池上という女性が、深く酔い始める前にこんなことを話していた。
「私、結局仕事も家庭も中途半端じゃないのかなって。最近、本当の自分ってどこにあるのか考えてしまうんです。子育てしながら仕事も、自分なりに精一杯頑張ってるつもりです。でも、ここが自分の居場所なのか?って、分からなくなるときがあるんです。本当は違うんじゃないかって。いつも居場所を探している自分があるんです。おかしいでしょうか?こんな私は?結婚して子供もでき夫と幸せな毎日を過ごしていると思っていました。でも、仕事だけに生きているとも言えないし、子育てに一生懸命とも言えないと思って。全て大事なのに自分の居場所が本当にここなのかって。大切なものが自分の回りに沢山あるのに、そうじゃないって思う自分がいる。これは愚痴ですか?正直に言ってます。夫とどうして別れたのかなんて、はっきりした理由を聞かれても分からない。変ですよね。こんな大切なことを決断しておいて理由がわからないなんて。やっぱり私おかしいですか?だから、自分が嫌で嫌でどうしようもない時もあるんです。本当の自分、自分の居場所って一生掛かっても見つからないんですか?」
と。
“自分の居場所”誰でも通る道、自分探し。彰は昔の自分を思い出していた。自分探しなど、結果を求めても望む姿などありはしないだろう。そう考える自分すら、もう既に過去へと置き去られ今この瞬間を生きているに過ぎない。彰自身いつも問い続けている言葉たった。
今夜の編集担当者の男二人も口には出さないまでも、くだらないと思える話題で自分をごまかしながら日々生きている。自分もそうだと思う。そうやってごまかしながら人間って奴は精一杯生きている。
ただ、どうしてもごまかせないものがある。それは、彰自身一番理解しているはずだった。男と女の間に浅知恵など通用しない。あるのは、唯一つだと。
理屈じゃなく直接分かり合っている。それが人間って奴であり、男と女の間では露骨にそれが分かる。それは互いに交わす言葉よりも強く感じ取れるものであるのかもしれない。言葉はいらない。だから、よけい厄介なことになる場合もある。
彼女も夫との間に漠然とした、理屈では説明できないものがあったに違いない。それはありふれた家庭生活への不満でもないはずだ。子育てに割く時間が少ないことへの不満や夫との会話不足というものでもないはず。それは本人にしか理解できないものだと。
池上という女性の心の中に、そんな心の葛藤を見知らぬ誰かに聞いて欲しかったのだろう。精一杯生きている自分の存在を確かめるために。きっと、男など及びもしないほど日々切実なまでに深く考えて生きている。
彰のような生活など、女性には考えられないかもしれない。誰一人として、どれ一つとして、自分の心の中にあるものをそぎ落とすことなど考えない。いや、そぎ落とそうとしない優柔不断な男なのかと自分を苛む時もある。しかし、物書きとは不便なものだ。感じなくてもいい人の心に深く入り込もうとする。まったく迷惑な芯火だ。
今の自分に人を包む余裕などないはずなのに。
そんな自分に嫌気がしても、朝には起きて、何かを食べ、仕事をし、そして適当に眠り、人と接し、家族との距離を測り忘れたかのような日々を続けている。
彼女の言葉をつらつらと思い出しながら自販機にコインを入れ、ガッタンと音を立て転げ出た缶コーヒーを掴み立ち上がった。雨が更に強く降り始めた。
自販機の前に立ちすくみ、雨に濡れながら帰ろうと振り向いた時、彼の肩越しに傘を差し掛けてくれる細くしなやかな指先と手首が目の前に現れた。
ヒールの音は止まった。


