「記憶の飽和 4」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。




江口は手に持っていたコップを置いた。


「"弊社が御社の新規事業に加わることが出来るなら弊社は御社の傘下に入る"とのことでした」


木村と渡は唖然とし、半ば呆れたような顔で江口を見た。


「資本金五千万の会社の傘下に?」


倉沢が言った。





異様な緊張感で部屋は満たされていた。


石川は無表情のまま何も言わずに席を立ち



「一服してきます」



と言い残し部屋の外へ出た。




$のんびりと




ありえない。


うちの会社の傘下に入るなど。


それに、斉京システムの木村と渡には何も知らされていなかった。


二人が社長の信頼に値するかどうかは別にして、それだけの覚悟が社長にあるということなのか。


渡を連れてきた意味も消えるな。


それだけ瀬戸際に立っているということなのか。


石川はレジの前にある丸椅子に座り煙草を取り出し煙草を吸いながら考えを巡らした。


恐らく部屋の中では、木村が秘書の江口に詰め寄っているだろう。


確かにprideをかなぐり捨てたメッセージは説得力があるが、伝えるべき役者が違い過ぎるだろう。

斉京システムの社長が狸だとしたら、狸は一匹ではないと石川は感じた。



遅れて倉沢も部屋を出てきた。


「どういうことですかね?」


「部長や課長、係長クラスの席に斉京の社長が自分の意志を伝えるメリットはどこにあると思う?」


「ん。。。?」


「狸は一匹じゃないってことさ。踊らされるぞ」


「えっ?」


「まぁ、いい。今日の話は社に持ち帰るということで打ち切る」


「はい。ではこれからどうします?これじゃ茶番ですよ」


「茶番だと思うか?」


「石川部長は茶番ではないと?」


「席に戻るぞ」


「はい」


石川は煙草を灰皿に押し付け立ち上がった。




二人は部屋に戻って席に着いた。



倉沢の頭の中は混乱していたが、部長の石川は何かを呑み込んでいた。


こんな時、倉沢にとって石川は妙な安心感があるから不思議だった。


木村部長が笑顔で石川を見上げて言った。


「いやー、申し訳ない。社内での調整が済んでいなかった」


と言った。


石川は表情を少し緩め


「それはもういいから飲みましょう」


と言うと、倉沢も続けて


「飲みましょう」


と笑顔で言葉を続けた。



その様子を見て渡が


「木村部長、飲みましょう」


「そうだな」



石川と倉沢が部屋を出ている間、どのような会話があったかは分らない。

木村の額は脂汗なのか照り返しが強い。


秘書の江口はショートヘアの前髪を左指先でかき上げ。


瞳を少し丸くしながら4人に視線を渡し終えてから言った。


「お騒がせしてすみません。私飲みます」


薄紅色の口元が少し緩んでいた。



言葉は意志を伝える道具であり、言い回しや言い方などはあまり意味を持たない時がある。


意志があるなら言葉を尽くすべきだろう。


相手の真意を引き出せるかどうかは別だ。




だが、意志という石は相手に投げ込める。


石を投げ込んだ方を全員が見るかどうか疑問だが、今夜の波紋は大きかったに違いない。


気まぐれとも言うが。


まぁ、いいだろう。


石川は一人頷いていた。





つづく





$のんびりと