄りの『JR西宮名塩駅』から高低差60メートルの高台に位置する。

階段で60メートルの高さを登るのはしんどいので、街の南側に斜行エレベーターが2基取りつけられている。全長146メートルの長さを、斜めに移動するエレベーターで、駅と住宅街中段・上段の3か所を行き来する。

 

もの珍しいので、斜行エレベーターを見物する。

2基のエレベーターの通り道に挟まれるように、下り上りの階段がある。

 

通りすがりのおかあさんにお話しをうかがうと、斜行エレベーターを毎日つかっているとのことで、まさに地元の方々の足となっている。待ち時間を含めると、階段を下りる場合の方が早く駅に着くので、若い方は勇ましく階段を駆け下りていく。

 

また別のおかあさんが、「(階段を)上がってください。へたりますよ。」とくっすんの聞き捨てならないことをおっしゃたので、「僕へたれないですよ、もう。最近健脚ですから。」と反発。ちょうど、駅前にエレベーターが止まったので、河田アナはエレベーターで上り、くっすんは階段で上るハメに・・・。

 

河田アナはエレベーター内で乗り合わせた方々とお話しをしつつ、悠々と上っていく。対するくっすん、おかあさんや視聴者にカッコよいところを見せようと、勢いよく上っていく。階段を下りていく方々から、階段の情報(全280段?)や頂上までの距離を教えてもらいつつ上ったが、案の定、階段の途中で寝転がる。

ちょっと休んでから上りはじめ、平たい場所に着いたので、くっすんは階段を上りきったと思いきや、まだ中段地点だった。

 

上段階で待っていた河田アナと、くっすんのヘタレを予言したおかあさんと、ご主人の元に、5分遅れて、満身創痍のくっすんが到着。ご夫婦とハイタッチをした後、「地獄です。」と簡潔に感想を一言。

帰りは、エレベーターであっという間に下界へ下りる。

 

午後0:45、スーパーマーケットの『阪急OASIS 名塩店』で、お昼ご飯を買って、店内フードコートにて昼食。品ぞろえ豊富な商品の中から、河田アナは『広島風お好み焼き』を、くっすんは『コク深ソース焼きそば』をチョイスし、食べる。欲張りなくっすんは、スタッフの「好きなものを好きなだけ。」という声に甘んじて、サイドディッシュに肉団子とカキフライも食べる。

 

午後1:45、スタートから11キロ、木元寺に到着。飛鳥時代に聖徳太子によって創建された。その聖徳太子が、1本の木から3体の仏様を彫った。そのうちの1体が御本尊として、本堂に祀られている。残念ながら、残りの2体は杳として行方知れず。

 

ご住職に案内されて、秘仏である御本尊『木元寺地蔵尊』を、特別に拝観させていただく。地蔵様は、ほのかな香りのする栴檀(せんだん)の木から彫られた。2人は、栴檀の木の数珠の匂いを嗅いで確かめる。

地蔵様の表面が黒くなっているのは、羽柴秀吉播州攻めでお寺が焼失した際に、お焦げになったため。お寺は完全に焼け落ちたが、不思議とお地蔵さまだけが焼け残ったという。火除け・厄除けにご利益があり、2人は手を合わせてお寺を後にする。

 

午後3:00、宝塚の市街地を目指す。

スタートから12キロ、道路標識に”有馬”の文字を見つけ、ゴールはもうすぐと実感する。

 

午後3:30、スタートから14キロ、兵庫県西宮市から宝塚市に入る。

 

阪急宝塚駅の前を通る。駅前には、宝塚歌劇の肩を組んだ男役・女役の銅像が建つ。

途中、ゴールの宝塚温泉・『ホテル若水』が見えるが、いったん通り過ぎて、宝塚大劇場へ向かう。

 

午後3:45、宝塚大劇場を取材する。劇場に入ってすぐ、グッズショップやレストランがある。レストランのメニューを覗くと、応援にカロリーを多く消費するのか、ボリューミーなガッツリ食べるものが目につく。

 

宝塚歌劇の華やかな舞台衣装を着て、記念撮影ができるステージスタジオは、いつも予約のとれない盛況っぷり。憧れの衣裳の写真が、メニューとして掲げられている。くっすんが男役の衣裳を着てみたいと受付の方に願い出ると、女性の方限定とのことで断られる。

舞台衣装を着たお客さんは、その重さに驚き、観劇するときの味方が変わるらしい。

 

大劇場ロビーでは、豪華絢爛なシャンデリアや大階段に圧倒される。

 

宝塚歌劇のルーツ

大正2年に阪急グループ創始者の小林一三が、『少女だけの音楽隊』として立ち上げた。明治44年にできた温泉・レジャー施設である『宝塚新温泉』の、室内プールを改造した劇場で、宝塚歌劇が余興として始まった・・・という歴史は、意外と知られてない。

今では豪華なセットに、きらびやかな衣裳を見につけ、大人数で踊るラインダンス、幕が下りることなく次々と舞台転換がおこなわれる演出などで、創立100年を迎えても、観客を魅了し続けている。

 

続いて、劇場内2・3階にある展示コーナー『宝塚歌劇の殿堂』へ、スタッフさんに案内してもらい、入館する。館内には、宝塚歌劇の発展に貢献した関係者100人が、往年のお写真・手形・資料とともに紹介されている。

ちちんぷいぷいに出演している寿美花代さんもその一人で、元星組男役トップスターを務めた。

 

どこで情報を仕入れたのか、スタッフさんが河田アナの母である・元タカラジェンヌ”華かおり”の写真が載った資料を持ってくる。テレビスタジオが、親子良く似ていると騒然とする。くっっすんも、歯とほっぺたのラインがそっくりだとのたまう。ちなみに、本名は河田武子さん。

 

最後は、宝塚歌劇ファンの古川アナウンサーおすすめの、フィナーレ体験コーナーを訪れる。タカラジェンヌが背中から広げるクジャクのような羽を着けて、実際に舞台で使われた小道具を持って、無料で写真撮影できる。

男性も体験可能なので、『いつもすげ笠しか背負ってない』2人が、羽を背負い、小道具を持って、ポーズを決める。母親の血が騒ぐのか、河田アナは乗り気で、くっすんもまんざらでもない感じ・・・いやむしろその気になって、面白い写真が撮れた。

 

宝塚大劇場を出れば、ゴールは近い。

午後5:00、スタートから15キロ、ゴールの宝塚温泉[ホテル若水]に到着。

宝塚温泉は、鎌倉時代に武庫川沿いに湧く湯が発見されたことに始まる。明治時代から温泉街として発展し、昭和40年には60軒もの温泉宿が建ち並んだ。

 

さっそく、宝塚の景色を一望できる露天風呂に入浴し、旅の疲れを癒す。宝塚温泉の泉質はナトリウム・塩化物泉で、切り傷・慢性皮膚病などに効く。

湯船に浸かりながら、ホテルの代表取締役からお話しをうかがう。温泉に塩の成分が入っていて、ヌルッとした肌触りを生み出している。その塩は、約600万年前?の太古の海水が地層から湧きだしているとのこと。

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県西宮市・武田尾温泉[武田尾温泉 元湯] 武田尾廃線跡西宮名塩ニュータウン (9km) → 昼食:『阪急OASIS 名塩店』 → 木元寺 (11km) → 阪急宝塚駅 宝塚大劇場 ゴール:宝塚温泉[ホテル若水] (15km)

 

 

 

【32日目】 2017年09月21日(木)放送 [最終日]
旅の内容:●宝塚温泉から有馬温泉へ▲宝塚生まれのタンサン水気分は中国?!絶景蓬莱峡★有馬温泉で湯治

 

スタートは兵庫県西宮宝塚市・宝塚温泉。ゴールは兵庫神戸市・有馬温泉。約13キロの道のり。

 

午前8:00、兵庫県宝塚市にある、宝塚温泉[ホテル若水]の前からオープニング。いきなり少々雨が降っている。2017年1月から始まった『近畿 湯治場めぐり [兵庫編]』も今回で最終回。極寒から酷暑、大都会から大田舎を数多くぐり抜け、ついにゴールの名湯有馬温泉に・・・。

「やる気・本気・くっ・・・(以下カット)。」とくっすんがスタートから気力充実。

 

一行は、増水し濁っている武庫川沿いを歩く。

スタートしてからほどなく、ウヰルキンソン記念館に到着。

現在でも、炭酸水のブランドとして有名なウィルキンソンは、宝塚生まれ。神戸に住んでいた実業家のジョン・クリフォード・ウィルキンソンが、1889年に、宝塚の山で狩りをしていたところ、たまたま湧き出す炭酸を見つけた。「これだ!」と閃いたウィルキンソンは、炭酸泉源を見つけた山のすぐ下に工場を建てて、炭酸水を瓶詰めにして売り出した。

 

記念館の中に入ると、朝からおとうさん2人が将棋の対局中。河田アナは記念館の中を見て、「なんかウィルキンソンの感じ、全然しませんね・・・。」とコメント。

建物の外観はウィルキンソンの工場と同じで、中は改装して県民交流広場になっているとのこと。10時ごろになると、2階で太極拳の習い事が始まる。

 

おとうさんに2階に案内され、ウィルキンソンについてお話しをうかがう。部屋の片隅に置いてあるのは、在りし日のウィルキンソン・タンサン工場の全景ジオラマ。ウィルキンソンが生産した国産炭酸水は、明治政府の外国からの要人をもてなす製品として重宝された。

 

周辺に住宅が増え、炭酸水が枯渇したため、1990年(創業100周年)をもって工場は閉鎖された。工場跡は埋め立てられて、マンションが建っている。

現在”ウィルキンソン・タンサン”はアサヒ飲料に売却され、生産されている。工場はなくなったが、記念館を通じて、今後も地元の方に愛され語り継がれていくだろう。

 

記念館を出た直後、くっすんがアサヒ飲料の自動販売機を発見する。話しを聞いているうちに、タンサンを飲みたくなったので、買おうと思ったら、どこをどう見てもウィルキンソンは入ってない。にわかに信じ難い事実に、2人はテレビごしで、記念館横の自動販売機にタンサンを置くことを進言する。

 

午前9:30、記念館を出発してすぐに、河田アナが、武庫川に架かる幅のすごく狭い橋を発見する。実際に橋を歩くと、大人一人普通に歩く幅しかないので、河田とくっすんが橋をすれ違おうとすると、横向きでも背中の笠がぶつかる。だがしかし、慣れた地元の方は、細っそい橋でくっすん・河田アナを、巧みに抜いていった。

 

ワンコを散歩中のおかあさんに聞いてみると、元は水道局員のために造られた橋とのこと。昭和50年に設置され、近隣住民の『渡れたら、ショットカットできる』という声を受けて、水道局が一般人の通行を認めた。

くっすんは「ここでこう、独身の男女やったら、いい出会いになるかもしれないですね。」とコメント。

 

雨が止んで喜ぶ2人。

スタートから2キロ、2度目の訪問となる淨橋寺(じょうきょうじ)に到着。 1241年に西山上人によって創建された。西山上人が有馬温泉に 向かう道中、生瀬で山賊に襲われた。その時、毅然とした態度で山賊を諭し、武庫川に橋を架けて、その通行料金を生活費にすることをアドバイスした。心入れ替えた山賊たちは、『極楽橋』と名付けて、渡り賃をもらって生活し始めた。

くっすんは、西山上人を「まるで夜回り先生みたい。」 と称する。

 

ご住職に案内され、昔の人が有馬温泉に向かうのに必要とした地図を拝見する。1801年に描かれた「青野道争論」地図で、簡略だが有馬近郊の交通の要所や歩くルートが載っている。地図の中心に有馬湯山町、そのとなりに生瀬と極楽橋が描かれている。有馬までに往来に、橋が大変便利なので、「大儲けですね。」とくっすんの一言。

生瀬から有馬への山道では、景勝地である蓬莱峡を望むことができ、これから一行も通る予定。はるか昔に、西山上人がココを通られたと思いながら、有馬温泉まで向かおうという河田アナであった。

 

JR福知山線『生瀬駅』の前を通り、

スタートから3キロ、有馬温泉へと県道51号・有馬街道を進む。阪急バス『知るべ岩』のバス停の前を通って、ハイキングコースに突入。

 

有馬温泉への最大の難所、蓬莱峡へいざ進め。橋の上から見ると、はるか向こうに断崖絶壁の山がそびえている。舗装された道はすぐになくなり、草木の生い茂った道を通る。ハイキングコースは、歩く人が少なくなるにつれ、どんどん廃れてゆくもの。

道なき山道を、不平不満を垂れ流しながら歩いていると、舗装された道になる。喜んだのもつかの間、歩道はすぐに終わって酷道にもどる。久々の本格的な山道に、くっすんの顔も険しく余裕がない。

 

小さなせせらぎが、雨による増水で、ちょっとした川になって行く手を阻む。くっすんは、「”むかえら”によくあるパターン・・・。」とぼやく。河田アナが、くっすんと技術スタッフさんのために、石で即席の渡り道を作る。

せせらぎの幅の中間の、石の足場からジャンプしたくっすん、上方向に高く跳んだため、前方への推進力が足らず、もろに両足で着水し、靴やら靴下がびっちょびちょになる惨事。まさしく”むかえら”によくあるパターンだと、視聴者の大半が思ったであろう。

河田アナは、向こう岸手前に隠れた足場を見つけ、難なく無傷で渡る。河田アナはオススメ川渡りルートを提唱したが、スタッフさんは思い思いに川を渡った。

 

雨でできた小川を何本か越えて、視界のひらけた絶景ポイントにたどり着く。昔の人は、渓谷に流れる川をガイドにして山を登ったが、”むかえら”御一行は、安全な森の道を進んできた。

絶景で目の保養をしながら、石のゴロゴロ転がった地べたで休憩する。河田アナは、ロケ車のクーラーボックスから持ってきた、ウィルキンソンのタンサンを飲む。その味は格別。

 

休憩した場所から、登山ルートの目印をたよりに進み、

山道を登りはじめてから40分、蓬莱峡の座頭谷に到着。

 

座頭谷

京都から有馬を目指した座頭は、この谷に迷い込んで抜け出せなくなった。それから数日後、狩人が座頭を見つけたが、すでにお亡くなりになっていた。彼を憐れんで、座頭谷と名付けた。

座頭谷は、雄大な景観から、黒澤明監督の映画・『隠し砦の三悪人』ほか、数々の映画やドラマのロケ地になった。

 

自然の雄大さ・人間のちっぽさなど感じさせる絶景に、来た甲斐があったと感動する2人。ドローンを飛ばして空撮した映像で、視聴者にも感動をおすそ分け。

スタッフが、感動に浸っている2人に、座頭谷を通らずに来た道をもどると告げる。興ざめして、せっかくきたのに『戻るんかい。』と悔しがる。

 

長い上り坂を進み、湯山街道を行く。来た道を振り返れば、遥か彼方に宝塚の街が小さく見える。上りっぱなしの一日で、疲労がたまる一方だが、峠の頂上・船坂に着いて人心地つく。

 

午後2:40、『スリランカ料理 リトルランカ』にて遅い昼食。2年前に『第13章 桜満開の姫路城を目指せ!』で昼食をとったお店で、オーナーたちと再会を喜ぶ。

お食事の前に、オーナーから「ちちんぷいぷいは2回行ったお店は少ないって・・・。」と聞かれる。そんな噂がたっているらしい。

河田アナはチキンカレーメインの『Aランチ』を、くっすんはマトンカレーにローストチキンが付いた『ローストチキンランチ』を食べる。

 

スタートから10キロ、夕日で黄金色に輝く田んぼを見つつ歩き、有馬街道を爆進。

杖捨橋を渡り、有馬温泉の領域に踏み込む。この橋で、本願寺の高僧・蓮如上人が有馬温泉に来たとき、「帰りに杖は必要ない。」と捨てたとされる。

 

スタートから12キロ、豊臣秀吉の愛し、整備した有馬温泉の街を歩く。元は川だった、メインストリートの湯元坂を下る。

 

スタートから13キロ、今回のゴールで、兵庫県編の最終目的地である有馬温泉[御所坊]に到着。御所坊は、有馬で最も古い温泉旅館である。その前身は、有馬の湯を管理する湯口東西屋とされる。杖捨ての蓮如上人も、文明15年(1483年)に宿泊したと記録が残る。

 

2人は、御所坊の貸し切り風呂に入浴する。有馬温泉(金泉)の泉質は、含鉄ナトリウム塩化物強塩高温泉で、冷え性・腰痛・皮膚疾患などに効く。

昔の人が険しい山道を超えて湯治にやってきたことに、納得のいく浸かり心地の良さ。

 

温泉で疲れを癒しながら、471キロの長旅を振り返る。2人は、出会う人出会う人応援してくれたことを、有り難く思う。

河田アナが特に忘れられないのが、恐怖のパラグライダー体験。

偶然出会った人たち・非日常的体験・自然の生み出す大パノラマ、すべてが思い出として残る。

最後は河田アナが、「近畿湯治場巡り兵庫編、お疲れ様でした。」と締めくくり、やり遂げた達成感とお風呂の気持良さを味わいながら、満面の笑みで自分たちをねぎらう拍手とともに、最終日を終えた。

 

近畿湯治場巡り[兵庫編]

 

 

■簡易チャート

スタート: 兵庫県西宮宝塚市・宝塚温泉[ホテル若水] ウヰルキンソン記念館淨橋寺 (2km)→ JR福知山線『生瀬駅』 → 蓬莱峡[座頭谷] [昼食]::『スリランカ料理 リトルランカ』 → 杖捨橋 湯元坂 → ゴール:有馬温泉[御所坊] (13km)

 

2017年8月某日、兵庫県朝来市生野町にある生野銀山へ、超スーパー地下アイドル『GINZAN BOYS』に会いにいった。 地下アイドルたちの紹介の続きです。前編はこちら⇒

 

 

No.29 巌 (いわお)

赤フンをチラリとファンサービス

 

 

No.30 雅子 (まさこ)

 

背後から雅子の視線に恐怖する巌

 

 

No.31 そっくん

測量士。全盛期のオスマンサンコンさんには負けるものの、相当視力は良い

 

No.32 りょうくん

測量士。坑道の奥にいるそっくんの方を向いていて、顔は確認できない

 

 

No.33 伸一 (しんいち)

銀を掘りあてる腕はピカイチ。眼光の鋭さがが、それを物語っている・・・

 

 

 

No.34 忠吉 (ただきち)

 

生野銀山一の動きを見せる働き者。キレッキレのザルさばき

 

 

No.35 与作 (よさく)

長男?

 

「与作は木を切る~ へいへいほ~」

 

 

No.36 与与作 (よよさく)

次男?どんなスポーツでも万年銀メダルのシルバーコレクターって、銀メダルでもすごい・・・。2位じゃ駄目ですか・・・

 

 

No.37 与与与作 (よよよさく)

三男?与作3人衆で一番強そう

 

与作・与与作・伸一

 

 

No.38 ケロリン

キレイずき

 

 

 

No.39 小助 (こすけ)

対人恐怖症

 

 

No.41 市五郎 (いちごろう)

銀山のスーパービッグダディと呼ばれるわりに華奢

 

 

No.42 円蔵 (えんぞう)

コソ泥だが、妹・弟たち思い

 

 

No.43 蔵人 (くらうど)

時代劇で主役がはれそうな、かなり美形

 

蔵人・円蔵・ No.44 左門 (さもん)

 

 

No.45 大五郎 (だいごろう)

銀山一の力持ち。顔色悪い・・・

 

 

No.46 しずかちゃん

のび太さんのエッチ無口

 

女は黙って男の後についていく

 

 

スーパー地下アイドルを激写し

閉山時間?が迫っていたので急いで帰った

この日、自分が一番最後の客。営業終了間際で坑内に『蛍の光』が流れることもなく、鉱山内に人が残ってないか見回りにくる方に、粘ってすみませんという顔をしながら、生野銀山を後にした

 

そういえば、No.50~No.60のメンバーに会ってない・・・。どうやら資料館の方におられたようで、無念・・・

 

 

★売店で『GINZAN BOYZ』グッズ売ってます

直筆サイン入り生写真1枚200円

ツッコミどころ多いですが、あえてツッコみません

 

空いてるスペースは売切れ?

ちなみに、私の好きなメンバーベスト5はこんな感じ

一位 No.6 栄作

二位 No.34 忠吉

三位 No.19 じろふみ

四位 No.11 K

五位 No.31 そっくん

甲乙つけ難いそうそうたる顔ぶれで、今後の活躍いかんによっては、入れ替わるだろう・・・

 

 

■最後になりましたが生野銀山の見どころを写真で紹介

自然豊かなロケーション

 

観音岩

鯉にエサあげられます

 

トロッコに乗って記念撮影

 

シュリンケージ

鉱脈を破砕し、井戸に掻き落としてできた空洞

 

掘削マシーンの展示

 

秀吉さんの愛したお水

 

坑内にある無料休憩スペース

 

休憩スペース横の祈祷札奉納場所

 

巻き揚げ機

昭和4年東京石川島造船所製造

地下900メートルから200馬力の力で、1度に2トンの鉱石を運べる

 

地下へ続くエレベーター

 

デンジャラスゾーン

もっと厳重に封鎖しないと・・・