とても長い旅をしているような気がしていた。いつ終わるとも知れないような旅をし続けてきたように思えるのは若かったからだろう。
しかし、もう若くはない。旅も終わりが見えてくるような歳になってきたのだろう。
だからこそ感じられるものがある。
流れ動くものを捕えようとする時間は、やがて全てが静止しているかのように眼前に留まる。
人の心の動きさえ、煩わしく思えた時もあった。
移り変わる心は、当然であるかのように感じ、悲しみや苦しみでさえ好奇心をもてあそぶように楽しんでいたのかもしれない。
しかし、旅の終焉を意識し始めた時、人間は理性を選択した人生に終止符を打つという行動に出る。
何が人間にとって大切なものなのかを、知るからだろう。
愛の結実が全てを乗り越えるとは思わない。若い頃のように窓を全開にして愛を受け入れても一瞬にして通り過ぎていく風のようなものとなる。
きっと、窓は半開きでいい歳になったのだろう。
突風のように窓をこじ開けるでもなく、音も無くほんの少しずつ愛は入り込むくらいがいいように思える。
何度も窓を触れる微かな音は、情念まで地に落とすことも無く穏やかに心を染めていく。
終焉を見始めた人間の戯言。
今夜の風に流そう。
人生を泳ぐでもなく、もがきながらもおぼつかない足取りでこれからも終焉を目指すのだろう。
その旅に、君がいるだけでいい。

