12.二人 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。


               
         

 二人はグラスを手にし、言葉も無いまま時が過ぎていった。


 おやじが口を開いた。




「美由紀。。。」




 と低く太い声でポツリと言った。




「なに?錬太郎。。。」




 相変わらずまっすぐ正面の飾り棚に視線を向けたまま。




「名字が違うから、解らなかったよ。。。」




 とおやじが言うと




「色々あったのよ。。。」




 そう言ってグラスを柔らかな唇に近づけ一口。。。カシスロワイヤルを流し込んだ。




 おやじも、それ以上聞くことはしなかった。甘い香りが美由紀から漂い、おやじは美由紀の横顔を眺めた。


 その横顔は、歳を重ね凛々しくもなぜか物悲しさと潤いを感じさせた。おやじは







「いい女になったな」






 と小さく呟いた。


 おやじと美由紀は大学の先輩後輩だった。おやじが大学4年の時、美由紀は2年だった。互いに恋に恋した。そんな時を過ごし、美由紀は大学卒業後。。。都内の商社に就職した。仕事帰りにこの店に立ち寄り、二人で語り合ったものだった。


 もちろん、結婚という言葉は二人の中に確かにあった。が、美由紀は海外出張が多くなり、おやじも転勤が続き別れが訪れた。おやじにとっては、後にも先にも美由紀だけが心から愛した女性だったのかもしれない。


 風の便りで、美由紀は同じ社の男性と結婚したと聞いていた。おやじも微かな望みを断ち切り、独りでの生活を続けていた。


 おやじは離婚してからお見合いが数回あったが、気乗りせずそのまま独身生活を続けていてた。






「美由紀、マンションの鍵。。。送ってくれてありがとう」





 とおやじが美由紀を見て言うと




「どういたしまして。本当は、錬太郎のマンションに勝手に上り込んで待ってようかと思ったわ。ふっ♪だけど、結婚しているかどうかも知らなかったし。。。奥様や彼女でもいたら困るでしょ♪だから。。。送ったの♪」




 と美由紀はグラスを口へ。





「そんな心配なんかしなくていいよ。今は独りさぁ」






 とおやじが美由紀から目をそらし、タバコに火を点けた。





「ふ~ん。。。錬太郎。。。どうして再婚しなかったの?わかった♪私が忘れられなかったんでしょ。。。♪」





 
 と微笑みながらグラスを見つめていた。



 空気が止まった。時がすぎたのに。。。なぜこんなにも心が揺らぐんだ。おやじは戸惑っていた。

おやじはタバコをゆっくりと消した。美由紀を見つめ






「まだ時間いいの?」






 と言うと美由紀の口元が横に少しゆるみ






「うん。。。」






 その時、美由紀の瞳からグラスに一粒の涙が、音も無く融け込ていくのを見た。静に時が流れていった。






「錬太郎。。。私。。。名字が違うでしょ。離婚したけどね。。。」






 と舌を少し出し、はにかみながら美由紀が言った。






「子供は一人いるよ。。。可愛いんだよ♪」






「ふ~ん。。。」






 とおやじは何も語らず彼女の話を聞いていた。すると。。。





「ねぇ、私たち二人しかいないし。。。踊ってよ♪。。。ねっ♪」





 と悪戯っぽく美由紀はおやじの手を取った。マスターはタバコを買いに行くと言ったまま1時間以上戻ってこない。またパチンコかな。。。相変わらず無用心なマスターだった。


 おやじは美由紀に手を引かれるままゆっくりと立ち上がり曲に合わせ、ステップを・・・。おやじは彼女の肩を包み、美由紀はおやじの腰に両腕を回し。。。ゆっくりと踊り始めた。



 美由紀が言った。。。







「錬太郎。。。私。。。貴方に最後に書いた手紙。。。覚えてる?」



「あぁ。。。覚えてるさぁ。忘れるはずないよ。。。」



「今でも。。。あの願いは叶えられるかな。。。。錬太郎。。。」





 おやじはワイシャツが冷たくなるのを感じた。美由紀は顔を上げおやじを見た。おやじも彼女を見つめた。互いの目は潤み涙が零れ落ちていた。





「今でも。。。希望は叶うさぁ。。。君が望むなら」




 外は静に雨が降っていた。車や酔っ払い。。。電車の音。。。それらの音は全て消えていた。ただ二人の息遣いだけが聞こえていた。




 虫観るチームはいったいどうしたんだ。。。そして聞きなれない二人の声。。。


 
 いや。。。今はこのままそっと。。。



つづく