「なぜ今そんなことを私に聞くのですか?貴方が私の本当の父だと知った。ただ、それだけです。それでは斉京システムを辞める理由にはなりませんか?」
アキラは言葉に何詰まることなく自らの過去をさらけ出した。
「私は、もう過去に振り回される人生はいらない。振り返りたくもないし、今をただ生きるだけでいいのです。貴方が過去へ私を引き摺り戻そうとしても、私が辿るべき過去はもう捨てたのです。仕事以外の話なら失礼します」
アキラの淀み無い言葉を聞いた社長は表情を変えないまま言った。
「強がるな。まだ話は終わっていない」
「強がりではありません。貴方が窮地にあることは知っていますが、小さな会社の部長と部下が仕事以外ここにいる理由はありません。強がりは貴方でしょう」
「そうか。わかった」
社長が小さく頷き背を向けた。
その時、紅茶を部屋に運びこもうとした江口が客間のドアの前で足を止めた。
倉沢はアキラの言葉を聞いたが、驚きは少なかった。
ただ、"やはり"としか感じなかった。
「倉沢君、帰るぞ」
「あっ、はい」
ドアを開くと、そこに秘書の江口が紅茶をトレイに乗せたまま立っていた。
「お帰りになられるのですか?」
江口は少し目を伏せたまま言った。
「はい。車を呼んで頂けますか?」
「社長、よろしいのですか?」
「いいんだ」
「分りました。では、お送りします」
「もう遅いから結構です。タクシーを」
「いいえ。お送りするよう申し付かっておりますので」
江口は紅茶をテーブルに置き、そのまま車へと向かった。
車は静かに来た道を戻り始めた。
アキラは戻りたくない記憶への道を辿り始めている自分を感じた。
意味の無い記憶が立ち上がっていた。
倉沢は無言のまま座っていた。
高速に入り静かなエンジン音だけが響いていた室内にアキラの声が響いた。
「倉沢君」
「はい」
「僕は会社を辞める」
「えっ」
倉沢は何故とは言えなかった。
恐らくアキラは自分が社にいることで迷惑を掛けると悟ったのだろう。
自分が社を辞めれば狸どものもくろみは崩れるとアキラは考えたと。
しかし、なぜ自分があの場に呼ばれたのか理解できなかった。
江口がハンドルを握り正面を見据えながら言った。
「社長は。。。」
そう言い掛け言葉を閉じ、それ以降誰も口を開かなかった。
倉沢を先に自宅まで送りアキラの自宅前に車が着いた。
アキラが車を降りる際に江口が口を開いた。
「本当に会社をお辞めになるのですか?」
アキラは何も言わず車を降りマンションの入口に向け二三歩き始めた。
動こうとしない車を不思議に思い、アキラは車の方を振り向いた。
その時、音も無く運転席側のドアウインドゥが静かに下がり江口の横顔が見えた。
「石川さん。貴方が過去に背を向けても過去は消えません。しっかりと確かめるべきでは?逃げていても貴方は過去をどこかで追い続けている。私にはそうとしか思えますが。もし、社長にもう一度会ってお話をされるお気持ちがあるなら私にご連絡下さい。私の名刺の裏に携帯の番号が書いてあります。これは私個人の携帯番号ですのでいつでもお掛け下さい。では、失礼致します」
名刺を窓からアキラに手渡し、運転席側のドアウインドゥを静かに上げ車を発進させた。
アキラは手渡された名刺を見ることなくポケットに入れ、マンションの横から顔を出していた満月へ眼を移した。
煙草を取り出し火を点け、夜空を暫く眺め続けるアキラだった。
つづく



