MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』17宿目~18宿目のまとめ。
【17宿目】 2019年11月07日(木)放送
旅の内容:●由比宿 → 興津宿▲やめられないとまらない?!桜えび■先っちょだけ?!きれいに見えた★苦節63年?!我慢の家康
スタートは静岡県静岡市清水区・地持院。目標点は静岡市清水区・興津宿[清見寺]。約9キロのコース。
午前9:00、静岡県静岡市清水区由比にある、地持院の門の前からオープニング。ロケ日の天気予報は、台風20号の影響で雨のち曇り。
スタート前にとりあえず、歌川広重の東海道五十三次・由比宿の浮世絵をフリップで確認する。江戸時代から富士山の絶景ポイントだった、薩埵峠(さったとうげ) の浮世絵。富士山は、奥の方に小さく描かれている。
富士山からどんどん遠ざかっているので、富士山を見られる場所は残りわずか。だがしかし・・・、
午前9:15、雨が降りだし、風も吹いてくる。
地持院から旧東海道へもどり、『由比桜えび通り』を歩く。
桜えびは、駿河湾と台湾の一部でしか獲れない、希少なエビ。その希少さから、『駿河湾のルビー』とも称される。水産資源の保護のため、漁が行われるのは春(3月下旬~6月上旬)と夏(10月下旬~12月下旬)の、1年に2回だけ。
桜えびの天日干しの風景は、由比地区の風物詩となっている。
桜えび通りでいったん立ち止まり、河田アナのお便りコーナー。大阪府堺市の視聴者から。
『河田さん、くっすんさん こんにちは。東海道も静岡県を越え 暑い中ご苦労様です。古い町並みが好きな私ですが、もう一つの楽しみが 行く先々での食事です。最近番組中では食事のシーンが無くて残念です。また食事のシーンも取り入れてください。』
桜えび通りのエビをゲートをくぐり、旧東海道を海沿いに進み、
午前9:45、桜えびを扱う老舗・『くらさわや』を、開店前に取材する。昭和25年に駿河湾沿いに創業したが、東名高速道路開通に伴い、昭和41年に現在の場所・旧東海道沿いに移転した。
2人は調理場の横で、名物の『桜えびのかき揚げ』の調理を拝見する。パチパチと小気味良い音とともに、見た目も美しいかき揚げが、あっという間に完成。
テーブル席で、河田アナ・くっすんともに、『しずまえ天丼』を食べる。天丼のメイン・桜えびのかき揚げは、とーってもサクサクエビ感たっぷり。「あ~美味しかった。」と、真っ先にかき揚げだけ平らげるくっすん。河田アナも、その早さにビックリ。「もう、止められなかったです・・・。(桜えびのかきあげは)人を駄目にします。」と弁解する。
お店の3代目・渡辺一正さんに、桜えびについてうかがう。
江戸時代には、存在すら知られていなかった桜えび。実は光が苦手で、昼間は水深200メートルより深い深海にいる。夜になると、エサを求めて水深20メートル近くまで浮上してくる。
明治27年に、舟でアジを捕りにいった由比の漁師が、桜えびを発見した。アクシデントでウキの外れた網は深く沈んでしまい、それを引き上げたら偶然桜えびが入っていたという。
午前11:00、スタートから3キロ、薩埵峠の入口に到着。雨降りの峠道に、モチベーションが下がる。薩埵峠は、海に面した崖沿いを通る、険しい山道のため、東海道の難所として恐れられていた。久々のハードな峠道に、弱音を吐くくっすん&河田アナ。
午前11:30、海岸と海岸沿いの道路を見渡せる、見通しのよい場所にでる。
スタートから4.5キロ、清水区観光ボランティアガイドの古牧さんと合流する。広重の描いた、薩埵峠の浮世絵の場所まで案内してもらう。
旧東海道を進み、木の階段を上ると、見晴らしの良い展望台にでる。晴れていればビューティフルな富士山が遠くに見える。薩埵峠は現在でも、東海道の浮世絵とほぼ変わらない景色の見られる、数少ない場所。しかし案の定、雲に邪魔じゃまされて、右側の輪郭が少し見えるだけ。
ただ、1854年の安政東海地震によって、海底が1.5メートル以上隆起したとされる。隆起した土地に鉄道や道路が整備された。現在は、JRの東海道線・国道1号・東名高速道路が通っている。
展望台で古牧さんとお別れして、
午後0:10、山道を先へ進む。しばし歩くと雨が止んだので、ビニール傘をたたむ。
この辺に住んでいる、ランニングのトレーニング中の男女に出会う。トライアスロンとかフルマラソンとかウルトラマラソンに参加するので、山道で鍛えている。
女性の方は、一度に118キロ走破したこともあり、挑戦するワケは、フルマラソンで得られる達成感の先に行きたくなったから。
男性の方も、その達成感は半端なくって、これ以上のことは他にないかなっていうくらいだけれど、代償として2か月間歩けなくなる。そのときは2度と走るもんかと思ったけど、半端ない達成感のため、またチャレンジしたい。
くっすんは僕なら10キロ歩くだけでもヘトヘトなのに・・・と感心し、「もうヘトヘトですよね。」と男性の方に見破られる。
CM明け・・・午後0:30、静岡市清水区、薩埵峠を抜ける。お天気も、順調に回復。薩埵峠ハイキングコースの案内板の前で、歌川広重の東海道五十三次・興津宿の浮世絵をフリップで確認する。川渡しがカゴを担いで、興津川を渡っている。
スタートから6.5キロ、午後0:45、『興津川川越遺跡』に到着。
清水区観光ボランティアガイドの渡辺さんに、興津宿の浮世絵についてお話しをうかがう。
江戸時代は大きい川には橋を架けなかった。興津川も橋を架けないことで、人の行来を制限して治安を守った。薩埵峠と興津川を、自然の関所としたのだ。
遺跡から興津川の堤防まで少し移動し、対岸方向を見て浮世絵の風景を探してみる。しかし、浮世絵の左側に描かれている、崖が見当たらない。渡辺さんの助言で右に270℃ほど体を回転すると、左側に崖が見えた。つまり、川の対岸(西)から、崖のある東を向いて描かれている。
渡辺さんに別れを告げ、川の対岸へ向かう。
そこでスタッフから、小田原の酒匂川と同じように、興津川を歩いて渡っていただこうと告げられる。河田アナ雨の影響で水の増量を懸念し、くっすんは獅子舞で挑戦した肩車がことのほか気に入ったので、「河田さんを肩車して渡らせてください。」と、渡る気まんまん。
川渡りのサポートを依頼していた、興津川の漁業組合の柿澤さんに、川辺でお話しをうかがう。
すると、台風19号で川の流れがかわっちゃったので、素人は止めた方がいいと、川への立ち入りを却下される。流れがけっこう速いので、川に入ったら流されていくとのこと。
仕方ないので、柿澤さんとお別れして、安全に橋を渡る。
対岸の堤防へ移動し、興津宿の浮世絵と、現在の風景を照らし合わせる河田アナ。奥の方の海が鉄橋で見えなくなっているものの、浮世絵の面影を今に残している。
堤防上の道で、自転車に乗った大阪出身の女性に出会う。「めっちゃ嬉しい。」と、とても喜んでもらう。岸和田育ちで、結婚して静岡に移った。だんじり祭りの日は、すねているご主人をほって、岸和田に帰るとのこと。
スタートから7キロ、
午後2:05、くっすんが「ホンマ今日残念ですよね、富士山見えなくて。」とぼやいて後ろを振り返れば、目を疑う光景が・・・。「河田さん!」と大騒ぎするくっすんの指さす方向、薩埵峠の向こう側に富士山の先っちょが見えている。
今までさんざんかくれんぼしていた富士山が唐突に姿を現し、2人の感動もひとしお。富士山には雪が被っていて、ちょうどロケ日に今年の初冠雪を記録した。
「今日は無理やろなー。」とほとんど諦めていたけど、ここにきてのご対面に満面の笑みの河田アナ。「こんなにきれいに見えた先っちょ、なかなかないっすよ。」とくっすん。
午後2:30、スタートから8キロ、『興津宿[興津宿公園]』に到着。かつて興津宿には、本陣2軒・脇本陣2軒・旅籠34軒が建ち並んだ。
宿場を歩くこと1キロ、
午後2:45、スタートから9キロ、目標地点の『清見寺』に到着。約1300年前、天武天皇の時代、清見関(きよみがせき)という関所が設けられた。清見関を守るために建てられた仏堂が、清見寺の始まりとされる。
徳川家康と清見寺の関係について、副司の河原さんにお話しをうかがう。
家康は幼少時代、今川義元の人質として駿府(静岡市)で過ごした。清見寺の住職であった、太原崇孚禅師(たいげんそうふぜんじ)が家康のお師匠さん役を務めた。
『大方丈』にある、清見寺で家康が勉強に努めた部屋・『家康公手習之間』に案内してもらう。
わずか3畳の部屋で、18歳まで人質として生活した。63歳で江戸幕府を開くまで、思うようにいかない苦しい苦しい人生だっただろうけど、この部屋で耐えて忍んで根性を養ったと思われる。
『大方丈』の隣りにある、書院前の廊下から『名勝庭園』を眺める。
家康は天下人となってからも、清見寺を度々訪れ、お茶会を開いたり、能を催したり、和尚さんと禅問答したりして過ごしたという。きっと、お庭も眺めていただろう。
最後に、河原さんに通行手形を書いてもらい、興津宿の通行許可をいただく。
こうして、東海道五十三次・17宿目の興津宿の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート: 静岡県静岡市清水区・地持院 → 『由比桜えび通り』 → 昼食?:『くらさわや』 → 薩埵峠 → 『興津宿[興津宿公園]』(8km) → 目標地点:『清見寺』 (9km)
【18宿目】 2019年11月14日(木)放送
旅の内容:●興津宿 → 江尻宿▲冷凍マグロの気持ちを味わう■富士山が見えたり見えなかったり★三保松原が主役?!
スタートは静岡県静岡市興津宿・『清見寺』。目標点は静岡市駿河区・久能山東照宮。途中に船で移動の3キロを含め、約20キロ(船での移動3キロを含む)のロングコース。
午前8:00、静岡県静岡市興津宿にある、清見寺の門前からオープニング。朝から快晴で、ロケ日の天気予報は晴れ。前回の旅で、念願の富士山の、先っちょだけ見えた興奮がまだ残っている。
今回は、スタート地点から5キロ先の江尻宿を目指す。そこから、浮世絵に描かれている場所に行くため、東海道を外れて船を利用し、世界遺産の三保松原を経由して、久能山を目指す。
午前8:40、スタートから3キロ、東海道から200メートルほど離れた、『水鷗流本部 碧雲館道場』に到着。道場内のとある小部屋に、多種多様な武具が備え付けられている。長物や刀の他に、珍しい鎖鎌もある。
水鷗流は、戦国時代に生まれた武器を用いる武術。初代は1577年に生まれた人物とされ、水鷗流居合剣法15代当主の勝瀬さんに、お話しをうかがう。
河田アナが鎖鎌をもたせてもらうと、ズッシリ重たい。道場では、金属の分銅の代わりに、やわらいモノを付けているので、安全。河田アナが武術の体験もできるのか聞いてみると、「体験できるじゃなくて、させる。」とのこと。
道場の大部屋で、鎖鎌の技を拝見する。15代目当主が鎖鎌の鎖をぶんぶん回して、相手の刀に巻きつけ使えなくさせる。刀を捨て脇差でかかってくる相手の手を受け止め、鎌でとどめをさすという寸法。
今度は、くっすんが素手で、15代目当主の鎖鎌に挑む。すると、首に鎖を巻きつけられ、手繰り寄せられ、床に倒されホールドアップ。
午前9:40、清水銀座商店街を歩き、
スタートから5.5キロ、『江尻宿本陣跡』に到着。江尻宿は日本橋から数えて18番目の宿場で、元々は江尻城というお城があったので、城下町として栄えた。江戸時代には、本陣2軒・脇本陣3軒・旅籠約50軒が建ち並んだ。
近くには三保松原という景勝地があり、当時から人気だったと河田アナ。それに対して、「あの、コンパスがくるくるってなるとこですか?」と応じるくっすん。そんな場所が三保松原にあるのか、とんと分からない河田さん。
それはさておき、江尻宿のある静岡市清水区でうまれた有名人が、時代劇でおなじみの『清水の次郎長』こと、山本長五郎。東海一の親分として知られる、次郎長の生家・『清水次郎長生家』が清水区美濃輪町にある。
明治時代に時代に入った晩年には、現在でいう警察署長となり、地域の治安維持に貢献した。ほかにも、医療水準の向上・清水港の近代化に尽力するなどして、地元の方から今も親しまれている。
午前10:20、清水港にて思いがけない再開が・・・。建物の角を曲がると、富士山の全体がきれいにくっきり見えて、感動に包まれる2人。
清水港は、冷凍マグロ水揚げ量・全国1位で、日本で消費されるマグロの約半分が清水港から出荷される。
スタートから7.5キロ、冷凍マグロを扱う『八洲水産』を取材する。2人はマイナス70℃の冷凍庫へ入るため、目出し帽をかぶってダウンを着こみ、手袋を装着する。せっかくだから、濡れたタオルを持って化学の実験も行う。
八洲水産の高道さんに、冷凍庫の中へ案内してもらう。
最初の冷凍庫への扉が開かれると、マイナス30℃の冷気が襲ってくる。2つめの扉が開かれると、マイナス70℃の極寒冷凍庫の中で、寒さに凍える。
冷凍庫には、おっきな丸のまま冷凍されたマグロがたんまり入ったカゴが積み上げられ、たくさんたくさん貯蔵されている。マイナス70℃で冷凍保存することで、細胞が凍り、品質を保つことができる。
冷凍マグロに囲まれながら、濡れたタオルをぶんぶん振り回す、目出し帽の男たち。なんということでしょう、タオルがすぐに凍ってカチンコチンに固まりました。棒状に固まったタオルで、くっすんをどつく河田アナ。
2人の他にも、照明・マイク・カメラ等の撮影スタッフさんたちが、寒さで辛そう。長くは耐えられないので、さっさと冷凍庫から退散する。
外に出ると、2人の手にまっすぐのまま凍ったタオル。そして、スタッフさんたちの眼鏡がことごとく真っ白に曇る。
フォークリフトで、冷凍庫から凍ったマグロを取り出してもらう。はるばるアイルランドで捕獲してきたクロマグロで、重さは約200キロ。日本を出発したマグロ漁船は、約2年かけてクロマグロを獲ってくる。
午前11:50、清水港に隣接した、『清水魚市場 河岸の市』に立ち寄る。新鮮な魚介類や海産物が並ぶ市場に、飲食店が20軒立ち並ぶ。
その飲食店の中の、『魚市場食堂』にて昼食。河田アナは『まぐろ丼(数量限定)』を、くっすんは『漬けまぐろいっぱい丼』を食べる。いっぱい丼は、店員さんが「食べきれるくらいで、ストップと言ってください。」と、漬けまぐろを丼ぶりにどんどん追加してくれる。食欲旺盛なくっすんは、なかなかストップをかけず、山盛りのマグロとなり、お盆にもちょっとこぼれる。
CM明け・・・午後0:40、静岡市清水港、水上バスに乗って3キロ移動し、三保松原へ向かう。河田アナが、「『いやいや、なんで歩かんと船に乗ってんねん。』ってツッコまれそうですけど、実は江戸時代も、船で東海道を迂回して観光される方がいたんですって。」と補足説明する。
鎌倉時代には三保半島に向かう渡しがあり、1388年には足利義満が遊覧に訪れたとされる。
乗船時間15分、三保半島に上陸。三保松原まで約2キロを歩く。
キャップをかぶった、地元のおとうさんに出合う。河田アナがこの辺りはいいところですねと聞いてみると、慣れてしまえばそうでもないとのこと。三保松原は晴れたときに行かなきゃ、富士山はまともに見えないと助言をもらう。
河田アナが「今日は見えますかね?」と占ってもらうと、空と雲見て「今日は危ないな。」とすぐに判定された。
スタートから13.5キロ、『三保松原』に到着。海辺に出ると、キャップのおとうさんの言うとおり、厚い雲に阻まれて富士山見えず。実際に三保松原から富士山がきれいに見えたときの写真をフリップで確認すると、とっても素晴らしい。
三保松原は、平成25年に世界文化遺産『富士山 信仰がの対象と芸術の源泉』に労六された。三保松原+富士山の風景は、数々の和歌や絵画に表現され、広重の浮世絵・富士三十六景『駿河三保之松原』にも描かれている。
三保松原は古墳時代にはあったと伝わるが、昭和に入って第二次世界大戦が始まると、燃料として松が大量に伐採されてしまった。戦後に地元の方々が植林を続けた結果、昔の景観を取り戻した。
午後2:20、富士山の反対方向はきれいに青空なのに、富士山側だけ何故いつも曇ってるんだろうと愚痴りながら歩く。
スタートから17.5キロ、目標地点の久能山が見えてくる。広重の江尻宿の浮世絵は、久能山からの景色を描いたといわれる。
海岸沿いを西へと進み、
スタートから20キロ、午後3:40、目標地点の久能山東照宮に到着。しかし、本殿は1159段の石段を上った先にある。閉門時間は午後5:00なので、ゆっくりしてはいられない。
2人は上がるか上がらないかを話し合う。石段の下でも久能山東照宮の一部だし、逆に午後5:00までに上がらないと東照宮にご迷惑をかけてしまうと河田アナが理由をつけて、「お疲れ様でした。」と帰ろうとする2人。というコント仕立て。
上らないという選択肢はやっぱりないので、すぐさま石段を上る。
久能山東照宮の本殿には車では行けないので、久能山の隣りにある日本平という山に車を停めて、そこからロープウェイに乗って参拝することになる。
参拝の帰りで、石段に座って休憩しているおとうさんに出合う。くっすんもお隣に座っていっしょに休憩する。河田アナが興津宿から東海道を歩いてきた旨告げると、「大変だね。」と労ってもらう。
とにかく疲れただのしんどいだのと弱音を吐きながら歩き、
石段の3分の2を過ぎたあたりの門の前で、下界を見下ろすと、ご褒美の絶景が広がる。角度的に富士山と三保松原は見えないけど、とっても美しい空と海と海岸線が見れて、上ってきたかいがあったというもの。
上りはじめて30分、
午後4:10、真の目標地点の久能山東照宮[本殿]に到着。1617年に、徳川家康公を御祭神として最初に祀った神社。2代将軍・徳川秀忠によって造られた本殿は、江戸時代初期の代表的建造物として国宝に指定されている。
久能山東照宮の竹上さんに案内され、境内にある『久能山東照宮博物館』で、家康公ゆかりの品を拝観する。一番目立つところにディスプレイされているのは、肖像画で付けている冠。他にも、家康公愛用していた木刀・硯・机など、国の重文に指定されている。
展示品は定期的に入れ替えられる。くっすんは、普通の物を使っていたんだなと、家康に親しみを感じた。
現在、東照宮からは眺めることはできないが、広重が描いた江尻宿の浮世絵は、久能山の何処かから描いた、三保松原と清水港の景色といわれる。
久能山の北側にある、日本平から三保松原と清水港+富士山の見える場所がある。
現在は日本平からみる景色が、浮世絵の構図に一番近い。しかし、江尻宿の浮世絵は、広重の浮世絵より30年以上前に描かれた、『東海道名所図会』を参考にして描いたのではないかと疑われている。本当は現地に来て描いたものではないかと分かり、残念がる2人。
江尻宿の浮世絵に、富士山が入っていてもおかしくないと、疑問に思う河田アナ。ここは、富士山ではなく三保松原が主役だろと、あえて富士山を描かなかったと想像が膨らむ。
最後に、竹上さんに通行手形を書いてもらい、江尻宿の通行許可をいただく。
こうして、東海道五十三次・18宿目の江尻宿の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート: 静岡県静岡市興津宿・『清見寺』 →『水鷗流本部 碧雲館道場』(3km) → 『江尻宿本陣跡〈清水銀座商店街内〉』(5.5km) → 清水港 →『八洲水産』(7.5km) →昼食:『魚市場食堂〈清水魚市場 河岸の市内〉』→『三保松原』(13.5km) → 目標地点:『清見寺』 (9km) → 水上バス → 久能山東照宮 (20km) → 国宝御社殿 → 『久能山東照宮博物館』