「千年の孤独。。。」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





思想とは環境の床に広がる敷物のようなもの。
心地よく敷物の上にごろ寝でもしているなら
意識することもなく思考を制御し始める。
しかし、敷物が古くなると取り替えたくなる。

薄い敷物や分厚い敷物、長く使いすぎ擦り切れ
端がめくれ上がって躓きやすくなるもの。
様々あるだろう。どれも長続きはしないもの。
大義名分などどこ吹く風。同じ敷物を長く
使えば使うほど思想は、それを説く者達によって
変容し腐敗していく。

たった一つの思想が世界に通用するかのように
思い込み、強制という力任せの思想へと変貌する。
説く者達は、その姿がいかに醜くとも言葉遊びを
楽しむように崖の淵を渡り歩く。

三又の鉾はbalanceを失い、突出した剣先だけが
誇らしげに思想の力を堅持する。しかし、他の
剣先は錆び朽ちていく。それを知りながらも
修復することすらできず崩れ始める。

敷物は一人分でいいのだ。それぞれが枕にできる
敷物は一人分だけあればいいのだ。思想とは
一人分でいいのだ。それでも、人間は生きる為に
他を思いやり絆を持つ。

力ある者を神とすることも、人間とすることも
ひとつの思想を大きな敷物にする切っ掛けとなる。
敷物は一人分。思考は何人も強制を受けず思想は
何人も他者に強制してはならない。

ここに、千年の孤独の始まりを憂う者として
言葉を綴ったのは、きっと無思想という思想が
この国にあることを知って欲しいからかだろう。



そう感じるのはおかしいだろうか?


マーククローバー