MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』和歌山編の25日目~26日目のまとめ。

 

【25日目】 2018年04月12日(木)放送
旅の内容:●田辺市天狗嵓橋へ熊野権現の慈悲を説く尼■米どころで贅沢ランチ★ハンドル握らせると血が騒ぐ人・安全運転な人

 

スタートは和歌山県田辺市・『霧の郷 たかはら』。ゴールは和歌山県田辺市・中辺路町天狗嵓橋。約15キロのコース。

 

午前7:30、和歌山県田辺市にある、宿泊施設『霧の郷 たかはら』の前からオープニング。朝の天気は曇りで、ロケ日の天気予報は晴れ。

 和歌山編も、あと39キロを2回かけて歩いてフィニッシュ・・・のはずだったが・・・。歩く予定にしていた県道198号線は、交通量が多く危険なので、安全にロケできる国道371号線ルートに急きょ変更する。大きく迂回することになるので、歩く距離がプラス6キロ。最終ゴール・龍神温泉まで、45キロを2回で歩くのはしんどいので、和歌山編はプラス1放送分追加。くっすんは「ラッキーですね、皆さん。」と視聴者に指をさす。

 

午前7:45、和歌山県田辺市中辺路町高原、ワンちゃんと散歩中のおとうさんに出合う。動物担当のくっすんが、なついてもらえるようアピールする。

 くっすん流ワンちゃんと仲良くなる一番の方法、人間が腹を見せて寝転ぶわざをみせる。「こうやってたら、だんだん近づいてくるんです。」と言い張るが、なかなか寄ってきてくれないので、無理やりワンちゃんの体を引き寄せる。しばらく戯れていると、ちょっと打ち解けた。

 

スタートから0.6キロ、高原熊野神社に到着。全国に3,000社ある熊野神社のひとつ。室町時代に創建され、熊野古道中辺路の神社では最古の建物といわれる。

 

 熊野神社が全国で信仰を集めるようになったのは、比丘尼と呼ばれる尼さんの活躍が大きい。比丘尼のなかでも熊野比丘尼は、室町~江戸時代にかけて、曼荼羅などの絵を使い、熊野権現の慈悲を説いた。

 

 現代の熊野比丘尼として活動している、語り部の西浦さんにお話しをうかがう。字の読めない女性たちなどにも、比丘尼は地獄絵図を絵解きした。その後、熊野に来れない人たちに、参詣曼荼羅を絵解きした。

 

 西浦さんは、事前に予約があれば出前絵解きをしてくれる。2人の前で、実際に出前絵解きをみせていらだく。掲げられた大きな地獄絵図には、人間の一生と、死後の世界が描かれている。

 人間は死後、閻魔大王の裁きをうけ、天国と地獄に振り分けられる。地獄の種類はたくさんあり、生前の悪行によって決まる。ある男性は、生前に2人の女性を愛したがため、角の生えた女性2人に巻きつかれる責め苦を受けている。河田・くっすんも、そんな責め苦を受けないよう、釘を刺される。

 

 地獄絵図で河田アナが気になったのは、刀葉林(とうようりん)地獄。ギザギザの葉っぱのしげるの木の上で、絶世の美女が男性を手招きしている。美女にメロメロの男性は、まさに木を登ろうとしているところ。その後の展開は、刀のような鋭い葉っぱで血だらけになる。美女は木からさっさと下りてしまい、今度は下から手招きする。男性は女性を追いかけて、登ったり下りたりの血まみれループ

 それを聞いた河田アナは、「これは、国際的男女問題研究家の南光さんには、いろいろまた、御意見うかがいたいですね。」といじる。くっすんは、美人にうつつをぬかす男性が、南光さんに見えてきたらしい。

 

 こわいこわい地獄に落ちないように、ご先祖様を大切にし、周りの人も大事にする。そして、何より大事なのは、熊野をお参りすること。

 地獄絵図を裏返すと、参詣曼荼羅にチェンジ。熊野本宮大社を中心に、周辺の名所が描かれている。すでに河田アナ・くっすんが訪れた歴史ポイント、つぼ湯牛馬童子像も載っている。歴史伝承がたくさん残されている熊野で、「この後も、いい旅続けてください。」と絵解き終了。

 旅の無事を祈り、神社を後にする。

 

午前8:25、1.7キロの下り坂を進む。下りは休憩をとらないので、膝にダメージが蓄積する。「僕ロボットやったら、壊れてますよ。」とくっすん。

 

スタートから2.4キロ、下界に戻り、山間部にちらほら残る桜を見つつ歩く。すると、白・ピンク・赤色に花が咲いている、1本の木に目が行く。河田アナが、「これもしかして、超珍しい桜の木やったらどうする?」と、くっすんをうかがう。河田アナが新種発見ということで、『直ちゃん桜』と勝手に命名するくっすん。

 その木のある、隣りの家のおかあさんに聞いてみると、桜・・・ではなく、桃の木とのこと。どこにでもある観賞用の桃で、がっかり拍子抜けする2人であった。

 

午前9:30、温川(ぬるみがわ)トンネルを通る。400メートルのトンネルを抜け、

スタートから4.6キロ、温川地区へ入る。温川の名前は、集落を流れる中川で、流れの急な上流から、下流で川の流れがゆるむことに由来する。

 

 温川地区について、語り部の水本さんにうかがう。温川を一言で言ったら、米どころ。コシヒカリを原種としたキヌヒカリを生産していて、「ここのお米を食べたら、おかずはいらない。」ほどおいしいとのこと。

 河田アナが、温川産キヌヒカリを使ったご飯を、食べられるところがないか聞くと、近くにあるおしゃれなレストラン、『パラダイスカフェ』を紹介してもらう。

 

午前11:00、『パラダイスカフェ』にて腹ごしらえ。工場だった建物を改装し、2013年にオープンしたレストランで、地元食材をふんだんに使った、ピザやパスタが人気。

 温川産キヌヒカリの味を確かめるべく、河田アナ・くっすんともに、『おむすびセット』を食べる。シンプルなおむすび×3個に、お味噌汁とお漬物が付く。テラス席に座って、極上の田園風景を眺めつつ、甘くておいしいおむすびの味を噛みしめる。

 

午後0:50、スタートから9キロ、山中にカート場を発見し、驚く2人。カート場のコースの横まで来てみると、猛スピードで走るカートの迫力に圧倒される。

 1996年にオープンした、初心者から上級者までレーシングカートが楽しめる『きのくにカートランド』。運転はうまいと自信を見せるくっすんと、河田アナは、初心者用のレンタカートに乗りこみ、ドキドキのカート初体験

 

 エンジンのかかってない状態のカートに乗って、カートを後ろから押してもらっただけで、ビビるくっすん。ノロノロと慎重に、カートを動かす。

 一方河田アナは、高所やスピードの出る乗り物など、スリルを楽しむタイプなので、軽快にカートを始動させる。

 

レーシングカート

もともと、在日米軍が日本へ持ち込んだといわれる。1970年代、遊園地で人気になったゴーカートが、レース用に改造され、一般的に知られるようになった。F1などのモータースポーツを始めたい人向けの、入門的なスポーツとして位置づけられる。

 

 河田アナは、すぐに操作に慣れて、ぐんぐんとスピードをあげる。やっぱりくっすんは、安全運転でトロトロ。存分にスリルを味わった河田アナ、「僕はもう、今日で引退します。」と、むちゃくちゃ恐怖を味わったくっすん。

 

午後1:50、カート場を後にする。ゴールまでの6キロは、ゆるやかな上り坂が続く。ゆるやかではあるが、河田アナが後ろを振り返れば、くっすんが道路脇で寝転がっている。

 膝が痛いくっすんの言い訳は、ディレクターに騙された。そして、「今日、全然楽ですから。全然楽ですから、くっすんさん大丈夫っすよ・・・。」とディレクターのモノマネをする。ぐずるくっすんを説得し、再びゴールを目指す。

 

スタートから約8時間

スタートから15キロ、ゴールの天狗嵓橋(てんぐらはし)を渡りきる。この地に伝わる天狗伝説から、天狗嵓橋と名付けられた。

 伝説では、この辺りに住む男が農作業をしていると、昼間にもかかわらず空が真っ暗になった。そして、空から天狗が舞い降りて、その男をさらっていった。

その後、男は無事生還したが、拉致されたときからの記憶は、まるでなかったという。

 

龍神温泉まで残り30キロ

 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県田辺市・『霧の郷 たかはら』 → 高原熊野神社 (0.6km)  →温川地区 (4.6km) → 昼食:『パラダイスカフェ』 → 『きのくにカートランド』 (9km) → ゴール:天狗嵓橋 (15km)

 

 

 

【26日目】 2018年04月19日(木)放送
旅の内容:●田辺市龍神村 薬師堂へゆず尽くし?!■山林王から引き継いだ古民家のゲストハウス★スポーツ吹矢を体験

 

スタートは和歌山県田辺市中辺路町・天狗嵓橋。ゴールは和歌山県田辺市龍神村・薬師堂。約14キロのコース。

 

午前8:00、和歌山県田辺市辺路町にある、天狗嵓橋の天狗像の建つ、欄干前からオープニング。朝の天気は、雨がパラつく曇りで、ロケ日の天気予報は曇り時々雨。

 

 歩き始めてすぐ、長さ1キロほどの笠塔トンネルを通る。

午前8:20、トンネルを抜けると、田辺市龍神村へ入る。このタイミングで、放送日にゆずのお2人がスタジオに来られることを、スタッフに告げられる。楠雄二朗のU.Kサイドしか知らないゆずさんに、最近のむかえらでの、くっすんのヘタレた映像を流した。

 

 河田アナが、「こっからしばらくこのー、長い長い下り坂を、下っていきますんで・・・。」と、ゆずさんの歌の一節(BGM:夏色)を用いる。実際、4キロもある長~い坂。くっすんは、「あ~、この下り坂で自転車乗れたら、気持ちいいやろなぁ~。」と、歌のシチュエーションを重ねる。

 

午前8:50、田辺市龍神村内の、殿原地区に入る。

スタートから4キロ、安倍晴明社に到着。986年に花山法皇が熊野詣した際、安倍晴明が道案内したといわれている。晴明はその下見に訪れ、殿原に立ち寄ったと伝わる。

 

 神社を守る、殿原晴明会の会長さんにお話しをうかがう。もともとは、晴明田と呼ばれる田んぼの脇にあった祠で、昭和45年に今の場所に移された。

 晴明田は田植えの際に入っても、晴明の呪術のおかげで蛭が足に食いつかなかったとされる。

 

 額縁に入れて大切にしている、羽生結弦さんの描いた、安倍晴明社の絵馬を、会長さんに見せてもらう。『大きな怪我なく、最高な状態で、縁起していけますように。』と書かれている。羽生さんがフィギュアスケートで、安倍晴明を主人公にした映画『陰陽師』の曲を使っていたので、激励も含めて絵馬を送ったら、返ってきたとのこと。

 

 平昌オリンピックでも、フリープログラムで『陰陽師』の曲を使い、見事金メダルを獲得した。オリンピックと聞いて、ゆずさんの名曲『栄光の架橋』がある(アテネ五輪)と、くっすん。

 そして、平昌オリンピックでは、『うたエール』をよく聞いたという。河田アナが「歌えるの?」と、くっすんの言おうとしていたダジャレを先に言ってしまう。どうしても、『うたエール、歌える?』と言いたいようなので、TAKE2を撮ることを河田アナが提案する。しかし、またしても、河田アナが先にダジャレを言ったので、悔しがるくっすんであった。

 

午前9:50、人気のない国道371号線を、龍神温泉に向かって歩く。熊野古道では、海外からのお客さんにようさん出会っていたのに、と出会いのフィーバーを思い出す河田アナ。

 

スタートから8キロ、古民家を改築した『ゲストハウス吉祥』を取材する。2017年8月にオープンし、外国人観光客にも人気。

 

 Iターンで龍神村に来られた、オーナーさんにお話しをうかがう。7歳のときから28年間、カナダのバンクーバーに住んでいたが、1年前に来日しゲストハウスを営んでいる。

 東京出身のおとうさんが30年ほどカナダで働き、定年後に和歌山を訪れた際に龍神村に魅せられ、日本に興味のあった息子と住む家を探しているうち、ゲストハウスを始めることになった。

 オーナーさんは、『うんこ漢字ドリル』で日本語勉強中とのこと。


 お宿の中を案内してもらう。くっすんが「京都みたい。」という室内は、外国人受けする『和』の雰囲気漂い、美しい日本庭園に面している。築80年と築173年の古民家を連結した構造で、最大13人が宿泊できる。

 

 一通り案内してもらい、縁側に座ってお話しをうかがう。もともとは、古民家はこの辺りの山林王の家だった。

 日本に戻ってきて、地域の方々の優しさをひしひしと感じる。人が優しい・食べ物が美味しい・風景が美しい、龍神村の素晴らしさを、宿泊客の皆さんに分かってもらえたらうれしい。

 

 続いて、山林王から引き継いだ蔵の中を拝見する。歴史を感じさせる和傘や蓄音機などが残されている。その中に、8ミリフィルムのリールがあり、オリンピックとケースに書いてある。古いモノなので破損しては大変だからと、中身は確認していない。

 むかえらのスタッフさんが持ち帰り、後日中身を確認したところ、1964年の東京オリンピックの映像が入っていた。テレビ画面を撮影したものかと思われる。

 

午後0:10、ゲストハウス内にて、予約していた昼食をとる。河田アナくっすんともに『おまかせランチ』を食べる。自家製窯焼きピザ・パンケーキにスープ・サラダがついたセットメニュー。

 

午後1:30、雨が降りだし、相変わらず人との出会いがまるでない

スタートから10キロ、河田アナが遠くからの視線を感じる。建物の窓から、服を着た2体のマネキンが、こちらの様子をうかがっている。ビックリしたくっすんは、「ゆずかと思いました。」とコメントし、「なんでやねん。」と河田アナがツッコむ。

 

スタートから11キロ、畑の脇に立っている電柱の横に、まあまあリアルな赤ちゃんの人形が覗いていて、ビビる2人。人に会わないとき、人形には出会う・・・むかえらあるあるが続く。

 

午後2:10、龍神村の特産物・ゆずを使った商品を作っている工房『うらや』を見学する。工房に入ると、ゆずの香りが充満している。11月に収穫したゆずを、凍らせて保存したモノをつかって、1人手作業でゆずポン酢を作っている古久保さん。

 

 ゆずポン酢を試飲させてもらうと、ゆずの酸味を活かしたお上品な味。かつて1回だけ、龍神村産ではないゆずをつかってポン酢を作ったが、まるで味が違った。

 

 古久保さんはすっぱいゆずだけではなく、アーティストのゆずさんも大好きとのこと。息子さんの買った、1999年発行の『ゆず 全曲集』を見せてもらうと、初々しいお二人の写真が載っている。ゆずに縁の深い古久保さんに、スタジオでゆずさんがむかえらのコーナーを見ているだろうと告げると、「なにとぞ宜しくお願いします。」と改まって挨拶する。

 

 食べられずに腐っていたゆずを見て、何かできないかとゆずポン酢を作り続けて35年になる古久保さん。最近では、月・水・土曜日にスポーツ吹矢をされている。

 あまり聞きなれないスポーツ吹矢は、会員数58,000人ほどで、全国大会も開催されている。ルールは、10メートル先の的に5本の矢を吹き、これを6セットおこなう。的の中心に近いところから7・5・3・1の点が与えられ、合計点で競う。

 

 全国大会準優勝の実力をもつ、古久保さんにデモンストレーションしてもらうと、見事ド真ん中に突き刺さる。5年前から、健康のためにスポーツ吹矢を始めたという。

 スタジオにいるゆずさんに雄姿を見せるチャンスと、スポーツ吹矢に挑戦するくっすん。吹矢を吹く前に息を吸い込むとき、矢が口に逆流し盛大にえずく。無様な姿は、あらかたの予想通り、なかなか吹矢を放つまでこぎつけない。最後はなんとか発射できて、的の端っこに当ったので、恰好がついた。

 

午後3:10、再び歩きだし、

スタートから12.5キロ、倉庫っぽい場所でチェーンソーを使い、巨大な鳥っぽい木の彫刻を作っている最中の男の人を、遠目に発見する。面白そうなので、ノンアポで取材交渉すると、あっさりOK。

 鳥っぽい彫刻は、ほぼほぼチェーンソーで切って削って作っている、リアルなニワトリさん。

 

 このお方は、チェーンソーでの彫刻を生業としている、城所ケイジさんで、チェーンソーアートの世界チャンピオンも獲得した凄腕の持ち主。かつて、ちちんぷいぷいの生中継でも、そのチェーンソーさばきを披露した。

 

 仕事場の工房の中には、数々のチェーンソー彫刻が置かれており、拝見する。ネイティブアメリカンの彫刻は、前面にインディアンの顔と鷲、後ろに熊とオオカミが彫られている。製作日数は3日ぐらいで、お値段は100万円ぐらいとのこと。

 その彫刻のお隣にある彫刻を見て、「手羽先ありますよ。」とくっすん。手羽先ではなく、恐竜の脚の彫刻。

 

 最近は、亡くなったペットの彫刻を作ってほしい、という仕事が多い。木を材料にしているので、見る者に生命感が伝わるという。ダイナミックなのに繊細な造りの彫刻を目の当たりにして、チェーンソーアートの奥深さを知った2人であった。

 

午後3:50、何とかゴールまで天気がもちそうだと安堵する河田アナ。

 

スタートから約8時間

午後4:10、スタートから14キロ、ゴールの薬師堂に到着。安土桃山時代に創建された、正覚寺のお堂の1つとされる。江戸時代に正覚寺は失われたが、薬師堂だけ難を逃れた。

 

 今回はゆずさんがご覧になられているということで、くっすんは、「僕なりにまあ、カッコいいとこいっぱいお届けできたんじゃないかなと・・・。」とコメント。しかし、「どこどこぉ?」と思い当たるところがない河田アナ。

 

龍神温泉まで残り16キロ

 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県田辺市中辺路町・天狗嵓橋 → 笠塔トンネル → 安倍晴明社 (4km) → 取材兼昼食:『ゲストハウス吉祥』(8km)→ 『うらや』の工房 → チェーンソーアート・ジャパン (12.5km) → ゴール:薬師堂 (14km)

 

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』和歌山編の23日目~24日目のまとめ。

 

【23日目】 2018年03月29日(木)放送
旅の内容:●田辺市奥熊野温泉 女神の湯へ木でできた宝石?!■草鞋が山積みになる峠?!★熊野古道を満喫する外国人の皆さんと交流

 

スタートは和歌山県田辺市・四村神社。ゴールは和歌山県田辺市・奥熊野温泉[女神の湯]。約18キロのコース。

 

午前8:30、和歌山県田辺市にある、四村神社の石段の登り口のすぐ近くにある、鳥居の下からオープニング。朝から雨降りで、一日中雨の予報。くっすんの大嫌いな峠越えもあり、「もう、泣きませんよ。」とくっすんが宣言する。前々回のロケの峠越えで、駄々っ子・泣きじゃくりの醜態をさらし、巷で評判が悪かったため・・・。

 

スタートから0.2キロ、立木染工房を取材する。日本でココでしか作られていない立木染の品々を、さっそく2代目に見せてもらう。色とりどりに染められた立木は、丁寧に磨かれ、ニス的なモノを重ね塗りして、美しい光沢を放っている。見た目は石だが、手に取ってみると、木なので思いのほか軽い。

 

 着色の方法は、木の根元に染料をまいて、木自身が水と一緒に染料を吸い上げて染まる。作品になるまでは半年以上かかり、綺麗に染まるのは、ほんの一握り。木には皮があるので、中がどんなふうに染まっているのか、切るときまで分からない

 立木染は、それまで捨てられていた間伐材の使い道はないかと、2代目と父親が長きにわたって研究開発し、1990年から作りはじめた。

 

 商品として出来上がった物は、1つ1つ染まり具合がちがい、手作業で加工しているので、1つとして同じモノはない。

 

午前9:30、2人はロケ日の週末に行われた、Little Glee Monsterのライブ出演に向けて、歌の練習(Love To The World)をしながら、人気のない道を1時間ほど歩く。

 

午前10:40、和歌山県田辺市中辺路町を歩く。

 

スタートから6キロ、3つの三日月が浮かぶ、『三体月のモニュメント』前に到着。くっすんには、モニュメントがジャンボ餃子に見えた。
 
三体月伝説
 その昔、山伏たちが修行のため高尾山へ登った。旧暦11月23日に、そこで3体の月を見て、法力を身につけた。山伏の話しを聞いた周辺の村人は、全く信用しなかった。
 それでも、気になったのだろう。村人たちが翌年の11月23日に、高尾山に登ってみた。あまり期待していなかったが、3体の月が出現し、ビックリ仰天。
 以来、村人たちは、11月23日には月の出現を待つようになった。
 
 くっすんは、河田アナの解説を聞いて、「そんな・・・そんな(3体の月が出る)ことは、まあないとは・・・(思うんです)。」と思ったことを口にする。「それを言っちゃあ・・・、まあそういう伝説が・・・。」と口を濁す河田アナ。
 
 現在でも、旧暦の11月23日に、中辺路町と本宮町で、山に登って月の出を待つ、『三体月観月会』が開催されている。
 
スタートから8キロ、国道311号線から脇道へ入り、熊野古道[中辺路]に合流する。2人は、草鞋峠のある西へ進む。
 
 岩神峠のある東へ進めば、本来は熊野本宮大社へ至るルートであったが、平成23年の台風被害で、約3.5キロ通行止めになっていて、復旧の見込みはナシ
 台風が来る以前、2010年12月放送のむかえら(青岸渡寺~紀三井寺の旅)では、そのルートを通っていた。
 
 岩神峠と草鞋峠の間に、大正時代まで仲人茶屋があり、名前の由来を河田アナが解説していた。昔の人は、岩神峠を男坂(おさか)と、草鞋峠を女坂(めさか)と呼び、合わせて女夫坂(めおとざか)と呼んだ。夫婦の間を取り持つということから、仲人茶屋と呼ばれるようになったと。
 
 草鞋峠は標高約592メートルで、約1キロの峠道を進む。世界遺産に認定されている、熊野古道[中辺路]の中でも中核を成すルートで、ハイカーや外国人に人気が高い。
 
山を登りはじめて20分、はやくもくっすんが弱音を吐き始める。疲れたので座って休憩し、「あの、(道が)ちゃんとしてる分、言い訳ができない・・・。道のせいにできない・・・くやしい。」と訴える。いつもなら、悪路に責任転嫁をするくっすんなのだ。
 
登りはじめて40分、
スタートから10キロ、草鞋峠の頂上へ到達。
 
草鞋峠
 昔の旅人が1日歩く距離は、40キロ前後が標準的。草鞋を履いていて、1日2足を履きつぶした。旅籠と旅籠の中間に位置し、40キロを半分に分ける草鞋峠が、ちょうど草鞋を交換するのに適した場所であった。
 江戸時代、役目を果たした草鞋が、峠に山のように捨てられていた。
 
豆知識:当時の草鞋の値段は、2足で3文(現在の価値で約60円)。大変安いと感じる人が多く、2足=3文から二束三文という言葉が生まれた・・・という説がある
 
 草鞋についてのあれこれを、河田アナが解説し終わりると、スタッフさんから2人に草鞋が手渡される。「ちょっと~。やめてよ、こういうことすんの~。やめてよ、もう~。こういうことぉ~(大事なことだから2回言いました)。」と声を荒げる河田アナ。くっすんは、「こういう形なんですね。ありがとうございます。」と返品しようとする。
 
午後0:40、スタッフさんの提案に渋々のって、草鞋初体験をする2人。草鞋峠で、シューズから草鞋にチェンジ。履いて少し歩いてみると、足の裏で地面を掴むような感じで、意外に歩きやすい。アスファルトのような平坦な道には向いてないが、凹凸のある山道を歩くのに、草鞋は最適である。
 
 2人は割と草鞋を気に入ったが、草鞋からつま先の部分がちょっとはみ出す点が気になる河田アナ。専門家によると、膝が前に出る姿勢となり、長距離歩行の疲労を軽減する効果があるとのこと。
 
草鞋で歩くこと20分、硬かった草鞋が足になじんできて、歩きやすくなったと河田アナ。
 草鞋を履いて、良いことばかりではない。雨で足の裏が濡れてくる。くっすんは、草鞋の紐を挟んでいる足の指と指の間の痛みを訴える。さらに、コブラ返り(こむら返り)になったと言うが、見た所普通に歩けているので、「大丈夫。気のせい、気のせい。」と河田アナが判断する。
 
草鞋で歩くこと40分、スタートから10.5キロ、四阿で雨宿りしている男女と出会う。長野県からやってきた、ドイツ人の女性と日本人の男性のコンビ。お二人は信州大学医学部に通っていて、彼女が4か月の交換留学の期間を終えて、母国へ帰る前に、いっしょに熊野古道を歩いている。JRの、紀伊田辺駅から那智駅まで、約100キロを1週間かけて歩く旅の途中とのこと。
 河田アナとくっすんは、せっかくだから、ご自慢の草鞋を見せびらかす。くっすんは「差し上げましょうか?」と適当なことを言う。
 
午後1:30、四阿のベンチに座って、昼食。河田アナ・くっすんともに『熊野古道弁当』を食べる。川湯温泉にある『民宿 大村屋』の宅配弁当で、地元の食材を盛り込んでいる。
 弁当を食べつつ、草鞋初体験の感想を述べる。草鞋の履き心地や性能を身をもって体験し、「昔の人が考えることは、いろいろ理にかなっているやなぁと思いました。」とまとめる河田アナ。「同じくです。」と自分の言葉で言うのを放棄するくっすん。
 
午後2:20、草鞋からシューズに履き替え、熊野古道の山道を歩く。しばらくして、舗装された道に合流する。
 
スタートから12.5キロ、ドイツからやってきたご夫婦に出会う。『ムイ』というゲストハウスを探している最中で、道案内しつつ、いっしょにゲストハウスの方まで500メートルほど歩く。
 ハイキング好きなご夫婦は、2週間の日本滞在で、大阪・東京・京都など訪れるとのこと。日本にきて驚いたことを聞くと、トイレの便座が温かかったことで、ドイツにはない。
 
 ゲストハウスの50メートル手前で、道が分岐するので、場所を説明してお別れする。ご夫婦と、河田アナは握手を交わし、くっすんはハグする。
 
スタートから14キロ、5代目の『秀衡桜』の前に到着。奥州平泉の豪族・藤原秀衡(ひでひら)の名を冠した桜。
 
 子宝に恵まれなかった秀衡は、熊野権現に祈願して、子供を授かった。そのお礼参りのため、秀衡は妊娠している奥さんとともに、熊野へ向かった。熊野古道中辺路を通って熊野本宮大社を目指す道中、奥さんが滝尻王子で出産した。
 ところが、秀衡の夢枕に熊野権現が現れ、子供を置いて本宮大社を目指しなさいと告げた。お告げに従い、滝尻王子周辺の岩の下に赤子を隠し、夫婦は旅を続けた。
 
 秀衡はこの場所に、杖として使っていた桜の木を接ぎ木し、帰り道でこの枝に芽が出ていれば、「子供は無事である。」と祈願した。参拝を終えて、接ぎ木した桜のところへ戻ってみると、芽が出ていた。
 滝尻へ帰ってくると、果たして赤子は無事で、岩から滴る乳を飲んで、オオカミに守られていたと伝わる。
 
 熊野古道のガイドさんに、この伝説について解説していただく。オオカミは大神と書いて、熊野権現を指す。くっすんが我が子を置き去りにするなんて考えられないという。だが、熊野権現の言いつけを守っていれば、『叶わぬことなし』の伝承が残っている。
 
スタートから14.5キロ、ガイドさんとともに、秀衡桜のとなりにある、継桜王子に到着。現在8本の杉の巨木が立っているが、有りし日は40本ほどあった。
 野中の一方杉(県の天然記念物)と呼ばれ、日が射す南の方に枝を伸ばしている様は、まるで熊野那智大社に向かって手を合わせているようにみえる。樹齢は推定800~1,000年、多くの旅人を見守ってきたであろう一方杉に霊力をもらう。
 
ガイドさんとお別れして、降りやまない冷たい雨野中、歩く。
スタートから16キロ、日本家屋のお宿で、縁側に座ってくつろいでいる、イギリス人ご夫婦に出会う。結婚4周年記念に、熊野古道を歩きにきた。熊野古道はただ歩くだけでなく、おもてなし・食べ物・温泉など、素晴らしい経験になるとのこと。
 日本にきて、驚いたり不思議に思ったことはないか聞くと、イギリスにはない、しょっぱいプラムを初めて食べたこと。実は梅干しのことで、ご夫人の口には合ったみたい。
 
 今回のロケは、日本人以上に日本のことに興味をもってる、外国人の方に多くであったとくっすんの感想。
熊野古道を外れ500メートル、
午後5:20、スタートから18キロ、ゴールの奥熊野温泉[女神の湯]に到着。女神の湯は、キャンプ場を備えた宿泊施設・『アイリスパークオートキャンプ場』にある。平成5年に温泉が掘りあてられ、日帰り入浴もおこなっている。
 
 早速、内風呂に入り、旅の疲れを癒す。肌にまとわりつくようなヌルっとした湯触りで、女神のような美肌になれる?泉質はナトリウムー炭酸水素塩・塩化物冷鉱泉で、筋肉痛・関節痛・冷え性などに効く。
 湯治場巡り『和歌山編』も、いよいよ佳境に入り、残りの道のりは山・山そして
 
龍神温泉まで残り51キロ
 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県田辺市・四村神社 → 立木染工房 (0.2km)  →『三体月のモニュメント』 (6km) → 草鞋峠 → 昼食:四阿 (10.5km) → 『秀衡桜』 (14km) → 継桜王子 (14.5km) → ゴール:『アイリスパークオートキャンプ場』 / 奥熊野温泉[女神の湯](18km)

 

 

 

【24日目】 2018年04月05日(木)放送
旅の内容:●龍神温泉を目指し 田辺市を西へ▲田舎を盛り上げる古民家カフェ

熊野古道を満喫する外国人の皆さんと交流2★今の昔も巡礼者には優しいもてなしを・・・

 

スタートは和歌山県田辺市・奥熊野温泉[女神の湯]。ゴールは和歌山県田辺市・『霧の郷 たかはら』。約12キロのショートコース(ほとんど山道)。

 

午前8:00、和歌山県田辺市にある、アイリスパーク内の奥熊野温泉[女神の湯]の前からスタート。朝から快晴で、ロケ日の天気予報は晴れ。

 

 相変わらず、春先になってから和歌山にロケにくるたび、ビンビンに花粉の影響を受ける河田アナ。

 

午前8:10、スタートから0.6キロ、築100年の古民家を改装した、『田舎ごはんとカフェ 朴』を取材する。普段の営業時間は10時からで、特別営業時間前にお邪魔させてもらう。

 

 お店に入ると、正面の厨房から、オーナーさんとお子さんがお出迎え。お客さんに作った焼き立てのパンを、さっそく試食させてもらう。くっすんが『田辺産あずきのあんパン』を2つに割ると、たっぷりのあんからのぼる湯気。くっすんと河田アナで仲良く半分こ。美味しいのは、食べた2人の顔が物語っている。

 

 お子さんを抱えたオーナーさんに、田舎でお店を始めたワケを、聞かせてもらう。以前は大阪で調理しをしていたが、27歳で生まれ育った田辺市にもどった。改めて地元の良さに気づき、2007年に実家近くの古民家を改装し、カフェを始めた。

 カフェは人通りの少ない田舎にあっても、多い日は1日に100人近いお客様が来られるとのこと。地元野菜のランチなどを目当てに、北海道や沖縄から訪れる方もいる。

 

 河田アナのインタビューが退屈だったのか、「ママ、家帰ろうよ~。」とお子さんのセリフ。

 

午前9:00、スタートから1.6キロ、山道で迷わないよう、熊野古道のガイドさんと合流する。そして、世界遺産熊野古道の箸折峠(標高380メートル)へアタック。

 

 登りはじめてすぐに、スコットランドからやってきた男性に出会う。「スコットランドから歩いてきたわけじゃないけど。」と英国ジョークでご挨拶。2か月の日本滞在予定で、すでに四国のお遍路を巡った、なかなかのツワモノ。

 お遍路を攻略したので、次は熊野本宮大社を目指しているとのこと。昨日は山の中で、大型の寝袋で寝た。四国で野宿、熊野でも野宿と、やはりいろいろな面で上級者。河田アナ・くっすんは、その逞しさに圧倒される。

 

 しばらく歩いていると、くっすんの愚痴が炸裂。昨日寝違えて、腰が痛いという。具体的には、抱き枕のごとく掛け布団に抱きつき、腰の辺りをくっつけ足を絡ませて寝ていたのが原因らしい。河田アナが「毎週どこか具合悪いね。」とツッコみ、くっすんもそんな気がしてきた。

 

午前10:15、箸折峠の頂上にある、『牛馬童子像』の前に到着。明治時代に作られ、平安時代の花山法皇が熊野詣をした様子を再現したといわれる。面白いことに、法皇は馬と牛にまたがっている。熊野古道を歩くとき、険しく苦しい道は『牛のように粘り強く』、楽な道は『馬のように軽やかに』しなさいという暗示しているという解釈もある。

 河田アナの解説を聞いて、「ちなみに、この牛は何牛ですか?」という要らない質問をするくっすん。

 

 箸折峠の周辺は、近露(ちかつゆ)という地名で、花山法皇が昼食をとったと伝わる。

 

近露の箸折峠

 花山法皇がお弁当を食べようとしたが、うっかり箸を入れ忘れていた。家来は代わりにと、萱(かや)を折って差しだした。すると、萱の内部の赤い軸に露がついていたので、法皇は「これは、血か、露か?」と言った。『ちかつゆか』から周辺の地域を近露と呼ぶようになった。おまけに、萱を折って箸の代わりにしたので、箸折峠の名が付いた。

 

『牛馬童子像』から山道を下ること20分、

午前11:20、スタートから4キロ、『道の駅 熊野古道中辺路』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『道の駅スペシャル弁当 みそ汁つき』を食べる。こんにゃくに御飯を詰めた『こんにゃく寿し』は、ぴり辛な味付け。

 

 道の駅で食事中、道の駅のオーナーの名前が森昌子さんだと、ガイドさんの情報。名前のおかげで、「歌ってよ。」と言われることもあるそう。せっかくだから、森昌子さんの大ヒットデビュー曲・『せんせい』を披露してもらう。

 

午後0:10、道の駅を後にして、再び熊野古道をゆく。歩きだして5分もたたないうちに、デンマークからやってきたカップルに出会う。日本滞在は18日間の予定で、熊野古道を歩いた後は、京都を目指すとのこと。昨日は『たかはら』に泊まり、とても良いところだったと絶賛する。

 

 お次は、オーストラリアからやってきて、昨日『たかはら』に泊まったカップルに出会う。またしても、『たかはら』の評判は高い。

 

 この日、2人が熊野古道で出会った外国人は、なんと19人。マレーシア・シンガポール・スペイン・スウェーデン・メキシコ・イギリスと、お国も世界各地から。

 

スタートから8キロ、午後2:00、小判を口にくわえた、『小判地蔵』の前に到着。熊野詣の途中で命を落とした、巡礼者を弔っている。

 

小判地蔵

江戸時代に、豊後国(現:大分県)からはるばる熊野詣に巡礼者がやってきた。しかし、疲労と飢えのためであろう、こころざし半ば、小判をくわえたまま亡くなっていた。かわいそうに思った近くの住民が、巡礼者のために地蔵像を建てた。

 

 くわえた小判は、『自分の葬式代に充ててくれ』という意味があったが、熊野の人々は、お金もなく行き倒れた人でも弔っていたという。お遍路さんと同じに、巡礼者を手厚くもてなした。2人は、静かにお地蔵様に手を合わせる。

 

午後2:50、スタートから9キロ、道端にある、石を積み上げて作った、2つのモニュメントに、河田アナが注目する。ガイドさんいわく、タレントのイーデス・ハンソンさんが作ったもので、彼女は3キロほど離れたところに住んでいるが、散歩コースの1つとしてここを通るとのこと。

 

 週に3日、熊野古道を散歩していて、自然に落ちている石や葉っぱなどを用いて、あちこちの道端にオブジェを制作している。

 切り株の上にも、石と植物で人の顔が描かれている。それを見たくっすんは、「河田さんですやん、これ。」と、ハンソンさんをむかえらファンだとにらむ。河田アナもくっすんに乗っかり、切り株の隣りで、アートの顔と同じ表情をする。さらに、河田アナに似ていると言い張り、むかえらファンだと確信する。

 

午後3:40、スタートから11.5キロ、箸折峠から続く長い山道を抜け、お世話になったガイドさんとお別れする。

 

スタートから約8時間

午後3:50、スタートから12キロ、ゴールの『霧の郷 たかはら』に到着。外国人観光客に大人気の宿泊施設『たかはら』は、平成20年にオープンした。

 最も外国人観光客の心を掴んでいるのが、標高320メートルから見下ろす里山の風景。3月~11月まで、高確率で雲海が見られることから、『天空の宿』とも呼ばれる。2人も、ゴール後のご褒美絶景で、疲れを忘れると満足。

 

 『たかはら』のオーナーさんに、お話しをうかがう。昔、イギリスとスペインに住んでいたことがあって、そこで覚えた英語とスペイン語が役立っているとのこと。

 

 『たかはら』では、外国人観光客に無料で住みこんでもらい、3食も無料で提供する代わりに、ボランティアとして働いてもらうという取り組みも行っている。

 敷地内にオーナーさんが土嚢袋を積んで作った小屋がある。今住んでいる、スぺインからやってきた男性と、タイのチェンマイからやってきた女性のボランティアさんに、オーナーに通訳してもらって、河田アナがあいさつする。

 

 お二人はボランティアとして、皿洗いや配膳の仕事をしている。ボランティアの生活に大変満足とのこと。

 3年前から始まったボランティア制度で、今まで約300人が利用した。

 

 このボランティア制度は、熊野で昔から根づいている、巡礼者に対するもてなしの文化を、現代的にアレンジして生まれた。そんな日本の精神を世界に向けて、一緒にやりたいというオーナーさんの深いお話しを聞いて、旅を締めくくる。

 

龍神温泉まで残り39キロ

 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県田辺市・奥熊野温泉[女神の湯] → 『田舎ごはんとカフェ 朴 (4km)  →箸折峠 (1.6km) → 『牛馬童子像』 → 昼食:『道の駅 熊野古道中辺路』 (10.5km) → 『小判地蔵』 (8km) → ゴール:『霧の郷 たかはら』(12km)

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』和歌山編の21日目~22日目のまとめ。

 

【21日目】 2018年03月15日(木)放送
旅の内容:●2つの峠を越え 川湯温泉へカエルの楽園?!■熊野川上りの変遷を知る★勝手に作ろう?!マイ露天風呂

 

スタートは和歌山県新宮市・熊野川温泉[熊野川温泉 さつき]。ゴールは和歌山県田辺市・川湯温泉。約20キロのロングコース。

 

午前8:00、和歌山県新宮市にある、日帰り温泉施設・『熊野川温泉 さつき』のエントランス前からオープニング。ロケ日の天気予報は、一日通して曇り。今回は、標高400メートル級の峠を2つ越えるので、くっすんがヘタレるのは目に見えている?

 

午前8:10、まずは歩きながら軽いトーク。くっすんは最近になって、たくさん歩くと、尾てい骨が痛くなるという。河田アナは相変わらず、花粉症と戦っており、旅にマスクが手放せない。

 

スタートから1キロ、道沿いの切り立った岩場から、『ゲコゲコゲコ』と何かの鳴き声がするけど、声の主は見えず。くっすんは「豚ですね。」と何となく言ってみたが、即河田アナに否定される。時期は冬眠していた生き物が外へ出てくる、啓蟄(けいちつ)の頃。河田アナ・くっすんとスタッフ総出で声の主を探すが、15分費やし結局見つからなかった。

 専門家にうかがうと、メスを呼ぶ求愛行動で泣いていた、タゴガエルとのこと。

 

スタートから1.5キロ、熊野川に再会。川沿いの道を上流方面へ進む。

 

スタートから3キロ、午前9:10、熊野川の観光拠点の1つ、『瀞峡(どろきょう)めぐりの里 熊野川』に到着。平成24年にオープンし、地元の特産品売り場やレストランがある、道の駅的な施設。瀞峡を巡る、ウォータージェット船の発着場でもある。

 瀞峡は、和歌山・三重・奈良を流れる、北山川の渓谷。特に瀞八丁は、国の特別名勝・国の天然記念物に指定されている。

 

 館の前で、ウォータージェット船の運航をされている、熊野交通株式会社の方にお話しをうかがう。2017年の秋以降、雨が少なくて渇水のため、ジェット船は長期欠航中。天気や川の水量の如何によって欠航するので、事前確認すべし。は新緑や山桜などで、瀞峡めぐりのベストシーズンとのこと。

 

 ジェット船が就航したのは昭和40年代で、それまでは、飛行機からヒントを得て造られた、プロペラ船が活躍した。

 さらに時代を遡ると、新宮市の方から上流へ資材や人を運ぶのに、プロペラ船の前は人力であった。なんと、川岸にいる人たちがロープで舟を引っ張ったのである。人力では2~3日かかる運搬が、プロペラ船ならものの数時間で済む。

 時代によって乗り物は違えど、瀞峡めぐりで目に映る絶景は変わらないと河田アナ。

 

午前9:50、山道へ向かう。

スタートから5キロ、峠の入口で、待ち合わせていたガイドさんと合流する。山を越える所要時間をうかがうと、5~6時間とのこと。くっすんが睡眠時間ぐらいだと喩える(くっすんの睡眠時間は5~6時間?)。

 

午前10:20、万才(ばんぜ)[熊野古道 伊勢路]にアタック開始。ガイドさんには、後ろから道案内していただく。いきなり、急な上りで険しい道から始まる。山道をしばらく進むと、アスファルトで舗装された道に出る。その道を100メートルほど進み、再び山道へ入る。

 

山に入って約50分、進んできた山道が、アスファルトの道路と交差する場所に出る。山道はまだまだ上に続き、くっすんは「しんどい卍。」と道路に寝転び、さらに「マジ卍。」と、つかい慣れてない若者用語を発する。

 

 寝転んで愚痴るくっすんを、しばし冷静に河田アナが観察した後、再スタート。まずは険しい角度の道なので、登る用に備え付けられたロープがある。ロープにつかまり登ってゆく河田アナへ、くっすんが後ろからロープを引っ張り、股間を攻撃する、ドリフ的なコント?をする。女性ガイドさんに、お見苦しいところをお詫びするくっすん。

 

 どれくらい登ってきたか、感覚が分からなくなってきた2人。河田アナが行く先に、何かを発見しビビりまくる。くっすんも河田アナの指さす方を見て、それらの存在に気づき、ビビる。なんか、大きなカエルが2匹上下に重なって、じっと動かない。「(カエルの)置物ですよ。」と冷静さを取り戻したくっすん、カエルまで1メートルぐらいの距離に近寄り、本物と確認する

 

 河田アナにとって珍しい光景なのか、しっかりアップでカエルを撮影するように、カメラマンさんに頼む。カメラマンさんは、「綺麗に重なり合ってます。」と、河田アナに報告する。そんなカエルをじっと見て、「妻に会いたくなってきたなあ。」とつぶやくくっすん。河田アナが「何を(変なこと)言うてるんですか・・・。おかしいで・・・。」と、くっすんの脇を通り過ぎて先を急ぐ。

 

山に入って約1時間30分、スタートから7キロ、『一遍上人名号碑』の前に到着。一遍上人は鎌倉時代の僧侶で、熊野詣の際に、この石碑を作った。1280年ごろに、爪で『南無阿弥陀仏』と刻んだとされる。

 それから500年の歳月が流れ、一遍上人の教えを受け継ぐ弟子たちが、2つに割れてしまった石碑を、他の石を石碑の形にくり抜いたモノを、被せて修復した。そんな河田アナの説明を聞いたくっすん、「お弟子さん、ご長寿ですね。」と有りえない勘違いをする。

 

 一遍上人について、ガイドさんにお話しをうかがう。一遍上人は『南無阿弥陀仏』と書かれた小さなお札を配って、布教してまわった。当時の庶民は、お経を聞くことも拝むことも許されなかった。そんな時代に、一生に一度だけ「南無阿弥陀仏。」と唱えると、極楽浄土へ行ける、という信仰を民衆へ広めた。

 

午後0:10、熊野古道の、世界遺産に指定されてるエリアに入る。その前に、世界遺産だけあって案内板も多いので、ガイドさんとお別れする。

 世界遺産の道に入り、500メートルほど登ると、万才峠の頂上(標高約415メートル)に到着。今度はしばらく下り道が続く、と思っていたら、いつの間にか登っている。

 

 こうして、アップダウンが忙しい道を進み

午後1:10、和歌山県新宮市から田辺市へ入る。

 

スタートから10.5キロ、新たな道に出て、T字路となっている。お昼ご飯を食べるのに最適な場所が、川湯温泉方面と逆方向にあるので、そちらへ進むことに・・・。くっすんは、「僕はココでいいです。」と気乗りしない。

 

 絶景スポットまでは片道1.5キロ、延々と続く上りに、くっすんの顔色がすぐれない。山道でたまる一方の疲労に、だんだん募る空腹感で、「もう食べましょうよ、お昼。」と我慢限界のくっすん。3キロ余計に歩かねばならないことに、愚痴が止まらない。

 

 そしてついに、くっすんの不満が爆発、道端に座り、自分だけそこで弁当を食べると言って聞かない。河田アナにいっしょに絶景スポットでご飯を食べましょうと提案されるも、反抗のセリフを吐きだすうち、しまいに泣きだす。

 「弁当を下さい。」と挫けたくっすんを、河田アナが説得すること10分、ようやくくっすんが立ち上がる。ちゃっかり、「ここカットしてくださいね。」と言うが、こんな美味しいシーンはカットされません。

 

スタートから12キロ、お昼ご飯を食べる予定にしていた絶景スポット、お地蔵様のおわす・『百閒ぐら[小雲取越]』に到着。百閒ぐらからは周囲の山々がぐるりと見渡せ、自分がどんな辺鄙なところを歩いているのか、認識させられる。

 百閒ぐらの名は、百閒(約180メートル)の崖の上にあることに由来し、絶景の写真スポットと知られる。

 

百閒ぐらにて、待ちに待った昼食。河田アナ・くっすんともに『瀞八丁弁当』を食べる。『瀞峡めぐりの郷 熊野川』で購入したお弁当で、紀州産鮎の甘露煮や、梅酢エキスを混ぜたエサを食べた、紀州うめどりの照り焼きなど、地元食材が使われている。

 最高に美味しい弁当を食べて、「でも、ここまで我慢してきて、良かったですね。」と前言撤回するくっすん。河田アナに「あなた、むちゃくちゃ泣き言いってたじゃないですか。」とツッコまれ、「あそこ、カットですね。」と再びカットを要求。河田アナが「ホンマはカットしたいよ・・・。あまりにも見苦しいから。」と本音を漏らす。

 

午後2:30、来た道を引き返す。弁当のおかげで、くっすんの機嫌もすっかり回復。カエルやらくっすんのせいで、予定を大幅遅れているので、なるたけ巻きで進んでいく。T字路にもどり、小雲取越[熊野古道 中辺路]を進む。

 

スタートから14キロ、広いスペースが昔の名残、松畑茶屋跡に到着。1740年頃には、4・5軒の茶屋があったといわれる。

 

午後2:50、河田アナとくっすんが行く先に、何かを発見しビビりまくる。デジャビュな光景に、やっぱり重なり合うカエルの出没であった。今度は、道の真ん中で・・・。くっすんが「カエルの楽園ですね。」と一言。

 

スタートから16.5キロ、午後3:20、下り疲れて、木のベンチで一休み。休憩中、反対側から男性が現れ、山道に入って初めて人と出会う。カナダのモントリオールから日本へやってきた学生さんで、春休みの2週間を利用して、東京・大阪、そして熊野古道を歩きにきた。この日は朝6時から歩き、すでに42キロほど歩いている上、さらに12キロ先の『小口』まで歩くという。

 今回の旅行を満喫していて、日本が大好き。ぐずぐずしていると、日も暮れるので、先を急ぐとのことで、お互いの幸運を祈り、別れる。

 

 エネルギッシュな若者に元気をもらった中年2人も、なんとか力を振り絞って進むと、

スタートから17.5キロ、午後3:50、山道に入って6時間(くっすんの睡眠時間?)、万才峠と小雲取越を攻略し、下界へ帰還。

 ホッとしたのも束の間、ゴールの川湯温泉まで、まだ2.5キロ残っている。

 

 山を下り終え、機材の整備と休憩をとっていると、フランスから一人でやってきた女性が小雲取越を下りてきた。お名前はソフィーさんで、いっしょにいる日本の女性2人と和気あいあいとしている。河田アナが「お友達ですか?」と尋ねると、この日が初対面という。ガイドの講習で山に登っていた津山さん・高橋さんペアは、途中でソフィーさんに出会い、別れ、そして下山して再会したところだった。ソフィーさんは、その日6時間歩いてきた。

 

 河田アナが日本語に英語を交えて、ソフィーさんにインタビューする。ソフィーさんが、英語に日本語を交えて答える。『子供の頃からの夢』で日本にやってきた。何故なら、日本の文化が好きで恋い焦がれていたからで、宮崎駿監督の映画が大好きとのこと。ソフィーさんの今回の滞在は、2か月の予定。

 河田アナが「ボン・ボヤージュ(良い旅を)。」とフランス語で別れを告げ、それをくっすんは「ボンボンヤ。」と、意味も分からずマネる。河田アナが、意味を教える。

 

 3人の女性と別れた後、有り難い応援を受け、ラストスパート。遅れを取り戻すようペースを上げる。

 

スタートから約9時間

午後5:10、スタートから20キロ、ゴールの川湯温泉に到着。現在8軒の温泉宿がある。川底から70℃以上の温泉が湧き出て、熊野川の支流・大塔川の水と混ざり、入浴に適した温度となる。

 川の水が少ない、12月~2月末の間は、無料で入浴できる仙人風呂が設置される。それ以外の時季でも、個人で源泉を見つけて、石で囲い、オリジナルのマイ露天風呂を作ることもできる。夜空を見上げながらの露天風呂は格別。ゴールデンウィーク以降は、川遊びと温泉を楽しむ、子供たちでにぎわう。

 

 川の目の前にある旅館・富士屋の14代目さんが、オリジナルの足湯を用意してくれたので、3人いっしょに足湯に浸かる。川辺に、大きめの石をキレイに並べて湯を囲った足湯は、足の疲れをとる適温に調整されていた。

 川湯温泉の泉質はナトリウム・炭酸水素塩・塩化物泉で、筋肉痛・関節痛・冷え症などに効く。

 

富士屋の14代目さんに川湯温泉の起源をうかがう。今から900年ほど前、富士屋のご先祖様の夢枕に、仙人が現れ、カワガラスの後を追って、温泉を発見したと伝わる。


龍神温泉まで残り86キロ

 

■簡易チャート

スタート: 熊野川温泉[熊野川温泉 さつき] → 『瀞峡めぐりの里 熊野川』(3km)  →万才入口 (5km) → 『一遍上人名号碑』 (7km) → 昼食:百閒ぐら[小雲取越] (12km) → 松畑茶屋跡 (14km) → 小雲取越出口 (17.5km) → ゴール:川湯温泉 (20km)

 

 

 

【22日目】 2018年03月22日(木)放送
旅の内容:●湯の峰温泉を目指し 田辺市を西へ父子の絆を深める神事■温泉から生まれ出づる如来様?!★辺境のタコ焼き屋さんでモグモグタイム

 

スタートは和歌山県田辺市・川湯温泉。ゴールは和歌山県田辺市・四村神社。約17キロのコース。

 

午前8:00、和歌山県田辺市、大塔川に作られたオリジナル露天風呂のそばからオープニング。朝から気持ちの良い快晴で、ロケ日の天気予報は晴れで、予想最高気温は21℃。

 

スタートから0.3キロ、十二薬師に到着。江戸時代に創建され、川湯温泉の守護神『薬師瑠璃光如来』を祀る。元は大塔川の対岸にあった御本尊を、江戸時代に現在の場所に移した。毎年1月12日に、川湯十二薬師祭が行われる。

 

 お薬師さんの前で、例祭について詳しいお話しを、十二薬師を管理されている、川湯自治会長さんにうかがう。お祭りの起源は、お薬師さんがお移りになった労をねぎらったことで、『あげもの』を奉納するとのこと。

 

 それを聞いていたくっすんは、「エビフライとか・・・。」と食べる揚げ物を頭に浮かべる。ココでの揚げ物は、お供え物という意味を指す。

 揚げ物の写真を拝見するため、展示している町の集会所に案内してもらう。大塔川の上にしめ縄を渡し、竹を骨格に周りを紙で固めた、張り子をたくさん吊るす。これらの張り子が揚げ物で、昔は本物のお供え物を吊るしていたが、昭和30年代から張り子を吊るし始めた。

 

 写真を見ると、虎や魚などの動物、お餅や果物などの食べ物、傘や笠などの携行品、さいころやタバコなどの趣味、ジャンルにこだわらない揚げ物が吊るされていて、見ているだけで面白いと河田アナ。作り手は、好き勝手?に思い思いの力作を奉納する。

 自治会長さん作の鮎の揚げ物も、写真に写っていて、河田アナは上手だと褒める一方、くっすんは「この中では、ちょっと目立たないですね。」とずけずけと言う。現在、揚げ物を奉納しているのは、旅館・民宿の関係者の方ばかりで、お客様万来の思いが込められている。

 

スタートから3.5キロ、マスク・グラサン・キャップ姿の年配の男性に、声をかけてもらう。家にいるとき、たまに『むかえら』を視聴するとのこと。とんちんかんなことを言うくっすんと、(真面目な)河田アナの掛け合いが面白いと、褒めちぎる。くっすんのヘタレやいい加減なとこにも、微塵も嫌な感じはしないし、むしろそこが面白いといったかんじで「すごく、ふところの広い方ですね。」とくっすん。

 

 河田アナが何のお仕事をされているのか聞いてみると、自分のことはあまり語りたがらないシャイなお方で、明かさない。いまさら、カメラに撮られていることに気づき(5分前から)、視聴者に失礼とグラサンを外す。年齢を聞いても、「若い人、羨ましいわ~。」とはぐらかして明かさない。

 

スタートから5キロ、平日なのに多くの参拝者で賑わう、熊野本宮大社に到着。2018年、創建から2050年を迎える。熊野速玉大社・熊野那智大社と合わせて、熊野三山に数えられる。平安時代以降、多くの上皇・法皇が訪れた。

 

 本殿前で、熊野本宮大社の『湯登神事』について、権禰宜さんにうかがう。毎年4月13日に行われる、例大祭の始まりの神事。熊野本宮大社に祀られる12柱の神が、12人の稚児に宿る。神事は毎年1回のみだが、2018年は創建2050年を記念して、10月13日と合わせて2回行う。

 

 神事の始まりは、湯の峰温泉から。まずは、神事の関係者が湯の峰温泉に浸かって身を清める。次に、湯から上がり、お父さんが稚児に、湯の峰温泉の湯で作った温泉粥を食べさせる。そして、温泉粥で霊力を取りこんで、神様が憑依した稚児を、お父さんは肩車して、移動する。

 

 肩車するのは、神様が地に着いて穢れないようにするため。湯の峰温泉から、熊野古道[大日山]の山道を通って、熊野本宮大社に至る。その距離は3~4キロに及び、肩車するお父さんはめちゃ大変。

 くっすんが神事に参加した場合、付け根とヒザの痛みによりリタイアするだろうと、本人の談。その後、違うお父さんに、自分の子供の肩車をお願いすると、他力本願なくっすん。

 

 2人は、熊野本宮大社の12柱の神様に、旅の安全を祈願し、目的地を目指す。

 

午前10:00、河田アナは袖をまくり上げ、くっすんはのぼせそうになりながら、暑いくらいの陽気の中を歩く。

 

スタートから7キロ、町を離れ、山道を歩く。河田アナが、町でたまたま見かけたポスターの話しをする。米朝一門の落語会があり、むかえらファミリーの桂南光さん・南天さんも出演するという。開催日時は、放送の翌日・3月23日(金)。それを知ったくっすんが、「我々の後を追うように・・・(田辺市にやってくる)。」とコメント。

 くっすんは南光さんのトークを聞いて、『エロなおじさま』というイメージをもっていたが、落語を見たときに、「この人は、本当に天才なんだ。」と思ったという。

 むかえらナレーションを担当する、南天さんの落語を見たときは、「声がいい。」と感じた。そして、髪型がピシッと決まっていると、ビジュアルを褒める。南天さんは、落語を褒めてほしかったと、ナレーションを入れる。

 

山の中を歩くこと40分、

スタートから9キロ、『湯の峰温泉』に到着。現在14軒の宿泊施設が建ち並ぶ。4世紀ごろ、熊野の豪族・大阿刀足尼(おおあとのすくね)によって発見され、日本最古の温泉だといわれる。小栗判官も湯治したと伝わる。

 

 2人は川沿いにある、天然温泉の岩風呂・『湯の峰温泉 つぼ湯』に入る。湯の峰温泉の泉質は含硫黄ーナトリウムー炭酸水素塩泉で、神経痛・皮膚病・糖尿病などに効く。

 なんとつぼ湯は、2004年に『世界遺産の霊場と参詣道』の一部として登録された。さらに、日に何度か温泉の色が変わることから、『七色の湯』の異名をもつ。

 

 実は、2010年12月9日(木)放送のむかえらで、2人はこのつぼ湯に入っていた。そのとき、普段は開いてないつぼ湯の周りの壁を、特別に開けさせてもらって(開閉式)、川の上にいるギャラリーに向かって、くっすんがギャグを披露した。渾身を込めた付け根いじりのギャグが、意外にウケた。河田アナも、「ちょっとした奇跡が、今起きてるぞ。お客さんが喜こんどる。」とビックリ。

 

 そんなワケで、今回もつぼ湯オープンで、くっすんのギャグ劇場が始まる。渾身を込めフラメンコのリズムに乗せた、ヒザいじりのギャグで、生温かい拍手が返ってくる。8年前の奇跡を再現とならず、そそくさと楽屋(つぼ湯)へ退散する。まあ、それは忘れて、つぼ湯で汗を流して、気分リフレッシュ。

 

 つぼ湯から目と鼻の先にある公衆浴場、のお隣にある東光寺を訪れる。4世紀に裸形上人によって建立された。本堂は、湯の峰温泉が最初に噴出した場所の上に建てられた。

 

 ご住職に案内され、本堂に祀られている、ご本尊の薬師如来像を、特別に拝観させていただく。薬師様は、温泉の『湯の花』が固まってできたとされ、高さが地面から2.6メートルほどある。人の彫ったものではないが、優しいお顔の表情が不思議と見える。温泉から生まれ出づる如来様を見るのは初めて、という2人。

 

 その昔、胸に空いた穴から薬湯が流れ出ていたことから、『湯胸(ゆのむね)薬師』と呼ばれる。元々、この辺りは『湯胸』という地名だったが、転じて『湯の峰』になったといわれている。

 

 本堂でご住職とお別れして、外に出ると、『湯胸茶屋→』の案内板が目に留まる。

午後2:05、東光寺の隣にある、湯胸茶屋にて昼食。お店に入って2人はビックリ。先ほどお別れしたご住職が、袈裟から作務衣に着替えてご登場する。茶屋は東光寺の休憩所も兼ねており、ご住職は茶屋の主人でもある。

 河田アナは『やまかけそば』+『中華ちまき』を、くっすんは『ざるうどん』を食べる。くっすんは「ざるうどんの中でも美味しいやつです。」と、定番のコメント。まだ3月半ばだというのに、「こう暑いと、どうしてもやっぱり、冷たいもの頼みたくなるよね。」と河田アナ(暑いときこそ、熱いモン食べましょうよ)。

 

午後3:00、スタートから10キロ、ポカポカ陽気に、2人ともジャージを脱ぎ、半袖で歩いている。河田アナはいつの間にかマスクにくわえて、メガネを装着している(この日のロケ最後まで)。花粉症用のメガネで、ゴーグルのように目の周りを覆って、花粉をシャットアウトする。花粉対策に余念のない河田アナは、「でも、もうこうなったら、誰だか分からないでしょ?」と言い、くっすんに「不審者」ともいえますね。」と言われる。

 

 満開に咲く梅の、白い花々見て、「なんか、ポップコーンみたい。」と喩えるくっすん。

 

午後4:30、スタートから15キロ、周囲に何もない辺鄙な場所に、突如タコ焼き屋さんが出現。けっこうな数の車が、道路の脇に止まっている。昼食を食べてからそれほど経っていないけど、「もうこれ、絶対美味しいですよ。」とくっすんの胃袋は元気。

 

 美味しいお香りの漂ってくる、プレハブ小屋のお店を覗くと、粋な大将がタコ焼きを作っている最中。タコ焼き屋『たこ正』は、ゴミの不法投棄が後を絶たなかった場所に、監視と抑制も兼ねて、13年前にオープンした。その甲斐あって、不法投棄の量も減ったとのこと。

 

 大将の鼻声を聞いて、河田アナが「ちなみに、おとうさん花粉症ですか?」と気になる。花粉症ちゃう(ちがう)と否定するが、尋問していくうち、花粉症に間違いないと確信する。河田アナの巧みな話術で、頑なに否定し続けた大将も、最後は花粉症だと認めた。そして、「田舎で花粉症なんか気にしよったら、生活できんわ。」とごもっともな意見。

 

 タコ焼きを購入し、お店の前で、アツアツを食す。外側はカリカリ、中側はフワーで基本に忠実。「大阪いっても通用するんちゃう?」と味に自信を持つ大将に、大阪で数々のタコ焼きを食べてきた2人も、通用すると太鼓判を押す。くっすんの「中、シチューみたい。」という言葉に、大将もご満悦。

 

スタートから約9時間

最後に300段ぐらいの石段を20分かけて登り、

午後5:10、スタートから17キロ、ゴールの四村神社に到着。創建は不明。明治42年に、鏡神社から四村神社に社名を改めた。

 その昔、皆地村(現:田辺市本宮町皆地)の滝に、光る物体が現れた。7日間ほど光り続け、村はその話題で持ち切りじゃった。あまりにも気になったので、村の衆で見に行くと、光る物体は鏡だと判明した。村人が、神々しく光る鏡を神だと崇め、山に祀ったのが、鏡神社の起源だとされる。祀られた山も、『鏡山』と呼ばれるようになったとさ。

 

次に目指す温泉は、奥熊野温泉[女神の湯]。

 

龍神温泉まで残り69キロ

 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県田辺市・川湯温泉 → 十二薬師 (0.3km)  →熊野本宮大社 (5km) → 『湯の峰温泉 つぼ湯』 (9km) → 東光寺  昼食:湯胸茶屋 → 『たこ正』 (15km) → ゴール:四村神社 (17km)