5.I hate me
夢の手前の現実を見ることもせず、ただ幻想を追い求める。
"動機"まで幻想の中に閉じ込めようとする。
現実が解決不能な不条理或いは不合理を持ち込む場所だと知っているから。
だから現実に背を向け、自由な空間を漂い続けていた。
しかし"動機"は現実の世界にしか存在しない。
肉体と切り離すことなどは出来ない。
真実という苦しい啓示を受け、"動機"の主役を演じようと現実に降りる。
しかし僕は三角の奴隷のまま苦悩をなぞる。
人間は価値観で永遠に漂(ただよ)い、曖昧な生物(いきもの)のまま彷徨うのか。
どれとほど"幸せ"な恋に巡り逢えたとしても、曖昧さを好む文字は現実を歪めていく。
自らの"動機"を失うほど愚かであり、人間の相思さえ深く突き落とす。
道を辿るように過去の記憶を掘り起こすほど、"動機"はより"動機"とて現実に流れ込む。
両義的曖昧さを好む文字達に、僕は自らの"動機"まで曖昧にさせていた。
"動機"を意志として綴った力強ささえ、道化のように無情に感じさせていく。
「希望」が「絶望」の中に存在するというなら、「動機」は「現実」の中にしかない。
「幸せ」も「現実」の中にしか無い。
「絶望」から抜け出す術を思索するよりも、ここより出(いずる)下知を心に刺すべきか。
もはや待たぬ「時」の中で、僕は曖昧さの境に立ち地と空の境を目視する。
整然とした制度や規範の中に本当の自分を見続ける限り衝動は起こる。
それは現実からの逃避を意味し、"動機"を失うことになる。
僕は"いやだ"
"ICHIGO KU" がいいんだ
そんな僕がいる。
To be continued






