恒太郎は女性の後姿を目で追い、車のハンドルを握り停車したままだった。
朝の日差しは波のような雲に隠れ、ひと肌の温かさに似た風と共にポツリと雨粒がフロントガラスに落ち始めた。
運転席の窓を開け、歩き去る女性の方へ顔を向けたままの頬に雨粒が落ち始め、恒太郎は後続車のクラクションにやっと気付いた。
車を発進させ交差点を抜け50メートルほど直進しハザードを点滅させ停車した。
風は、まだ吹いている。
都会の真ん中に、潮の香りが流れ込んで来たように恒太郎は感じていた。
その香を追うように車のドアを勢いよく開け、片足を出した状態から交差点を振り向き女性の姿を目追っていた。
目線の先にいるはずの女性の姿はやはり無かった。
やがて風が止まり、雨脚は更に早くなっていた。
恒太郎は車のシートに身体を戻しドアを閉め、再び会社へと車を走らせ始めた。
人は日々の中で、どれだけ心のままに行動できるsceneに気付いているのだろう。。。
その感覚を無視するように暮らし、それでも"いつか"という言葉を心のどこかに潜ませている。
"いつか"。。。自分の心の何かが。。。動き始める。。。
10年男の心は、確かに開き始めていた。
恒太郎は、自分に今何が起きているのかは分らなかった。
ただ、何かが起こりそうな予感めいたものを強く感じていた。
夢で語りかけてきた女性に言い知れぬ懐かしさを感じ、彼女が自分の心に触れ始めていることに気が付きはじめていた。
交差点で目に入り込んできた、一人の女性。。。
確かに夢で見た女性だと感じた。
いや、そう信じたいのかもしれない。
人の視認能力など当てにならないことは良く知っている。しかも、恒太郎は夢の中で見た女性を現実に視認できるなんてあるはずがないと。
そう思い込ませようとしていた。
しかし、ハンカチに包んだ海砂はどう説明したらいいのか。。。
40分ほど車を走らせ、恒太郎は会社に着いた。
雨は上がり、横殴りの冬の日差しが戻り始めていた。
恒太郎は部署内での朝の軽いミィーティングを終え、デスクの上に積まれた書類と社内メールを確認しながらcoffeeカップに手を伸ばした。
その時、デスクの上に無造作に置いた携帯電話が、書類の隙間をぬうように遊び始めた。
「ぶーーーーーーーぶーーーーーーーぶーーーーーーー」
バイブレーションが三度。。。
恒太郎は通話ボタンを押し、ゆっくりと落ち着いた声で
「はい、起草です。どちら。。。。。ん?えっ?。。。誰???」
何かが起こり始めていた。
つづく
