38. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





 覗き込む葵の瞳に。。。彰の心は吸い込まれ、彰の放つ心の言葉を葵の唇が塞いだ。




「何も言わないで。。。ね。。。お願い」




 彰の胸に葵は暫く顔を埋めたまま時が過ぎた。やがて、彰に寄りかかるように葵は海の彼方へ顔を向け、その細い身体を彰は優しく背中から包んだ。

 二人の視界に映る海と空の境は溶け合い、星は海と重なり月は幾重にも波間に並び、彰と葵もこの景色の中に溶け込んでいた。

 なんと穏やかな時間。葵の身体を包む彰の腕を葵は胸に引き寄せ深く息を吸い込んだ。




「彰さん。。。キスして」





 彰は唇で、そっと葵の瞼に触れた。




「ダメ。それじゃ。。。」




 抑えていた彰の心は鞘から放たれていった。互いに重ねる唇は、温かく穏やかな心の潤いを確かめ合うものだった。葵は彰の肩に腕を巻きつけ、互いの唇は更に息を塞いでいた。


 周囲を気にすることもせずに。もう、欠けた愛など欲しくないと。全てを掛けて今、互いを包み抱きしめ合ってあっていた。


 どのくらい時が経ったのだろう。ゆっくりと二人は立ち上がり、寄り添いながら砂浜をカフェテラスのある方へと歩き始めた。このまま、別の世界へでも旅立つかのような二人。


 二人は言葉を交わすことはしなかった。ただ、互いの温もりだけを感じながら歩いていた。なだらかな丘を登りきり、もう一度二人は海の方を振り返り立ち止まった。




「僕らは、互いに好かれたいと思っていたかい?」

「ん。。。そんな感情は一度も抱かなかったように思うけど。。。なぜ?」

「恋をするって、考えてするものなのかな?」

「私は、心で恋をするの。考えるのは頭でしょ♪」

「なるほど。そうかぁ。僕は頭で考えるよ」

「なぜ?」

「自由になるためにさぁ」

「えっ?自由?今は自由じゃないの?」

「考えるってことは、唯一自由を求めるためさぁ。僕がもし、君に好かれたいと思ったら、もう考える心の道幅が狭くなる。自由じゃなくなる。結婚した時は、相手に好かれたいと思って生活し始める。すると、どうしても考え方が狭く偏る。それが積み重なって納まりが付かなくなり窮屈になる。そして。。。隙間をみつけようとする」


「私たちは隙間に入り込んでいるの?」

「分らない。ても、僕らは好かれようとして惹き合ったんじゃない。どこにも無理はしていない。互いに自由な心で結びついている」


「ふーん。彰さんって、面白い♪そんなところ好き。でも、もっと私を見て欲しいなー♪」


 葵の顔に笑みが浮かんだ。とても自信に満ちた笑顔だった。彰は、干渉されたくないと思う反面、目の前にいる女性に強く干渉されたいとも思った。

 それは考えることの目的である自由を狭く小さな世界へ閉じ込めることになるのでは?しかし、彰にとって不自由であることも彼の思考の目的の中にあるものかもしれない。

 矛盾しているようで、今の彰の頭の中ではなんら違和感を持たない。

 もう何も被い隠すべきものが無いように思えた。




「私、彰さんに今はまだ言えないことがあるの」

「それは僕にもある。だけど、それは隠すべきだよ」

「どうして?」

「それが、人間らしさだから。自分を保つ唯一の方法かもしれない。秘密は持つべきなんだ。たとえ夫婦であってもね」

「ふーん。。。」

「君に、僕の秘密の魔法を明かそうか?」

「えっ?いいの?今、秘密のままがいいって?」

「いや、僕の魔法は君の為にあるから。さぁ、目を閉じてごらん♪」

「はい。これでいい?♪」





 葵は既に彰の秘密を理解しているかのように、彰の正面に立ち静かに目を閉じた。





「今から僕が時間を止めるからね」

「時を止める?分かったわぁ。じゃ、止めてみせて♪」




 彰は葵をもう一度強く抱きしめ唇を重ねた。葵は少し爪先立ちになり、その身体を抱えるように彰は抱きしめ続けた。時を惜しむかのように幾度も互いの身体を強く引き寄せ続けていた。




「これが、僕の秘密」

「うん。止まったね。。。彰さん」




 葵の瞳から涙が零れ始めた。なぜ。。。止まらない。。。


 彰は唇で葵の涙を優しく拭いた。


 互いの身体をゆっくり引き離した。




「帰ろうか」


「うん」



 二人は彰の車へと向かった。辺りはすでに暗く、カフェテラスの窓からこぼれる暖かい光が車を視界の中に浮き立たせた。助手席のドアを開け葵をシートに促した。


 ドアを閉めキーを差し込む。太いエンジン音が響く。ゆっくりと走り始めたキャデラック。高速に入るとさらに加速していった。ベンチシートにエンジンが突き上げるように感じる。



 葵の左手を彰は右手で優しく握り返した。


  月に向って車は走り始めていた。



つづく