51. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。



 女将が二人に問い掛けた言葉は、どんな訳があるのだろう。彰は考えた。




「そうだな、俺はまず殆ど診療所の中にいるからな空を見上げるなんて、まずないな。子供の頃は外で遊んでばかりいたから空を見上げ。。。?ん???違う違う。。。空を見上げていたのは、空を飛ぶ鳥だよ。色んな鳥を飛ぶ姿を眺めていたよ。後は雲。雲が色んな形に変わっていくのが楽しかった。それに、夕日だな。夕焼け雲の色がとっても綺麗だった。夜は、月にウサギがいると思っていたから眺めた。星だって、流れ星、それに遠い空の向こうに宇宙人とか、何かがあるんじゃないかって見上げてたかな~本当、ガキだから」


「誠司もそうか。俺もだ」


「へーっ、彰も。じゃ、大人になってなんで空を見上げないんだ?見上げる時ってどんな時だ?」


「お二人共、空の向こうに何かあるって思っていたのよ。知らない何かがあるって♪」


「じゃ、今は?誠司も俺も見なくなってるのは?」


「それはね、空の向こうに何も無いって知っているからよ」


「眺めても何も無いって?彰、お前はどうなんだ?」


「俺か?俺が今空を見上げる時か。。。ん。。。現実逃避かな。。。そんな時」


「現実逃避?俺なんか毎日思うよ。全部投げ出してどこか知らない世界でのんびりしたいって思ってるぞ!美女に囲まれな♪」


「誠司、お前は懲りない奴だなー。まぁ、でも、その気持ちも解らなくも無い。けど、現実からは逃げられないんだぞ!特にお前はな。患者さんがいるだろう」


「そうよ、誠司さん。女性ばっかり追っかけてる場合じゃないのよ♪」


「ひぇー、俺に矛先が向けられるとは。。。」


「仕方が無いさぁ。それにしても、空を見上げることが少なくなったのは事実だな。それでも空を見上げる時がある。現実逃避。仕事が重なり地上から離れたいと思う時。他には、そうだな仕事が一段落してホットとした時。それに夜空を眺める時は、遠くの誰かを想う時」


「彰さん、ロマンチストね♪」


「俺は生粋のロマンチストさぁ。そうでなきゃ、こんな書き物の仕事なんかしないさぁ」


「ほほっ!彰、言うなー。俺だってそうさぁ。美しい俺だけの女性を求め飽くなき探究心を常に抱いて生きている」


「おい、それは医者の言葉じゃないだろう。医学の道を探求するんだろう?!まったく」





 女将が調理場へ隠れた時、誠司は彰に小声で話しかけた。





「お前、夜空を眺めるとき誰を想ってるんだ?」


「な、なんだよ。。。誰だっていいだろうが」


「ふーん。俺に言えないのか?」


「何でお前に言う必要があるんだよ」


「俺はお前の親友だろう?」


「お前はなんでそう強引なんだ?そういうのを“強引んぐマイウェイ”って言うんだぞ!」


「おっ、彰のダジャレなんて何年ぶりだよ。。。こんな時は何か隠しているんだよなーっ」





 幼馴染の誠司だからこそ、いくらポーカーフェイスの彰でも、その心の変化はすぐに見抜いてしまう。女将が調理場から戻って来て串カツと牛すじの煮込みを出してくれた。


 煮込みの大根も良く味がしみ込んでいて美味い。二人は話を止め食べ始めた。水なのサラダも添えられていた。さっぱりしていい。バーボンには合う。





「なになに?二人でこそこそと。私に内緒で、何話していたの?言ってみなさい!出なきゃ、裏木戸の出入りを禁止するわよ!♪」


「いや、彰が夜空を見上げる時に誰を想ってるのかと思ってさぁ」


「あら、知らないの?誠司さん」


「女将、知ってんの?」


「内緒よ♪ね、彰さん♪」


「なっ、なんだよ女将まで。からかわないでくれよ」




 女将と誠司は顔を見合わせクスッと笑った。


 三人の笑い声が裏木戸に響いていた。


 ここに集う人間達は、干渉を好む。しかも、本当に聞いて欲しいことを聞いてくる。世の中そんな場所なんかめったにないだろう。本当に聞いて欲しいことを聞いてくれる人間など、一生の内で何人いるだろうか?


 女将が言った空を見上げる話しは、大人になることの寂しさを感じさせたが、想い起こせる大切な人がいるということも彰にとって、心温まる話題だった。人は大人になると寂しさ故に空を眺め、心を解き放ち自分を空と重ねる。心に空を重ね癒される。


 しかし、癒されることはあっても、人間を癒すことなど出来ないのかもしれない。自分自身の心に頼るしかないだろう。父も母も、その心の力に優れていたのかもしれないと彰は想った。


 彰の父が目を覚ました。女将は父の手を引き身体を起こし、お茶を差し出した。




「いささか、歳も考えずのみ過ぎたようだ」


「いいじゃないですか。息子さんと久しぶりの再会ですもの」


「ははーっ」





 彰の父は頭を掻き毟りながら照れていた。





「明日、妻の墓参りに行こうと思ってますが、女将さん一緒に行って貰えますかね?」


「えっ?」





 女将は、少し俯いた。





 彰の父の言葉を聴いて彰と誠司も、キョトンとしていた。





「よろしいんですの?私がご一緒しても?」


「是非」


「分りました。何時ごろ行かれますか?」


「いや、私がこの店に10時過ぎくらいに迎えに上ります」


「結構です♪」



 この展開に、彰と誠司は初め驚いたが、何故か次第に顔が穏やかになっていた。



つづく