駅のホームに男が立っていた。
幾度も電車はホームに滑り込むが、乗る気配は無い。
ホームから見えるビルの隙間に浮かぶ月を眺め続けていた。
彼の傍らを、いったい幾人の人が通り過ぎて行っただろう。
だが、かれは身じろぎもせず月を、ただ眺めていた。
彼は、ジャケットの内ポケットから二枚の紙を取り出した。
今日、観るはずの劇場チケットだった。
言葉を忘れたかのように、そのチケットをもう一度仕舞い込もうとした。
電車が滑り込む。
下車する人。
乗車する人。
互いに交差し
アナウンスが流れた。
彼が列車に乗り込もうとしたその時、一人の女性が彼の左手を後ろから強く掴んでいた。
男は振り向くのと同時に、女性を強く抱きしめていた。
周囲を行き交う人は、振り向きもせず通り過ぎていく。
それが、二人にとってはとても温かく感じられた。
言葉を失うホームに、これほどの温かさを感じる一瞬が二人に与えられていた。
女性は男の腕に寄り添い二人はホームの階段を降りて行った。
誰もが、二人の物語を知っているかのように、温かく通り過ぎていた。
人は、一瞬に全てを掛ける生き物かもしれない。
二人の物語が始まりなのか、終わりなのか。
それは二人にしか分らない。
だが、二人は
さりげなく
輝いていた。