MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』13宿目~14宿目のまとめ。

【13宿目】 2019年09月05日(木)放送 

旅の内容:●沼津宿  原宿▲牧水の愛した千本松原トイレの神様にお願い★富士山はいずこ?!

スタートは静岡県沼津市・沼津深海水族館。目標地点は静岡県沼津市・原宿の浮世絵が描かれた場所。約12キロのコース。

午前8:30、静岡県沼津市にある、沼津港深海水族館からオープニング。深海をゆらりと漂う魚のように、くっすん登場。

 まずは歌川広重の東海道五十三次・原宿の浮世絵をフリップで確認する。旅人のバックに、大~きく富士山が描かれている。浮世絵が描かれた場所である、原宿の少し先まで歩く。

 

 ロケ日の天気予報は晴れで、今日こそは富士山とご対面だと期待する2人。

 

スタートから1キロ、『沼津市若山牧水記念館』に到着。若山牧水記念館では、牧水ゆかりの品々を300点以上展示している。

 若山牧水は、明治から昭和にかけて活躍した歌人で、生涯で約9,000首の短歌を詠んだ。

 

 スタッフの大島さんに、館内を案内してもらう。

 牧水の一番代表的な短歌が書かれている掛け軸を拝見、『幾山河 こえさりゆかば 寂しさの はてなむ國ぞ けふも旅ゆく  牧水』。

 牧水の歌は、比較的平易な言葉を使ってリズムがあり、共感を得ている。

 

 この歌を詠んだ頃はちょうど好きな人がいて、「本当にこの人は、僕のことが好きなんだろうか?どう思っているだろう?」という不安があったとのこと。

 それを聞いて、「すっごい分かります。」と共感するくっすん。くっすんの場合、朝パッと目覚めてまず最初、奥さんに「(僕のこと好き?)」と確かめる。河田アナが「うっとおしいでしょ。」と大島さんに共感を求めると、「すごいですね~、まあ~うらやましい。」と返ってくる。

 

 牧水はたくさんの恋の歌を詠み、大学時代の恋人との恋愛を歌った短歌を多数掲載した、歌集『別離』を明治43年に発表した。等身大の恋愛観が若者を中心に共感を呼んで大ヒットして、牧水は全国的な歌人となった。

 

 別離の中で、恋人の小枝子さんを想って詠んだ歌がこちら。『わが小枝子 思ひいづれは ふくみたる 酒のにほひの 寂しくもあるかな』。この歌にも、共感するくっすん。牧水の歌に触発され、「短歌がもう、あふれんばかりに今湧いてきてます。」と豪語する。

 せっかくだから、くっすんが奥さんに対する思いをしたためる。そして、発表。『振り返ると いつも千絵が 笑ってくれた 千絵だけ見つめて 千絵に真実愛(TRUE LOVE) くっすん』。

 「TRUE LOVE言うてもうてるやん。全部パクッてるやん。」とツッコむ河田アナ。「(歌詞をパクッてるけどスタジオの藤井)フミヤさんは、たぶん、良いって言ってくれると思う。」とくっすん。

 

午前9:55、スタートから1.5キロ、牧水も愛したという景勝地、千本松原を歩く。鎌倉時代にはあったとされ、たくさんの松が並び立つ。牧水は、晩年に千本松原の近くに移り住み、毎日散歩をした。

 現在も松の木が増殖中で、駿河湾沿い約10キロに30万本以上生えているとみられる。

 

 千本松原の松に囲まれながら、河田アナのお便りコーナー。兵庫県丹波市の60代男性から。

 『今から40数年前、私は三島市で1年間、学生生活を送っていました。当時の友達と、よく沼津の千本浜海岸へ行きました。海岸沿いに松並木があり、その先に富士山がそびえ、富士山など絵でしか見たことのない私は、感動で興奮したことを今でも覚えています。その後東京へ移って以来、千本浜海岸へは訪れることもないまま、60歳を過ぎてしまいました。沼津を通られたら、ぜひ千本浜海岸へ寄って、もう一度見せていただければとお便りしました。よろしくお願いします。』

 

 千本松原のすぐそばにある、千本浜海岸へ立ち寄る。ここまでの道中、幾度とあった富士山ビューポイントで、一度も富士山を拝めていない2人。海岸で、女の子をだっこした地元の女性に、富士山がどっちの方角に見えるか尋ねる。女性が指さす方を見やると、案の定白い雲がかかって、富士山は隠れんぼ。

 富士山の度重なるお預けに、フンマンが爆発するくっすん。「富士山のバカ~。」と突如海岸で走りだす。

 河田アナもビックリしちゃったけど、ビックリさせちゃった女性に、くっすんの代わりに謝罪した。

 

 ダッシュして気が済んだのか、遠くで座っているくっすん。河田アナは呼び戻し、くっすんが戻ってくる間に、「最近ホントね、わけわからない行動が多いんですよ。家庭がうまくいってないのかな?」と視聴者に語る。

 

 旧東海道へ戻り、

午前10:45、スタジオゲストの藤井フミヤさんの話題になる。河田アナはちちんぷいぷいで何年も前に、フミヤさんにインタビューしたことがあり、初めて男の人が色気あるなと感じたとのこと。

 そしてなんでか、2人でいっしょに『TURE LOVE』を熱唱しだす。

 

熱唱しながら歩くこと20分、

午前11:25、スタートから6キロ、トイレの神様を祀っている、祥雲寺に到着。1588年に創建された、東海道沿いのお寺。

 

 ご住職の永田さんに、境内のトイレに案内してもらう。

 男・女トイレに行く前の部屋には、トイレの神様・『烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)』の、コワモテな像が祀られている。烏枢沙摩明王は炎・火の神様で、人々の穢れや煩悩を焼く尽くす。

 昔からトイレは不潔な場所で、怨霊の侵入口とされていた。烏枢沙摩明王がトイレにやってくる怨霊を焼き払い、人々を守るといわれる。

 

 祥雲寺で2006年にトイレ[東司]を新築した際、烏枢沙摩明王の像を祀った。明王像の前には、トイレの便座を模した椅子があり、そこに座ってお参りする斬新なシステム

 

 まずは河田アナが便座型椅子に座って、お参りする。

 続いてくっすんの番。烏枢沙摩明王は”下の病気”・”夫人病”にご利益があるといわれ、切れ痔を治してくださいと真剣にお願いする。お参りが済んだ直後、「すごくお尻が楽になりました。」と言って、「ウソ言うな。」と河田アナにツッコまれる。

 

CM明け・・・午後1:55、静岡県沼津市。お昼ごはんを済ませ、東海道を西へ歩く。

 

スタートから8キロ、地元の方に富士山がどれくらいの確率で見えるのかうかがう。「そこに見えますよ。」と指さす方角を見ると、住宅のかげに隠れて、富士山の先っちょだけおぼろげに見える。2人の気づかぬ間に、富士山が見えるようになっていた。

 

 この調子なら富士山が全部見えるかもと期待しながら少し歩き、

原宿に到着。原宿は東海道の中でも規模の小さい宿場で、現在は当時の面影は残っていない。

 原宿から隣の吉原宿の間に、『浮島ヶ原』と呼ばれる湿地帯があった。原宿の”原”は浮島ヶ原の”原”に由来しているとされる。

 

原宿から歩くこと40分、

午後2:40、スタートから12キロ、目標地点の『原宿の浮世絵が描かれた場所』に到着。

 原・浮島のガイドの内藤さんに、広重の原宿の浮世絵についてうかがう。

 江戸時代は、旧東海道と富士山の間に浮島ヶ原があり、視界を防ぐモノがなかったため、この辺りからの富士山の景色は東海道随一だったみたい。

 浮世絵では富士山のデカさを表すために、頂上が絵の枠から飛び出ている。

 

 現在では、浮世絵が描かれた場所から富士山の方向を見ても、家が建ち並んで見えない。

 東海道を離れて北へ700メートルほど歩き、現在でも富士山が綺麗に見えるビューポイントまで案内してもらう。

 

 だがしかし、先ほどまで見えていた富士山は、またもや雲にかくれんぼ。内藤さんによると、この十日間はほとんど富士山が見えてなくて、ロケ日にたまたま顔を出したのでラッキーだと思っていたのだが、2人の間が悪かった。

 来週はココからスタートなので、朝イチの富士山が見られることを期待する。

 

 最後に、内藤さんに通行手形を書いてもらい、原宿の通行許可をいただく。

 こうして、東海道五十三次・13宿目の原宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート: 静岡県沼津市・沼津深海水族館 →『沼津市若山牧水記念館』(1km) → 千本松原 (1.5km) → 千本浜海岸 → 祥雲寺 (6km) → お昼ごはん → 原宿 (8km)→ 目標地点:『原宿の浮世絵が描かれた場所』 (12km) 

 

 

 

【14宿目】 2019年09月19日(木)放送 

旅の内容:●原宿  吉原宿▲とっても悲しい三股の伝説■毘沙門天様の空飛ぶ靴?!★移動する宿場?!

スタートは静岡県沼津市・『原宿の浮世絵が描かれた場所』。目標地点は静岡県富士市・吉原宿。約9キロのコース。

午前8:00、静岡県沼津市にある、歌川広重の『原宿の浮世絵が描かれた場所』からオープニング。朝から夏が戻ってきたような暑さで、ロケ日の予想最高気温は34℃。

 2人が後ろを振り向けば、本来だと見えてるはずの富士山は、やっぱり雲に隠れている。「見えないのにだんだん慣れてきました。」と、半ば諦めの気持ちの河田アナ。

 

スタートから1キロ、静岡県沼津市から富士市へ入る。「富士市に入った~。」と大声で叫ぶくっすん。2人はそばにおられた方に、大きな声出してすみませんと謝る。

 

スタートから2キロ、三股の伝説が語り継がれる、六王子神社に到着。本殿の前で、河田アナがその伝説を語りだす。

 

プロローグ

 安土桃山時代に7人の巫女が修行のため、千葉から京都へ向かっていた。静岡界隈のお茶屋さんで休憩していたところ、なにやらその村の雰囲気が怪しさプンプン。 

 村人に話しを聞くと、ここから西へ少し行ったところに、三股淵とよばれる、3つの川が合流する地点があり、災いを防ぐために12年ごとにイケニエを大蛇にさしだしているという。

 

 そのイケニエはクジで決められるルールで、たまたま居合わせた7人の巫女も、理不尽なことに強制的にクジを引かされた。7人の巫女で最も若い阿字(あじ)という女性が、イケニエに選ばれてしまった。残りの6人は、事態を知らせるため急いで国(千葉)へもどろうとした。

 

 伝説のクライマックスは、富士市役所の井上さんに語っていただく。

 6人の巫女は『お阿字を見捨てて国へ戻るわけにはいかない。』と、北にある沼に身を投げた。

 そんな悲劇を聞いて、くっすんに「もし僕がお阿字やったら、河田さんどうされます?」と問われ、「帰ります、神戸(国)に。」と即答する。

 

 一方、イケニエになる当日、地元の僧侶によって大蛇が退治されたために、阿字は命拾いした。そして、6人の巫女が身を投げた事実を知らされる。私一人では国に帰れないと、阿字も身を投げた。

 

 そんなこんなで地元の人たちは、三股淵付近の阿字神社に阿字を祀り、六王子神社に6人の巫女を祀った。

 

午前9:40、三股の伝説の悲劇に浸りながら歩く。

 

 軽トラックの荷台に野菜や果物を乗せて、移動販売しているおとうさんに出合う。巨峰を見て、「ブドウ買いたい。」とくっすん。

 移動販売を始めて60年くらいで、現在85歳。河田アナがしんどくないかと聞くと、「それが常識だから、慣れてる。」と、深いお言葉を頂戴する。

 

 くっすんがどうしても食べたいという巨峰(山梨産)を買って、食べながらしばしの休憩をとる。

 

スタートから4.5キロ、『ようこそ元吉原へ』の看板を見つける。もと・吉原とは?、河田アナがフリップの地図で解説する。2人は東海道を歩いて、現在元吉原宿にいる。平たく言えば、吉原宿が移動している(くっすんもビックリ)。

 

 1601年に東海道が整備された頃、元吉原に宿場があった。しかし、海が近く高潮などの影響をうけるので、1640年頃には内陸部へ移転した(中吉原宿)。だがしかし、その宿場も1680年に高潮により壊滅的な被害をうけ、さらに内陸へ移転した(新吉原宿)。

 

 町の掲示板に貼ってある、綺麗に写った富士山の写真を見て、「こんな絵がほしい。」と嘆くくっすん。現在、東海道の中で最も富士山に近い場所を歩いている。

 

 どうしても富士山が見たい2人は、とある民家のお庭で、2つの富士山を発見する。それは、富士山の塗装が施してあるカラーコーン。騒いでいたら、お家の方が出てこられたので、富士山に全然お目にかかれないところ、ちょうどお庭で富士山を見つけたことを伝える。

 世界遺産になって富士山グッズがいっぱい作られたけど、買おうと思ったら良いものがなくて、通信販売で買った。そして、実は富士山に登ったことはないとのこと。富士山の近くに住んでいる人は、いつでもお庭みたいに富士山が見られるので、登っていない人も結構いるらしい。

 

スタートから5キロ、異国情緒あふれる毘沙門天妙法寺に到着。

 本殿前にある、龍神香炉堂の前で、ご住職の高橋さんにお話しをうかがう。

 毘沙門天妙法寺は、聖徳太子が作ったとされる毘沙門天を祀っている。

 先代の住職(父親)が大学の先生で、仏教の歴史を教えていた。何十回も外国へ行って調査を行った。そこで、その土地その土地で自分が感動した仏教の遺跡を、自分のお寺で再現しようとした。だから、中国・パキスタン・ネパールと様々な様式の建物を境内に散りばめた。

 

 2人は先代住職の行動力や斬新な考えに感心するが、ご住職は先代住職にとてもついていけないと、身もフタもないことをおっしゃる。何が大変かといえば、参拝者の皆さんに説明するのが大変。毎日同じ説明を繰り返しているとのこと。

 

 ご住職に案内され、境内にある毘沙門天の『くつ石』を参拝する。昔から自然にある、靴の形をした大きな石で、山伏や東海道を歩く旅人が健脚を祈願した。最近では、足を使うスポーツ選手の祈願も多く、Jリーグの清水エスパレスの方々が毎年シーズン開幕前に祈願する。

 くつ石は、インドで毘沙門天が悪い者を懲らしめようと蹴っ飛ばした際に、飛んでいった靴だと伝わる。

 東海道五十三次を無事最後まで歩けるよう祈願し(くっすんは付け根の健康も)、お寺を後にする。

 

CM明け・・・午前11:50、気温34℃の真夏日でバテバテ。

 

スタートから7.5キロ、『名勝左富士』の石碑前に到着。広重の描いた吉原宿の浮世絵では、松並木を間を進む、京都方面へ向かう馬に乗った旅人と、左側に見える富士山が印象的。東海道を東から西へ歩いた場合に、左側に富士山が見えるのは、神奈川県茅ケ崎市にある『南湖の左富士』と、この場所のみ。

 吉原宿が2回内陸部へ移転したため、東海道が一旦北上するルートに変わった。名勝左富士では、道が北東へ向いているため、富士山が左側に見えるようになった。

 

 石碑の前で、富士市立博物館の館長・木ノ内さんにお話しをうかがう。

 本来は富士山が見えている方向には・・・、や~っぱり厚い雲が邪魔している。この展開には、慣れっこの2人。

 

 でも、キレイにくっきり写っている、現在の名勝左富士の写真を見て、富士山が見られない悲しみがこみ上げてくる河田アナ。建物や電柱・信号機などが建って、浮世絵の面影がほとんどなくなったけど、1本だけ残った松の木と富士山は昔のまま。

 大正時代の頃の名勝左富士の写真を見ると、松並木がたくさんあって、富士山の前に建つ建物もないので、浮世絵の雰囲気にかなり近い。

 

 昔の旅人は方位磁石を持っているわけでもないので、進んでいる方角も分からないまま歩いた。いままで右側に見えていた富士山が、突然左側に見えたのでビックリしたであろう。それで、吉原と言えば左富士というくらいブレークした。

 館長さんに通行手形を書いてもらい、吉原宿の通行許可をいただく。

 

 館長さんとお別れして、

午後1:10、一番新しい吉原宿を目指していると、空一面すっかり雲で覆われている。『ここまで曇れば諦めもつく。来週こそは・・・(富士山を見よう)。』と決まり文句を言う河田アナ。

 

スタートから9キロ、目標地点の吉原宿[新吉原宿]に到着。高潮などの影響で、2度移転した吉原宿。1680年頃にこの地に落ち着き、新吉原宿と呼ばれるようになった。江戸時代後期には、旅籠が約60軒立ち並んで賑わった。

 現在は商店街(吉原商店街)となっている。吉原宿の案内板を見ると、2人はちょうど本陣のあった場所にいる。

 

 こうして、東海道五十三次・14宿目の吉原宿への旅を無事終えようとした・・・。が、道路を挟んで向かい側のお店、の前にある『富士 つけナポリタン』のノボリが気になっていたくっすん。視聴者の皆さんも興味があるだろうと理由をつける、くっすんの食いしん坊パワーに押され、急きょ取材することに・・・。

 

 『cafe sofarii』にて昼食。河田アナ・くっすんともに、『つけナポリタン』を食べる。中華そばっぽい麺を、牛すじのトマトベースのソースにつけていただく。富士市のご当地グルメ・つけナポリタンの発祥は2008年頃で、地元の給食でも出される。

 ご当地グルメに舌鼓を打ちながら、東海道五十三次・14宿目の吉原宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:静岡県沼津市・『原宿の浮世絵が描かれた場所』→ 六王子神社 (2km) → 元吉原宿 (4.5km) → 毘沙門天妙法寺 (5km) → 『名勝左富士』の石碑 (7.5km) → 目標地点:吉原宿 [新吉原宿](吉原商店街) (9km) → お昼ごはん:『cafe sofarii

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』11宿目~12宿目のまとめ。

【11宿目】 2019年08月15日(木)放送 

旅の内容:●箱根宿  三島宿▲上りもつらいが下り続きでヒザ踊る■三島の名城の恐るべき仕掛け?!★空中散歩でハッスル?!

スタートは神奈川県箱根町・箱根宿[箱根関所]。目標地点は神奈川県箱根町・三島宿[三嶋大社]。約14キロの峠コース。

午前7:00、神奈川県箱根町にある、箱根関所の京口御門の前(標高726m)からオープニング。朝から薄曇りで、連日の猛暑がウソのように気持ちいい。

 

スタートから0.5キロ、芦ノ湖の湖畔にある、『東京箱根間往復大学駅伝競走往路ゴール』碑の前を通る。石碑を反対側から見ると、『東京箱根間往復大学駅伝競走復路スタート』と書いてある。毎年1月2日~3日に開催されている箱根駅伝は、東京・大手町~箱根を往復し、総距離217.1キロを走る。

 箱根駅伝のテレビ中継では多くの観客でごったがえしているが、普通の日に現地を訪れば、閑静な住宅街

 

 石碑の前で、横浜から自転車でやってきた女性に出会う。趣味のロードバイクで横浜から熱海を経由して、箱根まで100キロの道を1泊2日の旅を楽しんでいる。箱根に着く直前に霧が出て、景色が見えなくてちょっと残念。

 

 趣味は自転車だけでなく、たまに自分の足で走ることがある。なんと、箱根駅伝の東京・大手町→箱根間、往路5区間を一人だけで突っ走る『一人箱根駅伝』をやるほどの猛者。

 しかも箱根駅伝の前日に実施したので、テレビの中継所も設営済みで、箱根のゴールゲートも設置されており、感動もひとしおだった。ウルトラマラソンの経験者で、107キロだったら走れるかなとトライしたそう。

 

スタートから1キロ、旧東海道の山道へ入る。旧東海道は、山道を歩き、国道1号を歩き、また山道を歩きの繰り返し。標高726メートルから、標高846メートルの箱根峠を目指す。

 江戸時代に整備された石畳を、400メートルほど上る。朝イチの上り坂に、ひーひー言いながら歩き、国道1号に合流する。

 

 合流地点で、くっすんは寝転がり、河田アナは座って一休み。そこで、昔偉ロケ2回目のAD・小林くんの体を、気遣う河田アナ。ぽっちゃり体形なので、体重を減らした方がいいとアドバイス。でも、前回のロケから5キロほどウェイトは絞れたという。

 でもまだ昔偉スタッフTシャツ(L?)がピチピチで、ピチT状態。本人は「ちょうどいい(サイズ)です。」と笑顔。

 

スタートから2.5キロ、箱根峠(標高846m)に到達。でもって、

午前8:20、神奈川県箱根町から静岡県函南町へ入る。峠を越えたら、長い下り坂。

 

スタートから3キロ、旧東海道の山道へ入る。上りに比べれば楽は楽だが、歩きづらい石畳の下り坂は、足への負担が大きい。

 

 順調に箱根の山道を下っていると、下から、自転車を押す男子大学生と出会う。あいさつすると、開口一番「ミスっちゃいましたね。」。スマホのナビ(グーグルマップ)で、うっかり山道に迷い込んだとのこと。

 自転車で名古屋をスタートし、4日かけてここへ至る。実家は静岡にあり、道中に点々とある友達の家で宿泊してきた。夏休みで、今しかできないようなことにトライ中。目的地は、横浜にある友達の家。

 

 木陰を出ると、日差しが照りつけ気温上昇でちょっと暑い。

 

スタートから3.5キロ、午前9:20、静岡県函南町から三島市へ入る。そして、国道沿いから、またまた山道を下る。

 

スタートから5キロ、山中城跡の案内板があり、ちょっと寄り道。

ちょっと上って、三島の市街地を見下ろせる、山中城跡(標高545m)に到着。1560年代に、北条氏が本拠地の小田原を守る、西の最重要拠点として築城された。

 1590年に、天下統一を目指す、豊臣秀吉によって半日で落城した。

 

 山中城で特徴的なのが、衝立障子に似ていることから名付けられた、障子堀

 三島市の寺田さんに案内してもらい、特別に近くで障子堀を拝見する。くっすんが障子堀の中へ落ちてみる。現在は、遺構を保護するために土と芝をかぶせて浅くなっているけど、築城当時は約2メートルの深さがあった。

 

 攻めてくる敵は、畝の上を進むしかない。もし堀へ落ちたら、穴から出られず身動きがとれなくなる。そこを上から、鉄砲や弓矢や投石で攻撃される。

 くっすんが堀から上がろうとするとことろを、上から河田アナが手で2度叩き落とす。また、寺田さんもキックでけん制し、上れないくっすん。上にいる方が有利だというシミレーション結果になった。

 

 山名城の障子堀には秀吉も感心し、大阪城築城の際に採りいれたとされる。

 

午前10:40、長い下り道でくっすんの膝が踊りはじめる。

標高415メートル、スタートから7キロ、車でいっぱいの大型駐車場の前を通り、遠目に”日本一の大吊橋”が見える。

 

 三島スカイウォークという吊り橋と、スカイガーデンという複合型ショップで、ここで河田アナがお便り紹介。

 「くっすんが無事、箱根越えできるか心配です。そんなくっすんに1つ情報を…。三島の国道1号沿いにある三島スカイウォークという大きな吊り橋があるのですが 『大福や』のいちご大福がすごくおいしいです。これをご褒美に頑張ってください。」

 

 駐車場を通り抜け、まずはスカイガーデン内にある、『いちごプラザ 大福や 三島大吊橋店』で名物のビックリいちご大福を食す。夏から秋にかけては地元でイチゴはとれないので、四国のサマーアミーゴという夏秋イチゴを使っているとのこと。

 大福の中の、甘~い大粒いちごはと~てもジューシーで、くっすんも元気を取り戻す。

 

CM明け・・・午前11:10、静岡県三島市・三島スカイウォーク(標高415m)。吊り橋を渡る前に、橋のたもとから絶景を見渡す。これまでの道中、何か所も富士山を眺められるスポットがあったけど、天候不良によりいまだ拝めてない。

 ロケ日の今の時間、晴れ空なので今回こそはと富士山の方向を眺めれば、ちょうど富士山の方向にだけ巨大な雲があって、またもやご対面できず。富士市・沼津市・駿河湾ははっきりくっきり見えているのに、なんで富士山だけ見えてないやと、ぼやく2人であった。

 

 気を取り直して、三島スカイウォークを渡る。2015年に架けられた吊橋で、歩行者専用吊橋として、日本最長の400メートルを誇る。吊り橋を渡ると、子供も大人も楽しめるアスレチックや、森の中でクライミングできる施設がある。

 

 吊橋を渡っていると、南北にわたされたロープを滑車で滑走していく、ジップラインを楽しんでいる人たちが見える。スタッフさんからカメラ付きヘルメットが

2人に渡され、ジップラインに強制参加。

 

 スタート前、「がんばりまーす。」と大声をあげ、気合をいれるくっすん。ロープは2本あるので、高いところが平気な河田アナと、高いところがあんまり好きくないくっすん、2人同時にスタート。

 もの凄い高いところをけっこうな速さで滑走するジップライン(ロングジップスライド)。2人ともワーワー or キャアーキャアーはしゃぎっぱなし。往復560メートルを、スリルと絶景を満喫しながら滑りに滑る。

 

 爽快な気分を味わったが、吊橋の帰り道では、はしゃぎ過ぎた2人はお疲れモード

 

 お昼ごはんを済ませ、残る7キロを歩く。

 

午後2:20、標高250メートル地点まで峠を下る。朝は涼しかったのに、ロケ日の最高気温は35℃まであがり、昼間は猛暑。

 オーバーヒートした付け根に、冷却スプレーをかけて冷やすくっすん。

 

箱根宿を出発して約9時間、標高25メートルあたりまで下りてきた。西から江戸を目指す人も大変だねと河田アナ。下りに下りが続いたので、「もう僕ヒザもう、完全に踊り狂ってますねぇ・・・。」と昔偉一行一同ひざガクガク

 なかでもADの小林くんのは、満身創痍。本人は「大丈夫っす。」と言っているが、ヒザは限界寸前。

 

 大場川を渡り、日本橋から数えて11番目の宿場・三島宿に入る。三島宿は、箱根をこれから越える人、また箱根を無事越えた人が立ち寄り賑わった。江戸時代には、70軒以上の旅籠が立ち並んだ。

 

 川を渡って500メートル、

午後4:10、スタートから14キロ、目標地点の三嶋大社に到着。三島の地名の由来ともなっている神社で、平安時代に源頼朝が源氏再興を祈願したとされる。

 

 歌川広重の『三島宿』の浮世絵には、右側に三嶋大社の鳥居が描かれている。

 鳥居の下で、三嶋大社の山下さんにお話しをうかがう。

 鳥居や背景の旅人をシルエットで描くことで、三島を象徴する朝霧を表現している。朝に三島を出発して、これから箱根の峠を越えようとシチュエーション。浮世絵の旅人に向かって、今からが大変やでと感情移入する2人。

 

 三島大社には、箱根越えの安全祈願する人、箱根を無事越えられたことを感謝する人が多く参拝してきた。

 

 最後に、山下さんに通行手形を書いてもらい、三島宿の通行許可をいただく。

 こうして、東海道五十三次・11宿目の三島宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート: 神奈川県箱根・箱根宿[箱根関所] → 『東京箱根間往復大学駅伝競走』碑 (0.5km) → 箱根峠の頂上 (2.5km) → 山中城跡 (5km) → 『いちごプラザ 大福や 三島大吊橋店』[スカイガーデン内] (7km) → 三島スカイウォーク → お昼ごはん → 三島宿 (13.5km)→ 目標地点:三嶋大社 (14km) 

 

 

 

【12宿目】 2019年08月29日(木)放送 

旅の内容:●三島宿  沼津宿▲親孝行はヒトも動物も同じ■富士山の美味しい水★ギョギョとおもしろ深海生物を観賞

スタートは静岡県三島市・三島宿[三嶋大社]。目標地点は静岡県沼津市・沼津宿[沼津港]『沼津港深海水族館』。約9キロのコース。

午前8:00、静岡県三島市にある、三島神社の境内からオープニング。セミがわんさか鳴いていて、ジトジト蒸し暑い。

 さっそく歌川広重の東海道五十三次・沼津宿の浮世絵をフリップで確認する。高い1本の木の後ろに丸い月が見え、後ろ姿の旅人の背負う荷物には、長い鼻の大きな天狗のお面が見える。絵の真ん中には大きな川が流れていて、沿うように東海道が続いている。

 

午前8:20、三島大社の鳥居から出発。

 

スタートから0.5キロ、午前8:40、親孝行犬にゆかりのある、圓明寺に到着。1344年に、足利尊氏の叔父である、日静(にちじょう)上人によって建てられた、法華堂を起源とするお寺。

 

 本堂の前から孝行犬のお墓まで、ご住職の川村さんに案内してもらい、お話しをうかがう。人間のお墓と同じような立派な墓石が使われ、孝行犬の銅像まで建てられている。

 

 江戸時代末期、本堂の下に犬の家族が住んでいた。母犬はタマ、子犬はトク・ツル・フジ・サト・マツと名付けられた。犬たちは番犬として働き、当時の住職にかわいがられた。

 ところが、子犬のフジが亡くなり、母犬のタマはショックで病気になった。残った子犬たちは、町に出て人々から食べ物をもらい、母犬に与えて必死に看病した。

 しかし、看病の甲斐なく母犬は亡くなり、後を追うように子犬たちも死んでしまった。

 

 不憫に思った住職は、6匹の犬の名前を彫ったお墓を建てた。人と犬の変わりはあれども、人の心と犬の心の仏性は同じである、という住職の思いからであった。我々人間もちゃんと親孝行しなさいと、今に伝えている。

 飼っていた犬を家族のようにかわいがっていたので、くっすんは深く感銘をうけた。

 6匹のお墓に手を合わせて冥福を祈り、圓明寺を後にする。

 

午前9:40、静岡県三島市から清水町へ入り、

スタートから3キロ、柿田川公園に到着。

 清水町観光案内所のガイド・野木さんに、園内を案内してもらう。

 第一展望台から、柿田川を見下ろす。柿田川の最上流部で、湧き間から水がボコボコ湧き出ている。

 

 柿田川は日本で最も短い一級河川で、全長約1.2キロ。長良川・四万十川とともに、日本三大清流のひとつに数えられる。

 富士山に降った雪や雨が、富士山の噴火で流れ出た溶岩を通り、26~28年かけて柿田川から湧き出る。

 

 柿田川の清流の見どころは、湧き水だけにあらず。川の中に生えている植物は、キンポウゲ科の一種で、柿田川の固有種・ミシマバイカモ。葉っぱしか見えないので、夏にミシマバイカモを水中で撮った映像を、ノートパソコンで見てみてみると、可憐な白い花がたくさん咲いている。

 

 柿田川湧水は清水町の象徴であり、さ・ら・に・ヒーローでもあるとのこと。野木さんが「ゆうすいく~ん。」と大きな声で呼ぶと、清水町のゆるキャラ・ゆうすいくんが元気に登場する。

 清水町柿田川の生まれで、柿田川清流のようなきれいな心をもっている。頭は富士山の形をしており、お腹の水色ポケットと背中の水色マントに、バイカモが咲いている。

 

 ここからは、ゆうすいくんに柿田川公園の見どころを案内してもらう。

 湧き水広場では、柿田川公園の水の中に入って、清流を体感できる。河田アナとくっすんも、裸足になって水の中へ入る。ひんやりと冷たくて、夏の暑さがぶっ飛ぶ。湧き水の温度は、年間を通して15℃。

 

 夏の涼を求めて、子供たちが多く集まる。清水区から保護者の方とやってきた、麦わら帽の小さな女の子も、湧き水広場で涼んでいる。河田アナがあいさつしても無表情で固まっちゃっているので、ゆうすいくんに笑わせてと頼む。

 ゆうすいくんが水辺で奮闘して、女の子を笑顔に変える。河田アナはゆうすいくんの功績をたたえる。

 

 最後に、ゆうすいくんのススメで、柿田川湧水の水を飲む。水汲み場でこんこんと流れる水を、2人はヒシャクですくってごくりとノドを癒す。

 ゆうすいくんがヒシャクをもち、くっすんに水を飲ましてくれる。「ありがとう・・・。けっこう強引やったけどね。」とお礼を述べるくっすん。

 

CM明け・・・午前11:00、静岡県清水町。黄瀬川を渡って沼津市へ入る。清流から離れて、夏の暑さがまいもどる

 

午前11:45、スタートから6キロ、沼津宿に到着。沼津宿は、江戸時代に旅籠が55軒立ち並び、人口5000人を超える宿場町であった。しかし、戦災や都市計画で当時の遺構はほとんど失われ、宿場内にあった一里塚だけが面影を残している。

 

 学芸員の木口さんに、沼津宿の浮世絵について詳しくうかがう。まずは、一里塚の前から、浮世絵に描かれた場所まで案内してもらう。

 東海道から外れた場所へ移動、階段で狩野川の堤防の上にあがる。堤防から川に向かって斜め前方を見れば、だいたい浮世絵に近い感じのビューになる。

 

 浮世絵では、川の奥側に木の橋が描かれているが、残された資料によれば石橋と書いてある。

 くっすんはずっと気になっていた、旅人が背負っている天狗のお面について尋ねる。その旅人は、讃岐国に金比羅参りに向かう修験者で、天狗のお面を奉納しにいくとのこと。すると、修験者江戸方面から讃岐国のある西へ向かっていると思われる。

 

 浮世絵には夕暮れどきを描いた、黄昏図としっかり記されているにも関わらず、満月が西の空に浮かんでいる。河田アナがたいそう不思議がっていると、「言っていることが全然わからないです。」とちんぷんかんぷんなくっすん。

 さらに、「だって西から昇ったお日様が、東~へ沈~む。」と歌を引用するくっすん(後半は河田アナ・木口さんも加わり三人で熱唱)。河田アナが「天才バカボンだから。」とツッコむ(そもそもお日様やし・・・)。(まあ~るいお月様は)東から上がって、西へ沈むんでしょと小学校の先生のごとく教える。

 

 上に挙げた2つの大きな間違いから、広重が本当は沼津宿に来ていないのでは?と疑惑がもたれている。

 

午後0:15、木口さんとお別れして、沼津港の方へ向かう。沼津港は、江戸時代に伊豆や駿河の物産を、江戸へ輸送する拠点であった。

 

スタートから8.5キロ、沼津魚市場が見える。

 

午後1:00、『サスヨ海産市場』をのぞく。朝どれのアジの開きが、ずらりと並んでいる。沼津のアジの開きは、江戸時代から地元の名物だった。湿度が少なく、雨も少ない気候のうえに、海からの潮風で干物作りに適していた。

 

 2018年の全国のアジの開き・生産量約3万トンのうち、1万トンほどを、沼津で作っているとのこと。美味しそうなアジの開きを見て、まだお昼ご飯を食べていなかったと告げると、お店の方に系列店のお食事処を紹介される。

 

 紹介された、『さすよ亭』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『あじづくし定食』を食べる。アジの開き・アジフライ・アジの造りと3種類も楽しめる。アジの開きを食べて、「良いアジしている。」と、かますくっすん。

 

午後2:10、お昼ごはんを終え、後はゴールを目指すのみ。

でもね、腹ごなしで歩く間もなく、

スタートから9キロ、目標地点の『沼津港深海水族館』に到着。

 

 水族館の近くにある駿河湾の特徴として、他の日本の海と比べていきなり深くなるので、多種多様な深海生物が生息している。沼津では、昔から深海生物を水揚げしていたので、そんな深海生物ちゃんたちを集めたオンリーワンの水族館を作りたいと建てられた・・・と飼育員の安東さんのお話し。

 

 安東さんに、館内を案内と深海生物の解説をしてもらう。

 ミドリフサアンコウは、目と目の間にある疑似餌を使って、小さい魚をおびき寄せて食べちゃう。

 ビビットな赤色のミドリフサアンコウを見て、「深海のお魚って、すごいカラフルですね。」とくっすんの感想。海が深くなると、赤色の光は水に吸収されてしまうので、赤色の生物でも黒く見えて、周りの風景にとけこみ目立たなくなる。なので赤い深海生物が多い。

 

 ひときわ存在感を示す大きなカニは、タカアシガニ。世界最大のカニで、大きいものは全長4メートルにもなる。館内に展示されているタカアシガニは全長約3メートルだが、動いているのを観察していると、迫力があると河田アナの感想。

 沼津市戸田(へだ)地区では、タカアシガニの甲羅の部分に鬼の顔を描いて、魔除けのお面として玄関に飾る風習が昔からあった。

 

 タカアシガニの顔?(胴体部分)の隣りに、くっすんが自分の顔を並べて、大きさの比較をもとめる。甲羅の大きさと顔の大きさが、ほとんど同じぐらいだと安東さん。くっすんが「僕もけっこう顔でかめなんですよ。」と言うと、間髪を入れず、「そうですね。」と正直な安東さん。

 

 駿河湾だけでなく、世界から集めた深海生物およそ60種類・1500匹を展示している。

 その中でも目玉となっているのが、世界でひとつだけの冷凍シーラカンスの展示。内臓・筋肉・血液など釣り上げたそのままの状態で、冷凍保存しているシーラカンス。

 

 お魚ちゃんたちを観賞し終わり、水族館を出る。子供さんはもちろん、大人がきても楽しいと河田アナ。

 

 最後に、飼育員の安東さんに通行手形を書いてもらい(裏側に「水族館にまたあそびに来てください。」)、沼津宿の通行許可をいただく。

 こうして、東海道五十三次・12宿目の沼津宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:静岡県三島市・三島宿[三嶋大社] → 圓明寺 (0.5km) → 柿田川公園 (3km) → 沼津宿 (6km) → 狩野川の堤防 → 『サスヨ海産市場』 → 昼食:『さすよ亭』→ 目標地点:沼津港沼津港深海水族館』 (9km) 

 2019年08月31日(土)、姫路市書写の里・美術工芸館にて、岩合光昭写真展『ねこといぬ』を観賞した。

 

 会期は07月20日(土)~09月01日(日)までだったのに、最終日前の土曜日に滑りこんだ。午後0:45分に現地到着したら、駐車場がほぼ満車に近い状態だった。館内はそんなに混んでいなくて、あまり観賞に差し支えなかった。

 動物好きであろう女性、小・中学生・高校生ぐらいの女の子のお客が多かった。自分みたいな動物好きなオッサンも、それなりにいた。

 

 自分は現在犬を飼っていますが、猫も好きです。犬派・猫派で言えば、両方です。猫と犬が両方写った一枚の写真を撮り、ほぼそんな写真だけを集めて、ひとつの写真展を開くとは、さすが動物写真家の先駆者・岩合氏。

 

 人間と犬の距離感・人間と猫の距離間・そして猫と犬の距離感 or 距離間の遠さ・近さが見どころでした。恋人同士のように、べったりくっついている猫と犬。高いところから見下ろす猫と、低いところから見上げる犬。家の外に出たい犬と、家の中に入りたい猫。子猫といっしょに寝る子猫。いろいろな距離感・間があって楽しめた。

 大型犬と普通サイズの猫のパターンが多く見られた(犬がデカいので子猫に見える)。

 

 あと、猫と犬が砂浜で転がっている・遊んでいる写真がいくつかあったが、砂を落とすのが大変では?と気になった。うちの犬はとてもフロ嫌いなので、砂遊びなど御法度です。