MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』17宿目~18宿目のまとめ。

【17宿目】 2019年11月07日(木)放送 

旅の内容:●由比宿  興津宿やめられないとまらない?!桜えび■先っちょだけ?!きれいに見えた★苦節63年?!我慢の家康

スタートは静岡県静岡市清水区・地持院。目標点は静岡市清水区・興津宿[清見寺]。約9キロのコース。

午前9:00、静岡県静岡市清水区由比にある、地持院の門の前からオープニング。ロケ日の天気予報は、台風20号の影響で雨のち曇り。

 

  スタート前にとりあえず、歌川広重の東海道五十三次・由比宿の浮世絵をフリップで確認する。江戸時代から富士山の絶景ポイントだった、薩埵峠(さったとうげ) の浮世絵。富士山は、奥の方に小さく描かれている。

 

 富士山からどんどん遠ざかっているので、富士山を見られる場所は残りわずか。だがしかし・・・、

午前9:15、雨が降りだし、風も吹いてくる。

 

地持院から旧東海道へもどり、『由比桜えび通り』を歩く。

 桜えびは、駿河湾と台湾の一部でしか獲れない、希少なエビ。その希少さから、『駿河湾のルビー』とも称される。水産資源の保護のため、漁が行われるのは春(3月下旬~6月上旬)と夏(10月下旬~12月下旬)の、1年に2回だけ。

 桜えびの天日干しの風景は、由比地区の風物詩となっている。

 

 桜えび通りでいったん立ち止まり、河田アナのお便りコーナー。大阪府堺市の視聴者から。

 『河田さん、くっすんさん こんにちは。東海道も静岡県を越え 暑い中ご苦労様です。古い町並みが好きな私ですが、もう一つの楽しみが 行く先々での食事です。最近番組中では食事のシーンが無くて残念です。また食事のシーンも取り入れてください。』

 

 桜えび通りのエビをゲートをくぐり、旧東海道を海沿いに進み、

午前9:45、桜えびを扱う老舗・『くらさわや』を、開店前に取材する。昭和25年に駿河湾沿いに創業したが、東名高速道路開通に伴い、昭和41年に現在の場所・旧東海道沿いに移転した。

 

 2人は調理場の横で、名物の『桜えびのかき揚げ』の調理を拝見する。パチパチと小気味良い音とともに、見た目も美しいかき揚げが、あっという間に完成。

 テーブル席で、河田アナ・くっすんともに、『しずまえ天丼』を食べる。天丼のメイン・桜えびのかき揚げは、とーってもサクサクエビ感たっぷり。「あ~美味しかった。」と、真っ先にかき揚げだけ平らげるくっすん。河田アナも、その早さにビックリ。「もう、止められなかったです・・・。(桜えびのかきあげは)人を駄目にします。」と弁解する。

 

 お店の3代目・渡辺一正さんに、桜えびについてうかがう。

 江戸時代には、存在すら知られていなかった桜えび。実は光が苦手で、昼間は水深200メートルより深い深海にいる。夜になると、エサを求めて水深20メートル近くまで浮上してくる。

 明治27年に、舟でアジを捕りにいった由比の漁師が、桜えびを発見した。アクシデントでウキの外れた網は深く沈んでしまい、それを引き上げたら偶然桜えびが入っていたという。

 

午前11:00、スタートから3キロ、薩埵峠の入口に到着。雨降りの峠道に、モチベーションが下がる。薩埵峠は、海に面した崖沿いを通る、険しい山道のため、東海道の難所として恐れられていた。久々のハードな峠道に、弱音を吐くくっすん&河田アナ。

 

午前11:30、海岸と海岸沿いの道路を見渡せる、見通しのよい場所にでる。

スタートから4.5キロ、清水区観光ボランティアガイドの古牧さんと合流する。広重の描いた、薩埵峠の浮世絵の場所まで案内してもらう。

 

 旧東海道を進み、木の階段を上ると、見晴らしの良い展望台にでる。晴れていればビューティフルな富士山が遠くに見える。薩埵峠は現在でも、東海道の浮世絵とほぼ変わらない景色の見られる、数少ない場所。しかし案の定、雲に邪魔じゃまされて、右側の輪郭が少し見えるだけ。

 

 ただ、1854年の安政東海地震によって、海底が1.5メートル以上隆起したとされる。隆起した土地に鉄道や道路が整備された。現在は、JRの東海道線・国道1号・東名高速道路が通っている。

 

 展望台で古牧さんとお別れして、

午後0:10、山道を先へ進む。しばし歩くと雨が止んだので、ビニール傘をたたむ。

 

 この辺に住んでいる、ランニングのトレーニング中の男女に出会う。トライアスロンとかフルマラソンとかウルトラマラソンに参加するので、山道で鍛えている。

 女性の方は、一度に118キロ走破したこともあり、挑戦するワケは、フルマラソンで得られる達成感の先に行きたくなったから。

 男性の方も、その達成感は半端なくって、これ以上のことは他にないかなっていうくらいだけれど、代償として2か月間歩けなくなる。そのときは2度と走るもんかと思ったけど、半端ない達成感のため、またチャレンジしたい。

 

 くっすんは僕なら10キロ歩くだけでもヘトヘトなのに・・・と感心し、「もうヘトヘトですよね。」と男性の方に見破られる。

 

CM明け・・・午後0:30、静岡市清水区、薩埵峠を抜ける。お天気も、順調に回復。薩埵峠ハイキングコースの案内板の前で、歌川広重の東海道五十三次・興津宿の浮世絵をフリップで確認する。川渡しがカゴを担いで、興津川を渡っている。

 

スタートから6.5キロ、午後0:45、『興津川川越遺跡』に到着。

 清水区観光ボランティアガイドの渡辺さんに、興津宿の浮世絵についてお話しをうかがう。

 江戸時代は大きい川には橋を架けなかった。興津川も橋を架けないことで、人の行来を制限して治安を守った。薩埵峠と興津川を、自然の関所としたのだ。

 

 遺跡から興津川の堤防まで少し移動し、対岸方向を見て浮世絵の風景を探してみる。しかし、浮世絵の左側に描かれている、崖が見当たらない。渡辺さんの助言で右に270℃ほど体を回転すると、左側に崖が見えた。つまり、川の対岸(西)から、崖のある東を向いて描かれている。

 

 渡辺さんに別れを告げ、川の対岸へ向かう。

 そこでスタッフから、小田原の酒匂川と同じように、興津川を歩いて渡っていただこうと告げられる。河田アナ雨の影響で水の増量を懸念し、くっすんは獅子舞で挑戦した肩車がことのほか気に入ったので、「河田さんを肩車して渡らせてください。」と、渡る気まんまん

 

 川渡りのサポートを依頼していた、興津川の漁業組合の柿澤さんに、川辺でお話しをうかがう。

 すると、台風19号で川の流れがかわっちゃったので、素人は止めた方がいいと、川への立ち入りを却下される。流れがけっこう速いので、川に入ったら流されていくとのこと。 

 

 仕方ないので、柿澤さんとお別れして、安全に橋を渡る。

 対岸の堤防へ移動し、興津宿の浮世絵と、現在の風景を照らし合わせる河田アナ。奥の方の海が鉄橋で見えなくなっているものの、浮世絵の面影を今に残している。

 

 堤防上の道で、自転車に乗った大阪出身の女性に出会う。「めっちゃ嬉しい。」と、とても喜んでもらう。岸和田育ちで、結婚して静岡に移った。だんじり祭りの日は、すねているご主人をほって、岸和田に帰るとのこと。

 

スタートから7キロ、

午後2:05、くっすんが「ホンマ今日残念ですよね、富士山見えなくて。」とぼやいて後ろを振り返れば、目を疑う光景が・・・。「河田さん!」と大騒ぎするくっすんの指さす方向、薩埵峠の向こう側に富士山の先っちょが見えている。

 今までさんざんかくれんぼしていた富士山が唐突に姿を現し、2人の感動もひとしお。富士山には雪が被っていて、ちょうどロケ日に今年の初冠雪を記録した。

 

 「今日は無理やろなー。」とほとんど諦めていたけど、ここにきてのご対面に満面の笑みの河田アナ。「こんなにきれいに見えた先っちょ、なかなかないっすよ。」とくっすん。

 

午後2:30、スタートから8キロ、『興津宿[興津宿公園]』に到着。かつて興津宿には、本陣2軒・脇本陣2軒・旅籠34軒が建ち並んだ。

 

宿場を歩くこと1キロ、

午後2:45、スタートから9キロ、目標地点の『清見寺』に到着。約1300年前、天武天皇の時代、清見関(きよみがせき)という関所が設けられた。清見関を守るために建てられた仏堂が、清見寺の始まりとされる。

 

 徳川家康と清見寺の関係について、副司の河原さんにお話しをうかがう。

 家康は幼少時代、今川義元の人質として駿府(静岡市)で過ごした。清見寺の住職であった、太原崇孚禅師(たいげんそうふぜんじ)が家康のお師匠さん役を務めた。

 

 『大方丈』にある、清見寺で家康が勉強に努めた部屋・『家康公手習之間』に案内してもらう。

 わずか3畳の部屋で、18歳まで人質として生活した。63歳で江戸幕府を開くまで、思うようにいかない苦しい苦しい人生だっただろうけど、この部屋で耐えて忍んで根性を養ったと思われる。

 

 『大方丈』の隣りにある、書院前の廊下から『名勝庭園』を眺める。

 家康は天下人となってからも、清見寺を度々訪れ、お茶会を開いたり、能を催したり、和尚さんと禅問答したりして過ごしたという。きっと、お庭も眺めていただろう。

 

 最後に、河原さんに通行手形を書いてもらい、興津宿の通行許可をいただく。

 こうして、東海道五十三次・17宿目の興津宿の旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート: 静岡県静岡市清水区・地持院 → 『由比桜えび通り』 → 昼食?:『くらさわや』 → 薩埵峠 → 『興津宿[興津宿公園]』(8km) → 目標地点:『清見寺』 (9km)

 

 

 

【18宿目】 2019年11月14日(木)放送 

旅の内容:●興津宿  江尻宿冷凍マグロの気持ちを味わう■富士山が見えたり見えなかったり★三保松原が主役?!

 

スタートは静岡県静岡市興津宿・『清見寺』。目標点は静岡市駿河区・久能山東照宮。途中に船で移動の3キロを含め、約20キロ(船での移動3キロを含む)のロングコース。

午前8:00、静岡県静岡市興津宿にある、清見寺の門前からオープニング。朝から快晴で、ロケ日の天気予報は晴れ。前回の旅で、念願の富士山の、先っちょだけ見えた興奮がまだ残っている。

 今回は、スタート地点から5キロ先の江尻宿を目指す。そこから、浮世絵に描かれている場所に行くため、東海道を外れて船を利用し、世界遺産の三保松原を経由して、久能山を目指す。

 

午前8:40、スタートから3キロ、東海道から200メートルほど離れた、『水鷗流本部 碧雲館道場』に到着。道場内のとある小部屋に、多種多様な武具が備え付けられている。長物や刀の他に、珍しい鎖鎌もある。

 

 水鷗流は、戦国時代に生まれた武器を用いる武術。初代は1577年に生まれた人物とされ、水鷗流居合剣法15代当主の勝瀬さんに、お話しをうかがう。

 河田アナが鎖鎌をもたせてもらうと、ズッシリ重たい。道場では、金属の分銅の代わりに、やわらいモノを付けているので、安全。河田アナが武術の体験もできるのか聞いてみると、「体験できるじゃなくて、させる。」とのこと。

 

 道場の大部屋で、鎖鎌の技を拝見する。15代目当主が鎖鎌の鎖をぶんぶん回して、相手の刀に巻きつけ使えなくさせる。刀を捨て脇差でかかってくる相手の手を受け止め、鎌でとどめをさすという寸法。

 今度は、くっすんが素手で、15代目当主の鎖鎌に挑む。すると、首に鎖を巻きつけられ、手繰り寄せられ、床に倒されホールドアップ

 

午前9:40、清水銀座商店街を歩き、

スタートから5.5キロ、『江尻宿本陣跡』に到着。江尻宿は日本橋から数えて18番目の宿場で、元々は江尻城というお城があったので、城下町として栄えた。江戸時代には、本陣2軒・脇本陣3軒・旅籠約50軒が建ち並んだ。

 近くには三保松原という景勝地があり、当時から人気だったと河田アナ。それに対して、「あの、コンパスがくるくるってなるとこですか?」と応じるくっすん。そんな場所が三保松原にあるのか、とんと分からない河田さん。

 

 それはさておき、江尻宿のある静岡市清水区でうまれた有名人が、時代劇でおなじみの『清水の次郎長』こと、山本長五郎。東海一の親分として知られる、次郎長の生家・『清水次郎長生家』が清水区美濃輪町にある。

 明治時代に時代に入った晩年には、現在でいう警察署長となり、地域の治安維持に貢献した。ほかにも、医療水準の向上・清水港の近代化に尽力するなどして、地元の方から今も親しまれている。

 

午前10:20、清水港にて思いがけない再開が・・・。建物の角を曲がると、富士山の全体がきれいにくっきり見えて、感動に包まれる2人。

 

 清水港は、冷凍マグロ水揚げ量・全国1位で、日本で消費されるマグロの約半分が清水港から出荷される。

スタートから7.5キロ、冷凍マグロを扱う『八洲水産』を取材する。2人はマイナス70℃の冷凍庫へ入るため、目出し帽をかぶってダウンを着こみ、手袋を装着する。せっかくだから、濡れたタオルを持って化学の実験も行う。

 

 八洲水産の高道さんに、冷凍庫の中へ案内してもらう。

 最初の冷凍庫への扉が開かれると、マイナス30℃の冷気が襲ってくる。2つめの扉が開かれると、マイナス70℃の極寒冷凍庫の中で、寒さに凍える。

 冷凍庫には、おっきな丸のまま冷凍されたマグロがたんまり入ったカゴが積み上げられ、たくさんたくさん貯蔵されている。マイナス70℃で冷凍保存することで、細胞が凍り、品質を保つことができる。

 

 冷凍マグロに囲まれながら、濡れたタオルをぶんぶん振り回す、目出し帽の男たち。なんということでしょう、タオルがすぐに凍ってカチンコチンに固まりました。棒状に固まったタオルで、くっすんをどつく河田アナ。

 

 2人の他にも、照明・マイク・カメラ等の撮影スタッフさんたちが、寒さで辛そう。長くは耐えられないので、さっさと冷凍庫から退散する。

 外に出ると、2人の手にまっすぐのまま凍ったタオル。そして、スタッフさんたちの眼鏡がことごとく真っ白に曇る。

 

 フォークリフトで、冷凍庫から凍ったマグロを取り出してもらう。はるばるアイルランドで捕獲してきたクロマグロで、重さは約200キロ。日本を出発したマグロ漁船は、約2年かけてクロマグロを獲ってくる。

 

午前11:50、清水港に隣接した、『清水魚市場 河岸の市』に立ち寄る。新鮮な魚介類や海産物が並ぶ市場に、飲食店が20軒立ち並ぶ。

 

 その飲食店の中の、『魚市場食堂』にて昼食。河田アナは『まぐろ丼(数量限定)』を、くっすんは『漬けまぐろいっぱい丼』を食べる。いっぱい丼は、店員さんが「食べきれるくらいで、ストップと言ってください。」と、漬けまぐろを丼ぶりにどんどん追加してくれる。食欲旺盛なくっすんは、なかなかストップをかけず、山盛りのマグロとなり、お盆にもちょっとこぼれる。

 

CM明け・・・午後0:40、静岡市清水港、水上バスに乗って3キロ移動し、三保松原へ向かう。河田アナが、「『いやいや、なんで歩かんと船に乗ってんねん。』ってツッコまれそうですけど、実は江戸時代も、船で東海道を迂回して観光される方がいたんですって。」と補足説明する。

 鎌倉時代には三保半島に向かう渡しがあり、1388年には足利義満が遊覧に訪れたとされる。

 

乗船時間15分、三保半島に上陸。三保松原まで約2キロを歩く。

 キャップをかぶった、地元のおとうさんに出合う。河田アナがこの辺りはいいところですねと聞いてみると、慣れてしまえばそうでもないとのこと。三保松原は晴れたときに行かなきゃ、富士山はまともに見えないと助言をもらう。

 河田アナが「今日は見えますかね?」と占ってもらうと、空と雲見て「今日は危ないな。」とすぐに判定された。

 

スタートから13.5キロ、『三保松原』に到着。海辺に出ると、キャップのおとうさんの言うとおり、厚い雲に阻まれて富士山見えず。実際に三保松原から富士山がきれいに見えたときの写真をフリップで確認すると、とっても素晴らしい。

 

 三保松原は、平成25年に世界文化遺産『富士山 信仰がの対象と芸術の源泉』に労六された。三保松原+富士山の風景は、数々の和歌や絵画に表現され、広重の浮世絵・富士三十六景『駿河三保之松原』にも描かれている。

 三保松原は古墳時代にはあったと伝わるが、昭和に入って第二次世界大戦が始まると、燃料として松が大量に伐採されてしまった。戦後に地元の方々が植林を続けた結果、昔の景観を取り戻した。

 

午後2:20、富士山の反対方向はきれいに青空なのに、富士山側だけ何故いつも曇ってるんだろうと愚痴りながら歩く。

 

スタートから17.5キロ、目標地点の久能山が見えてくる。広重の江尻宿の浮世絵は、久能山からの景色を描いたといわれる。

 

 海岸沿いを西へと進み、

スタートから20キロ、午後3:40、目標地点の久能山東照宮に到着。しかし、本殿は1159段の石段を上った先にある。閉門時間は午後5:00なので、ゆっくりしてはいられない。

 2人は上がるか上がらないかを話し合う。石段の下でも久能山東照宮の一部だし、逆に午後5:00までに上がらないと東照宮にご迷惑をかけてしまうと河田アナが理由をつけて、「お疲れ様でした。」と帰ろうとする2人。というコント仕立て。

 

 上らないという選択肢はやっぱりないので、すぐさま石段を上る。

 久能山東照宮の本殿には車では行けないので、久能山の隣りにある日本平という山に車を停めて、そこからロープウェイに乗って参拝することになる。

 

 参拝の帰りで、石段に座って休憩しているおとうさんに出合う。くっすんもお隣に座っていっしょに休憩する。河田アナが興津宿から東海道を歩いてきた旨告げると、「大変だね。」と労ってもらう。

 

 とにかく疲れただのしんどいだのと弱音を吐きながら歩き、

石段の3分の2を過ぎたあたりの門の前で、下界を見下ろすと、ご褒美の絶景が広がる。角度的に富士山と三保松原は見えないけど、とっても美しい空と海と海岸線が見れて、上ってきたかいがあったというもの。

 

上りはじめて30分、

午後4:10、真の目標地点の久能山東照宮[本殿]に到着。1617年に、徳川家康公を御祭神として最初に祀った神社。2代将軍・徳川秀忠によって造られた本殿は、江戸時代初期の代表的建造物として国宝に指定されている。

 

 久能山東照宮の竹上さんに案内され、境内にある『久能山東照宮博物館』で、家康公ゆかりの品を拝観する。一番目立つところにディスプレイされているのは、肖像画で付けている冠。他にも、家康公愛用していた木刀・硯・机など、国の重文に指定されている。

 展示品は定期的に入れ替えられる。くっすんは、普通の物を使っていたんだなと、家康に親しみを感じた。

 

 現在、東照宮からは眺めることはできないが、広重が描いた江尻宿の浮世絵は、久能山の何処かから描いた、三保松原と清水港の景色といわれる。

 久能山の北側にある、日本平から三保松原と清水港+富士山の見える場所がある。

 

 現在は日本平からみる景色が、浮世絵の構図に一番近い。しかし、江尻宿の浮世絵は、広重の浮世絵より30年以上前に描かれた、『東海道名所図会』を参考にして描いたのではないかと疑われている。本当は現地に来て描いたものではないかと分かり、残念がる2人。

 

 江尻宿の浮世絵に、富士山が入っていてもおかしくないと、疑問に思う河田アナ。ここは、富士山ではなく三保松原が主役だろと、あえて富士山を描かなかったと想像が膨らむ。

 

 最後に、竹上さんに通行手形を書いてもらい、江尻宿の通行許可をいただく。

 こうして、東海道五十三次・18宿目の江尻宿の旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート: 静岡県静岡市興津宿・『清見寺』 →『水鷗流本部 碧雲館道場』(3km) → 『江尻宿本陣跡清水銀座商店街内〉』(5.5km) → 清水港 →『八洲水産』(7.5km) →昼食:『魚市場食堂清水魚市場 河岸の市内〉』→『三保松原』(13.5km) → 目標地点:『清見寺』 (9km) → 水上バス → 久能山東照宮 (20km) → 国宝御社殿 → 『久能山東照宮博物館

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の、特別企画『挑戦!ふたりの獅子舞編』のまとめ。

 

 2019年10月17日(木)放送 
 

◆プロローグ

 この挑戦に協力していただいているのが、大阪市城東区にある諏訪神社

 

 全身が馬の毛でおおわれた全長2メートル以上を超える獅子。諏訪神社では、毎年10月に行われる秋祭りで、だんじりとともにこの獅子舞が奉納されている。

 お祭りではレプリカの獅子頭を使用しているが、本物は1590年に、豊臣秀吉小田原城攻めに勝利した記念に奉納されたといわれる。今では、大阪市の無形民俗文化財に指定されている。

 

 宮司の友田さんいわく、「今まで保存会のメンバーでない人が、獅子舞に入って公の場で踊るということは、まずご法度でないんです。」。だから、本気に、稽古をしていただいて、やる覚悟はあります❓」

 河田アナは「もちろんです。」と答え、くっすんは「はい、全力でやります。」と答える。

 

 この獅子舞、最大の特徴が前と後ろ、2人の息を合わせないと成功しないこと。信頼関係がないと、ひとつの獅子舞にならない。

 コーナー開始から10年目。マンネリ化もいなめない2人が、新たな信頼関係を築けるのか?まずは、約2か月にわたる猛特訓を振り返る。そして番組20周年を祝うべく、生放送で獅子舞を披露。

 

 

◆練習初日

8月30日諏訪神社・・・本番に向けて練習開始。2メートルを超える獅子に、圧倒される2人。かつて獅子に入り、今は指導役の中心・宇田川さん、そして現役、ここ数年秋祭りで獅子に入っている、木村さんと櫻井さんに指導してもらう。

 

 まずは、獅子の前・後ろ、担当を決める。河田アナの身長は約173センチで、くっすんは169センチ。身長の高い方が前、というのがバランスもよく、獅子をより大きくみせられる。

 獅子頭をもつ前の担当は、河田アナ。頭の中にある2本の棒を掴んで、操作する。頭と胴体を合わせて、約35キロ。頭を高く持ち上げただけで、普通にしんどい。ちょっともってちょっと動かしただけで、へろへろの河田アナ。

 獅子の後ろの担当は、くっすん。中腰になって手を後ろに回し、尻尾をもつ。獅子の中は、サウナ―で重たいと、くっすんの感想。

 

 担当を決めた後、練習に入る。獅子舞の基本となる、足の運び・『ドウチュウ』を覚える。前と後ろの息を合わせないと、成立しない。

 「後ろの運動量、すごいな。」と河田アナ。獅子頭の代わりに練習用のカゴを振っていると、「でも、センスはありますよ。」と、宇田川さんに見込まれる河田アナ。

 

 タイミングが合わないと、頭が後ろの人に当たってしまう。練習していると、カゴがくっすんに当たってしまう。それでも、河田アナの動きにセンスを感じる指導役陣。一方、「なんか後ろ今けっこう、不安でしかないですけど・・・。」と木村さんに言われ、危ういくっすん。不安を残したまま、初日の練習を終了。

 

 

◆練習2日目

 約3キロの重りをつけたカゴで練習を始める。

 毎回練習には、笛や太鼓などおよそ20人の方々が協力してくださり、2人の成長を見守ってくれる。練習でクタクタになった2人は、少し休憩。

 

 基本ステップと並行して、本番で披露する技の練習もしなければならない。

 くっすんの挑む技が、『タッチョコ(タチホコ)』。補助に入ってもらい、三点倒立をして足を左右交互に動かす技。

 足を支えるサポート役の人を、信頼して体を預けなければ、自分がしんどいか倒れるかのどっちかだと木村さん。「まだご飯もいっしょに食べたないでしょ・・・。」とくっすん。

 

 河田アナの挑む技が、『カマクビ』。約35キロある獅子の、頭を8の字を描くように左右に大きく振る技。頭の一番の見せ場で、頭を振る強弱が最も重要となる。

 練習用のカゴですら、腕の力と体力を奪われる。握力がなくなって、ペットボトルもまともに持てない。

 

 

◆練習3日目

 タッチョコで足が上がるようになってくる。足がピーンと伸びて背中もまっすぐになっているので、見栄えがする。実は、別の日に自ら申し出て、個人レッスンを受けていた。

 しかし、ステップ練習中に尻尾をもつ左手を、絶え間なく動かし続けるくっすん。「基本、お偉いさんを見つけたら、僕の尻尾はこれくらい振ります。」との弁。体の動きといっしょに動かすくらいでよい。

 

 センスがあるといわれた河田アナは、音楽なしでは普通にステップできるが、太鼓と笛の音が加わると、それに合わせにいかなあかんと思うと、調子が狂う。

 宇田川さんいわく、「音は、動きに合わせる。」。河田アナはここまで意識していなかったが、獅子舞は2人の動きに、太鼓や笛・掛け声などのお囃子が毎回合わせてくれていた。

 

 

◆9月20日毎日放送

 本番の舞台となる、毎日放送1階・ちゃやまちプラザステージで練習する。本来秋祭りで奉納される獅子舞は30分だが、河田アナとくっすんは約5分の獅子舞を披露する予定。この日は、本番用の衣装と獅子でリハーサルを兼ねた舞に挑む。

 

 しかし、くっすんの見せ場・『タッチョコ』では、獅子が予想以上に重く、うまく足が上がらない。河田アナの見せ場・『カマクビ』では、形にはなっているがスピード・迫力はまだまだ足りない。この技に入るまで3分あるので、後半の体力が心配される。

 リハーサルを終えて、疲労困憊の2人。宇田川さんの評価は、3点と辛口。

 

 

◆9月下旬

 『とびだせ!絵本』のコーナーでおなじみ、絵本作家の長谷川義史さんが、練習の応援に駆けつけてくれた。「マジでやらんと、無理やね。」と獅子舞の大変さを見てとる。練習用のカゴをもって、「ホンマに重たいわ。」と確認する。

 練習風景を、絵本に描く長谷川さん。獅子舞で尻尾を振っている様子に、『くっすん しっぽふってる かなしい』と書く。迫力ある獅子の動きに、「うわっ すごい カッコイイ」と書く。

 

 さらに2人の獅子舞を見守っていて、「ナンボ体力つけて努力しても、個々がバラバラやったら、成立・・・、ひとつの生き物にみえないですよね。だから、獅子舞を選んだんや。」と長谷川さん。2人の息を合わせようという思いが、見る人にビンビン伝わってくる。「二人のイキがピッタリくると いのちが入るねんなぁ・・・。」。

 

 長谷川さんが帰っても、練習は続く。ステップを見ても、練習当初よりお互いを信頼している。平素の昔偉では、あまりくっすんを褒めない河田アナだが、「くっすんがおるから、(獅子頭を)思い切って振れる・・・。」とコメント。スタッフさんが「信頼感が高まっているってこと?」と聞くと、「あ~んちょっと、それよく分かんないけど、あの、そういうことなんかな?」とはぐらかす

 

 練習も終盤、後ろが前の人を肩車する大技・『カタクマ』に挑戦することになった。何度も練習し、2人のタイミングを合わす。

 少しでも2人の息が合わなければ、転倒してしまう。失敗するたび話し合い、繰り返し練習する。

 

 2人のひたむきな練習に、「急成長なんで、ビックリしてます。」と櫻井さん。温かく見守ってくれていた保存会の皆さんも、成長ぶりに感心。

 

 獅子舞の成功を願い、練習終わりに保存会の皆さんが親睦会を開いてくれた。話題は、もちろん獅子舞。

 

 

◆10月4日

 くっすんが腰の痛みを訴える。『タッチョコ』の練習中「くっすん練習してる?」と言われ、「3日くらい腰痛くてできてないです。」と答える。

 「全然やん。まだ、本番にはもっていかれへんよ。」と宇田川さん。さらに、「おい、くっすん。俺、最初からず~と見てきたけどな。なめてもうたらアカンねん。」と佐藤さん。

 

 もう1回くっすん一人でタッチョコをやってみても、なめてたらアカンでと、やっぱりくっすんに御立腹の佐藤さん。怒る佐藤さんとそれをなだめる宇田川さんと木村さんは、練習部屋から隣の部屋にひっこむ。隣の部屋ですごいもめている声が聞こえてくるので、くっすんが謝りに行こうとするが、「今行ったら、マジでしばかれんで。」と止める。

 

 戦々恐々のくっすんに、木村さんたちが部屋にもどってきて、「お誕生日、おめでとう。」と、獅子頭の描かれた誕生日ケーキとともに祝ってくれる。この日はくっすん45歳の誕生日で、どっきり大成功。くっすん大泣き。

 皆さん怒っていたのは演技で、河田アナもどっきり仕掛け人。実は、くっすんにアカンところがなかなか見つからなくて、どう怒りだせばいいのか困ったぐらい。

 

 練習を見守ってくれていた子供たちから、応援のお手紙もプレゼントされる。さらに、くっすんの奥さんからもプレゼントが届く。『タッチョコ』で3点倒立する際にいつもタオルを敷いていたけど、その代わりにと頭に付けるクッション。くっすん大号泣。

 さっそく、頭クッションを付けて『タッチョコ』をしてみたら、「バッチリです。」とフィット。

 

 

◆本番1週間前

 本番が近づくにつれ、練習にも熱が入る。

 

◆本番前日

 最後の仕上げ。2人の信頼関係もバッチリで、あとは本番でめいいっぱいやるだけ。諏訪神社で成功を祈願して、いざ本番の舞台へ・・・。協力してくださった諏訪神社保存会の皆さんのためにも、中年のオッサンが生放送一発勝負の獅子舞に全力で挑む。

 

 

 

◆本番

獅子舞実況:MBSアナウンサー金山泉

お囃子:諏訪神社保存会の皆さん

110人のお客様・ぷいぷい木曜レギュラー陣が、2人を見守る。

 

 まずは、『ドウチュウ』。河田アナ&くっすんで、息を合わせて行うステップ。

 

 続いて、『タッチョコ』。くっすんが三点倒立して、左右の足を交互に動かす。

 

 大技『カマクビ』。河田アナが獅子頭を左右に大きく振り回す。緩急をつけること大事。

 

 最後は、『カタクマ』。くっすんが河田アナを肩車する。

 

 演舞を終えて、万雷の拍手。2人はもてる全てを出しきった。

 

先生方のコメント

木村さん:今まで見たなかで、一番良かったですね。もう、2人の息がぴったり合って、命が吹きこまれたかんじで、すごい良かったです。

 

櫻井さん:はじめに比べたら、見てもらったら分かるんですけど、短い練習の中でここまでできるのは、2人が一生懸命練習した成果だと思います。信頼関係も、これでできていると思いますので、これからも2人で協力してがんばってください。

 

宇田川さん:えー、はじめ3点いうてたんやけど、今日は満点いうことで。でも、あの本当に素晴らしい舞ができて、僕もちょっと感動してます。ありがとうございました。

 

 

 最後に河田アナから感謝のあいさつ。「まず、(諏訪神社保存会の)皆さんにホントにお礼をいわないといけません。皆さん、ホントにありがとうございました。そして、会場にきてくださった皆さんも、ホントにありがとうございました。お世話になりました。ありがとうございました。」

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』15宿目~16宿目のまとめ。

【15宿目】 2019年09月26日(木)放送 

旅の内容:●吉原宿  蒲原宿▲かぐや姫アナザーストーリー?!■運慶のお父さんが作ったナムい地蔵様★蒲原宿の大雪の謎を解く

スタートは静岡県富士市・吉原商店街。目標地点は静岡県静岡市・蒲原宿。約13キロのコース。

午前8:00、静岡県富士市にある、吉原商店街の吉原宿の案内板前からオープニング。朝は気温26℃で、ちょっとだけ秋らしい気候。

 

 スタート前にとりあえず、歌川広重の東海道五十三次・蒲原宿の浮世絵をフリップで確認する。雪がしんしんと降り、辺り一面は銀世界。

 しかし、蒲原宿のある静岡県での年間降雪量は、南方の宮崎県・沖縄県と並んで47都道府県中最下位。気象庁によると、日本海側の北風が、静岡県を囲む山々(南アルプス・富士山・箱根・伊豆)に阻まれ、雪を静岡の手前で落としてしまうという。

 雪の少ない静岡で、広重はなぜ雪景色の蒲原宿を描いたのか、今回のロケで謎に迫る

 

午前8:15、スタートから0.5キロ、いったん旧東海道を外れる。

 

午前8:40、スタートから2キロ、この界隈で一番富士山を眺めやすい歩道橋に立ち寄る。いままで、藤原宿・平塚宿・箱根宿・三島宿・原宿・吉原宿の、富士山の絶景ポイントで、ことごとく厚い雲に阻まれ、一度も富士山を拝めていない。

 

 今度こそ富士山を見たいと、意気揚々と歩道橋に上がり、富士山の方向を眺めれば・・・、顔が固まって言葉が出ない2人。またしても残念ながら、雲隠れしている富士山。

 がっかりしている河田アナに、スタッフさんから「見てください。」スマホを手渡される。なんということでしょう。そこには、スタッフさんがロケハンでこの歩道橋へやってきたときに撮った、記念写真が・・・。背景には、青空とくっきり写った富士山。スタッフさんに運をもってかれた?

 

 気を取り直して、歩道橋の上で、もうひとつの『かぐや姫』伝説をうかがう。

 くっすんの覚えているストーリーでは、竹から生まれた女の子が、最後は宇宙人になる or UFOかなんかで宇宙へ行くなどと、いい加減なことになっている。

 

 富士市観光ガイドの井上さん曰く、かぐや姫はお月様に帰るのではなく、富士市では富士山に帰るとのこと。河田アナが、「月に帰っていくから神秘的でいいじゃないですか?」と意義を唱える。

 でも、鎌倉時代以前に書かれた『富士山縁起』に、かぐや姫が富士山に帰ったとちゃんと記されている。

 

新説・かぐや姫

 富士山の麓の竹から生まれたかぐや姫は、美しく成長した。時の帝・桓武天皇が征夷大将軍・坂上田村麻呂を遣わして、かぐや姫を妃に迎えようとした。

 ところがどっこい、「私は富士山の化身なので、結婚できません。」とかぐや姫は富士山に帰っていった。そして、富士山のご神体・浅間大菩薩となったとさ。めでたし、めでたし・・・。

 

 富士市では今日のように富士山が見えないときは、かぐや姫がはずかしがって出てこないと言わている。

 

午前9:15、スタートから3キロ、富士山を祀っている、米之宮浅間神社に到着。7世紀に朝廷の勅使が祭祀を行なった、記録が残る神社。元々はお米をご神体した、豊穣を司る神社。

 

 本殿の前で職員の小山さんに、神社と富士山の縁についてうかがう。

 くっすんは神様がお米と聞いて、「試食ってできるんですか?」と質問する。言い伝えなので、できないとのこと。

 9世紀初めに富士山が噴火した際、米之宮神社でも浅間大神[木花開耶姫(このはなさくやひめ)]を祀って鎮めたことから、米之宮浅間神社となったとされる。

 

 河田アナが東海道をず~っと歩いているのに、一度も富士山を拝めてない旨を伝えると、御祈祷をすすめられる。せっかくだから、2人は本殿で宮司さんから御祈祷を受け、霊峰富士遥拝祈願する。

 

 神社の境内を出ようとしたところで、河田アナのお便り紹介コーナー。手紙の差出人は東京都にお住いの仏像芸人・みほとけさん。昔偉スペシャル・2019年8月8日放送の山形県・出羽三山神社で、2人といっしょに旅をした仲。

 ルックスよし・知識深い・人柄よしのみほとけさんに、「ホントに消えていただきたいです。」と敵意をむき出しにするくっすん。彼女の登場で、「人間ってこうやってリストラされていくんだな。」と感じた。

 

 『河田さん、くっすんさん、ご無沙汰しております。今は東海道五十三次の旅の最中ということですが、調子はいかがですか?

 実は静岡県の富士市にどーーーうしても紹介したいお寺があり、お便りさせていただきました。お寺の名前は瑞林寺さんです。

 なんとあの運慶のお父さん、康慶が作ったお地蔵さんがいらっしゃるんです。平安時代の優雅な仏像から鎌倉時代のたくましく男らしい仏像に変わっていくちょうど過渡期の表現がされていて、非常にナムいです。

 ぜひにも、行ってくださいに!では東海道の旅、応援しています。』

 

CM明け・・・午前10:30、静岡県富士市、運慶のお父さんが彫ったお地蔵さんを拝観しに、瑞林寺を目指している。

 

午前10:40、スタートから5.5キロ、瑞林寺に到着。

 

 本堂の前で、ご住職の武内さんにお話しをうかがう。

 瑞林寺は禅宗の一派・黄檗宗(おうばくしゅう)のお寺で、鉄牛禅師が創建した。

 

 本堂の裏にある収蔵庫に安置されている、康慶作お地蔵様(秘仏)を特別に拝観させてもらう。木造地蔵菩薩坐像(国の重文)で、平安時代末に作られ、平安時代の優美さと力強い鎌倉仏の特徴を兼ね備えている。

 

 具体的には、平安仏の特徴として、丸顔で伏し目がち、衣のシワが優雅さが挙げられる。お地蔵様の袖の垂れさがっている感じがリアルで、風が吹けばたなびくんじゃないかと河田アナの感想。

 鎌倉仏の特徴として、胸板のぶ厚さ、キリッとしたりりしい顔が挙げられる。みほとけさんオススメのお地蔵様を目の前にして、「たしかにナムいですね。」とくっすんも同意する。

 

 お地蔵様に手を合わせてから、

午前11:15、瑞林寺を後にする。しばらくして、旧東海道にもどる。

 

誰とも出会うことなく2時間、

午後1:10、静岡県富士市から静岡市へ入る。

 

 どこからともなく、ラッパの音が聞こえてくる。音のする方へ行ってみると、

スタートから12.5キロ、創業文久2年の豆腐屋さん・『染野屋』の移動販売だった。この時季の人気商品・『ゆばよせ豆腐』を購入し、さっそくいただく2人。とっても美味しいけど、くっすんは知覚過敏を訴える。

 

午後1:45、スタートから13キロ、目標地点の蒲原宿に到着。蒲原宿は、全長1.2km・旅籠42軒・人口約2500人・富士川の水運の物流拠点としても栄えた。

 

 広重の描いた蒲原宿の浮世絵について、木屋江戸資料館の渡邊さんにうかがう。

 とりあえず、絵に描かれた場所まで案内してもらう。

 

宿場の東の入口から、宿場内に向かって歩くこと約500メートル、『蒲原宿夜之雪記念碑』の前に到着。浮世絵の描かれたであろう場所に建てられた。

 浮世絵では、中央に本陣、その右隣に脇本陣の建物があり、山の下側に宿場の家並みがある。

 現在は、浮世絵と同じ場所から同じ方面を見ても、ほとんど面影が残ってない。

 

 この辺りではほとんど雪が降らないのに、雪景色の浮世絵は不思議だと河田アナが渡邊さんに聞いてみる。それが全然不思議じゃないという証拠があるとのことで、渡邊さんのご自宅へ案内してもらう。

 

 敷地にある1839年に建てられた蔵(木屋江戸資料館)の中を拝見する。

 渡邊家の先祖は、蒲原宿で問屋を営み、近隣の宿場のまとめ役でもあったことから、東海道を行き来する人々からレアなアイテムが集まってきた。倉の中には、1852年当時の世界地図や、オランダ通信使のガラスコップなど、大切に保管されている。

 

 倉の3階に上がり、渡邊さん&奥さんに19代目渡辺利左衛門守亮が1842年に書いた日記を見せていただく。日記の中に、12月12日、雪が7寸(21cm)降ったと記されている。その他にも、5寸・1寸と蒲原宿で雪が積もったと記録されている。

 気象庁によると、冬の冷え込みが厳しい場合、太平洋の湿った空気が冷やされて、静岡県でも大雪が降ることもあるそう。江戸時代は、現在よりもう少し平均気温が低かったと思われる。蒲原宿で浮世絵のような積雪があったのであろうと納得できた、河田アナとくっすんであった。

 

 最後に、23代目の渡邊さんに通行手形を書いてもらい、渡邊さんと奥さんに蒲原宿の通行許可をいただく。

 こうして、東海道五十三次・15宿目の蒲原宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート: 静岡県富士市・吉原商店街 → 富士山がよく見える歩道橋 (2km) → 米之宮浅間神社 (3km) → 瑞林寺 (5.5km) → 目標地点:蒲原宿 (13km) → 『蒲原宿夜之雪記念碑 (13.5km) → 木屋江戸資料館

 

 

 

【16宿目】 2019年10月10日(木)放送 

旅の内容:●蒲原宿  由比宿▲再びトリオ結成?!■姿を変える仏像?!★お地蔵さまのミュージアム?!

スタートは静岡県静岡市・蒲原宿[本陣跡]。目標地点は静岡県静岡市・地持院。約8キロのコース。

午前8:30、静岡県静岡市にある、蒲原宿の本陣前からオープニング。今回は、スペシャルなゲストをお迎えする。AD・小林さんの体のカゲから、仏像芸人・みほとけさんがひょっこり登場。

 「あの、何しにきたんですか?」と、つれないくっすん。2019年8月8日放送・『昔の人は偉かった 夏休みスペシャル』では、河田アナ・くっすん・みほとけさんの3人旅で好評を博し?、早くも3人旅の第2弾と相成った。

 みほとけさんオススメの知る人ぞ知る仏像のあるお寺を、2か所拝観する。「くっすんさんの座を奪うまでは、成仏できませんので・・・。」と、くっすんに受けて立つみほとけさん。今後、くっすんさんの運命はいかに?

 

午前8:50、スタートから0.5キロ、焼き鳥の缶詰を生み出した、『ホテイフーズ コーポレーション』を訪問する。昭和8年に蒲原で創業した、缶詰食品の製造・販売会社。

 

 商品企画課の水野さんに、社内を案内してもらう。

 看板商品の『やきとり たれ味』は、昭和45年に発売された、日本初の焼き鳥の缶詰。現在、5つの味(たれ・塩・うま辛・ガーリックペッパー・柚子こしょう)を販売している。

 

 焼き鳥の缶詰のウリは、炭火でしっかり焼いていること。とり肉を炭火で焼く映像を、ノートパソコンで拝見する。

 燃え盛る炭火の上のコンベヤを、とり肉が流れていゆく。焼きあがったとり肉は、香りが損なわれないうちに密封して缶詰にする。

 

 ホテイフーズさんの焼き鳥の缶詰は、シェア70%を誇る。昭和40年代の焼き鳥のコンセプトとして、猛烈に働いたサラリーマンがお店で一杯飲みながら食べるというものだった。その味を自宅で手軽に楽しめるよう開発されたとのこと。

 

 といった水野さんの説明を受けていたら、「そろそろ試食をお願いしていいですか?」と、くっすんがしびれを切らして催促する。

 ならばと、2019年の春に発売して即ヒットした、とりのカラアゲの缶詰を試食させてもらう。開けたてのトリカラを3人でつまみ、カラアゲのクオリティーに驚く。くっすんは、「我が家のカラアゲの味とそっくりです。ひょっとして、嫁、これ出してるかもわかんないですね。」と絶賛する。

 

再び旧東海道を歩くこと30分、

午前10:25、鮮魚店のご主人と出会い、「このおねえさんは、AKBかな?」などと、ほめそやされるみほとけさん。

 

午前11:30、スタートから4.5キロ、由比宿に到着。江戸時代の由比宿は、全長600メートル・旅籠32軒・人口約700人の比較的小さな宿場であった。

 元々本陣のあった場所は、1993年に由比本陣公園として整備された。入口の門・木塀・石垣などが再現され、中は芝生を敷いている。

 

 公園の外には、石垣に沿って馬の水飲み場も再現されている。その昔、大名行列の馬に水を飲ませたり、体を洗ったりした。現在は、たくさんの亀が住み着いている。

 

 3人が亀を観察していると、ハンチング帽をかぶったおとうさんに声をかけてもらう。御年93歳で、カラオケにしょっちゅう行くほどお元気。そして、「この声が出るかね。気合いだ、気合いだ。」と、真に気合いのこもった大きな声を披露。みほとけさんも「気合いだ。」と言ってみたが、比べものにならない声量。「声が出なくなったら、俺の人生終わりと思ってる。」と言い切り、カッコよく去っていく。

 

CM明け・・・昼食を済ませ、みほとけさおんにオススメの仏像があるお寺を、2か所案内してもらう。1つめのお寺には、木の中に彫られた仏像があり、みほとけさんも実際に見るのは初めて。

 

午後0:45、東海道を逸れて北へ向かう。

 

午後1:15、スタートから6.5キロ、けっこうな坂道を上って、林香寺に到着。鎌倉時代に創建されたお寺で、1609年に徳川家康が鷹狩りの際に休憩のため立ち寄った。

 

 ロケ日はご住職不在のため、奥さんにあいさつした後、本堂にあがらせてもらう。本堂の一室に、木の中におわす観音様のお写真がいくつか飾られている。

 生えている木の中を直接彫って、昭和10年頃に作られた聖観音菩薩(立木観音)。木の成長とともに、観音様も朽ちたり伸びたり変化し、そして収められている木に侵食されつつある。昭和29年・昭和57年・平成12年と、それぞれの年に撮られた写真を見比べると、なかなかに変化している。

 

 令和の立木観音様はどんなお姿だろうと、本堂の裏へ移動する。果たして、緑生い茂る斜面に一本のクスノキが生えており、中に立木観音様が遠目に見える。

 観音様は小さいし、斜面で近づけなくて距離が遠いので、望遠カメラを使ってモニターに映し出して拝観する。なんということでしょう。首から上・足の下の方などは、木の外側(樹皮側)からの浸食によって、見えなくなっています。

 

 みほとけさんが河田アナとくっすんにわかりやすく解説する。

 平安時代から生えている木に直接彫るという技術はあったが、作例は極めて少ない。しかも、時代とともにちょっとずつ姿が見えなくなるので、今残っているものもいづれは無くなってしまう。

 仏像の醍醐味は、今あるモノがずっと残るということ。でも、生命として時代とともに姿を変えていくのも、日本人の無常観に響くのではないだろうか。

 

 くっすんはクスノキの観音様ということで、自分が褒められている・拝まれているような気がした。3人は貴重な仏様との一期一会に感謝し手を合わせて、香林寺を後にする。

 

 次に向かう、みほとけさんオススメの2つめのお寺には、地蔵菩薩がたくさんいて地蔵菩薩のミュージアムさながらとのこと。

 

午後1:55、残暑で汗をかきかき歩く。

 

午後2:25、スタートから8キロ、目標地点の地持院に到着。天正年間(1573~1591)には創建されていたとされる。

 

 境内にあるお地蔵さまたちを、ご住職の鮎川さんに案内してもらう。

 2015年に建てられた『見守り地蔵』は、高さ約2.4メートルで1つの石をくり抜いてできている。やさしく見守っているお地蔵さまの大きなお顔を、恋人を触るように?触るみほとけさん。

 境内にはお地蔵さまを中心とした、約30体の仏像を祀っている。その中には大変珍しい、馬に乗っているお地蔵さま(代かき地蔵)もいる。

 

 地持院というお寺の名前は、もともとは持地院であった。お地蔵様の別名である持地菩薩を祀るお寺としてその名が付き、昔から多くのお地蔵様を祀ってきた。

 本堂にて、みほとけさんの見たかった、御本尊の地蔵菩薩を拝観する。鎌倉時代初期に、仏師運慶快慶の流れをくむ慶派の仏師によって作られたとされる。

 

 左足を蓮華座から降ろしているのは、すぐさま立ち上がって人々を救済できるようにスタンバイしている。垂直ではなく斜めに踏み降ろしているのが、地持院の特徴。

 鼻筋が通って、切れ長の目のイケメンで、肉厚の唇がギュッと結ばれているところに意思の強さを感じると、見惚れるみほとけさん。

 

 ご住職に通行手形を書いてもらい、手形の裏には、「祈 無事」のお言葉をいただく。由比宿の通行許可をもらい、最後に御本尊に手を合わす。

 こうして3人は、東海道五十三次・16宿目の由比宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:静岡県静岡市・蒲原宿[本陣跡] → 『ホテイフーズ コーポレーション』 (0.5km) → 由比宿[由比本陣公園] (4.5km) → 昼食 → 林香寺 (6.5km) → 目標地点:地持院 (8km)