55. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。



 
 彰は父をクルマに乗せ、20分ほど走りフラワーショップに着いた。


 父はそこで鳳仙花を買った。


 父が何故、鳳仙花を買い求めたのか彰は理解できなかった。


 父を車に乗せ居酒屋の店の通りに差し掛かった。


 裏木戸の前で女将が玄関先に水を撒いていた。女将は着物を着ていた。


 よく見るとは芭蕉布のシャリ感を絹糸で表し、柄もススキなどの草木をあしらっていた。段々に染分けされた絹芭蕉は女将によく似合っていた。

 父は、クルマから降りると女将に軽く会釈をした。微笑むでもなく、淡々と手鳳仙花を手に持ち、彰に軽く手を振って車に背を向けた。彰はクルマから顔を出し、





「女将、宜しく頼むよ」





 女将は、父の後ろに立ち振り向きながら頷いた。





「おやじ、俺夕方人に会うから食事は済ませて来て欲しいんだ」





 彰の父は振り向きもせず、前を向いたまま軽く手を挙げ歩き始めた。


 彰はクルマを自宅へと戻した。日差しが更に強くなっていた。父が女将に墓参の同行を頼み、女将はその誘いを快諾した。その訳を彰は理由もなく後姿に見たような気がした。彰はサングラスを掛けクルマを加速させた。


 言わずもがな。。。である。


 自宅に戻った彰は、書斎に戻り締め切りの近い原稿を書き始めた。キーボードに向い、画面に意識を向けようとするが、父と女将の後姿が頭の中に浮かんでいた。


 二人とも、互いに何を問うでもなく、あるがまま受け止めているような、そんな雰囲気を彰は感じていた。


 他人を問うことはつまらないと彰は思った。父と女将のなぜ?を問うことなど無意味かもしれないと。

 
 人は、そうなるべくして生きている。動いている。理由を問うことは、自らの愚かさを露呈するようなもの。ただ、願い、望むだけである。


 そして、そこに理由などないだろう。


 人は他人を自分の意のままに動かしたいという願望がある。むしろ、その行為を自分に問える事の方が贅沢かもしれない。それこそが自由であることの証。


 思考そのものかもしれない。


 誠司に言わせれば、恋など気まぐれ、魔が差すくらいのものだと言うだろう。それも間違いじゃない。


 ただ、そう言って片付けてしまうことは互いの恋の位置を計りかねる。どれほど互いを愛しいと感じているか、互いの心の中の恋の位置付けを確かめることが難しくなる。しかし、時としてまったく理由など無いことが理由となるのが恋でもあり、考えるのがバカバカしくなることもあるだろう。


 誠司を見ていると、そんな気にもなる。


 今、自分が葵に抱く恋の位置を計るには、ある意味恋のベテランに助言を貰うことが必要かもしれないと思った。ただし、自分が期待する答えを望むなら、それは聞かない方がむしろ得策だと彰は思っていた。


 今のところ、それを聞く相手は誠司しかいなかったからだ。それこそ、自らの思考の自由を奪われかねない。


 夕方、仕事も一段落し葵に電話を入れた。待ち合わせ場所は市内のカフェ・ダイニングの個室を予約したことを葵に伝えた後、彰はタクシーを呼び店に向かった。


 まだ、街は明るくクルマのライトも要らないくらいの明るさだった。20分ほどタクシーは走り、カフェ・ダイニング場所着いた。 

 店はビルの8階にある。音も無くエレベーターの扉が開き彰は乗り込んだ。


 ほんの数秒で扉が開き正面にダイニング・カフェがあった。彰は店内に入るとフロントで予約を確認し、個室へと案内された。まだ、葵は来ていない。暖かい橙色のダウンライトが肩口からテーブルを照らしていた。


 軽いジャズソングが流れ、モダンアートにつつまれた6畳ほどの良質な空間があった。


 プレートスタイルのランチタイムもあり結構流行っているようだった。


 彰が部屋に案内されてから10分ほど経った。その時、スタッフに案内されて葵が入ってきた。葵は薄紫色のタンクトップに、白のカーディガンを軽く羽織っていた。





「待ちました?これでも急いできたんですよ♪」


「僕も、今さっき着いたばかりだよ。お子さんは?」


「今日は遊び疲れたから、多分早めに寝ると思います。少し遅くなるって母にはちゃんと頼んできました」


「そう。今夜は飲めるの?」


「もちろん。そのつもり。帰りはちゃんと送ってくださいね♪」


「もちろん」



 二人の顔が温かいライトに程よく影をつくり、瞳は互いに輝き見詰め合っていた。少しして生ビールが運ばれてきた。


 小海老とアボカドのサラダの前菜も一緒にテーブルに置かれ、二人はグラスを軽く鳴らし乾杯をした。アボカドとスモークサーモンのカルパッチョも少し時間をずらして運ばれてきた。


 二人は暫く、この柔らかな光に包まれた空間と食材に浸っていた。時折見せる葵の笑顔に、彰の心は安らいでいた。


 グラスを持つ度に、照明の光が反射し互いの瞳を輝かせていた。彰はフォークを皿に置き葵を見詰めた。





「今日、墓参に行く前。。。おやじが花を買ったんだ」


「そう。お墓参りには普通準備するわ。どんな花?」


「うん。鳳仙花」


「ふーん」





 葵は少し笑みを浮かべた。





「なに?どうして鳳仙花だったのかなと思ってさぁ」


「彰さん。。。お花のことって余り知らない?♪」


「あぁ。庭に咲く花ぐらしか知らないんだ」






 彰はボサボサの頭に手を当てた。




「それじゃ、私が教えてあげる」




 そう言って葵は柔らかな唇を少しグラスの水に浸した。



つづく