「Self-discipline。。。」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。






最近、小説は停滞しております。
勝手なもので、どうにもなりません。
誰に対する言葉なのかもわかりませんが。









人間に対し、君は人間らしいかと問う。


"人間はよく生き、よく死なねばならなぬ"
オゴタイ・ハーン
(司馬遼太郎「草原記」より)

最後の台詞を考えることもしばしば。
歳を重ねるとこうゆうものかと。

生きるために必死な時には考えもせず。
若い頃は動くものに目が移り、華やかな
世界にも憧れを抱く。

自らを主役とし、人生の一人舞台を
役割と責任に重ね邁進する姿に酔う。

しかし、歳を重ね自らの足跡が消え
周囲の現実にふと目を写し静止する。


「もの言わぬものに耳を傾け
動かぬものに動きを眺め
過去を表出する静止物に栄華を感じ
色の薄れた忘れものに記憶を解く」


そんな自分がいることに気付いた。














特段不思議さは感じなかった。
ごく自然なことだと受け止めてた。


なぜ、このような自分が生まれたのか。
それは他人の感情の搾取でしかなかった。

周囲の現実が望む姿を自らの意志とし
幼い頃に捨てた本来の感情と意志の源を
今、辿り始めている。


人間との関係を拒み、独りでいることに
是々非々の道すら捨て、陶酔という
詩の世界に入り現実を排除し
脊を向けた社会に反旗を翻す。


まるで、自らの人生を踏みつぶすように。

"人間に、君は人間らしいのか?"
と、問い始める始末。

一人の人間としての尊厳の保持。
時代の流れに対する矛盾の誤飲。


立ちすくみ、空を見上げ息を吹き
しゃがみ込み、足元の大地に
咲く草木花に息を吸う。


全ては対比でしか見れぬ世界の
真ん中で社会はいくつもの
大きく高い壁を作り、個人は
硬く小さな壁を幾重にも作る。


自分もその中で生きている。
半世紀を過ぎ、拾い集めた記憶すら
遠く薄れ、今尚両手を伸ばし
人間を掴もうとしている。


青きBOUGAの果てに
独り言の朝が来て
心は血液を送りだし
automaticな動きに
違和感を感じながら
今日も大地を這う。

今日の出口は
我が内にあり

明日の姿は
我が脊にあり


充たされた
世界に
命の落としどころ
無く


書き記す道の色を
ナゾルしか
言葉
無し



マーク