また朝が来て夜が来て、当たり前のように同じ明日がくるだろうと、10年間も自分の心にすら耳を傾けずに暮らしていた中年男の物語である。
起草恒太郎50歳。
これといった取柄もないが、いつも周囲のことばかり気に掛けまったく自分のために何かを考え行動するということが無い。
両親、妻、子供そして仕事も全て周囲が困らないように考え生きてきた。いまどきこんな男がいるかと思うかもしれないが、これが結構多いのだ。
恒太郎の職場にも同じような中年男がゴロゴロしていた。
自分の心を閉じ込め耳も傾けず知らんぷりをして生きていた。そりゃ、結婚した当初は子供も生まれささやかな幸せにも浸った。
しかし、社会的にも経済的も背負うものが重くなり始め、40歳を過ぎてからというもの言葉も少なくなり笑顔すら忘れていた。
恒太郎はひたすら沈黙し、周囲から望まれる役割を果たし続けてきた。浮気一つできる男でもなく、日々の生活にストレスを感じることも無かった。
いや、感じないふりをしていたのだろう。
仕事と家の往復を繰り返し、いつも深夜近く帰宅し一人で食卓に向かい黙々と口に箸を運ぶ。
妻は背を向けたまま洗い物をし、息子と妻の衣類を入れた洗濯機が回っている。家族は既に入浴し風呂の残り湯は冷めきっている。
恒太郎の着替え用の下着は自分の部屋から脱衣場まで持っていく。
靴下は履いたまま。
洗濯物はというと、週に一度近くのコインランドリーで洗ってくる。まぁ、週1のサンタのようなものだが中身はただの洗濯物でしかない。
なぜ自分で洗うようになったのか、それには分けがある。
入浴し終わるとインスタントcoffeeを自分で入れ、自室にこもり本を読み耽る。
寝る前にはどんなに雨が降ろうと寒かろうと、雪が降り凍えるような冷たい夜であっても外に出て煙草を一本くゆらす。
恒太郎にとっては唯一といってもいい至福の時間だ。
夜空には月も星も何食わぬ顔で自分を眺め、全てを包みを受け入れてくれるような気がしていたのだ。
別に哀愁を漂わせるほどの時間でもなく、5分程度の煙草タイムを終え洗面所で歯を磨き布団に入る。
いつも布団は帰宅してから自分で敷き、冬はホッカイロをシーツに貼るという温め方をし厚手のジャージを着たまま就寝するのが常だった。
妻とは10年来必要最低限の会話しか持たず、子供の成長だけを唯一楽しみに恒太郎は生きてきた。
一番下の大学三年生の男の子以外の二人の女の子は大学を卒業し就職し始めていた。
そんな恒太郎、なぜか土曜日の朝海辺にいた。
何があった10年男!
凪の浜辺に腰を下ろし、目を細め遠くを眺めていた。
PS;あっ、決して暗く悲しい中年物語ではありません。
いつ掲載するか不明ですが、とりあえず書き綴ります^^;pp
つづく
