裕子と錬太郎は言葉も無く、互いの心を深く感じ取ろうとしているかのように。。。それぞれ。。。グラスを口に付け、息を合わせるかのように身体に流し込んだ。
口を開いたのは錬太郎が先だった。
「ゆうちゃん、僕は昔から額紫陽花が好きなんだ。自宅そばの自動販売機の横に額紫陽花があるの知ってるよね?」
「ええ、知ってます。なぜか。。。とても親近感があって。。。私いつも眺めてるんです」
と正面を見ながら微笑んでいた。ダウンライトとカウンター内から零れるライトがが裕子の横顔に影を作りながら温かく包んでいた。錬太郎は裕子の横顔と仕草を静かに見つめた。
「もう一度。。。額紫陽花が。。。見たくなってさ」
と錬太郎が言うと
「私じゃ。。。ダメですか?紫陽花じゃなきゃ。。。ダメ?ハハ。。。自分で言って恥ずかしくなってます。。。私の顔赤くなってるでしょ。。。部長。。。♪」
と微笑んだ。そして右手で錬太郎のグラスを持つ手に裕子は指でそっと触れた。
錬太郎は言葉より先に、その指先に込められた心を強く感じ取っていた。
「うん。。。」
「部長。。。何か心配事あるみたいですね。。。私じゃ相談相手になれないかな~」
「そんなことないさぁ。君じゃなきゃダメなんだ。。。」
「えっ?ふふっ♪部長。。。酔ってますか?♪」
「酔いたいけど、今夜はそうもいかないんだ。僕、以前ゆうちゃんを救うって言ったよね」
「はい」
「理由は聞かない約束だったよね。だから。。。黙って今から僕が話すこと。。。聞いて欲しいんだ」
裕子は錬太郎に触れた指先を離し
「はい」
と答えた。
「金曜日お昼から休みを取って欲しいんだ。僕も休む。一緒に車で行って欲しいところがあるんだ」
裕子は笑顔で
「どこへですか?あっ、はい♪部長、行きます。。。行きま~す♪」
と声が少し弾んだ。
「お昼に地下鉄の入り口近くに僕が車で迎えに行くから。君、待っていてくれるかな?お昼ご飯は僕がコンビニででも買っていくから。。。いいかい?」
「は~い♪わ~い。。。嬉しいな。。。部長♪」
無邪気にはしゃぐ裕子を見つめ、錬太郎はその横顔に彼女の隠された運命に唇を噛み締めた。
錬太郎の左腕に裕子は自分の右腕を絡めた。
「一緒に額紫陽花を見に行くんだよ。以前、僕が旅した田舎の古い旅館の前に咲いていた額紫陽花なんだ。忘れられなくてね」
と言うと
「ふ~ん。。。そうなんですか。。。ゆうと。。。どっちが。。。?。。。あっ、言うのよそうっと♪」
錬太郎は、裕子の瞳を見つめた。絶対に救う。。。俺に何かあっても。。。いや。。。みんなを絶対に救う。。。そう心に誓っていた。
優柔不断でいい加減な中年男の、一世一代の舞台なのかもしれないと。。。決して主役にはなれない人生の中で。。。錬太郎は。。。その役割を果たそうと思っていた。
「ゆうちゃん、夕方6時37分までに着かなきゃならないんだ。だから、時間だけは守って。。。待っていてね。。。いいね」
と錬太郎はグラスを傾けながら言葉を自分に流し込んだ。
それから2時間ほど二人はバーですごし。。。
「帰ろうか。。。」
と錬太郎は裕子の手を握り雨の街に出た。タクシーを拾い裕子の自宅マンション近くまで来て、いつもの自販機の前で二人は降りた。
二人は自販機の横の額紫陽花をしゃがみ込んで眺めていた。
雨はまだ降り続いていた。
傘は一つ。。。自販機の灯りが二人の顔をぼんやりと照らしていた。
訳を話すより、理由を聞くより、人は互いの言葉を復唱し合っているのかもしれない。。。心が通じ合えばこそなのか。。。
今の二人に。。。互いの心を確かめる言葉など。。。不要だった。。。
傘の下に寄り添う二人に。。。静かに包むような雨の音だけが。。。流れていた。。。
このまま時が止まるはずなどないと知りながら。。。
つづく