10畳程の広さの洋間に、白いソファーがコーナーに寄り添うように置かれていた。
アルカナは森を眺めるように、ロングソファーの端に軽く腰掛けた。
恒太郎は右手に窓越しの森を眺めながら、シングルソファーにゆっくりと腰を下ろし、アルカナの方を振り向きながら言った。
「疲れていないかい?」
「大丈夫」
「君が僕の"意志"だった頃から来ている場所だよ。君は覚えてるよね。。。」
アルカナは何も言わず微笑むだけだった。
ソファーの前に置かれた木目のテーブルには、aregrayとdripcoffeeのセットが体よく置かれていた。
「恒太郎。。。」
アルカナが初めて恒太郎の名を呼んだ。
"君"ではなかった。。。
「なに?」
「恒太郎の意志を離れて。。。この場所にいる私を。。。本当に愛してる?」
「愛している。。。」
二人は瞳を通わせた。
しかし、"明日"という二文字に二人は触れようとしなかった。
陽はまだ高く木々の隙間から差し込む光が絨毯の表面を揺れ動いていた。
その光はとても温かく、足元を照らしながら一つ限りの時を穏やかに見せていた。
「寒くないかい?」
「私は平気よ。恒太郎は?」
「少し冷えるかな。でも、陽が照っているし大丈夫」
「恒太郎。聴いてもいい?」
「なんだい?」
「二人にとって、この空間はどんなものだと思う?」
「この空間?」
「そう」
「。。。」
「恒太郎は、私が現実の世界に存在してはいけないということを知っている。。。」
「なぜ、それを言葉にするの?」
「でも、愛している。。。私も。。。」
「。。。うん」
「恒太郎は私がなぜ現に存在できるのか聴こうとしなかった。。。」
「僕の"意志"が創りだした君でいいんだ。それ以上明日を見るつもりはない。確かに、君は現に存在してはいけないのかもしれない。誰もありえないって信じない。でも、いいんだ。僕の"意志"だった君は僕を離れて今。。。現に存在し君自身が意志を持って目の前にいる。僕はそれでいい」
「そう。。。でも、恒太郎に話さなければならないことがあるの。。。」
「どんなこと?」
「恒太郎。私は一度現で出会っているの。遠い昔。。。現で」
「えっ?夢の中じゃなくて現実に?」
「そう。。。一つ限りの時を使ったの。。。」
恒太郎はアルカナの言葉に戸惑った。
「私がアルバムに記してほしいと頼んだ"№9"のこと。。。覚えてる?」
「覚えてる。君が残したキー。。。のことだよね。なぜ"№9"なのか。。。」
「そして、この部屋のドアにroom№が無い。恒太郎は知ってる。。。 」
恒太郎は少し混乱した。
「それと"№9"に繋がりがあるの?」
アルカナの言葉は淀みなく恒太郎の疑問を掘り起こした。
アルカナはソファーから立ち上がり窓際へと近寄った。恒太郎はアルカナの背に向かって言った。
「この部屋は、プライベートな顧客にだけ提供される部屋だと。僕はもう10年以上も毎月通い続けている。room№があるかないかなんて考えることはなかった」
アルカナは森を背に振り返り言った。
「この部屋は。。。どこにも存在しない。。。の。。。誰も知らない。。。」
「存在しない?それはどういうことだい?」
「ここは。。。時忘れの森。。。」
「時忘れ。。。」
アルカナは恒太郎の瞳から目を逸らし、振り返り森を見つめた。
二人は、時に触れはじめていた。
つづく

