錬太郎はあかりの両肩に手を伸ばし抱きしめようとした。
その時だった。
頭上から大きな鳶が急降下し錬太郎の両肩をしっかり掴み、軽々と持ち上げ大空へと舞い上がった。
「なっ、なんだ?えっ?」
錬太郎は地面から浮き上がる自分の身体を感じ手足をバタつかせながら
「あかり!あかりーーーー!あかりーーーーー!あぁぁぁぁぁーーー」
と連呼した。
その声は、大空高く舞い上がる錬太郎と共に薄れ消えていった。
"鳶の人さらい"という言葉が昔あったが、中年おやじをさらうもの好きな鳶はいないだろう。
錬太郎は砂浜を眼下に眺めながら薄れる意識の中で"あかり"の名を呼び続けた。
「あかりーーーぁぁぁあああああ」
声を出し続ける錬太郎の耳に、微かに駅ホームのアナウンスが聞こえた。
カウンターにもたれ、顔を右横に向け伏せたままの錬太郎。
右頬に何か硬いものが刺さるような痛みを感じ、錬太郎はゆっくりと身体を起こした。
その時、右の頬に跡が残るほどぴったりとくっついていたキーホルダーらしきものが床に落ちた。
カチャンと音がした。
錬太郎は気付かないまま正面の壁に掛けられた丸い大きな時計を呆然と眺め続けた。
暫くして意識が戻るように錬太郎は突然声を上げた。
「ん?あれっ?どうなってるんだ?あかりは?砂浜にいたのに鳶に掴まれて身体が浮いて空を飛んでいたんだ」
錬太郎は独り言とは思えない大きな声で言った。
すると右隣りに座っていた赤鼻の老人が錬太郎を見て
「どうしたんだい?君?」
と声を掛けた。
その老人の顔を見て
「あっ、神様」
「誰が?わしが?」
「神様」
錬太郎は次に左隣に腰掛けていた若者を見て
「コイデカもいる」
若者はキョトンとした目で錬太郎を見た。
「"恋"をしたんだ。あかりという女性に"恋"をしたんだ。この僕が"恋"をしたんだ」
若者は
「はぁ?"恋"?ですか?」
「"恋をしたい"という僕の願いを叶えてくれたんだよね!」
老人が言った。
「君は何を言っているんだい?わしは神様なんかじゃない。飲んだくれのじじいだよ」
若者も言った。
「貴方はここでビールをグラスで数杯飲み居眠りをしていただけですよ」
「僕が?居眠り?いや、そうじゃなくてほら、"恋をしたい"って僕が神様にお願いしたら神様は指をならしたでしょ。で、次の瞬間僕は鯛焼き屋の前に立っていたんだ。そこで"あかり"という女性と出会った」
それを聞いて若者は
「で、その女性に"恋をした"」
錬太郎は頷きながら
「そう。でも"あかり"は"恋"じゃなく"愛"が欲しかったんだ。僕は"あかり"の"愛"になろう決め彼女を抱きしめようとした」
「そこで鳶にさらわれてここに戻ってきた。ってわけですか?」
「そう」
少し興奮ぎみの錬太郎を見て、赤鼻の老人が落ち着いた声で言った。
「やはり君は"夢"を見ていたんだよ。でもいいじゃないか。"恋"ができたんだから」
その言葉を聞いて錬太郎は
「いや、確かに"あかり"を愛している。僕は"あかり"を愛しているんだ」
錬太郎の頬から涙が零れた。
「やっぱり"あかり"が言った通りだ。”痛みを連れた涙は恋が愛に変わる時”だって。僕は本当に"あかり"を愛しているんだ」
その時、店の自動ドアがスーっと開いた。
「ちわー♪あれっ?私のキーホルダー落ちてなかった?おっかちーな?しくったかぁ?もうーまいったなぁ。これじゃ家に入れないやー」
錬太郎はその声を聞き、自動ドアの方へ身体を向けようと足を床に下ろした。
すると錬太郎の足に何かが触れた。
カチャリと音がした。
足元を見ると黒猫のキーホルダーがあった。
錬太郎はキーホルダーをそっと拾い上げ見つめた。
そこには"あかり"という大きなひらがな文字が書かれていた。
錬太郎は、そのキーホルダーを掌に乗せたまま女性の方を見た。
呟くように錬太郎が言った。
「夢じゃない。。。」
赤鼻の老人と若者は顔を見合わせ微笑んでいた。
つづく


