「記憶の飽和 13」 | 我ここに在りてここに無し

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青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。






人間を捨てるような溜息しか出なかったアキラの人生。


結婚。


それもした。


子供もいた。




過去形のように言葉が並ぶ。




しかし、それは


"。。。のような"という関係がそうさせるのか。




人間として自分は何かが欠けている。


いつもそう感じながら、役割や義務といった言葉だけに染まりprideを保ち続けてきた。



そして、いつの頃からか周囲に無関心を装い、瞬間だけを繋ぎ合わせ明日を眺めることもしなくなっていた。



だが無意味だと感じ続けてきた記憶は、自分が何かを求めてるという不思議な感覚を呼び起こした。


まるで無機質な感情が再生するような、そんな感覚と言っていいかもしれない。



今助手席に座る江口という女性に、自分はどんな意味を持とうとしているか。


単に記憶を辿るためのキーとしてだけではないことをアキラは感じていた。




のんびりと-120716_165103.jpg





「江口さん」


「はい」


「江口さんは、なぜ。。。」



アキラが少し言い掛けると



「その呼び方は終わりにして頂けますか?」



江口は助手席の窓から流れる景色を眺めたまま言った。



「なぜ。。。ですか?」


アキラは少し戸惑ったように言葉を返した。



「私の名刺に目を通されました?そこに"涼子"と書かれてあります」



確かに書かれてあった。


特に拘(こだわ)る理由も無かったアキラは、軽く頷きもう一度彼女に言った。


「涼子。。。さん」



「はーい」



涼子は初めて運転するアキラの横顔に瞳を向けた。







のんびりと






少し張りつめたような車内の空気が和らぐのを感じ、アキラは涼子の顔を横目で見た。



「涼子さん。駅の出口で"やはり"と言ったのはなぜですか?僕自身もなぜ同じように言ったのか分らないんです」




「アキラさん。そこに理由が無ければいけませんか?」



アキラの人生で、女性から"アキラさん"と呼ばれることは殆ど無かった。


"アキラ"と呼ぶのは親しい友人か家族ぐらいのものだから、少し恥ずかしい感じを覚えた。



「いや。理由がなければいけないということはありませんが。。。」


「アキラさんの質問に答える前に、他の質問が先に欲しいのですが?」


「どんな?」


「それはアキラさんが考えてください」








のんびりと






「涼子さん。貴女は僕と問答をしているみたいだね」


「あっ、アキラさん初めてフレンドリーな語尾になってます」




涼子は本当に嬉しそうに微笑んだ。




「なんか人間らしいですよ。アキラさん♪」



アキラは少し照れた。


こんな何気ない会話をすることなど無かった。


"照れる"ということばさえアキラにとって死語同然だった。



涼子の素直な言葉に、アキラは自分の心の外側の厚い壁に隙間ができ始めているように感じた。




アキラの心の中の無機質というswitchが切り替わるように、生き返ったように口から言葉が滑り出た。




「涼子さん。僕は貴女のことを知りたい」




涼子の頬から、一粒の涙が零れ落ちた。



涙は何を意味するのか。



二人の心が触れ合いはじめた瞬間だった。




「初めて聞かれました。私がずっと誰かに言って欲しかった言葉。。。です」




涼子の頬は涙で濡れていた。



しかし、その表情はとても穏やだった。




今、涼子の過去にアキラは何を見ようとしているのだろう。




grayの空の下、密やかに車は高速道を走り続けた。









つづく