50.Close memory | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。








錬太郎は、宿に戻った。部屋に飾られている額紫陽花をカメラで撮ろうとシャッターを押した。




錬太郎の記憶の中から、ここで起きた出来事の全てが。。。その瞬間。。。消え去っていた。



錬太郎は、何事もなかったかのように、外の景色を眺めていた。もう日が沈み掛けていた。


二人で過ごした時間はいったいどれくらいだったのか。





時として、時間は永遠と感じられるほどの一瞬を与えてくれるものなのかもしれない。その永遠と思えるほどの一瞬に、二人は身を置いていた。しかし、今の錬太郎の記憶からは全て消え去っていた。




そのことを知りながらも、泉は廉太郎の傍へと。。。そして。。。彼との約束を果たそうとしていた。



錬太郎は予定を早め、宿を後にした。自宅に着いた時には深夜0時を過ぎていた。


錬太郎はベットにもぐった。雨が降り出し静かに窓を伝う雨が。。。深い眠りへと誘った。




翌日、出社し自分のデエスクの上を見ると、額紫陽花が飾られていた。



「う。。。ん?僕が額紫陽花が好きなの知ってるのかな。。。?誰だろう?」



 とひとり言のように呟いていると。。。




「今日からこちらの部署に配属になりました紫陽花 泉と言います。よろしくお願いします」




 ペコリと頭を下げ、清清しい笑顔で錬太郎に挨拶してきた。




 切なくも、再会は始まっていた。





 しかし、錬太郎は何も気付かないまま、泉に惹かれていく。そんな予感だけが錬太郎の心に。。。


 錬太郎と泉は、互いに意識するようになっていた。


 錬太郎も彼女の気配りと明るさに引かれていった。



 泉は、毎日錬太郎のデスクの上に花を飾り、時に影から支え励まし、時に包み込むように癒し、泉はいつも錬太郎を見守っていた。


 泉に惹かれていく錬太郎。一年が経ち、6月のある週末。錬太郎は泉を食事に誘った。


 その日も雨が降っていた。


 錬太郎は、行きつけの小料理屋へ泉を連れて行った。柄にも無く予約までしていた。普段は予約などせずぶらり訪れる。


 個人で予約をするとは錬太郎も気合が入っていたのであろう。というより、いつも暖かく見守ってくれる泉への感謝の気持ちがそうさせていた。



 食事が少し進み、錬太郎が話そうとした。。。




「僕は。。。」





 すると、泉は深く聞こうともせず、微笑みながら





「課長♪美味しい♪本当に誘って下さって嬉しいんです」




 と。




 まるで、全てを知っているかのように。全てを受け入れるかのように微笑むだけであった。






「君を見ていると、なぜか。。。とても懐かしい気がするんだ。。。不思議で。。。とても」






 泉は




「その通りですよ。。。だって。。。ずっと課長そばで仕事しているんですもの」





「あっ、そっか。。。でも。。。もっと以前からのような気がするんだが。。。なんだろう。。。」



 
 錬太郎は泉を見つめた。


 泉は静に箸を置き







「課長、私と何処で出会ったのか。。。思い出せます?」





 と聞き返してきた。






「ん。。。会社かな。。。思い出せない。。。でも。。。なぜか君に惹かれる自分がある。今、君にやっと辿り着けたような。。。そんな。。。でも。。。わからない。記憶の編集をしたことがないから。。。そこに触れては駄目かもしれない。全てを失うような。。。」




 錬太郎は自分で何を言っているのか解らなかった。ただ、言葉が口から流れ出ていた。堰き止められた水が一気に流れ出すように。。。



錬太郎の言葉は泉へと流れて行った。



泉は、ただ静に聞いていた。笑みを浮かべながら小首を傾げることもせず。



錬太郎の話が終わり掛けた。そのとき泉が






「課長。課長のそばにいれるなら。。。それでいいんです。それで。。。それだけですから」




と。





 店内の雑音は消え去っていた。





「明日、君。。。何か用事があるかな。何も無かったら僕に付き合ってくれないかな。見せたい場所があるんだ」




「はい♪連日のデートのお誘いですか?嬉しいです♪」




 と明るく返事をした。




「ん。。。君と一緒でなきゃ駄目なんだ。。。一緒に行ってくれ」






 少し時を置いて






「もう。。。一緒です。。。課長。。。」





 穏やかな時が過ぎていった。




 泉は、自分が人間として生きていること、そして錬太郎が一度死んでいるということ。。。全てを心の奥に仕舞い込んでいた。


 自分が愛する。。。この人を。。。守り支えるため。。。ただ。。。その気持ちしかなかった。




 錬太郎は、必然的なものを感じ、泉はただそばで咲き続けることを願い。




 二人が暮らし始めるのに時間は掛からなかった。互いに過去の記憶を辿ることもせず。



 錬太郎は、ただ泉が愛しく思えた。



 渓流で交わした二人の約束を知っているのは泉だけ。



 錬太郎が、他の額紫陽花の妖精に微笑み好意を持つこと。。。それ意外は泉にとって不安は無かった。

 全ては、泉の心の中に。



 結婚して13年が過ぎても泉は過去について語ることは無かった。ただ、唯一自分の父の話しだけはしていた。


 父・・・。

 

 この父が錬太郎にとって。。。とても大切な人であることを、後で知ることになる。



 その父とはいったい。。。






 錬太郎は、創られた物語を始めたのだろうか?この世界には、あまりにもリアルな歴史が刻まれている。。。


 どこへ向かうのか。。。錬太郎。。。



 支えてくれる人々。。。その笑顔を守ることができるのか。。。廉太郎。。。








 つづく