恒太郎は、砂浜に腰を下ろし水平線の遥かかなたを見つめていた。
潮風に運ばれる香りも無く、ただ砂浜に打ち寄せる波だけが静かに白を見せていた。
周囲を散歩する人は誰も無く、恒太郎は四季彩だけが淡く塗られた油絵の風景の中に心だけ放り込まれているように感じていた。
今、なぜ自分この海辺に腰を下ろし遠くをみつめているのか考えることもせず時を流した。
どれほど時が経っただろう。
恒太郎は足元の砂を右手で一掴みし、肩の高さまで砂を握りしめた拳を上げた。
そして、静かに小指が緩み砂が零れ始めた。
零れ落ちる砂を見るでもなく、恒太郎は遠くを見つめたままだった。
その時だった。
恒太郎の背後から小さな声がした。
「どしたの?なんで泣いてるの?」
恒太郎は、自分の頬に涙が零れていることにその時気付いた。なぜ涙が零れているのか自分でも分らないまま後ろを振り向いた。
そこには白いブラウスとジーンズ姿の、小柄な女性が一人立っていた。
一度も見たことの無い女性が、穏やかに笑顔を自分に向けていた。
恒太郎は、彼女の言葉に自然に答えた。
「分らない。自分でもわからないよ。どうして涙なんか。。。」
とても低い声でぼそぼそと答えた。
女性は恒太郎の隣に腰を下ろした。
耳をかすめるはずの風も音も、懐かしい潮の香りもしないまま時が過ぎた。
「ふーん。解らないのに涙が出るんだ」
軽い声で女性が言った。
「君、どこかで会ったことある?僕を知ってるの?」
女性の横顔を見つめながら恒太郎が言った。
「会ったことないけど、知ってるよ。うん。知ってる」
「僕を知ってる?会ったことないのに?」
「うん。知ってるよ。ずーっと前から」
女性の髪にはスパイラルが掛かっていた。大きなくりくりの目をきょろきょろさせ笑顔で答えた。
grayのジーンズの足元から見える黒色のブーツが、砂に埋もれていた。
「どうして僕のこと知ってるの?」
恒太郎が聞いた。
「知らない。解んない。でも知ってる」
そう言うと女性は立ち上がり、波際へと歩き始めた。
恒太郎も立ち上がり、パンツについた砂を左手で払い俯いた。そして、女性のいるはずの波際へ目を向けた。
しかし、そこには誰もいなかった。
「ピピーーーーーピピーーーーーピピーーーーー」
目覚まし時計がけたたましい音を立て、恒太郎の耳元で鳴り始めた。
目をこすりながら薄目を開け、カーテンの隙間に差し込む光をだるそうに見つめ、独り言のように恒太郎は呟いた。
「夢か。。。」
布団から起き上がろうとした。その時、恒太郎の右手の指先に何かが手に触れた。
じゃりじゃりと細かな粒のようなものが触れるのを感じ、ゆっくりと布団をめくり上げた。
恒太郎は息をするのも忘れるくらい、こまかな粒を見つめた。
浜の砂だった。
つづく
