MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』兵庫編の31日目~32日目のまとめ。
【31日目】 2017年09月14日(木)放送
旅の内容:●武田尾温泉から宝塚温泉へ▲トンネルに潜む黒い影におびえる河田&くっすん!?■斜めに移動するエレベーターVSくっすん★羽を広げてはしゃぐ河田&くっすん!?
スタートは兵庫県西宮市・武田尾温泉。ゴールは兵庫県宝塚市・宝塚温泉。約15キロの道のり。
午前8:00、兵庫県西宮市にある、日帰り温泉と季節のお食事が楽しめる『武田尾温泉 元湯』の前からオープニング。秋の気配を感じるすがすがしい朝、気温は23℃で長袖ジャージでちょうど良い。
景色の美しい武庫川渓谷を眺めつつ、武庫川沿いに東へ歩く。川が西宮市と宝塚市を分けている。河田アナはダジャレを言うつもりはなかったのに、「武庫川の向こう側が・・・(宝塚市です)。」と、言ってしまい、たまたまだとくっすんに弁解する。くっすんが偶然できたダジャレを、うまいと褒める。
午前8:15、橋を渡って、武庫川の向こう側・宝塚市へ入る。
スタートから1キロ、木の板が等間隔に並べられている道を歩く。くっすんは、滑りどめのために木の板が置かれていると考える。実は、むかし武田尾線の線路が敷かれていたときの枕木が、そのまま残されているのだ。武田尾廃線跡を歩く2人。
武田尾廃線跡
明治32年に、大阪~舞鶴港を結ぶため、武田尾渓谷に鉄道路線が開通した。しかし、昭和61年に、鉄道電化にともない廃線となった。その後、長らく放置されていた廃線跡は、安全に歩けるよう整備されて、2016年11月からハイキングコースとしてよみがえった。廃線マニア・ハイカーに、大人気。
コースは、国鉄時代の武田尾駅から生瀬駅までの約7キロ。
枕木の道を歩いていると、かつて気動車の通った、灯りのない真っ暗なトンネルの前に出る。2人は、懐中電灯片手にトンネルを歩く。トンネル内の壁に、退避壕が残っている。鉄道作業員が列車から避難する横穴で、中は濡れている。くっすんが退避壕に入って、気味悪がっていると、河田アナに「わっ。」と大声で脅かされる。
その後、2つ目・3つ目のトンネルを抜けて、絶景ポイントの武庫川第2鉄橋を渡る。おもわず写真が撮りたくなるような風情ある景色に、テンションが上がる2人。
午前9:10、兵庫県宝塚市から西宮市に入る。
前方から歩いてきた、地元に住んでいるご夫婦に出会う。子供が独立して暇ができたので、20年ぶりにハイキングにやってきたとのこと。20年前はお子さんも連れていた。夫婦だけの新しい生活を、ぼちぼち考えていこうと、とても楽しそう。
河田アナ・くっすんはラブラブなご夫婦を、最高だと称える。くっすんお得意の「手をつないでください。」も飛びだし、手を繋いだご夫婦をお見送りする。
続いて、ハイキングコース最長の414メートルのトンネルを抜ける。長い長い真っ暗なトンネルを怖がりながら歩いていると、くっすんの懐中電灯の照らしだす退避壕に、小さな黒い影が映り、ゾンビに出合ったホラー映画の登場人物ばりに大絶叫して転がる、河田アナとくっすん。その正体は天井に貼りつくコウモリで、飛んでいった。
さらに、進む先のトンネルの天井付近に、数匹のコウモリを確認する。40代の男2人は、コウモリにビビって、座りこむ。「動物担当はキミやんか。ここでがんばらな、いつがんばるねん、くっすん。」と河田アナに言われて、切りこみ隊長として先を歩くくっすん。低い場所にいたコウモリの突進に後退し、激しく後ろにコケる。
コウモリのスキをうががい、”むかえら”一行は、急いでトンネルをダッシュつした。
命からがら?トンネルを出ると、ハイキング中のご夫婦に出会う。トンネルに潜むコウモリに注意するように、忠告する。くっすんが「怖がらないことです。」とアドバイスして、河田アナに「あんた一番ビビってたやんか。」とツッコまれる(そう言うてる河田アナもめっちゃ怖がってた)。
河田アナがライトを持っているか尋ねる。すると、ご主人は『手に持っているし、頭にライトがある。』と笑いを誘う。
コウモリの群れにビビり疲れた2人、およそ2時間半で6つのトンネルを制覇する。
スタートから6キロ、ハイキングコース出口を抜ける。
午前11:15、西宮市内の住宅地を抜けてゆく。
スタートから9キロ、平成初期に開発された、西宮名塩ニュータウンが目の前に見える。この住宅街は、最寄りの『JR西宮名塩駅』から高低差60メートルの高台に位置する。
階段で60メートルの高さを登るのはしんどいので、街の南側に斜行エレベーターが2基取りつけられている。全長146メートルの長さを、斜めに移動するエレベーターで、駅と住宅街中段・上段の3か所を行き来する。
もの珍しいので、斜行エレベーターを見物する。
2基のエレベーターの通り道に挟まれるように、下り上りの階段がある。
通りすがりのおかあさんにお話しをうかがうと、斜行エレベーターを毎日つかっているとのことで、まさに地元の方々の足となっている。待ち時間を含めると、階段を下りる場合の方が早く駅に着くので、若い方は勇ましく階段を駆け下りていく。
また別のおかあさんが、「(階段を)上がってください。へたりますよ。」とくっすんの聞き捨てならないことをおっしゃたので、「僕へたれないですよ、もう。最近健脚ですから。」と反発。ちょうど、駅前にエレベーターが止まったので、河田アナはエレベーターで上り、くっすんは階段で上るハメに・・・。
河田アナはエレベーター内で乗り合わせた方々とお話しをしつつ、悠々と上っていく。対するくっすん、おかあさんや視聴者にカッコよいところを見せようと、勢いよく上っていく。階段を下りていく方々から、階段の情報(全280段?)や頂上までの距離を教えてもらいつつ上ったが、案の定、階段の途中で寝転がる。
ちょっと休んでから上りはじめ、平たい場所に着いたので、くっすんは階段を上りきったと思いきや、まだ中段地点だった。
上段階で待っていた河田アナと、くっすんのヘタレを予言したおかあさんと、ご主人の元に、5分遅れて、満身創痍のくっすんが到着。ご夫婦とハイタッチをした後、「地獄です。」と簡潔に感想を一言。
帰りは、エレベーターであっという間に下界へ下りる。
午後0:45、スーパーマーケットの『阪急OASIS 名塩店』で、お昼ご飯を買って、店内フードコートにて昼食。品ぞろえ豊富な商品の中から、河田アナは『広島風お好み焼き』を、くっすんは『コク深ソース焼きそば』をチョイスし、食べる。欲張りなくっすんは、スタッフの「好きなものを好きなだけ。」という声に甘んじて、サイドディッシュに肉団子とカキフライも食べる。
午後1:45、スタートから11キロ、木元寺に到着。飛鳥時代に聖徳太子によって創建された。その聖徳太子が、1本の木から3体の仏様を彫った。そのうちの1体が御本尊として、本堂に祀られている。残念ながら、残りの2体は杳として行方知れず。
ご住職に案内されて、秘仏である御本尊『木元寺地蔵尊』を、特別に拝観させていただく。地蔵様は、ほのかな香りのする栴檀(せんだん)の木から彫られた。2人は、栴檀の木の数珠の匂いを嗅いで確かめる。
地蔵様の表面が黒くなっているのは、羽柴秀吉の播州攻めでお寺が焼失した際に、お焦げになったため。お寺は完全に焼け落ちたが、不思議とお地蔵さまだけが焼け残ったという。火除け・厄除けにご利益があり、2人は手を合わせてお寺を後にする。
午後3:00、宝塚の市街地を目指す。
スタートから12キロ、道路標識に”有馬”の文字を見つけ、ゴールはもうすぐと実感する。
午後3:30、スタートから14キロ、兵庫県西宮市から宝塚市に入る。
阪急宝塚駅の前を通る。駅前には、宝塚歌劇の肩を組んだ男役・女役の銅像が建つ。
途中、ゴールの宝塚温泉・『ホテル若水』が見えるが、いったん通り過ぎて、宝塚大劇場へ向かう。
午後3:45、宝塚大劇場を取材する。劇場に入ってすぐ、グッズショップやレストランがある。レストランのメニューを覗くと、応援にカロリーを多く消費するのか、ボリューミーなガッツリ食べるものが目につく。
宝塚歌劇の華やかな舞台衣装を着て、記念撮影ができるステージスタジオは、いつも予約のとれない盛況っぷり。憧れの衣裳の写真が、メニューとして掲げられている。くっすんが男役の衣裳を着てみたいと受付の方に願い出ると、女性の方限定とのことで断られる。
舞台衣装を着たお客さんは、その重さに驚き、観劇するときの味方が変わるらしい。
大劇場ロビーでは、豪華絢爛なシャンデリアや大階段に圧倒される。
宝塚歌劇のルーツ
大正2年に阪急グループ創始者の小林一三が、『少女だけの音楽隊』として立ち上げた。明治44年にできた温泉・レジャー施設である『宝塚新温泉』の、室内プールを改造した劇場で、宝塚歌劇が余興として始まった・・・という歴史は、意外と知られてない。
今では豪華なセットに、きらびやかな衣裳を見につけ、大人数で踊るラインダンス、幕が下りることなく次々と舞台転換がおこなわれる演出などで、創立100年を迎えても、観客を魅了し続けている。
続いて、劇場内2・3階にある展示コーナー『宝塚歌劇の殿堂』へ、スタッフさんに案内してもらい、入館する。館内には、宝塚歌劇の発展に貢献した関係者100人が、往年のお写真・手形・資料とともに紹介されている。
ちちんぷいぷいに出演している寿美花代さんもその一人で、元星組男役トップスターを務めた。
どこで情報を仕入れたのか、スタッフさんが河田アナの母である・元タカラジェンヌ”華かおり”の写真が載った資料を持ってくる。テレビスタジオが、親子良く似ていると騒然とする。くっっすんも、歯とほっぺたのラインがそっくりだとのたまう。ちなみに、本名は河田武子さん。
最後は、宝塚歌劇ファンの古川アナウンサーおすすめの、フィナーレ体験コーナーを訪れる。タカラジェンヌが背中から広げるクジャクのような羽を着けて、実際に舞台で使われた小道具を持って、無料で写真撮影できる。
男性も体験可能なので、『いつもすげ笠しか背負ってない』2人が、羽を背負い、小道具を持って、ポーズを決める。母親の血が騒ぐのか、河田アナは乗り気で、くっすんもまんざらでもない感じ・・・いやむしろその気になって、面白い写真が撮れた。
宝塚大劇場を出れば、ゴールは近い。
午後5:00、スタートから15キロ、ゴールの宝塚温泉[ホテル若水]に到着。
宝塚温泉は、鎌倉時代に武庫川沿いに湧く湯が発見されたことに始まる。明治時代から温泉街として発展し、昭和40年には60軒もの温泉宿が建ち並んだ。
さっそく、宝塚の景色を一望できる露天風呂に入浴し、旅の疲れを癒す。宝塚温泉の泉質はナトリウム・塩化物泉で、切り傷・慢性皮膚病などに効く。
湯船に浸かりながら、ホテルの代表取締役からお話しをうかがう。温泉に塩の成分が入っていて、ヌルッとした肌触りを生み出している。その塩は、約600万年前?の太古の海水が地層から湧きだしているとのこと。
■簡易チャート
スタート: 兵庫県西宮市・武田尾温泉[武田尾温泉 元湯] → 武田尾廃線跡 → 西宮名塩ニュータウン前 (9km) → 昼食:『阪急OASIS 名塩店』 → 木元寺 (11km) → 阪急宝塚駅前 → 宝塚大劇場 → ゴール:宝塚温泉[ホテル若水] (15km)
【32日目】 2017年09月21日(木)放送 [最終日]
旅の内容:●宝塚温泉から有馬温泉へ▲宝塚生まれのタンサン水■気分は中国?!絶景蓬莱峡★有馬温泉で湯治
スタートは兵庫県西宮宝塚市・宝塚温泉。ゴールは兵庫神戸市・有馬温泉。約13キロの道のり。
午前8:00、兵庫県宝塚市にある、宝塚温泉[ホテル若水]の前からオープニング。いきなり少々雨が降っている。2017年1月から始まった『近畿 湯治場めぐり [兵庫編]』も今回で最終回。極寒から酷暑、大都会から大田舎を数多くぐり抜け、ついにゴールの名湯有馬温泉に・・・。
「やる気・本気・くっ・・・(以下カット)。」とくっすんがスタートから気力充実。
一行は、増水し濁っている武庫川沿いを歩く。
スタートしてからほどなく、ウヰルキンソン記念館に到着。
現在でも、炭酸水のブランドとして有名なウィルキンソンは、宝塚生まれ。神戸に住んでいた実業家のジョン・クリフォード・ウィルキンソンが、1889年に、宝塚の山で狩りをしていたところ、たまたま湧き出す炭酸を見つけた。「これだ!」と閃いたウィルキンソンは、炭酸泉源を見つけた山のすぐ下に工場を建てて、炭酸水を瓶詰めにして売り出した。
記念館の中に入ると、朝からおとうさん2人が将棋の対局中。河田アナは記念館の中を見て、「なんかウィルキンソンの感じ、全然しませんね・・・。」とコメント。
建物の外観はウィルキンソンの工場と同じで、中は改装して県民交流広場になっているとのこと。10時ごろになると、2階で太極拳の習い事が始まる。
おとうさんに2階に案内され、ウィルキンソンについてお話しをうかがう。部屋の片隅に置いてあるのは、在りし日のウィルキンソン・タンサン工場の全景ジオラマ。ウィルキンソンが生産した国産炭酸水は、明治政府の外国からの要人をもてなす製品として重宝された。
周辺に住宅が増え、炭酸水が枯渇したため、1990年(創業100周年)をもって工場は閉鎖された。工場跡は埋め立てられて、マンションが建っている。
現在”ウィルキンソン・タンサン”はアサヒ飲料に売却され、生産されている。工場はなくなったが、記念館を通じて、今後も地元の方に愛され語り継がれていくだろう。
記念館を出た直後、くっすんがアサヒ飲料の自動販売機を発見する。話しを聞いているうちに、タンサンを飲みたくなったので、買おうと思ったら、どこをどう見てもウィルキンソンは入ってない。にわかに信じ難い事実に、2人はテレビごしで、記念館横の自動販売機にタンサンを置くことを進言する。
午前9:30、記念館を出発してすぐに、河田アナが、武庫川に架かる幅のすごく狭い橋を発見する。実際に橋を歩くと、大人一人普通に歩く幅しかないので、河田とくっすんが橋をすれ違おうとすると、横向きでも背中の笠がぶつかる。だがしかし、慣れた地元の方は、細っそい橋でくっすん・河田アナを、巧みに抜いていった。
ワンコを散歩中のおかあさんに聞いてみると、元は水道局員のために造られた橋とのこと。昭和50年に設置され、近隣住民の『渡れたら、ショットカットできる』という声を受けて、水道局が一般人の通行を認めた。
くっすんは「ここでこう、独身の男女やったら、いい出会いになるかもしれないですね。」とコメント。
雨が止んで喜ぶ2人。
スタートから2キロ、2度目の訪問となる淨橋寺(じょうきょうじ)に到着。 1241年に西山上人によって創建された。西山上人が有馬温泉に 向かう道中、生瀬で山賊に襲われた。その時、毅然とした態度で山賊を諭し、武庫川に橋を架けて、その通行料金を生活費にすることをアドバイスした。心入れ替えた山賊たちは、『極楽橋』と名付けて、渡り賃をもらって生活し始めた。
くっすんは、西山上人を「まるで夜回り先生みたい。」 と称する。
ご住職に案内され、昔の人が有馬温泉に向かうのに必要とした地図を拝見する。1801年に描かれた「青野道争論」地図で、簡略だが有馬近郊の交通の要所や歩くルートが載っている。地図の中心に有馬湯山町、そのとなりに生瀬と極楽橋が描かれている。有馬までに往来に、橋が大変便利なので、「大儲けですね。」とくっすんの一言。
生瀬から有馬への山道では、景勝地である蓬莱峡を望むことができ、これから一行も通る予定。はるか昔に、西山上人がココを通られたと思いながら、有馬温泉まで向かおうという河田アナであった。
JR福知山線『生瀬駅』の前を通り、
スタートから3キロ、有馬温泉へと県道51号・有馬街道を進む。阪急バス『知るべ岩』のバス停の前を通って、ハイキングコースに突入。
有馬温泉への最大の難所、蓬莱峡へいざ進め。橋の上から見ると、はるか向こうに断崖絶壁の山がそびえている。舗装された道はすぐになくなり、草木の生い茂った道を通る。ハイキングコースは、歩く人が少なくなるにつれ、どんどん廃れてゆくもの。
道なき山道を、不平不満を垂れ流しながら歩いていると、舗装された道になる。喜んだのもつかの間、歩道はすぐに終わって酷道にもどる。久々の本格的な山道に、くっすんの顔も険しく余裕がない。
小さなせせらぎが、雨による増水で、ちょっとした川になって行く手を阻む。くっすんは、「”むかえら”によくあるパターン・・・。」とぼやく。河田アナが、くっすんと技術スタッフさんのために、石で即席の渡り道を作る。
せせらぎの幅の中間の、石の足場からジャンプしたくっすん、上方向に高く跳んだため、前方への推進力が足らず、もろに両足で着水し、靴やら靴下がびっちょびちょになる惨事。まさしく”むかえら”によくあるパターンだと、視聴者の大半が思ったであろう。
河田アナは、向こう岸手前に隠れた足場を見つけ、難なく無傷で渡る。河田アナはオススメ川渡りルートを提唱したが、スタッフさんは思い思いに川を渡った。
雨でできた小川を何本か越えて、視界のひらけた絶景ポイントにたどり着く。昔の人は、渓谷に流れる川をガイドにして山を登ったが、”むかえら”御一行は、安全な森の道を進んできた。
絶景で目の保養をしながら、石のゴロゴロ転がった地べたで休憩する。河田アナは、ロケ車のクーラーボックスから持ってきた、ウィルキンソンのタンサンを飲む。その味は格別。
休憩した場所から、登山ルートの目印をたよりに進み、
山道を登りはじめてから40分、蓬莱峡の座頭谷に到着。
座頭谷
京都から有馬を目指した座頭は、この谷に迷い込んで抜け出せなくなった。それから数日後、狩人が座頭を見つけたが、すでにお亡くなりになっていた。彼を憐れんで、座頭谷と名付けた。
座頭谷は、雄大な景観から、黒澤明監督の映画・『隠し砦の三悪人』ほか、数々の映画やドラマのロケ地になった。
自然の雄大さ・人間のちっぽさなど感じさせる絶景に、来た甲斐があったと感動する2人。ドローンを飛ばして空撮した映像で、視聴者にも感動をおすそ分け。
スタッフが、感動に浸っている2人に、座頭谷を通らずに来た道をもどると告げる。興ざめして、せっかくきたのに『戻るんかい。』と悔しがる。
長い上り坂を進み、湯山街道を行く。来た道を振り返れば、遥か彼方に宝塚の街が小さく見える。上りっぱなしの一日で、疲労がたまる一方だが、峠の頂上・船坂に着いて人心地つく。
午後2:40、『スリランカ料理 リトルランカ』にて遅い昼食。2年前に『第13章 桜満開の姫路城を目指せ!』で昼食をとったお店で、オーナーたちと再会を喜ぶ。
お食事の前に、オーナーから「ちちんぷいぷいは2回行ったお店は少ないって・・・。」と聞かれる。そんな噂がたっているらしい。
河田アナはチキンカレーメインの『Aランチ』を、くっすんはマトンカレーにローストチキンが付いた『ローストチキンランチ』を食べる。
スタートから10キロ、夕日で黄金色に輝く田んぼを見つつ歩き、有馬街道を爆進。
杖捨橋を渡り、有馬温泉の領域に踏み込む。この橋で、本願寺の高僧・蓮如上人が有馬温泉に来たとき、「帰りに杖は必要ない。」と捨てたとされる。
スタートから12キロ、豊臣秀吉の愛し、整備した有馬温泉の街を歩く。元は川だった、メインストリートの湯元坂を下る。
スタートから13キロ、今回のゴールで、兵庫県編の最終目的地である有馬温泉[御所坊]に到着。御所坊は、有馬で最も古い温泉旅館である。その前身は、有馬の湯を管理する湯口東西屋とされる。杖捨ての蓮如上人も、文明15年(1483年)に宿泊したと記録が残る。
2人は、御所坊の貸し切り風呂に入浴する。有馬温泉(金泉)の泉質は、含鉄ナトリウム塩化物強塩高温泉で、冷え性・腰痛・皮膚疾患などに効く。
昔の人が険しい山道を超えて湯治にやってきたことに、納得のいく浸かり心地の良さ。
温泉で疲れを癒しながら、471キロの長旅を振り返る。2人は、出会う人出会う人応援してくれたことを、有り難く思う。
河田アナが特に忘れられないのが、恐怖のパラグライダー体験。
偶然出会った人たち・非日常的体験・自然の生み出す大パノラマ、すべてが思い出として残る。
最後は河田アナが、「近畿湯治場巡り兵庫編、お疲れ様でした。」と締めくくり、やり遂げた達成感とお風呂の気持良さを味わいながら、満面の笑みで自分たちをねぎらう拍手とともに、最終日を終えた。
近畿湯治場巡り[兵庫編]
完
■簡易チャート
スタート: 兵庫県西宮宝塚市・宝塚温泉[ホテル若水] → ウヰルキンソン記念館 → 淨橋寺 (2km)→ JR福知山線『生瀬駅』 → 蓬莱峡[座頭谷] → [昼食]::『スリランカ料理 リトルランカ』 → 杖捨橋 → 湯元坂 → ゴール:有馬温泉[御所坊] (13km)