三角の空。。。9 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





-送り雪-   



マスターは他愛も無いjokeを語りながら、二人の再会を温かく見守った。

「二人とも幼馴染なんだ。ひまわりさ?んかな?なぜ急に会いに来たの?」

とマスターが芯を突く言葉を何気なく発した。

錬太郎が躊躇(ちゅうちょ)し、恭子に聞けないでいた言葉をマスターはするりと言った。

恭子はグラスを置いた。

「実家の近くに深森神社という社があって、よくそこで錬兄と一緒に遊んでたんです。その社が先日不審火で全焼しちゃって。焼け跡を見に行ったら錬兄のお母さんが丁度いらしたので話し掛けたら、急に錬兄に会いたくなって。なにか自分の記憶を呼び起こすきっかけみたいでしたよ」

恭子が言った。すると

「ヘー、そんなことがあったの。そう言えば先週、錬ちゃん何か言ってたよね!30代半ばくらいのサラリーマンの話!“記憶がない”って独り言を言ってたって」


マスターは自分のグラスにバーボンを少し注ぎながら言った。


 


「あーっ!そうそう、そうなんだよ。ひまわりの話を聞いていて今思った。何かきっかけがあれば記憶が戻るのかな?死って記憶が消えていくことかなーとか。きっかけ。そう。火事はひまわりが俺を思い出すきっかけだった」


と錬太郎は恭子を見た。


「記憶が消えたなんていう人がいるんだ。私なんか平凡な生活を送ってる。でも、つらいことしか私の記憶に残っていない。なぜだろう?」
 

恭子は言葉を続けた。


「実家に帰った丁度その時、火事で焼けた深森神社に行って幼いころの幸せだった記憶?思い出?大切な何かを消し去られてしまうのが怖かったのかもしれない。とにかく錬兄に会わなきゃって思ったの」

話し終わると、恭子は琥珀を飲干した。

マスターと錬太郎は静かに話を聞いていた。

恭子が独り言のように言った。

「幸せってなんだろう?錬兄。まぁ、いっかぁ!私、そろそろ帰る。錬兄。送って」


恭子は腕時計に目をやった。


「じゃ、マスター。ひまわり送って来る。また戻るから」

と錬太郎はマスターに言い、二人は軋むドアを開け外へ出た。

冷たい風と雪が音もなく舞っていた。

二人の背に向かってマスターが言った。


「気をつけて。月も星も見えない。今夜は暗い。北斗七星も電線に引っかかってないから」

と送り出した。

 

二人はゆっくりと歩き出した。

桜の花びらが散る様に、雪が二人の周りを舞い始めた。  

音も無く。

恭子は錬太郎の左腕に右手を絡めた。


錬太郎は少し驚いたが、自然に恭子の腕を取り手を繋ぎ直した。

「小さい頃はいつもこうやってひまわりを家まで送ったね」

と錬太郎が言うと

「あの時と変わらない。錬兄の手大きくて温かい」

「私、コートのポケットに入るかな。子供の頃よりもっと小さくなりたい。あの頃に戻りたいな」


恭子の右足が錬太郎の左足に絡み、転びそうになりよろけた。

「危ない!」

錬太郎は恭子を抱きかかえた。

恭子の目に涙が溢れていた。



「あの頃に戻りたい。戻りたいね。戻ろうよ。つれていって錬兄」


二人は寄り添い街灯の下で立ち止まった。


「わかった。ひまわり。わかったから」

 錬太郎は恭子を背負った。

「どうだ?背中大きいか?広いか?駅までだぞ」  

と子供の頃と同じ語り口で話しかけた。

恭子の頬から伝う涙は錬太郎のYシャツの襟を濡らした。

錬太郎の頬は、雪か涙か雫が街灯に照らされ微かに光っていた。 

錬太郎は恭子が歩んで来た人生を想った。


 


つらかったんだな。

色なんことが沢山あったんだな。よく頑張ったな。ひまわり。


と何度も繰り返し小声でに呟いた。

誰に甘えることもしない性格のひまわり。


恭子は指で歩数を数え始めた。

「一歩 二歩 三歩 四歩 五歩 。。。十歩」

と錬太郎の足の運びに合わせた。

小さい頃10歩まで数えると、また一歩目から始まっていた。 

今夜も、10歩まで数えると一歩にもどっていた。

「錬兄も数えて♪」  

恭子は錬太郎の首にしがみ付いて頭をノックした。 

昔と同じだと錬太郎は思った。

「私重くない?♪」 

と恭子は言うと、錬太郎にとって恭子の気持ちの方がつらく重く感じられた。

「軽い軽い♪」 

錬太郎は数を数える恭子に時折顔を向け、雪の舞う夜道を音もなく歩いていった。

"幸せ"それは感情を表す言葉。忘れやすく理解し難いもの。いつも誤った記憶しか残さない。

恭子の幼い頃の記憶を立ち上げるきっかけが深森神社だったこ。そして関連して自分が延長線上に自分がいたことに錬太郎はとても興味を覚えた。

人間の記憶、思い出とは。

二人は降り始めた雪に包まれていた。


つづく

$のんびりと