二人はゆったりと時を過ごした。
美由紀が最後に書いた手紙。。。そこにどんな願いが書かれていたのか。
「そろそろ帰ろうか。。。」
とおやじが言った。
美由紀はコクンと頭を前に傾け頷き席を立った。少しよろけて、おやじの胸に身体をもたれかけた。おやじは両腕で抱え
「ほらっ、飲みすぎだ。。。」
「誰が酔わしたの?♪」
とおやじの胸で囁いた。
その時丁度マスターが戻ってきた。
「帰るの?。。。留守番ありがとうね♪」
と二人を見送った。
まだ外は柔らかな雨が音も無く降り続いていた。
二人は表通りまで傘も差さずに街灯の照らす薄暗い路地を歩いた。おやじは、抱きかかえるように美由紀を支え、互いに寄り添い無言のまま暫く歩いた。
表通りが見えてきた。その時、美由紀が言った。
「お見合い、もう。。。しちゃったね♪じゃ。。。今から。。。もう一度。。。やり直し?」
と囁いた。すると。。。おやじは
「やり直しなんで無理さ。僕は、昔。。。君と出会った頃から恋をしている。。。いまさらスタートなんか出来ないさ。でも、いまだから。。。君を優しく包めるような気がする。。。」
美由紀は雨に融けた涙がつたう頬をおやじの胸に押し付けた。
タクシーを拾い。。。美由紀を見送った。
雨の中、おやじは一人道路脇に立ち街の灯りに溶け込むタクシーを見続けていた。
心は穏やかだった。雨の音も。。。濡れた背広も。。。おやじには、二人の時間を感じ取るためのものだった。ゆっくりと向きを変え、地下鉄へと向かった。改札を通りアナウンスが流れ滑るように列車がホームに入ってきた。
深く腰を掛け窓の外の流れる広告とライトにかき消されながらも、車窓に映る自分の横顔を見ていた。
マンションに帰る前に自販機に寄った。無機質な光がおやじを照らしていた。120円を入れ缶コーヒーを一口飲んだ。おやじは美由紀が書いた最後の手紙を思い出していた。
おやじは、今もその手紙を持っている。捨ててしまおうと幾度思ったことか。しかし、捨てられなかった・・・。
マンションの7階にあるおやじの部屋を見上げた。この部屋を美由紀と見上げる日が来るかもしれないとおやじは感じていた。
「おやじさん。夢見る乙女の。。。夢です♪ホイッ♪」
と頭の中から呼びかけてきた。
「あっ何?夜はみんな静かだったから穏やかに過ごせたよ・・・ありがとう。。。で?」
「先ほどの女性・・・美由紀さんの望みを叶えてさしあげるのですか?ホイッ♪」
と問いかけると
「何故そんなこと聞くんだい?僕の問題だ。観察だけしていればいいのに、みんな意見を言うから戸惑うよ」
とおやじが応えた。
「そうおっしゃらずに、我々虫観るチームはおやじさんの思考過程を観察し行動に移行するまでのプロセスを、より正確に知りたいだけです。まぁ。。。チームのメンバーそれぞれ個性があるので。。。ホイッ♪」
「宇宙人に個性があるんだ?ふ~ん。。。で?」
「今、美由紀さんと素敵な夢気分になっておられるようですが、彼女の今までの生活歴はお知りになりたいとは思わないのですか?ホイッ♪」
と問いかけてきた。おやじは
「それに何の意味があるのかな。彼女が話したいと思うのなら聞くけど、話せないことだってあるだろう。君たちは全てイエスかノーの世界なの?思いやりとかさぁ。。。そんなのはないの?」
と聞き返した。
「互いを思いやり労わることは、互いを曖昧な関係のままにさせます。それでも宜しいのですか?ホイッ♪」
おやじは暫くして
「人間というものはさぁ。曖昧だからいいんだよ。だから想像力を働かせる。創造する力もね。君達は簡単に何でも思い通りにできるから駄目なんだよ。ん。。。。つまり弱い自分を知らないから」
「弱い?弱いって良いことですか?ホイッ♪」
と夢が聞き返すと
「ほら。。。どうして白黒させようとするんだ。時には弱い自分を知る者が強い自分を作ることにもなるんだよ。。。。ん。。。ただ。。。愛だけは。。。確かなものを求め欲しがる。。。それだけは。。。」
虫観るチームの夢との会話が続いた・・・
つづく