MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』和歌山編の23日目~24日目のまとめ。

 

【23日目】 2018年03月29日(木)放送
旅の内容:●田辺市奥熊野温泉 女神の湯へ木でできた宝石?!■草鞋が山積みになる峠?!★熊野古道を満喫する外国人の皆さんと交流

 

スタートは和歌山県田辺市・四村神社。ゴールは和歌山県田辺市・奥熊野温泉[女神の湯]。約18キロのコース。

 

午前8:30、和歌山県田辺市にある、四村神社の石段の登り口のすぐ近くにある、鳥居の下からオープニング。朝から雨降りで、一日中雨の予報。くっすんの大嫌いな峠越えもあり、「もう、泣きませんよ。」とくっすんが宣言する。前々回のロケの峠越えで、駄々っ子・泣きじゃくりの醜態をさらし、巷で評判が悪かったため・・・。

 

スタートから0.2キロ、立木染工房を取材する。日本でココでしか作られていない立木染の品々を、さっそく2代目に見せてもらう。色とりどりに染められた立木は、丁寧に磨かれ、ニス的なモノを重ね塗りして、美しい光沢を放っている。見た目は石だが、手に取ってみると、木なので思いのほか軽い。

 

 着色の方法は、木の根元に染料をまいて、木自身が水と一緒に染料を吸い上げて染まる。作品になるまでは半年以上かかり、綺麗に染まるのは、ほんの一握り。木には皮があるので、中がどんなふうに染まっているのか、切るときまで分からない

 立木染は、それまで捨てられていた間伐材の使い道はないかと、2代目と父親が長きにわたって研究開発し、1990年から作りはじめた。

 

 商品として出来上がった物は、1つ1つ染まり具合がちがい、手作業で加工しているので、1つとして同じモノはない。

 

午前9:30、2人はロケ日の週末に行われた、Little Glee Monsterのライブ出演に向けて、歌の練習(Love To The World)をしながら、人気のない道を1時間ほど歩く。

 

午前10:40、和歌山県田辺市中辺路町を歩く。

 

スタートから6キロ、3つの三日月が浮かぶ、『三体月のモニュメント』前に到着。くっすんには、モニュメントがジャンボ餃子に見えた。
 
三体月伝説
 その昔、山伏たちが修行のため高尾山へ登った。旧暦11月23日に、そこで3体の月を見て、法力を身につけた。山伏の話しを聞いた周辺の村人は、全く信用しなかった。
 それでも、気になったのだろう。村人たちが翌年の11月23日に、高尾山に登ってみた。あまり期待していなかったが、3体の月が出現し、ビックリ仰天。
 以来、村人たちは、11月23日には月の出現を待つようになった。
 
 くっすんは、河田アナの解説を聞いて、「そんな・・・そんな(3体の月が出る)ことは、まあないとは・・・(思うんです)。」と思ったことを口にする。「それを言っちゃあ・・・、まあそういう伝説が・・・。」と口を濁す河田アナ。
 
 現在でも、旧暦の11月23日に、中辺路町と本宮町で、山に登って月の出を待つ、『三体月観月会』が開催されている。
 
スタートから8キロ、国道311号線から脇道へ入り、熊野古道[中辺路]に合流する。2人は、草鞋峠のある西へ進む。
 
 岩神峠のある東へ進めば、本来は熊野本宮大社へ至るルートであったが、平成23年の台風被害で、約3.5キロ通行止めになっていて、復旧の見込みはナシ
 台風が来る以前、2010年12月放送のむかえら(青岸渡寺~紀三井寺の旅)では、そのルートを通っていた。
 
 岩神峠と草鞋峠の間に、大正時代まで仲人茶屋があり、名前の由来を河田アナが解説していた。昔の人は、岩神峠を男坂(おさか)と、草鞋峠を女坂(めさか)と呼び、合わせて女夫坂(めおとざか)と呼んだ。夫婦の間を取り持つということから、仲人茶屋と呼ばれるようになったと。
 
 草鞋峠は標高約592メートルで、約1キロの峠道を進む。世界遺産に認定されている、熊野古道[中辺路]の中でも中核を成すルートで、ハイカーや外国人に人気が高い。
 
山を登りはじめて20分、はやくもくっすんが弱音を吐き始める。疲れたので座って休憩し、「あの、(道が)ちゃんとしてる分、言い訳ができない・・・。道のせいにできない・・・くやしい。」と訴える。いつもなら、悪路に責任転嫁をするくっすんなのだ。
 
登りはじめて40分、
スタートから10キロ、草鞋峠の頂上へ到達。
 
草鞋峠
 昔の旅人が1日歩く距離は、40キロ前後が標準的。草鞋を履いていて、1日2足を履きつぶした。旅籠と旅籠の中間に位置し、40キロを半分に分ける草鞋峠が、ちょうど草鞋を交換するのに適した場所であった。
 江戸時代、役目を果たした草鞋が、峠に山のように捨てられていた。
 
豆知識:当時の草鞋の値段は、2足で3文(現在の価値で約60円)。大変安いと感じる人が多く、2足=3文から二束三文という言葉が生まれた・・・という説がある
 
 草鞋についてのあれこれを、河田アナが解説し終わりると、スタッフさんから2人に草鞋が手渡される。「ちょっと~。やめてよ、こういうことすんの~。やめてよ、もう~。こういうことぉ~(大事なことだから2回言いました)。」と声を荒げる河田アナ。くっすんは、「こういう形なんですね。ありがとうございます。」と返品しようとする。
 
午後0:40、スタッフさんの提案に渋々のって、草鞋初体験をする2人。草鞋峠で、シューズから草鞋にチェンジ。履いて少し歩いてみると、足の裏で地面を掴むような感じで、意外に歩きやすい。アスファルトのような平坦な道には向いてないが、凹凸のある山道を歩くのに、草鞋は最適である。
 
 2人は割と草鞋を気に入ったが、草鞋からつま先の部分がちょっとはみ出す点が気になる河田アナ。専門家によると、膝が前に出る姿勢となり、長距離歩行の疲労を軽減する効果があるとのこと。
 
草鞋で歩くこと20分、硬かった草鞋が足になじんできて、歩きやすくなったと河田アナ。
 草鞋を履いて、良いことばかりではない。雨で足の裏が濡れてくる。くっすんは、草鞋の紐を挟んでいる足の指と指の間の痛みを訴える。さらに、コブラ返り(こむら返り)になったと言うが、見た所普通に歩けているので、「大丈夫。気のせい、気のせい。」と河田アナが判断する。
 
草鞋で歩くこと40分、スタートから10.5キロ、四阿で雨宿りしている男女と出会う。長野県からやってきた、ドイツ人の女性と日本人の男性のコンビ。お二人は信州大学医学部に通っていて、彼女が4か月の交換留学の期間を終えて、母国へ帰る前に、いっしょに熊野古道を歩いている。JRの、紀伊田辺駅から那智駅まで、約100キロを1週間かけて歩く旅の途中とのこと。
 河田アナとくっすんは、せっかくだから、ご自慢の草鞋を見せびらかす。くっすんは「差し上げましょうか?」と適当なことを言う。
 
午後1:30、四阿のベンチに座って、昼食。河田アナ・くっすんともに『熊野古道弁当』を食べる。川湯温泉にある『民宿 大村屋』の宅配弁当で、地元の食材を盛り込んでいる。
 弁当を食べつつ、草鞋初体験の感想を述べる。草鞋の履き心地や性能を身をもって体験し、「昔の人が考えることは、いろいろ理にかなっているやなぁと思いました。」とまとめる河田アナ。「同じくです。」と自分の言葉で言うのを放棄するくっすん。
 
午後2:20、草鞋からシューズに履き替え、熊野古道の山道を歩く。しばらくして、舗装された道に合流する。
 
スタートから12.5キロ、ドイツからやってきたご夫婦に出会う。『ムイ』というゲストハウスを探している最中で、道案内しつつ、いっしょにゲストハウスの方まで500メートルほど歩く。
 ハイキング好きなご夫婦は、2週間の日本滞在で、大阪・東京・京都など訪れるとのこと。日本にきて驚いたことを聞くと、トイレの便座が温かかったことで、ドイツにはない。
 
 ゲストハウスの50メートル手前で、道が分岐するので、場所を説明してお別れする。ご夫婦と、河田アナは握手を交わし、くっすんはハグする。
 
スタートから14キロ、5代目の『秀衡桜』の前に到着。奥州平泉の豪族・藤原秀衡(ひでひら)の名を冠した桜。
 
 子宝に恵まれなかった秀衡は、熊野権現に祈願して、子供を授かった。そのお礼参りのため、秀衡は妊娠している奥さんとともに、熊野へ向かった。熊野古道中辺路を通って熊野本宮大社を目指す道中、奥さんが滝尻王子で出産した。
 ところが、秀衡の夢枕に熊野権現が現れ、子供を置いて本宮大社を目指しなさいと告げた。お告げに従い、滝尻王子周辺の岩の下に赤子を隠し、夫婦は旅を続けた。
 
 秀衡はこの場所に、杖として使っていた桜の木を接ぎ木し、帰り道でこの枝に芽が出ていれば、「子供は無事である。」と祈願した。参拝を終えて、接ぎ木した桜のところへ戻ってみると、芽が出ていた。
 滝尻へ帰ってくると、果たして赤子は無事で、岩から滴る乳を飲んで、オオカミに守られていたと伝わる。
 
 熊野古道のガイドさんに、この伝説について解説していただく。オオカミは大神と書いて、熊野権現を指す。くっすんが我が子を置き去りにするなんて考えられないという。だが、熊野権現の言いつけを守っていれば、『叶わぬことなし』の伝承が残っている。
 
スタートから14.5キロ、ガイドさんとともに、秀衡桜のとなりにある、継桜王子に到着。現在8本の杉の巨木が立っているが、有りし日は40本ほどあった。
 野中の一方杉(県の天然記念物)と呼ばれ、日が射す南の方に枝を伸ばしている様は、まるで熊野那智大社に向かって手を合わせているようにみえる。樹齢は推定800~1,000年、多くの旅人を見守ってきたであろう一方杉に霊力をもらう。
 
ガイドさんとお別れして、降りやまない冷たい雨野中、歩く。
スタートから16キロ、日本家屋のお宿で、縁側に座ってくつろいでいる、イギリス人ご夫婦に出会う。結婚4周年記念に、熊野古道を歩きにきた。熊野古道はただ歩くだけでなく、おもてなし・食べ物・温泉など、素晴らしい経験になるとのこと。
 日本にきて、驚いたり不思議に思ったことはないか聞くと、イギリスにはない、しょっぱいプラムを初めて食べたこと。実は梅干しのことで、ご夫人の口には合ったみたい。
 
 今回のロケは、日本人以上に日本のことに興味をもってる、外国人の方に多くであったとくっすんの感想。
熊野古道を外れ500メートル、
午後5:20、スタートから18キロ、ゴールの奥熊野温泉[女神の湯]に到着。女神の湯は、キャンプ場を備えた宿泊施設・『アイリスパークオートキャンプ場』にある。平成5年に温泉が掘りあてられ、日帰り入浴もおこなっている。
 
 早速、内風呂に入り、旅の疲れを癒す。肌にまとわりつくようなヌルっとした湯触りで、女神のような美肌になれる?泉質はナトリウムー炭酸水素塩・塩化物冷鉱泉で、筋肉痛・関節痛・冷え性などに効く。
 湯治場巡り『和歌山編』も、いよいよ佳境に入り、残りの道のりは山・山そして
 
龍神温泉まで残り51キロ
 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県田辺市・四村神社 → 立木染工房 (0.2km)  →『三体月のモニュメント』 (6km) → 草鞋峠 → 昼食:四阿 (10.5km) → 『秀衡桜』 (14km) → 継桜王子 (14.5km) → ゴール:『アイリスパークオートキャンプ場』 / 奥熊野温泉[女神の湯](18km)

 

 

 

【24日目】 2018年04月05日(木)放送
旅の内容:●龍神温泉を目指し 田辺市を西へ▲田舎を盛り上げる古民家カフェ

熊野古道を満喫する外国人の皆さんと交流2★今の昔も巡礼者には優しいもてなしを・・・

 

スタートは和歌山県田辺市・奥熊野温泉[女神の湯]。ゴールは和歌山県田辺市・『霧の郷 たかはら』。約12キロのショートコース(ほとんど山道)。

 

午前8:00、和歌山県田辺市にある、アイリスパーク内の奥熊野温泉[女神の湯]の前からスタート。朝から快晴で、ロケ日の天気予報は晴れ。

 

 相変わらず、春先になってから和歌山にロケにくるたび、ビンビンに花粉の影響を受ける河田アナ。

 

午前8:10、スタートから0.6キロ、築100年の古民家を改装した、『田舎ごはんとカフェ 朴』を取材する。普段の営業時間は10時からで、特別営業時間前にお邪魔させてもらう。

 

 お店に入ると、正面の厨房から、オーナーさんとお子さんがお出迎え。お客さんに作った焼き立てのパンを、さっそく試食させてもらう。くっすんが『田辺産あずきのあんパン』を2つに割ると、たっぷりのあんからのぼる湯気。くっすんと河田アナで仲良く半分こ。美味しいのは、食べた2人の顔が物語っている。

 

 お子さんを抱えたオーナーさんに、田舎でお店を始めたワケを、聞かせてもらう。以前は大阪で調理しをしていたが、27歳で生まれ育った田辺市にもどった。改めて地元の良さに気づき、2007年に実家近くの古民家を改装し、カフェを始めた。

 カフェは人通りの少ない田舎にあっても、多い日は1日に100人近いお客様が来られるとのこと。地元野菜のランチなどを目当てに、北海道や沖縄から訪れる方もいる。

 

 河田アナのインタビューが退屈だったのか、「ママ、家帰ろうよ~。」とお子さんのセリフ。

 

午前9:00、スタートから1.6キロ、山道で迷わないよう、熊野古道のガイドさんと合流する。そして、世界遺産熊野古道の箸折峠(標高380メートル)へアタック。

 

 登りはじめてすぐに、スコットランドからやってきた男性に出会う。「スコットランドから歩いてきたわけじゃないけど。」と英国ジョークでご挨拶。2か月の日本滞在予定で、すでに四国のお遍路を巡った、なかなかのツワモノ。

 お遍路を攻略したので、次は熊野本宮大社を目指しているとのこと。昨日は山の中で、大型の寝袋で寝た。四国で野宿、熊野でも野宿と、やはりいろいろな面で上級者。河田アナ・くっすんは、その逞しさに圧倒される。

 

 しばらく歩いていると、くっすんの愚痴が炸裂。昨日寝違えて、腰が痛いという。具体的には、抱き枕のごとく掛け布団に抱きつき、腰の辺りをくっつけ足を絡ませて寝ていたのが原因らしい。河田アナが「毎週どこか具合悪いね。」とツッコみ、くっすんもそんな気がしてきた。

 

午前10:15、箸折峠の頂上にある、『牛馬童子像』の前に到着。明治時代に作られ、平安時代の花山法皇が熊野詣をした様子を再現したといわれる。面白いことに、法皇は馬と牛にまたがっている。熊野古道を歩くとき、険しく苦しい道は『牛のように粘り強く』、楽な道は『馬のように軽やかに』しなさいという暗示しているという解釈もある。

 河田アナの解説を聞いて、「ちなみに、この牛は何牛ですか?」という要らない質問をするくっすん。

 

 箸折峠の周辺は、近露(ちかつゆ)という地名で、花山法皇が昼食をとったと伝わる。

 

近露の箸折峠

 花山法皇がお弁当を食べようとしたが、うっかり箸を入れ忘れていた。家来は代わりにと、萱(かや)を折って差しだした。すると、萱の内部の赤い軸に露がついていたので、法皇は「これは、血か、露か?」と言った。『ちかつゆか』から周辺の地域を近露と呼ぶようになった。おまけに、萱を折って箸の代わりにしたので、箸折峠の名が付いた。

 

『牛馬童子像』から山道を下ること20分、

午前11:20、スタートから4キロ、『道の駅 熊野古道中辺路』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『道の駅スペシャル弁当 みそ汁つき』を食べる。こんにゃくに御飯を詰めた『こんにゃく寿し』は、ぴり辛な味付け。

 

 道の駅で食事中、道の駅のオーナーの名前が森昌子さんだと、ガイドさんの情報。名前のおかげで、「歌ってよ。」と言われることもあるそう。せっかくだから、森昌子さんの大ヒットデビュー曲・『せんせい』を披露してもらう。

 

午後0:10、道の駅を後にして、再び熊野古道をゆく。歩きだして5分もたたないうちに、デンマークからやってきたカップルに出会う。日本滞在は18日間の予定で、熊野古道を歩いた後は、京都を目指すとのこと。昨日は『たかはら』に泊まり、とても良いところだったと絶賛する。

 

 お次は、オーストラリアからやってきて、昨日『たかはら』に泊まったカップルに出会う。またしても、『たかはら』の評判は高い。

 

 この日、2人が熊野古道で出会った外国人は、なんと19人。マレーシア・シンガポール・スペイン・スウェーデン・メキシコ・イギリスと、お国も世界各地から。

 

スタートから8キロ、午後2:00、小判を口にくわえた、『小判地蔵』の前に到着。熊野詣の途中で命を落とした、巡礼者を弔っている。

 

小判地蔵

江戸時代に、豊後国(現:大分県)からはるばる熊野詣に巡礼者がやってきた。しかし、疲労と飢えのためであろう、こころざし半ば、小判をくわえたまま亡くなっていた。かわいそうに思った近くの住民が、巡礼者のために地蔵像を建てた。

 

 くわえた小判は、『自分の葬式代に充ててくれ』という意味があったが、熊野の人々は、お金もなく行き倒れた人でも弔っていたという。お遍路さんと同じに、巡礼者を手厚くもてなした。2人は、静かにお地蔵様に手を合わせる。

 

午後2:50、スタートから9キロ、道端にある、石を積み上げて作った、2つのモニュメントに、河田アナが注目する。ガイドさんいわく、タレントのイーデス・ハンソンさんが作ったもので、彼女は3キロほど離れたところに住んでいるが、散歩コースの1つとしてここを通るとのこと。

 

 週に3日、熊野古道を散歩していて、自然に落ちている石や葉っぱなどを用いて、あちこちの道端にオブジェを制作している。

 切り株の上にも、石と植物で人の顔が描かれている。それを見たくっすんは、「河田さんですやん、これ。」と、ハンソンさんをむかえらファンだとにらむ。河田アナもくっすんに乗っかり、切り株の隣りで、アートの顔と同じ表情をする。さらに、河田アナに似ていると言い張り、むかえらファンだと確信する。

 

午後3:40、スタートから11.5キロ、箸折峠から続く長い山道を抜け、お世話になったガイドさんとお別れする。

 

スタートから約8時間

午後3:50、スタートから12キロ、ゴールの『霧の郷 たかはら』に到着。外国人観光客に大人気の宿泊施設『たかはら』は、平成20年にオープンした。

 最も外国人観光客の心を掴んでいるのが、標高320メートルから見下ろす里山の風景。3月~11月まで、高確率で雲海が見られることから、『天空の宿』とも呼ばれる。2人も、ゴール後のご褒美絶景で、疲れを忘れると満足。

 

 『たかはら』のオーナーさんに、お話しをうかがう。昔、イギリスとスペインに住んでいたことがあって、そこで覚えた英語とスペイン語が役立っているとのこと。

 

 『たかはら』では、外国人観光客に無料で住みこんでもらい、3食も無料で提供する代わりに、ボランティアとして働いてもらうという取り組みも行っている。

 敷地内にオーナーさんが土嚢袋を積んで作った小屋がある。今住んでいる、スぺインからやってきた男性と、タイのチェンマイからやってきた女性のボランティアさんに、オーナーに通訳してもらって、河田アナがあいさつする。

 

 お二人はボランティアとして、皿洗いや配膳の仕事をしている。ボランティアの生活に大変満足とのこと。

 3年前から始まったボランティア制度で、今まで約300人が利用した。

 

 このボランティア制度は、熊野で昔から根づいている、巡礼者に対するもてなしの文化を、現代的にアレンジして生まれた。そんな日本の精神を世界に向けて、一緒にやりたいというオーナーさんの深いお話しを聞いて、旅を締めくくる。

 

龍神温泉まで残り39キロ

 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県田辺市・奥熊野温泉[女神の湯] → 『田舎ごはんとカフェ 朴 (4km)  →箸折峠 (1.6km) → 『牛馬童子像』 → 昼食:『道の駅 熊野古道中辺路』 (10.5km) → 『小判地蔵』 (8km) → ゴール:『霧の郷 たかはら』(12km)