彰の父は、少し眠そうな目を擦りながら彰に珈琲を催促した。ソファーに座り新聞を開いた。コーヒーを催促した以外言葉は一つもない。
昨夜の出来事を語るでもなく、焼けたトーストを皿に載せ、ソファーの前のテーブルに置いた。
トーストに手を伸ばした父は、一口食べると珈琲を胃に流し込んだ。相変わらず無愛想だ。そう思う彰も同類だった。似たもの親子の朝食だった。
父は、バターをたっぷり塗ったトーストを二枚ぺろりと食べ、珈琲のおかわりを彰に催促した。そのおかわりの催促も珈琲カップを上に持ち上げるだけ。目は新聞の活字を追ったまま言葉は無い。
「おやじ、モカチーズあるけど食べるか?」
おやじは首を横に振っただけ。彰は珈琲とモカチーズを。。。食べた。珈琲は陰干し珈琲だ。
ブラジル産の良質なコーヒーの実を、じっくりと風通しの良い日蔭で自然乾燥させ、果肉の糖分が豆に浸透し甘味が醸成される、やわらかな甘味とマイルドなコクが楽しめるコーヒー。彰は近所の珈琲専門店でいつも買い求めストックしている。
珈琲の香りがダイニングに漂っていた。父と二人でモーニングなど、母が生きていた頃には一度も無かった。ふと、自分自身の結婚生活を省みると似たようなものだったと感じた。
娘や妻と三人で朝食を摂ったことなど数える位しかない。父を見て、彰は自分自身と重ね合わせているようだった。
若い頃など、父のような人間には絶対にならないと思っていた。家族を省みることもせず自分の夢ばかり追いかけている父を恨めしくさえ思っていた。
ふと気が付くと、子供の頃自分が一番似たくないと思っていた父の姿に似つつあることに苛立ちさえ感じ自己嫌悪に陥ることもあった。
しかし、今、父と朝食を共にする彰の心は穏やかだった。彰が父を責め、父が許しを請うということも無く、ごく自然に時を過ごしている。確かに言葉はいらなかった。
暫く珈琲の香りに包まれ穏やかに寛いでいると、彰の携帯が鳴った。
「はい」
「おはようございます。葵です」
「あっ、おはようございます」
「こんな朝早くお電話してすみません」
「いえ。どうされました?」
「特に用事はありません。ただ。。。くしゃみが出たんです」
「ただ。。。何ですか?くしゃみ?」
部屋の中に居たときとは他人行儀な挨拶言葉だった彰たたった。
「彰さんが私のこと考えていたのかなーって。。。それに。。。」
彰は、携帯を持ったままダイニングから庭に出た。彰の父はソファーに座ったまま新聞を眺めていた。珈琲の香りが窓の外に流れた。
「それに何?」
「声が聞きたくて。。。」
「。。。そっかぁ。何かあったのかと思ったよ」
「何かなきゃ電話しちゃ駄目ですか?♪元気じゃないから電話したんですよ♪」
少し茶目っ気たっぷりに声を弾ませた葵の声に、彰の目尻と口元が緩んだ。
「う、うん。いや。。。嬉しいよ」
「最近、仕事も忙しくなって、連絡できませんでした」
「それは私も同じだから。いいんだよ」
「本当に?いいんですか?」
「いや、よくないけど」
「彰さん、少し正直になったのね♪」
「あぁ、そうかもしれない」
「今日はお忙しいの?」
「今、父が帰国していてね。今日は母の墓参に行くって。私は行かないけど途中まで車で送ってく」
「お父様が。。。そうでしたか」
「葵さんは?今日はお休み?」
「はい♪久しぶりに子供と一緒に街へ」
「それはいい。ゆっくり楽しんで」
「ええ。夕方は少し時間が作れますけど♪」
「私も夕方なら。今日は一つ締め切りが迫っているものがあって。でも、夕方までには終わるから」
「じゃ、電話下さい。待ってます。場所はお任せします♪」
「わかった。じゃ、夕方6時位に電話するよ」
「はい」
彰は、電話を切ってダイニングに戻った。
「彰、そろそろ準備して行くから」
父が言った。
「そうか。でも、まだ早いだろう」
「いいんだ。行く前に花を買って行くから」
「花?あっ、そうだよな。分った」
外の日差しが眩しい。暑い一日になりそうだった。
つづく